東南アジア島嶼部のRapala属概説

−(附)属の定義と種分化についての私見−

高波 雄介

Genus Rapala (Lycaenidae) of the Southeast Asian Islands

Yusuke Takanami

 

Abstract:

The species of genus Rapala (Lycaenidae) from the Southeast Asia are figured, with keys for the identification. Personal opinions about the definition of genus and the speciation are mentioned.

 

Keywords:

Lycaenidae, Rapala, identification, speciation.


目次

[はじめに]

Rapala 属ってなに?

種ってなに?

これは使える!?進化論−「素種融合説」

これは使える!?種の検索表

とってつけたような各種解説

おわりに

Plate 1 --- varuna, manea, scintilla, duma, iarbus, rhodopis

Plate 2 --- rhoda, hades, domitia, pheretima, suffusa, dieneces

Plate 3 --- damona, caerulescens, ribbei, dioetas, enipeus, cassidyi

Plate 4 --- diopites, masara, arbaimuni, cowani, nissa, elcia, rhoecus

Plate 5 --- melida, zamona, tomokoae


[はじめに] (目次へ)

 しばらく前になるが,本誌の編集会議で「Rapala は全部で何種いるの?」という基本的な質問を受け,返答に困った。宙を見つめフリーズ状態の私を見かねて傍らの畏友,関康夫氏が答えてくれた。「だいたい 40 ですかね」編集委員各位の冷やかな視線が帰ってくる。そうだったのか。知らなかった。こんな私に,業務命令として与えられた課題が「世界の Rapala」。Rapala のことなら少しは書けるかな,というつぶやきが,いつの間にか「世界の」にまで拡大解釈されてしまったのである。

 Rapala とは,インド周辺からニューギニアまで分布するシジミチョウ科の1属で,東南アジア島嶼部に種類が多い。日本のトラフシジミも今のところこの属に含まれているが,それをたった2頭しか持っていない私が,「世界の」など書けるわけがないのである。ということで今回の中身は,勝手ながら自分の守備範囲である東南アジアの島嶼産に限らせていただきたい。これなら6箱くらいは標本があるから,何かでっち上げることはできそうである。ちなみに中国産はつい最近,少数を密かに入手するまではゼロだった。読者が期待しているのは中国産だろうが,私にとって「外国」のことなど,知らないことはわからないのである。もっとも東南アジア地域に分布する種類だけでも本属の7割は扱っているので,アバウトな私は,「世界の」というタイトルでもいいや,と実は脱稿直前まで考えていたのである。何事にも完璧はあり得ない。特に分類はそうである。もし,この世に正しい分類があると思っている人がいたら,分類などするのはやめた方がよい。分類に求めるべきものは「正解」ではなく「便宜」なのである,なんて書いたらこの原稿,やっぱりボツかな。

本文は,現在までに東南アジア島嶼部からどのような Rapala 属のシジミチョウが知られているか,誰にでも容易にわかり,同定できることを目標とした。最近,この辺の学名いじくったのはこの私なのだから,それくらいの義務はあると思っている。ついでに続編のために権利も主張できたらいいな,とも思っている。何の権利って,中国産Rapala新着標本先取権の…(甘い)。

 

Rapala 属ってなに? (目次へ)

そもそも Rapala 属(トラフシジミ属)が何物かわからなければ,話にならない。この「属」の位置づけについては,ふつう Eliot (1973)の労作「シジミチョウ科の上位分類」によって捉えられる。それによると本属は,シジミチョウ科ミドリシジミ亜科 (Theclinae)のヒイロシジミ族(Deudorigini)に含まれる。このヒイロシジミ族は,尾状突起のあるDeudorix セクションと,これのない Capus セクションに分けられているが, Rapala はもちろん前者である。「亜属」と言わずに「セクション」としているところに Eliot の苦悩を見るのは私だけだろうか。もっとも,最近はこの上位分類もランクがひとつづつ下がるような扱いがされるようだが,属以下の分類にはほとんど影響がないので,まずは先へ進もう。

さて,Deudorix セクションの中には20もの有効な属名があって, Rapala は記載順で12番目である。そのうち現在でもよく使われる属はおよそ14で,5つはアフリカ産のみに当てがわれている。これらを除いても Rapala よりも古い属名に,Sithon, Deudorix, Artipe, Viracholaなど,東南アジアではおなじみの名前がいくつも出てくる。したがって"Rapala" は,少なくともこの4属から区別できる特徴がなくてはならないのである。属の特徴とは,厳密に言えばその模式種の特徴のことである。 Rapala 属の模式種は "Thecla varuna" だから,これと前述4属の模式種との主要な(?)外部形態の違いを次に見てみよう。

 Sithon 属(モンツキハカマシジミ属)は nedymond が模式種で,前翅第8脈と第9脈を欠き,後翅表面中室に毛束を持つ(varuna には第9脈があり,後翅中室には毛束がない)。Deudorix 属(ヒイロシジミ属)の模式種は epijarbas で,♂は性標を持たない(varunaの♂には性標があって,前翅裏面後縁に直立した毛束と,後翅表面第7室基部付近に半円形の性斑を現す)。Artipe 属(イワカワシジミ属)の模式種は "Papilio amyntor" すなわちeryx イワカワシジミで,これは Deudorix 属とどこが違うのか私にはよくわからない。Virachola属(ツヤモントラフシジミ属)の模式種 perse はインド,スリランカからインドシナ北部にかけて産し,varuna 同様♂は前後翅共に性標を持つが,後翅性斑は第6室と第7室にまたがって現れるイビツな円形で,しかもかなり光沢を帯びる。以上のほかにも Rapala 属と各属の違いは,翅形や胴体の太さ,幼生期の食性(Deudorix, Virachola の幼虫は主に果実を食べ, Rapala では主に花蕾を食べる)などの点が挙げられるが,少なくとも模式種だけを比較しているうちは,当たり前のことだが各属の違いはわりと明瞭である。

 しかしこれらの属の中に複数種を含めるようになると,必ずソゴをきたすことになる。模式種とそれ以外の種は,少なくとも種差の分だけは異なった特徴を持っている。それをいくつかの重要な(?)共通項を頼りに,その他多くの些細な(?)違いを無視して一つにまとめるわけだから,おのずとそのカテゴリーの限界が見えてくる。うまいこと枠に当てはまらない種が,たいてい一つや二つはあるのである。今なくても,必ずそのうち見つかるはずだから心配はご無用。たとえば日本のトラフシジミ Rapala arata は,♂前翅裏面後縁部に目立った毛束がなく,その点で Rapala 属のキーポイントの一つを欠く。また,パラワンのDeudorix apayao は,翅形などの雰囲気はまさに Deudorix だが,よく見ると後翅表面に微小ながらも Rapala 様の性斑があり,前翅裏面にも立派な毛束がある。これらの種は近縁属間の特長が部分的に重なっているわけで,重要なキー(!)だけ見るとどこにも当てはまらなくなる。そこでとりあえず全体的な感じ(!)で判断し,現行の属に含めておこうという結論になる。ところがマジメな人はこれを放って置けず,ついつい別属にしてしまう。しかし,もともと種差の分だけ種には違いがあるのだから,細分の行き着くところは1属1種である。それは極端な考えだと言う人も目糞鼻糞の類で,たいていはただ自説を正当化する理屈をこねているだけに過ぎない。というわけで残念ながら,私は普遍的な属の定義というものを知らない。自分がそうだから,表向きの理屈はともかく,属の分類は皆「エイヤ!」でやっているに違いないと思っている。いいじゃないのだいたい合ってれば,という感覚の持ち主でないと,属は語れないのである。違いますか?

