201810月7日㈰ 日曜礼拝メッセージ 「どんなことでもする」

聖書箇所 コリントの信徒への手紙一91627節 

9:16 もっとも、わたしが福音を告げ知らせても、それはわたしの誇りにはなりません。そうせずにはいられないことだからです。福音を告げ知らせないなら、わたしは不幸なのです。

 9:17 自分からそうしているなら、報酬を得るでしょう。しかし、強いられてするなら、それは、ゆだねられている務めなのです。

 9:18 では、わたしの報酬とは何でしょうか。それは、福音を告げ知らせるときにそれを無報酬で伝え、福音を伝えるわたしが当然持っている権利を用いないということです。

 9:19 わたしは、だれに対しても自由な者ですが、すべての人の奴隷になりました。できるだけ多くの人を得るためです。

 9:20 ユダヤ人に対しては、ユダヤ人のようになりました。ユダヤ人を得るためです。律法に支配されている人に対しては、わたし自身はそうではないのですが、律法に支配されている人のようになりました。律法に支配されている人を得るためです。

 9:21 また、わたしは神の律法を持っていないわけではなく、キリストの律法に従っているのですが、律法を持たない人に対しては、律法を持たない人のようになりました。律法を持たない人を得るためです。

 9:22 弱い人に対しては、弱い人のようになりました。弱い人を得るためです。すべての人に対してすべてのものになりました。何とかして何人かでも救うためです。

 9:23 福音のためなら、わたしはどんなことでもします。それは、わたしが福音に共にあずかる者となるためです。

 9:24 あなたがたは知らないのですか。競技場で走る者は皆走るけれども、賞を受けるのは一人だけです。あなたがたも賞を得るように走りなさい。

 9:25 競技をする人は皆、すべてに節制します。彼らは朽ちる冠を得るためにそうするのですが、わたしたちは、朽ちない冠を得るために節制するのです。

 9:26 だから、わたしとしては、やみくもに走ったりしないし、空を打つような拳闘もしません。

 9:27 むしろ、自分の体を打ちたたいて服従させます。それは、他の人々に宣教しておきながら、自分の方が失格者になってしまわないためです。

メッセージのアウトライン

1.報いと管理

福音(良い知らせ)を伝えることはパウロにとって誇りを伴う義務でも管理人の務めでもない。自然なことであり、幸せにするものである。また、自発的なものであり、報いを伴う。奉仕として無報酬で伝え、その報酬(謝礼)を受け取らない。

ex.パウロの働き方は究極で、この世の報いを求めていない。

.救いのために

パウロの福音伝道の動機は、一人でも多くの人が福音を聞いて救われることであった。故にパウロは持っていても持たない者のようにふるまい、すべての人に仕える僕となった。

ex.一人でも救うためにとは優れた医師の姿勢である。

3. 祝福を預かるために

 パウロは良い知らせ、祝福を預かるためにどんなことでもすると言っている。福音

伝道で祝福を得るための秘訣は競技者のように節制して1位を目指し、福音のルー

ルを守って、失格者にならないよう気を付けることである。

ex. 誰でも報いを求めて歩む。報いがこの世のものかこの世を去ってからのものかの違いである。信仰の違いである。

(結論)朽ちない冠のためにパウロはいかなる犠牲をも払って福音伝道に励んだ。

最後に主がくださる朽ちない冠こそ最高の栄誉である。祝福を求めよう。