2023年1月1日 メッセージ要旨
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                                                         新年礼拝

                   不可能なことのない神
                                     

                                    ルカの福音書 1章37節
                                                                                                                                      
         神にとって不可能なことは何もありません。
                                     

                            
ルカの福音書 1章37節
 天と地とすべてのものを造られた神に、不可能なことは何もありませんが、人間の狭い了見は、その全能の神を小さく見てしまいます。

マリアも初めは受胎告知を受けて、「どうしてそのようなことが起こるのでしょう」(34節)と言ってとまどいました。神の御子が聖霊によって処女マリアの胎に宿るというのは、人間の常識の範疇ではあり得ないことです。しかし、「神にとって不可能なことは何もありません」(37節)と告げられたマリアは、「どうぞ、あなたのおことばどおり、この身になりますように」(38節)と言って、全能の神にすべてをゆだねました。

 アブラハムも人間的な考えで神を小さく見てしまいます。彼は不妊の妻サラの勧めで、当時の慣習にならって女奴隷ハガルによって子を得、神の約束の実現を図ろうとします(創世記16)。しかし、神の約束の子は、その時得たイシュマエルではなく、さらに長い年月が経った後、人間的には子を授かる望みがなくなるまで年老いたアブラハムとサラとの間に、奇跡的に授かるイサクだったのです(創世記17章15~21節.21章1~7節)

 人の目に神が小さく映っているときは、他のものが大きく映っているのです。信仰を働かせなければならない場面で、弱い自分や困難な状況を大写しにして、「とても無理だ」と考える。そのような時、私たちの目は全能の神を片隅に小さく映しているのです。

 あがめるとは、大きくすることです。「御名をあがめます」と言っておきながら、他のものが大写しにされ、神が小さく映っている、そんなことはないでしょうか。弱い自分や困難な状況に向いていた焦点を神に合わせ、画面いっぱいに神を大写しにする、そのようにして偉大な神を仰ぎ見れば、他のものは小さくなります。

 日本のクリスチャン人口は1%にも満たないといわれています。その現状を動かし難いことのように私たちは考えてしまいます。

 しかし、神にとって不可能なことは何もありません。神は、すべての人が救われて、真理を知るようになることを望んでおられるのです(テモテの手紙第一2章4節)

神は人の願うところ、思うところのすべてをはるかに超えて行うことのできる方です(エペソ人への手紙3章20節)。信じる者に働く神の力は偉大です。

 今年は、年間聖句「神にとって不可能なことは何もありません」を掲げて、歩んでまいりましょう。私たちの了見で神を小さく見ることのないように、神にとって不可能なことは何もない、そのことを覚えて、偉大な神を仰ぎ見てまいりましょう。