 私の密やかな想像によれば,「属」という近縁種のまとまりは,実は現存種の前世,つまり進化以前の「祖先種」の残像なのである。後述するが,「種」が「別種」になるいわゆる「進化」は,自然選択によって漸進的に起こるものではなく,偶発的な原因により,瞬時に,しかも同時に多数出現した突然変異個体が,生殖的に融合して生成されるものだ,と私は考えている。そうだとすれば,属は,現存種の進化一つ前の祖先種を捕えることで,定義できるかもしれない。つまり同時に生まれた新しい種を同一属とするのである。さらにその上位のカテゴリーも同様に考えることができる。つまり,特定のある種に至るまでの進化の回数(!)は,その上位タクサの数なのだというわけである。今更ながら気がついたのだが,分類を語るには,このようにイヤでも進化についてのおのれの考え方を語る必要があるのだ。私のように一般的な(?)進化理論に疑念を抱いている人間が語る場合は,なおさらである。

 さて現在 Deudorigini 族に含められている属や種は,差異が僅少なところを見ると,全てが同時に分化(進化!)してこの世に出現した可能性がある。だから,ほんとうはすべて Sithon 属にまとめてしまってもよいと私は思っている。しかしこれでは結果的に前世紀の分類に戻ってしまうわけで,私は構わないけれども世間が許さないだろう。そこで,分類の本質はなにより「便宜」であると考える私は,ここでは現行どおりの Rapala 属に当てはまる種を,それとしておくことにするのだ。つまり,意気地がないのである。

 さらに各種解説をするためには,当然のことながら「種と亜種」の関係についても私見を述べておかなければならない。端的に言って,亜種は単なる種内変異でしかなく,もちろん別種に至る途上にあるものでもない,と私は考えている。少なくとも「種分化」の過程に「亜種」は必要ないし関係ない。別種はそもそも同種になれなかったから別種なのである。「えっ?」と思う方のために以下に,「種」の形成は「分化」ではなく「融合」による,という私なりの「種の起原」をドサクサに紛れて書き印しておきたい。(寝言を読みたくない人は,さっさと検索表へ進む)。

 

種ってなに? (目次へ)

「属」は今のところ研究者が気分で勝手に決めるものかもしれないが,「種」を決めているのは,その種を形成する個体である。人間が決めてはいけないし,もちろん決められるものではない。種とは「互いに生殖可能な個体の関係」を言うのである。当たり前のことのようだが,個体同士がくっついて子孫を残していけるのであれば,それら個体は同種である。逆に互いに生殖可能な関係になければ,それらは別種である。もちろん生殖行為は,やってみなければわからない場合も多い。しばらく離れ離れに住んでいれば形態や習性が変わってしまい,まるで別種に見えることもある。しかし,同種なら「ヤレばデキル」はずである。一般に言う「亜種」はこれで,事実上「地理的変異」と同義である。しかし亜種はけして別種に至る過程にあるものではない。あくまで同一種の一型なのである。もし繁殖できなければ,それらは最初から別種なのである。一般に言われるように,「種」が亜種を経て別種へ向けて少しづつ変化していくものだとしたら,いったいどうやって「種」というものを捉えたらよいのだろうか。人間は勝手に「ここまでは亜種,ここから別種」と言っていれば済むが,それでは種分化 を遂げつつあるとされる当人(当種?)たちは大変困るのである。それは自分を虫ケラや犬畜生の立場に置いて考えれば,よくわかるはずである。擬人化(逆?)を嫌う人もいるが,人類も生物の1種であることを忘れてはいけない。生物には共通した感覚のようなものがあるような気がするのである。たとえば,必ずしも予定通りの行動をとらない,とか(本稿のように)。

私の考えでは「進化」の一段階としてのその名のごとき「亜種」は認められない。種と種の中間的なもの,現実にそんな「亜種」は,進化の瞬間を除けば常態としては存在しないのである。今ふつうに言われるところの亜種は,主に地理的な環境の影響による変異で,これは季節的変異や遺伝的多型と同じく,単なる同種内の「表現型」である。地理的変異のみ何か特別な意味で「亜種」とされるのは,それが「地理的(あるいは時間的・空間的)隔離によって種分化が起こる」などという間違った進化理論に利用されているからである。だから個人的には「亜種」などという紛らわしい呼称はやめ,昔ながらの「変種 (variety)」あるいは「地方型 (local form)」という呼称を復権させるべきだと思っている。それでも私がまだ「亜種」を使っているのは,単に命名規約上の先取権がほしいというだけの俗念に過ぎない。

 では,「種」はどうやって「進化」するのだろうか。このプロセスの説明はいわゆる「進化論」になってしまうわけだが,前述のように進化の定説(?)を否定した以上,私が東南アジアのシジミチョウを分類するにあたり,どのように「種の起源」を考えているか述べておく必要があるに違いない。もし何か私の言うことが間違っていたら,そのときはぜひ正解を教えていただきたいと思っている。幸か不幸か,私は学校できちんと「分類学」や「進化論」を学んだことがない。だから,以下に述べることは単なる妄想である。もっとも,まぐれ当たり,ということはあるかもしれない。

 

これは使える!?進化論−「素種融合説」 (目次へ)

 何度も言うようだが「種」とは生殖可能な個体の関係である。個体を「複製」し続けることができて,初めて種と言えるのである。だから種が進化するということは,言い換えれば個体の複製に失敗するということで,これは本来,生物の種にとってはあってはならないことなのである。だからそもそも「環境に適応するための進化」などあり得ない。そうでないという人は,進化に「意志」を認めていることになる。「こういう風に進化しよう」と構想を描き(?),あるべき姿をイメージする(?),その主体はいったい何なのだろうか。そこに「神」の姿が見え隠れすると思うのは,私だけだろうか。進化は,図らずも起こってしまう突然変異から導かれる偶然の産物に過ぎないのである。もちろん無計画であるから,その方向性も種の誕生時のなりゆきで決まってしまう。進化を誘発する環境の変化で,次にはいったい何が有利となるか予知できようはずがないから,進化に「戦略」など,そもそもあり得ないのである。万物の霊長の我々ですら,未来の予知は不可能ではないか。仮に人類最大の天敵が我々自身だったとしたら,いったいどのような「戦略」が考えられるのだろうか。

東南アジアのシジミチョウばかり見ている私には,種が個体を増やし自らの枠を維持していく力や構造は見えても,自ら進んで別の種へ進化していこうとする力や構造は,全くもって見えてこない。ふだん目にする季節的,地理的,時間的変異は,単に種にすでに内在する因子が発現しただけでそれ以上のものではないし,生息地,食性の拡大や転換なども,ただ単にもともとその種に内在していた適応力の発現であって,進化とは何ら関係がない。そもそも「種分化」を伴わない形態的,生態的変化は,「進化」と呼んではいけない。単なる種内変異を「進化の萌芽」と解釈することは,全くの誤りである。「種分化」=「進化」なのである。経験的に言って,どんなに変異しても同種は同種であるが,どんなに似ていても別種は別種である。我々は様々な家畜の品種を作り出すことはできるが,別種を作り出すことはできない。自然界を素直に見つめれば,内部要因で「種分化」などが進んで起こるなどとはとても考えられない。もしそういうことがあるとすれば,種などという枠組みが本当にあるのかどうか,そもそもそれ自体を疑うべきである。しかし現実には,枠組みとしての種というものがある(ら しい)ということは,むしろ種分化が内的要因ではなく,外的要因によってやむを得ず生じてしまったことを暗示しているように,私には思えるのだ。実は種は自ら進化するのではなく,進化させられてしまうのだ。種の「生殖機構」に重大な影響を与える外的圧力が(しばしば地球規模で)広範囲に働き,種の枠組みを否応無しに変えてしまうのが,恐らく進化の正体ではないか。進化は自発的,必然的ではなく,他力的,偶発的に起こるのである。したがってそれは徐々にではなく,ある日突然に勃発するに違いない。

