| 2025年2月16日 メッセージ要旨 | ||||
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| 神のみもとに導く道 ヨハネの福音書 14章 1~6節 |
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| イエスは彼に言われた。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれも父のみもとに行くことはできません。 ヨハネの福音書 14章6節 |
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| 十字架を目前にしたイエス様は、「わたしが行くところに、あなたがたは来ることができません」(13章33節)と弟子たちに仰せになります。弟子たちがすべてを捨てて従って来たイエス様が、ついて行くことのできないどこかへ行ってしまわれる。弟子たちにとってそれは自分たちの居場所を失うに等しいことであり、心を騒がせずにはいられなかったでしょう(14章1節)。そんな弟子たちに対し、イエス様は彼らのために場所を用意しに行くと仰せになります(2節.3節)。頼りにならない不確かなこの世にではなく、天にある神の家にです(2節)。そこは愛に満ちた神の完全な支配があり、労苦から解き放たれて安らぐことができる究極の居場所なのです。 天に住む所がたくさんあっても(2節)、イエス様が場所を用意してくださらなければ、私たちはそこに住むことができません。イエス様は代価を払って、天に私たちの場所を用意してくださいました。すなわち、イエス様は私たちの罪を負って十字架に死なれ、よみがえられて、私たちを罪赦されて神のみもとに住む者としてくださったのです。 そのように、イエス様は私たちに父なる神のみもとに行く道を開いてくださいました。イエス・キリストは、神のみもとへと至る真理の道、いのちへと至る、神のいのちにあずからせる道なのです(6節)。 私たちがイエス様のもとに迎えられるのは、再臨の時だけではありません(3節)。私たちが地上の人生を終え、天へと旅立つ時にも、イエス様は天にある神の家に私たちを迎え入れてくださるのです。 その時まで、私たちはイエス様不在の孤独な旅路を進むのかというと、そうではありません。道を尋ねた時、ただ道順を教えられるだけでなく、「私と一緒に行きましょう。私について来てください」と相手が言ってくれたら、どんなに心強いでしょう。イエス様は私たちとともにおられ、私たちとともに歩んで、ご自分が道となって私たちを導いてくださるのです。そのために、イエス様はご自分の御霊を、聖霊を私たちに与えてくださいました。 道であるイエス様がとともにおられ、父なる神のみもとへと至る歩みを導いてくださいます。信頼してこの道を歩んでまいりましょう。 |
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