なかちゃん日記

 Photo日記8
               

2006.4.15(土)冷たい風の吹き荒れた曇り
 
俺を見ろ 子の頑張りに 背を押され


      

はじめてに 必要悪を 教えられ

「真面目さと賢さは他の模範」(学校の評価)という性格は、悪い事は一切しない・許さないという頑固さに16歳の高校生が苦しんでいた。

バスの通学を嫌い、親の送り迎えが当てにならなければ自力で通うしかない往復50km。

原付免許の試験には合格したが、公共輸送も考えられない阿呆な公務員さん達が企んだ金儲けが税金以外に国民から金をむしりとる算段のひとつであろう原付講習。4.050円!を払ってこれをパスしなければ免許証が貰えない。

受け入れる所はまだ良心が残る。四ヶ所に電話したが、「予約がいっぱい。」「日にちが間に合わない」「人数に制限がある」など売り手の勝手な屁理屈が買い手のニーズを裏切った。

阿呆は笑うであろうが、基本に帰れば「教育は無償」であるはず。賄賂政治に冒される頭脳が憲法解釈の常識も税金の使われ方も見失っている。例えば、市役所や県庁にある公用車予算そのものが本来教育予算に回るべきのもので、安全・安心な生活を保障しなければならないのはダメな役人ではなく、未来の主役の方なのである。無駄遣いをしながらしっかりやれと言っても聞く耳など持つはずが無い。それほどに腐りきっている。


将来の主役に負わされる自己責任の数は限りなく多すぎる
。などと書いても分かる人も少ないであろうが・・・。

中学も行かずに家のバイクを二台も持ち出して、夜な夜な友達と遊びたい一心の次男は無免許のバイク練習。ずる賢さも覚えた。ところが、免許合格と同時にバイクを買わされ、乗れるのかの心配を他所にスイスイ走った。

本題に戻ろう。本日、生まれて初めて握るハンドルであり、アクセルが何かもブレーキがどれかも知らぬ三男は、冷たい風に震えながら説明を聞いて、さて、乗車・・・・。・・「・・あれ、乗れた・・・」と驚いたが、やっぱり一番の下手糞である。6台目になり、一列になって教官の後に着いていく練習なのだが、どうしても前と一緒に走れない。後ろのバイクに追いつかれ足手まといになっていた。傍に行って教えたい気持ちを我慢してたら、気付いた別の教官が「着いて来い」と特別のメニュー。曲がりなりにもそれで飯食うプロの良心であった(携帯を構え写真撮る親に気付いたからではないと思いたい)。
寒さに震え、残りを車で待っていると、緊張感に開放されたこどもは「寒かったー」と乗り込んできた。

「何をどうやったのか覚えて居ない。走らせるのが精一杯でこけないように必死だった。左側を走れと言われたが真ん中を走っていたような気がする。ウィンカーはひとりで消えると思ったが切るのを忘れてた。」と健気に話した。

誰かさんの様に保険としてではなく、この新鮮さを教訓として書き残さなければならないと奮い立ち日記に復帰する気になった。無免許での事前練習の必要性と4.050円の金儲けの良し悪しにまで発展すればいい。


この素直さとドキドキを忘れない限り簡単に死ぬ事はない。ラーメン屋で遅い昼食を豪華にとり、ヘルメットを買いに行ったら余りの高さに呆れて水戸の南海部品までドライブした。レッドバロンは高い。

学校指定の真っ白なフルフェイスと手袋を買い、太田に戻って靴と皮ジャンを揃えてご満悦!バイクの修理具合を見に高校の傍のバイク屋さんに寄ったら、「来週の初めには出来る・・・」と。安心してお願いし帰宅した。

警察署は土曜日で休み。

免許証は来週になったが、学校の通学許可証はヘルメットとバイクにも貼られる。もう少し、付き合えるようである。




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2006.4.14(金)暖かかった晴れ
  楽しさを 天に向わず 地に広げ
  