進化のきっかけとなる突然変異は,単発的ではなく,外的要因によって大規模に多数の個体の上に一斉に起きる。「生殖機構」を含め,個体ごとに様々な突然変異が起きてしまうのである。その原因については,私には全くアイデアがないのでここでは触れないが,実際それはなんでもいいのである。たぶん,原因も一つや二つではないはずである。とにかく偶発的に,大量の個体に突然変異が同時期に起こってしまうわけだ。もちろん方向性や適応性などは全くないのである。この時点で,すでにそれぞれが「個体種」といった状態になるわけで,ここではこれを「素種」と呼んでおこう。もちろんほとんどの突然変異は個体の生存に有害であって,実際はその個体すら維持できなくなる。したがって大半の素種がその状態のまま死滅する。しかし膨大な数の素種の中には生存可能な個体もあって,しかも元は同じ種から発生したものであるから,お互いに生殖可能な素種もあるのである。その素種同士がそれぞれの突然変異を抱えながら融合し,新しい生殖個体の関係,すなわち「種」が生まれる。これが「種の起源」である。生殖可能な素種の融合によって誕生した「新種」は,さらに生殖融合できるもの 同士がどんどん関係を結び,種分化どころか逆に「種統合」が急速に進んで行くのである。その一方で,外部形態は酷似していても,互いに生殖可能でないものは当然ながら「別種」として鮮明化し,やがて生存競争のライバルとなる。昆虫のように個体数の多い生物に,種類数が非常に多いのも,やたらと酷似種がいるのも,そもそも突然変異(進化)の瞬間に生まれる素種の数が膨大だからである。このように「種」は,多数の個体が同時に突然変異を起こし,これによって生じたランダムな変異を持つ素種が,生殖融合したことに始まる。近似の別種は多くの場合同時に発生したものと考えられ,それらは誕生当初からすでに生殖隔離されていたのである。近似種の多くが,同地域に産するのも当然である。だから種分化の原因を生殖隔離機構に求めても意味がない。そもそも最初から生殖隔離されている個体だから「別種」なのである。

このように進化は,突然変異を起こした多数の個体が,生殖というキーにより融合してほとんど一瞬にして起きる。恐らく同種内の多様性もここに始まるのだろう。すなわち,地理的変異や季節的変異,様々な多型などは,種が,もともと生殖可能という共通項を持った,多様な変異を抱える素種の連合体である証拠である。このように種分化は,「隔離」によって引き起こされる,と考える必要は全くないのである。種内変異を種分化に結び付ける考え方は,そもそもおかしいことに早く気づくべきなのだ。酷似種が同所に何種も生息している事実,離島であっても大陸や他の島々と共通種がたくさん分布する現実をないがしろにし,地理的・生殖的隔離が原因で種分化が起こるなどという説に,いつまでも固執するのは奇妙である。種は生き残りのために融合して生まれてきたものであって,自ら進んで分化していくなどということはあり得ない,と考える方が自然ではないか。近似種,姉妹種というのは,互いに素種融合(生殖)できなかった個体群で,したがってそれらは誕生と同時に初めから「別種」なのである。「進化」の瞬間にすでに地理的隔離されていた離島などに分布する個体は,十分に素種 融合しないままの状態に置かれている。だから無理ヤリ交配実験をすると,デキたりデキなかったりするわけである。

こうして誕生した「新種」で,元は同じ種から生じたもの同士は,形態はもちろん,生態も好みの生息環境もそもそも非常に近い。自然淘汰が働くのはこの「種の起源」以降である。確かに生存に有利な変異を抱えた種の方が,縄張り争いに勝つ可能性は高い。もちろん単なる妥協の産物,「棲み分け」も起きるだろう。たまたま天敵を欺くのに有利な形態や色彩を備えていた種(保護色や擬態と勝手に呼ばれるもの)も生き残り易いだろう。だが何度も言うように,これ全て偶然の結果で「塞翁が馬」なのである。騙されるのは騙される側が勝手に騙されるのであって,騙す方はおのれの姿を全く知らないのである。知っていると思うのは,「自然」に騙されているのだ。はたして我々も,自分の姿をどの程度知っているだろうか。週に1度も鏡を見ない私には,それを言う資格がないのかもしれないが。

ここから先は,これまでイヤというほど聞かされた自然選択説のとおりである。現在の生態系は,自然選択によって形作られていったことは確かである。しかし重要なことは,種分化のプロセスには,いわゆる自然選択が直接関与していないという点である。自然選択が作用するのは,素種融合による種の誕生直後からであって,生態系におけるその種の位置づけを定める時点において,初めて働くのである。だから自然選択を進化の要因として考えている限り,進化の謎は永久に解けないはずである。

 さて,日ごろ友人には鼻で笑われている自説をブチまけて,すっきりしたところで本筋に戻りたい。ここまで好きなことを書いてしまえば,後は何をやるにも気が楽である。これで私の分類を信用しない人が出てきても一向に構わない。私が職業的分類屋だったら,こんなばかげた説を唱えることは命取りかもしれない。しかし分類なんて宗教のようなもので,それを信ずる人の中にあるだけである。「進化は一瞬にして起き,種は生殖可能な突然変異個体種の融合体で,自然選択は進化に直接の関わりがない」という「素種融合説」は荒唐無稽のようであるが,少なくとも私は,これで「種分化」周辺の疑問がほとんど解けた。信ずるものは救われるのである。

というわけで,意気地のない私はここで世間一般に言われるところの Rapala 属を採用し,推測だけでものを言いながら,いよいよ晴れてアバウトな各種解説である。たかが属ひとつ語るのに,えらい苦労をしてしまったのである。

 

これは使える!?種の検索表 (目次へ)

さて,お決まりの検索表からである。東南アジア産 Rapala の種は,♂交尾器の phallusの開口部が鉅歯型か鉤爪型かで,大きく二つのグループに分けられる。前者を varuna グループ,後者を dieneces グループとすると,さも美しい真実を捉えたような気持ちになり,「いやぁ分類って,ほんっとにスバラシイもんですね」と思わずつぶやいてしまう。さらに細かな点に目を凝らしていくと,鉅歯型グループもさらにいくつかのパターンに見事に分けられることを発見。そして嬉々として整理し終わった頃,突然,悪夢のクロスオーバー新種が出現するのである。それからというものは,自説のツギアテに追われるようになり,やがて分類のドロ沼にズブズブと沈んでいくのだ。

種分化が突然変異で起きたとすれば,形態の変異は物理的に(?)可能な限りランダムである。「似ている」ことは確かに進化の道筋に関係はあるが,それがすべて進化の足跡を指し示すものではない。無作為に分化を起こして同時に誕生したものかもしれない種グループを,類似点を使って区分けするのは,あくまで便宜と割り切っていればいいのである。だから面倒なことのキライな私は,ここで属内の各種を無理にグルーピングなどしないのである。Rapala属ですら無理して使っているのに,さらにサービスする義理もないのである。いずれにしても顕微鏡を駆使しなければ判らない交尾器の特長は,あくまで安直を目的とした本稿では分類のキーとして使えない。交尾器の形態も確かに分類上重要な形質だが,あまりその「特異」な点ばかり重視して細分に走るのは考え直した方がいい。突然変異によって誕生する種は,すべてが「特異」なのだから。

