【星(ほし)紋】
星は複数の円でこれを示します(泡坂妻お夫著「家紋の話」P173)
三つ星の上に一の字を加えた長門三つ星は、平安時代の弘仁年間(810~824)に土師(はじ)家が天皇家のご落胤を得て、一品(いっぽん)親王の位階を賜りました。その一品の文字を象って一の字に三つ星を紋と定めました。
なお、三つ星の下に一の字は嵯峨源氏の流れ、渡辺家の紋で、渡辺星とされています。(「卍の魔力、巴の呪力」泡坂妻夫著P94)
九曜は古代インドで卜占に用いられた土曜(聖観音:しょうかんのん)、水曜(弥勒:みろく)、木曜(薬師:やくし)、火曜(虚空蔵:こくぞう)、金曜(阿弥陀)、月曜(勢至:せいし)、日曜(千手観音)、計都(釈迦)、羅?(不動明王)の9星をあらわし、九曜曼荼羅として真言の本尊として崇拝された。この九曜は、平安期に文様として多用されたが、特に道途の安全の守護の霊験があるとされて車文として多く描かれた。九曜の多くは妙見信仰によるが、一部には九曜曼荼羅から家紋となったものも含まれるだろう。上記の土曜から日曜までを七曜といい北斗七星を表し、七菩薩として長寿延命・息災招福の霊験を持つとして崇められ、日本最古の通貨「富本銭」にも描かれる・・・
『見聞諸家紋』では九曜を月星と称しており、中心の星は本来月と考えられる(「家紋の事典」高澤等著より)
九曜は平安時代文様として衣服や輿車に用いられている。衣服に用いれば身体を守護してくれるし、車に用いれば旅の安全、現在なら取りも直さず交通安全の守神となる。(「家紋事典」大隈三好著より
九曜の曜とは星のこと。/千葉市の【千葉神社】が九曜紋である。
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以上、「紋典」「日本紋章学」参考に作図
** 毛利家関連 **
** 関連 **
円形の月には雲または水を添えて星と区別します(泡坂妻お夫著「家紋の話」P173)
「群書類従巻第四百廿四」に見聞諸家紋の図案が載っており、九曜を月星としていることがわかる。
なお、「九曜 a」版がこれを参考に作図(2015.5.13)したもので、各円が互いに隣接している図案である。
余談だが、左巴とされている図案をついでに示しておく。
沼田頼輔著「日本紋章学」では、これを右巴という自説(三頭で左旋しているときは、三頭左巴(新人物往来社版「日本紋章学」P1097)を展開しているが、これに異を唱えているのが泡坂妻夫著「家紋の話」である。
『日本紋章学』では二、三の文献を拠りどころにして、右巴は右廻りであると、断定してしまいました・・
巴の左右は、その渦の巻き方による名称ではないのです・・・
巴の左右は渦の巻き方ではなく、作図上から作られた合理的な名称なのでした。こうしたことは、上絵師ならばすぐに判ることですが、一度も紋を作図したことのない先生はただ渦の巻く方向にだけ気を取られるのでしょう(同書P60~61)
現在でも『日本紋章学』を抜きにしては紋章研究が成らないほどです。けれども・・、紋そのものの美には、まあり目が向けられていないようです。先生は当然、紋章上絵師の取材を怠ったとは思えませんが、どうも謹厳実直な先生と、粋な生活を尊ぶ江戸職人と、反りが合わなかったような気がしてなりません(同書P170)
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