2023年11月12日 メッセージ要旨
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                                                             召天者合同記念礼拝 

                    天にある永遠の住まい

                                           コリント人への手紙第二 5章1節                                                                                                                                       
    
 たとえ私たちの地上の住まいである幕屋が壊れても、私たちには天に、神が下さる建物、人の手によらない永遠の住まいがあることを、私たちは知っています。
                   
                コリント人への手紙第二 5章1節                                                                 
 この箇所では、人の体が幕屋にたとえられています。幕屋が壊れやすいように、人の体も病気になったり、けがをしたりと、もろさを帯びています。年を重ねるごとに、私たちの体は衰えて行きます。しかし、地上の住まいである幕屋、すなわち体が死んでも、私たちには天に永遠の住まいがあります。

 地上の生涯は、快適とは言えない幕屋の生活のように、さまざまな労苦があります。しかし、天にある永遠の住まいでは、労苦から解き放たれて、神のみもとで全き安らぎと憩いを得ることができるのです。

 天にある永遠の住まいは、神が下さる建物、人の手によらない住まいです。人の能力や功績によらない、神の恵みのゆえに与えられる賜物なのです。神はキリストをとおしてその恵みに私たちを招いてくださいました。この地上に争いや苦難が絶えないのは人間の罪ゆえです。けれども、キリストが十字架の上でその罪を負ってくださったので、信じる人は罪赦され、神との平和が与えられ、神のみもとに行くことができるのです。

 アブラハムやイサクやヤコブが、家畜とともに旅しながら天幕で生活したように、私たちも地上では旅人、地上の住まいは、実は仮住まいなのです。私たちの国籍は天にあります(ピリピ人への手紙3章20節)。御国の市民である私たちにとっては、天にある永遠の住まいこそが本当の住まいなのです。

 人は死ぬとき何一つ持って行くことはできません。地位も名誉も富も、みな地上に置いて行かなければなりません。世にあるものはやがて朽ち果て、壊れ、過ぎ去って行きます。永遠に続くものは天に用意されているのです。

 今日は召天者合同記念礼拝で、こうして先達の信仰者のお写真がここに並んでいます。この方々は地上の旅路を終えられましたが、なお天で、神のみもとで生き続けておられます。私たちもいつの日か地上の旅路を終える時が来ます。けれども、私たちにも天に永遠の住まいが用意されているのです。そのことを覚えて、信仰の道を歩んでまいりましょう。