検索表は,一方的な価値観を押しつけ強引に結論へ導くにはなかなか有効な手段で,多くの分類学者がこれを愛用している。ひとつキーを間違うととんでもない方へ行ってしまうが,それはあくまで読みの浅い利用者のせいなのである。そのことを思い知らせるために検索表は難解で,しばしばきわめて微妙な点が「重要なキー」に用いられている。安直がモットーの私の検索表が,その標準的なレベルに達していることをただ祈るばかりである。もちろん,これによって行われる種の同定は,これを書いている現在の私がそうじゃないかと思ったものであって,けしてその種自身が「そうだ,そのとおり」と言ったものではない。実は,単なるあてずっぽうである。

 

東南アジア島嶼部(マレー半島を含む)に産するRapala属の種の検索表

 

1 裏面,前翅に外中央線(帯)がある。

− 裏面,前翅に外中央線がない。domitia

2 裏面,前翅の中室端には暗色の2本線がある。

− 裏面,前翅の中室端上には1個の大きな暗色斑がある。duma

3 裏面,前翅の中室中央部に斑はない。

− 裏面,前翅の中室中央部に1個の暗色斑がある。pheretima

4 表面,後翅の第7室基部付近に性斑がある♂。

− 表面,後翅の第7室基部付近に性斑がない♀。[30]へ

5 表面,黒褐色の地色のほか,紫,紺,青の色調を持つ。

− 表面,黒褐色の地色のほか,黄,橙,茶の色調を持つ。[16]へ

6 表面,前翅の第2,3室の基部付近に明瞭な性斑がある。

− 表面,前翅の第2,3室の基部付近に明瞭な性斑はない。[8]へ

7 性斑は丸く,第1b室に食い込む。フィリピン産。elcia

− 性斑は三角形で,第1b室に食い込まない。rhoecus

8 表面,多かれ少なかれ,青,紫の色調を帯びる。

− 表面,一見茶色一色だが,角度により紫の反射光がある。diopites

9 表面,前翅,中室と第1b室基半部は暗くならない。

− 表面,前翅,中室と第1b室基半部は,アザ状に暗い。arbaimuni

10 複眼の間は,白か黒で,赤みを帯びない。

− 複眼の間は,白地に多かれ少なかれ赤みを帯びる。マレー半島産。nissa

11 複眼の間は,ほとんど白い。

− 複眼の間は,ほとんど黒い。[13]へ

12 表面,前翅,角度により紫の反射光が普通ある。manea

− 表面,前翅,角度により紫の反射光が普通ない。scintilla

13 表面,前翅,青色の輝きが強く,黒縁との境界は明瞭。

− 表面,前翅,青色の輝きが弱く,黒縁との境界は不明瞭。varuna

14 表面,後翅第7室性斑は,横幅約1mm で白っぽく明瞭。フィリピン産(パラワンを除く)

− 表面,後翅第7室性斑は,横幅約2mm で黒っぽく不明瞭。melida

15 裏面,地色は黒褐色。ルソン産。zamona

− 裏面,地色は緑色を帯びた灰褐色。フィリピン中南部産。tomokoae

16 前翅,前縁及び翅頂部は白くならない。

− 前翅,前縁及び翅頂部が白くなる。cassidyi

17 表面,後翅第6脈基部に細長い性斑があっても,第7室性標の半分以下の大きさ。

− 表面,後翅第6脈基部にある細長い性斑は,第7室性標の半分以上の大きさ。hades

18 表面,後翅第6室の黒縁はくっきりとした糸状。

− 表面,後翅第6室はほとんど橙色部が見られないか,黒縁があっても幅広く 0.5mm 以上。[25]へ

19 表面,前翅第1室は,多かれ少なかれ黒縁が広がる。

− 表面,前翅第1室は,基部を除いてほとんど橙色。iarbus

20 表面,橙色部の色調は明るい。

− 表面,特に前翅の橙色部の色調はくすんだように暗い。ふつう前翅黒色部を中心に紫の反射光がある。suffusa

21 表面,後翅第7室には橙色部が全く現れないか,現れても外半部のみ,あるいは少なくとも第6室より茶色である。

− 表面,後翅第7室の全体に橙色部を持つ。damona

22 触角の棍棒部は先端の裸状部を除きほとんど黒い。または表面,前翅の橙色斑は中室内に広がる。

− 触角の棍棒部は先端の裸状部を除きほとんど白く,かつ,表面,前翅の橙色斑は中室内に現れない。caerulescens

23 表面,後翅第7室の外半部に,多かれ少なかれ橙色部を現す。

− 表面,後翅第7室には,ふつう橙色部は現れない。dieneces

24 スラウェシ島とその周辺に産する。ribbei

− シンガポールとその周辺に産する。cowani

25 表面,前翅に明るい橙色斑を持つ。

− 表面,前翅はほとんど茶褐色か,あるいは淡い黒ずんだ不明瞭な黄,橙色鱗紛の散布が見られる。[28]へ

26 表面,前翅,橙色斑は第1b室基部まで広がり,後翅にも現れる。

− 表面,前翅,橙色斑は第1b室基部にまで広がらず,後翅には現れない。スマトラ,ジャワ産。nissa

27 表面,後翅の橙色部は前翅とほぼ同様の広さを持ち,第2,3,4室の黒縁の幅はほぼ均等で 1.5mm 以下である。enipeus

− 表面,後翅の橙色部は前翅よりも目立って狭く,しばしばほとんど消失し,第2,3,4室の黒縁の幅は次第に広がり2mm以上ある。dioetas

28 裏面,前翅後縁の毛束は黒褐色。

− 裏面,前翅後縁の毛束は淡黄色。masara

29 裏面,前後翅外中央帯は,明瞭な2本の白条からなる。rhoda

− 裏面,前後翅外中央帯は,明瞭な白条は1本のみ。rhodopis

 

[これより♀]・・ただし現在のところ♀が不明な種 arbaimuni, masaraは,検索のしようがないので含まれていない。

30 表面,多かれ少なかれ紫〜青の光沢がある。

− 表面,黒褐色〜茶褐色で紫の光沢はないが,橙色斑を持つものもある。[39]へ

31 表面,紫〜青の光沢の部分と黒褐色の地色の部分の境界は,比較的明瞭。

− 表面,紫〜青の光沢の部分と黒褐色の地色の部分の境界は,不明瞭。[35]へ

32 裏面,前後翅外中央帯はの色調は地色よりも目立って暗い。

− 裏面,前後翅外中央帯の色調は地色とほとんど変わらない。ルソン周辺。elcia

33 裏面,地色は黒〜茶褐色。

− 裏面,地色は緑色を帯びた灰褐色。tomokoae

34 ルソン産。zamona

− その他の地域(♂の分布により判断)。rhoecus あるいは melida

35 複眼の間は白い。

− 複眼の間は黒い。varuna

36 裏面,第1b室外中央帯は,「へ」の字型に曲がる。

− 裏面,第1b室外中央帯は,ほぼまっすぐ。[38]へ

37 裏面,地色は明るい黄土色で,色調は全体に一様。caerulescens

− 裏面,地色は灰色,あるいはやや赤みがかった黄褐色で,色調は亜外縁部で黒ずむ傾向が強い。diopites

38 表面,一見茶褐色で,紫の光沢は非常に微かである。scintilla

− 表面,一見して紫の光沢が薄く広がっているのがわかる。manea

39 表面,地色は一様に黒〜茶褐色で,橙色斑が現れても部分的である。

− 表面,地色は暗い橙色で,前翅前縁部と外縁部のみが茶褐色。iarbus

40 表面,前翅は一様に黒〜茶褐色。橙色斑が現れる場合は翅基部から横長に広がる。

− 表面,前翅の中央部に円形に近い橙色斑をもつ。nissa

41 裏面,地色は黄色〜茶褐色でやや赤みを帯びるものもある。

− 裏面,地色は灰色味が強い。[48]へ

42 裏面,地色は黄土〜茶褐色。表面,橙色斑を持つものがある。

− 裏面,地色は著しく黄色味が強い。後翅肛角部の黒斑や銀青色鱗斑は狭く,外縁部にへばりつく。表面,地色は一様に暗褐色で橙色斑を欠く。suffusa

43 スラウェシ(およびその属島)産でない。

− スラウェシ(およびその属島)産である。[47]へ

44 裏面,後翅の中室端条の幅は,前翅のものとほとんど同じ。

− 裏面,後翅の中室端条の幅は,前翅ものより明らかに幅広い。rhodopis

45 同時に採れた♂が dieneces である。dieneces

− 同時に採れた♂が damona である。damona

46 表面,前翅の橙色斑は現れて中室内に広がるか,ボンヤリと見える程度,あるいは全く現れない。

− 表面,前翅の橙色斑は帯状にくっきりと現れるが,中室内に広がらない。cassidyi

47 裏面,地色は茶色味が強い。後翅第2室の黒斑は外縁に沿って(横に)わずかに幅広い。dioetas

− 裏面,地色は黄色味が強い。後翅第2室の黒斑は基部へ向かって(縦に)わずかに幅広い。enipeus

48 裏面,前後翅外中央帯は,外側だけ白く縁どられる。

− 裏面,前後翅外中央帯は,両側が白く縁どられる。rhoda

49 肛角,葉状片は比較的大きい。

− 肛角,葉状片は小さく,あまり出張らない。hades

50 スラウェシとその周辺に産する。ribbei

− シンガポールとその周辺に産する。cowani

 

実はこの「安易な検索表」をほぼ作り終えてから「しまった」と気がついた。安易に同定できるようなら,検索表など要らないのである。実物を散々いじくり回してもわからないものがある(!)というのに,ちょっと見で安易にわかるようなキーだけ使って検索表を作ることなど,ほとんど不可能に近いことが,作業をしていてやっぱり再認識されたのである。しかし休み休みとはいえ,すでに1ヶ月もこの検索表に時間を費やしてしまった以上,もったいないから掲載してしまうのである。もちろん全く使えないわけではない。もしこの安易な検索表でうまく同定できない場合は,標本写真(できれば返却不要の現物)を同梱の上,著者当てに抗議のお手紙をくだされば,誠意をもって回答(感謝)する,という妥協案でお許しいただければ幸いである。

 

とってつけたような各種解説 (目次へ)

では,検索表の補完を兼ねて,以下に各種ごと簡単に解説しておきたい。なお,細かい亜種(名)に関しては,前述のように私はあまり重要視しないのでここでは割愛する。本当は拾うのが面倒なだけなのだが,細かい「亜種」などに捕われずしっかりと「種」を認識する訓練も,アマチュア研究家にとっては大切だと思うのである。なお,各種名のナンバーと標本写真の番号が一致するようになっているので便利(なはずである)。

 

1. Rapala varuna (Horsfield,[1829]) [Plate 1]

 分布:本属中もっとも広域に分布。スリランカ,インドから中国南部,インドシナ,東南アジア島嶼部,ニューギニア,オーストラリア東北部。

 解説:♂表面が青紫の種の中では,分布の広いせいもあって普通種といえる。一般に小型。裏面の外中央帯は両側を白条で縁どられ,幅広い。額は黒い。いくらかの地理的変異のほか,かなりの個体変異が見られるため,亜種名等は多い。裏面の地色が紫光沢を帯びたり,外中央帯が太くなって中室端条と癒合したりする変異は,多かれ少なかれ各地に見られ,特に後者はモンスーン気候の顕著な地域に多く,季節型のようなものとも考えられる。食草はマメ科のネムノキ類,ムクロジ科のレイシ,ランブータン,フトモモ科,クロウメモドキ科,クマツヅラ科など。花や新芽,実などを食べる。

2. Rapala manea (Hewitson,[1863]) [Plate 1]

 分布:西はスリランカ,インドから varuna とほぼ同様の地域から生息するが,東は今のところフィリピン,スラウェシ,スラ諸島までで,モルッカ諸島以東からは知られていない。

 解説:分布が広い点では,やはり varuna に次ぐ普通種といえる。表面的にはscintilla に非常によく似ていて,これらは本当に別種なのかしばしば考え込んでしまう。一般的には,本種の♂は表面前後翅共に紫の反射光を放つ(scintilla では後翅のみ),♀は表面が暗灰褐色でかなり強く光沢を帯びる(scintillaではやや明るい黄灰褐色で,わずかに紫味を帯びる程度)などの違いが言われるが,判断に悩むことの方が多い。♂後翅表面の性斑の特殊鱗が小さいこと(manea では0.03-0.05mm長,scintillaでは 0.06-0.10mm 長)が一番大きな違いかもしれない。また変異もvaruna同様,裏面地色の色調や外中央帯の幅などの個体変異が地理的変異以上に見られ,亜種名もたくさんつけられている。食草はネムノキ,ランタナ,ランブータン,リュウガン,タイワンツバキのほかバラ科のカナメモチ,スイカズラ科など多種類にわたる。

3. Rapala scintilla de Niceville,1890 [Plate 1]

分布:シッキム,中国南部〜インドシナ半島,スンダランド,フィリピン。

解説:前種 manea よりはやや分布域は狭く,またわかりにくい種のため,scintilla としての亜種も書かれていないが,フィリピンの nemana Semper, 1890 は恐らく本種であろう。♀については実際のところmaneaとの識別は困難である。

4. Rapala duma Hewitson, 1878 [Plate 1]

 分布:ミャンマー南部〜マレー半島,スマトラ,ジャワ,ボルネオ。

 解説:その名のとおりのabnormisで親しんできた種類だが,Eliotは「マレー半島の蝶類,第4版」の追記で,これまで南米「ボゴタ」産として記載された以降全く記録がなかったdumaが本種であることを明らかにした。ベルリンのStaudinger コレクションの中にタイプ標本が発見されたのである。比較的稀な種で,主に低山地に見られる。

5. Rapala iarbus (Fabricius,1787) [Plate 1]

 分布:スリランカ,インド〜インドシナ半島,スマトラ,ジャワ,小スンダ。

 解説:♂♀とも表面の橙色の色調には個体変異がかなりある。原生林などよりも公園のヤブや花などで得ることが多い。特に♂は他種との区別は容易。食草はランブータンのほか,マメ科,クロウメモドキ科,ノボタン科などが知られる。

6. Rapala rhodopis de Niceville,[1896] [Plate 1]

 分布:マレー半島,スマトラ,ボルネオ。

 解説:♂表面は rhoda に似るが,鈍く輝く銅色は前翅第1b室にも広く現れ,色調もやや淡い。地理的変異はほとんど見られない。どこでも少ない。

7. Rapala rhoda de Niceville,[1896] [Plate 2]

 分布:スマトラ,ジャワ。

 解説:♂♀とも rhodopis によく似るが,本種の♂表面前翅第1b室はほとんど黒褐色で,銅色部は基部と周縁部のみに見られる。産地は局所的で一般に稀だが,標本は数頭がまとめて得られることが多い。

8. Rapala hades (de Niceville,[1895]) [Plate 2]

 分布:マレー半島,ボルネオ。

 解説:大型で,何となく無骨な作りは古さを感じさせる。♂性標も他種に比べ小さく,前翅裏面後縁の毛束を欠く。実際本種は,いかにも生き残っているという感じで,産地は局所的,数も非常に少ない。上記の分布地のほか,フィリピンのネグロス島産の本種とおぼしき♀を見たことがある。スマトラからもいずれ発見されるだろうし,恐らくスラウェシ島にも産するだろう。ジャワは開墾が進んでいるので無理?。

9. Rapala domitia (Hewitson,[1863]) [Plate 2]

 分布:マレー半島からスマトラ,ボルネオ。

 解説:黄色い裏面地色で,同定は容易。♂の性斑は小さく,♀と翅形や色斑もよく似ているので性別を間違えることが多い。前翅後縁の毛束の有無でよく確かめた方がよい。低地から低山地に多く,小島の海岸部では発生期に多数見られることがある。黄色の裏面は,葉裏に静止すると明るい葉緑に紛れてしまう。例によって個体変異は多いが,特にボルネオ産は前翅頂部が白く,中室に沿った淡黄色条が目立つ。

10. Rapala pheretima (Hewitson,[1863]) [Plate 2]

 分布:インド東北部からインドシナ,マレー半島,スマトラ,ジャワ,ボルネオ。

 解説:比較的大型。裏面の前後翅中室の中と後翅第7室の基部近くに暗色斑を持つのが本種の特徴だが,これを欠く場合も少なくない(特に大陸部産)。♂表面の暗橙色部の広がりにも地理的変異が見られ,一般にスンダランドのものは発達が弱いが,小島や大陸部のものでは大きく広がる。また,裏面前後翅の外中央帯は小島や大陸部のものは細く,特に小島のものは白い縁取りが目立ったりして,別種のように見えるものもある。マングローブの低地から低山地の林縁などに見られる。幼虫はマメ科,ムクロジ科のリュウガンやランブータン,レイシ,ウルシ科のマンゴーなどにつくことが知られる。

11. Rapala suffusa (Moore,[1879]) [Plate 2]

分布:アッサムからインドシナ半島,中国南部,マレー半島,スマトラ,ジャワ,ニアス,ボルネオ,パラワン。

 解説:表面,♂では前翅黒色部に微かな紫の光を放つ個体が多く,♀は単純な黒褐色。裏面は♂♀とも地色の黄色味が強い。比較的地理的変異が見られ,♂表面の橙色部は大陸産では発達するが,スマトラやボルネオ産では黒縁が広がる。ジャワやバリ産は裏面の地色の赤味が強く,パラワン産は♂表面の橙色部は鮮明で,裏面は濃い黄土色。ニアス産は例によって後翅裏面肛角部の銀青色部や黒斑が著しく発達する。低地から標高 1000m を越える山地の原生林や二次林で得られる。

12. Rapala dieneces (Hewitson,1878) [Plate 2]

分布:インド東北部,インドシナ半島,アンダマン,スマトラ,ボルネオ,ニアス,メンタワイ,ジャワ,バリ,ロンボック,パラワン,ミンダナオなど。

 解説:♂♀とも damona に似るが,♂は表面後翅の橙色部が第7室に広がらず(damonaでは橙色部が第7室まで広がる),第6脈基部の第二性斑は痕跡程度(damona では白い三角形で比較的明瞭に現れる)のので,比較的区別は容易だが,♀はどちらの♂と一緒に採れたかということが,最も正解率が高そうである。本種の変異も地理的なものよりも,個体(季節?)変異の方が目立つ。特に♂表面の橙色部の広がりは個体による違いが著しい。ジャワやバリでは♂♀とも裏面地色の赤味が強くなる季節型?がある。低山地から山地帯に産し,産地は局所的で数は一般に多くない。幼虫はフトモモ科の植物のほかランブータンやドリアンなどの害虫とされている。

13. Rapala damona Swinhoe,1890 [Plate 3]

 分布:アッサム,ミャンマー,タイ,マレー半島,アンダマン,ニアス,ジャワ,小スンダ,ボルネオ,パラワンなど。

 解説:dieneces によく似ており,永らく混同されていた。本種の♂は後翅表面の橙色部が第7室まで広がり,第6脈の基部に現れる第二性斑がふつう大きく目立つことなどで区別できるが,♀の dieneces との識別は至難の業。地理的変異は多少あるようだが,標本を数見れば実際には各地に同様の変異があることがわかる。大陸部や大島部では少なく,特にボルネオやパラワンでは記録的であるが,パラマラヤなどの小島部からは標本がかなり入ってくる。そこに多いというより,採集し易いということなのだろう。

14. Rapala caerulescens (Staudinger,1889) [Plate 3]

 分布:パラワンを除く,ルソンからミンダナオ,スル諸島までのフィリピン。

解説:♂は dieneces に非常によく似ているが,本種では触角棍棒部が先端部を除き目立って白く(dieneces では棍棒部の基部が少し白い程度),また前翅表面の橙色部は比較的狭く,中室内には現れない(dieneces では中室内に橙色部が現れるものも多い)。大きさ,地色の色調や斑紋の広がりに個体変異がかなり見られ,♂はふつう,後翅表面第7室の通常の性斑の下,第6脈基部沿いに細く小さな第二性斑を現すが,小型の個体ではこれを欠くものがある。産地は局所的だが低地から山地にかけて広く分布し,発生期に当たると花などで多数得られることがある。北村實氏によれば,レイテではイラクサ科の潅木Pipturus arbonescens の花を食するという。

15. Rapala ribbei (Rober,1886) [Plate 3]

 分布:スラウェシ。

 解説:大型で比較的識別は容易だが,時に小型の個体も見られる。♂表面の赤橙色部は発達し,特に後翅では黒縁がほとんど糸状。♂性標は後翅表面第7室基部の半円形斑に加え,第6脈基部に比較的大きい三角形の第二性斑を現す。本島各地から得られているが,個体数はあまり多くない。一般に南部の産地では,♂♀とも表面の橙色部が発達するが,中北部産は,♂の赤橙色部は減退し♀では表面がほとんど黒くなる個体が多い。しかし南西部産♀など同地域産にも両型が見られる例もあり,橙色部の発達状態には恐らく幼生期の気候や栄養状態等が影響するものと思われる。

16. Rapala dioetas (Hewitson,[1863]) [Plate 3]

 分布:スラウェシ,スラ諸島。

 解説:一般に enipeus によく似るが,♂表面赤橙色部は,ふつう前翅中室下半部から第1b室基半部と後翅の第2−4室基半部に現れるが, enipeus に比べ発達が悪く,特に後翅では小型の個体においてしばしば消失する。また enipeus 同様,表面橙色部が目だって黄橙色に変色する個体もある。♀は通常くすんだ黄橙色斑を前翅表面に現し(enipeus ではふつう現れない),その広がりは♂よりもやや狭く,輪郭はぼやける。なお,スラ産の場合♀表面の橙色斑はほとんど消え失せる。裏面,地色は♂♀とも淡黄褐色で, enipeus に比べると赤味が強い。後翅第2室の黒斑は,外縁に沿ってわずかに横に膨らむ傾向がある(enipeus では翅脈に沿って縦に膨らむ)。♂後翅表面第7室基部の性斑は半円形のやや明るい灰褐色で,第6脈基部には enipeusribbei に見られるような目立った第二性斑は通常現れないが,大型の個体では稀に微かに認められる場合がある。幼虫はミソハギ科のLagerstroemia speciosa オオバナサルスベリを食べるという。

17. Rapala enipeus (Staudinger,1888) [Plate 3]

 分布:スラウェシ。

 解説:本種は永らく affinis と呼ばれていたもの。 dioetas によく似るが,♂表面赤橙色部は前翅第1b室でやや大きく広がり,後翅では第2−5室に幅広く現れ中室内にまで及ぶ。また dioetas や他の黄色斑系各種同様,♂♀とも表面の橙色部が著しく黄色くなる変異が見られる。♀表面は一般に暗灰褐色だが,前翅第3室基部を中心に微かに黄橙色部を現す個体もある。裏面地色は黄褐色で dioetas に比べ黄色味が強く,特に♀では顕著である。後翅第2室の黒斑は,外縁に沿って縦に膨らむ傾向がある(dioetas では翅脈に沿ってやや横に膨らむ)。♂後翅表面第7室基部の半円形の性斑は dioetas 同様だが,第6脈基部には小さいながらも特殊鱗の集まった筋状の第二性斑を常に持つ。

18. Rapala cassidyi Takanami,1992 [Plate 3]

 分布:スラウェシ。

 解説:表面上 dioetas あるいは enipeus の黒化型に見えるが,♂の前翅表面の翅頂部及び前縁は目立って白く,また後翅表面第7室基部の半円形の性斑は幅約1mmで著しく小さいのは本種だけの特徴である。♀は一応それらしきものを図示した。確証はないが前翅前縁の縁取りがいくらか目立って白いのである。実際,Rapala の♀の同定は難物で, dioetasenipeus の同定だって実はけっこう怪しいのである。近年見出された種で,島北部を主に各地から得られているが数は少ない。

19. Rapala diopites (Hewitson,1869) [Plate 4]

 分布:パラワン,バブヤン諸島のカミギン島から南部スル諸島のタウィタウィ島を含むフィリピン諸島。

 解説:永らく alcetas と呼ばれていたもの。♂表面は一見黒褐色だが,角度を変えて見ると前後翅とも外半部に紫の鈍い輝きが現れる。小型の個体ではこれを欠くものが多い。♀は manea によく似るが,表面の灰色味を帯びた鈍く輝く紫はやや赤味が強い。裏面,♂♀とも灰黄褐色。♀は caerulescens に非常によく似ていて識別が難しいが,本種は比較的大型で,表面の鈍い紫の光沢はわずかに赤味がかり,また裏面の地色は褐色味が強く,外中央帯の内側の縁どりは濃い。また,ぼんやりと不明瞭ながらも暗色の亜外縁帯が現れる(caerulescens では裏面の地色は黄色味が強く,外中央帯の内側の縁どりはや淡く,亜外縁帯はほとんど見られない)。♂の後翅第7室の性斑は大きく白く明瞭で,大型の個体では第6脈の基部にも小さな第二性斑を持つものがある。パラワンや小島に産するものは裏面地色の赤味が強い。低地から山地帯にかけて得られており,北村實氏によればレイテ島では幼虫はイラクサ科のオオイワガネ(Pipturus arborescens)の花を食す。

20. Rapala masara Osada,1987 [Plate 4]

分布:現在のところフィリピン,ミンダナオ島のみ。

 解説:♂表面はほとんど黒褐色で,前後翅とも中央部に弱く橙色鱗粉が現れる。この橙色部は,小型の個体ではほとんど現れず diopites の紫の反射光の欠落型に似るが,大型の個体ではボルネオ産の pheretima に似る程度まで発達する。黄褐色の裏面は,同地に産するdiopites よりも色調はやや黄色味が強く,淡い外中央帯やほとんど目立たない亜外縁帯など caerulescens に非常によく似ている。また♂触角棍棒部の下半部は caerulescens の♂と同様,目立って白い。♀はまだ確実に同定できないが,♂と同産地のものに,caerulescens に比べ大型で,表面は diopites によく似た鈍い紫の光沢を現し,裏面はcaerulescens そっくりな,やや黄色味の強い地色を持った個体があり,恐らくこれではないかと考えている。そうだとすれば,フィリピンの Rapala 属の♀の同定はますます厄介なものになる。

21. Rapala arbaimuni Takanami,1992 [Plate 4]

分布:小スンダ列島のスンバ島。

 解説:今のところタイプ標本の1♂しか知られていない。フィリピンの diopites にもっとも近縁のようだが,見かけでは manea にも似る。すなわち,複眼間の額は白っぽく,触角棍棒部下部の白色部は manea のようにあまり目立たない(diopites では白色部が広がり,特に裏面から目立つ)。翅表面,地色は暗灰褐色で,斜めから見ると diopites と同様の紫の反射光が前後翅に見られる。後翅,性標は diopites と同じく,第7室の通常の半円形の大きな性斑に加え,第6脈の基部上にも特殊鱗が集まった小斑を現す。裏面,地色は暗灰黄色で manea よりやや暗い(diopites はもっと茶色味が強い)。前翅中室端条と外中央帯はdiopites 同様で,後縁の毛束は暗褐色。後翅,外中央帯は diopites に似て下半部は橙色に染まるが,肛角部の色斑はむしろ manea に似る。

22. Rapala cowani Corbet,1939 [Plate 4]

分布:シンガポール,及び隣接するマレー半島海岸部のマングローブ林。

 解説:♂の表面は dieneces によく似ており,ほとんど区別がつかない。♀も前翅中央部にぼんやりと橙色斑を現す。裏面は特徴的で,地色は銀灰褐色で鈍い輝きを放つ。外中央帯は dieneces に比べ太く明瞭だが,翅脈ごとに微妙にずれるので全体にくねくねした印象を与え,この点は hades によく似ている。しかし,後翅第2室の黒斑は hades に比べ大きい。また♂♀とも触角棍棒部は dieneces などよりもやや長く,先端半部は橙色が目立つ。私は1995 年5月に本種の記録のあるシンガポール東北部の Ubin 島を訪れ,島の海岸沿いに点在するマングローブ林を叩きまくったが,その日はついに cowani は姿を見せなかった。

23. Rapala nissa (Kollar,[1844]) [Plate 4]

 分布:インド北部から中国,台湾,インドシナ半島を経てスマトラ,ジャワ。

 解説:大陸部やマレー半島に産する個体は♂♀とも,その表面は黒褐色の地色にぶい紫の光彩を放つ。しかし,スマトラやジャワ産では表面地色がほとんど黒褐色で,前翅に大きな橙色斑を現す。これらの表面は一見かなり異なっているが,裏面は濃淡の差はあるものの,灰褐色の地色に暗色の比較的まっすぐな外中央帯を持ち雰囲気が共通しており,昔からスマトラ,ジャワ産は大陸の nissa の亜種として扱われている。実際両者の♂交尾器も,地理的変異と考えられる以上の差異は見られない。中国や台湾などでは低山地にも産するようだが,熱帯地域では山地でのみ見られる。食草はユキノシタ科のチダケサシ属,トウダイグサ科,オオバギマメ科のオオバマイハギ,マメ科のコマツナギ類など。

24. Rapala elcia (Hewitson,[1863]) [Plate 4]

 分布:フィリピンのルソン,マリンドゥッケ島。

解説:本種には,パラワンを含むスンダランドに分布する rhoecus が含められることが多いが,斑紋,翅形や♂交尾器にかなりの差が見られるため,別種として考えるのが妥当である。♂♀とも表面の光彩は青にやや緑色味を帯びる点で,紫色の強い rhoecus などよりも zamona の方によく似ているが,♂は rhoecus のマレー半島やスマトラ産などに見られるような,微細な特殊鱗の集まった黒い性斑を前翅第2,3室基部に現す。この性標はrhoecus のそれに比べやや大きく,中室内や第 1b 室内にも広がり,形は円形に近い。また裏面は灰褐色でやや黄色を帯び,外中央帯は細く内縁の輪郭は不明瞭で,全体の感じはrhoecuszamona よりも,manea に似ている。分布域が意外に限られているため,マリンドゥッケ産以外は得難い種類となっている。恐らく低山地を中心とした垂直分布域を持つものと考えられる。

25. Rapala rhoecus de Niceville,[1895] [Plate 4]

分布:タイ,マレー半島,スマトラ。

解説:♂♀とも表面はやや光沢の強い紫青色で,前翅翅頂部にやや幅広い黒縁を持ち,♂は暗色の三角形性斑を前翅第2,3室基部に現す。その昔同種とされた elcia によく似るが,翅形が全体に丸く,♂後翅表面第7室の性標はやや大きく色調は暗い。裏面地色は黒褐色で,暗色の外中央帯や中室端条は幅広く帯状になる。低山地から山地帯まで垂直分布は広いが,産地は局所的である。幼虫はグミ科やノボタン科の植物を食べるという。

26. Rapala melida Fruhstorfer,[1912] [Plate 5]

分布:アッサム,ミャンマー,ジャワ,ボルネオ,パラワン。

解説:これまで rhoecus に含められていた♂前翅表面の性斑のないものを別種とした。♂交尾器にもこれといった差異は見られず,分布も空白地帯があるが,これは勘である。分布域の関係もあるが,rhoecus よりも得難い。

27. Rapala zamona Fruhstorfer,[1912] [Plate 5]

分布:今の所フィリピンのルソン島のみ。 elcia よりもなお知られる産地は限られている。フィリピンの中南部に産する tomokoae は本種に非常に近縁で,今のところ互いの分布も重なっていない。

解説:翅表面上は melida とよく似ていて,特に裏面はそっくり。しかし♂表面の黒縁はやや広がり,また輝きは青味が強く,加減によってはやや緑色を帯びる。また後翅表面第7室の性標は小さく,色もかなり白っぽい。さらに同じフィリピンに産する tomokoaeとは,♂♀とも表面からはほとんど識別できない。しかし裏面地色は,本種が黒〜茶褐色で外中央帯が暗色で太く明瞭であるのに対し tomokoae では強く緑色を帯び,外中央帯もあまり目立たない。南ルソンの標高 1200m ほどのピークで♀を採集したことがあるが,多くは標高100-300m 程の原生林内で得られている。

28. Rapala tomokoae Hayashi, Schroeder & Treadaway,1978 [Plate 5]

 分布:フィリピン中部,南部。ミンダナオ,サマール,レイテ,ボホール,ネグロス,パナイなど。

 解説:表面は♂♀とも zamona とほとんど区別できない。しかし裏面は多かれ少なかれ褐色の地に緑色を帯びる。また外中央帯もやや淡く,外縁は白条の縁どりが目立つが内縁の輪郭は不明瞭となるものが多い。低山地から山地にかけての林縁などで得られ,レイテ島での北村實氏の観察によれば,発生経過は年に4〜5回の波が見られ,多数現れたり全く姿を見せなかったりするという。また♂は,しばしばキイチゴ類の周囲の潅木の枝やシダの葉上を占有し,縄張りへの侵入者を活発に追飛する。

 

おわりに (目次へ)

本文の内容は,タイトルよりもくだらぬ進化論(?)の方に重点が置かれているように思われる読者がいらっしゃるかもしれないが,それは誤解である。もっとも,またしても陳腐な「隔離説」を読まされるよりは面白かったのではなかろうか。実は本稿の以前から,いわゆる「塚田図鑑」のシジミ編の準備をしており, Rapala についてもその草稿があるにはある。しかしそれを転用してしまうわけにもいかず,今回は全く新たな企画としてまとめてみることにした。重複をなるべく避けるために図鑑では用いる予定のない検索表を作り,おまけに種や属に対する私個人の基本的な考え方も述べ致命傷を負うなど,体を張ってサービスの限りを尽くしたつもりである。

私はほとんど毎朝,起きるとすぐラジオ体操をする。動機はただ採集旅行の前に少しでも運動をして体重を落とし,ジャンプでもう数センチ上の枝のシジミを採れるようになりたい,と思ったからである。しかし残念ながら,当初の目的である体重は,食が進んだため減るどころかかえって増えてしまった。なんでも世の中,思ったようにはいかないものである。それでも体操を続けているのは,ただそれが習慣になってしまっただけである。ある朝6時31分東京大地震が起き,高波家の標本タンスの上でホコリをかぶっていた重〜い「塚田図鑑シジミチョウ編」が寝床を直撃。しかし私はすでに起きてラジオ体操をしていたので難を免れ,生き残った私とその子孫は毎朝ラジオ体操に励み,健康家族となった一族はその後ちまたに大いに繁栄した,としよう。体操のおかげで私が助かったことは確かだが,別にそれが地震に対する備えだったわけではない。ましてや子孫の繁栄など願ってもいなかったのである。

ある特定の地域で,その種が通常と異なる食性を取ったとしても,それはけして進化したわけではない。単にその種がもともと持っていた能力が表に出てきただけに過ぎないのだ。私はふだん,ゴキブリは食べないが,食べられないわけではない。イザとなったら栄養源にすることは可能である。しかし,石は煮ても焼いても食うことはできない。だから,私がゴキブリを食べるようになっても,それは単に習慣が変わっただけで、「食性の進化」ではなく「変化」なのである。私がこのように突然おかしなことを書き始めても、別種に進化したわけではないのである。では,石を食べて生きられるようになったら。それはもはや人間ではない。でも「人類」なら,石から栄養素を合成することができるかもしれない。しかし,それもやっぱり「進化」ではない。「種分化」を伴わない変化をも「進化」と呼ぶことに、混乱の元凶があるように思われるのである。

自然選択は,まさに予測のしようもない「自然」による「選択」結果に過ぎないものである。だから,これに対するいかなる「戦略」も,その有効度は等しいと考えられる。したがって,そのような「戦略」を策定するシステムを作り出す方向に淘汰圧がかかるとは,私にはとても思えない。進化や生き残りのための「戦略」など有り得ないのである。結果はすべて,単なる「偶然」に過ぎない。

我々が今見る地球上では,生物の種が増えるどころか,逆にみるみる減っている。これは人類のせいだということは確かにそのとおりだが,仮に人類がいなくても,やはり優勢種の繁栄によって多くの弱小種が次第に滅びていくのが,ふだんの自然界の姿のように私には思える。つまりこの世は,種の数がどんどん減っていく(絶滅していく)のが常態なのである。減っていくのに,結果的には生命誕生から現在まで種の数がトータルとして増えているというのは,前述したように,「進化」が一瞬にして膨大な数の種を産み出すからである。だから,絶滅しそうな生物を保護するということは,必ずしも「種の多様性」を守るということにはならないという結論も出てくるのだが,そろそろ石が飛んできそうなので,この辺で終わりにしよう。少なくとも今ある生物も,過去の大絶滅を「偶然」生き延びたわずかの種から「種分化」してきたことは,忘れてはいけないと思うのである。

分類学徒の多くは,属などを解説する際には必ずといっていいほど「種分化」の道筋を語っている。だからまともな学徒ではない私も,ちょっとマネしてみたかっただけなのである。ここで荒唐無稽な珍説を偶然読まされたのも,単に運が悪かったと諦め,お許しいただきたい。「偶然」とは,かくも恐ろしいもののようなのである。

 

謝辞

常日頃フィリピンのシジミチョウの新しい知見や標本を提供してくださるマニラ在住の北村實氏,そしていつも私の「妄想」を黙って聞き流してくださる関康夫氏はじめ,日頃お世話になっている方々にこの場をお借りして感謝いたします。

 

Summary:

Twenty-eight species of genus Rapala are known from the Southeast Asian Islands. Every genus in tribe Deudorigini, including genus Rapala, has few differences between them. It is necessary to review current subdivision of genera in the tribe. A genus must be an outline of a species before speciation. A cause of speciation is mutation of the many individuals that occur accidentally. This individual mutation created many "individual species". Most of the individual species might die, but some individuals had survived. A small number of individual species soon reproduced mutually, and some "new species" were born. The sterile individual species become sibling species. "Natural selection" worked against the species after the speciation. Until the next speciation occurs, the number of species decreases gradually.


 日本蝶類学会会誌 「Butterflies No.19」 掲載 (1998年4月20日発行)


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