 
 嬉しさの あとを涙が 追いかける 

追加分に残った里美地区の不足分を揃えて配達が終わったと思いきや、「太田地区に残る一台分を」との依頼に伝票を頂き喜んで帰宅。二人のこどもと一緒に田んぼの準備に励んだ昨日。巨人の快進撃に喜びながらも変な胸騒ぎは10時半に正体を現し、急遽、母親を乗せて稲敷市へと向った。母親の姉の子、つまり、いとこは70歳。奇病に取り付かれ人工呼吸をしながらの入院生活だったが薬石功無く、海軍大佐で死んだ父親と7年前に逝った母親の待つ天国に逝ったようである。甥っ子とはいえ、8人姉妹の次姉の次男は、末っ子の母親と10歳しか違わず子供の頃からの思い出も多いはずである。何時行っても、ひょうきんさと毒舌は変わらず、持ち上げては落とされる覚悟がなければ笑顔で話せない従兄弟だった。しかし、彼なりに優しく、強く、私の結婚式の司会を簡単に引き受けながら、朝は、「食事も喉を通らないほどに緊張していた」とは後日の暴露談。「炭を持って来い」と交換してくれた血統書つきの秋田犬。「落石注意がきた」とは挨拶の冗句。干拓の農地を大きな機械で耕し米作りの先生を自負していたが、教えられぬままに逝かれてしまった。続きは天国でやられるだろうがまだ逝くわけにはいかぬ。やり残しがある。見守っていて欲しい。

眠たさと悔しさをこらえて西河内町の僻地を含め配達完了。期間限定のアルバイトが終了した。明日は、高校生が日立の自動車学校で原付講習、月曜日は円壽院春祭りと泣いてる暇などない。が、日記は少し休もうと考えている。


2006.4.12(水)一日中雨
花に雨 たまに休めと 助けられ
太田一高の桜・満開

英・数・国三教科の初めてのテストがあると言いながら、慌てて起きた寝坊助を乗せて高校に向ったが、久し振りの雨が下手糞運転手を走らせて中古車の行列。一番前は軽トラのおじちゃん、二台目はいかれたアンチャン。怒鳴りつけたいのを我慢しながら、赤信号を利用して頑張っても失われた10分は戻らず一年ぶりの遅刻。

”常識に外れても法律守る”の高貴な笑い話ではない。田舎の国道を”50km以下で走る馬鹿者”は常識以下の下等動物としか考えられない。一般の車社会に生きてはならない人種である。それでも、追い越し違反は立派な犯罪であり(見つかれば)懐にも生活にも良い事はない。生きるなと見下ろす心算はないが、人と同じに走れず、邪魔になるようになったら免許証は返すべきである。

40年近くも昔に教えられたことは、「後ろから車が来たらお前はどけろ」であった。スピード違反を応援するのではない。普通に走っているのに近づく車は「急ぎの用があるから」と、古き良き時代は車の数も少ないのにそれなりの思いやりを皆持っていた。邪魔にならないような運転を心がけたものである。

パワステもディスクブレーキもない時代の車は頑丈だけが取り柄であった。ところが現代は、汗かきながらハンドルを回すことも、クラッチをダブルで踏むことも知らず、電気の流れの悪い欠陥車を300万円も出して裕福になった気分に浸っている。運転技術は下手糞になってるのに車ばかりが高くなって何をか況やである。その自動車産業がこんな腐った日本にしたことを知っている人間がどのくらい居るのだろうか?

献金という賄賂で政治を腐らせる元凶が経団連であり、その会長はトヨタ自動車である。(ちなみに副会長は国家予算から研究開発費として年に81億円もふんだくる日立製作所であった。)

目くらましの華やかさに酔いながら、何故殺されたのかも分からない交通死者を産み続け、生き残る者達が加害者と被害者に分断される社会に平和など来るわけがないと考えている。16年前、ひたちなか市が勝田市と那珂湊市に分かれていた頃に勝田市は10万人都市で交通死者が全国ワースト1位であった。労働組合に目覚め、腐った法律に気付き、誰彼構わずに知恵比べの相手を求めて敵をへこまし続けていた。「右折信号機の少なさ」が組合に問題化され、マスコミと共同して交通行政の改善に取り組んだ。結果は翌年に顕われ交通死者が4人減って署長・交通課長が県警本部に栄転した。

 公務員を犯罪者扱いした強硬な運動だったが、悔しさを我慢したむこうが偉かったようである。「下手糞の走る道とタクシーの走る道を分けて作れ」なんてことも言ったように覚えている。下手糞は生きるなと言うのではなく、下手糞運転手が無くなる社会をつくりたいと考えている。

テスト当日の遅刻を心配して電話するかと聞いたら、「しなくていい、80分のテスト(の持ち時間)が70分になっただけ」と本人は意外に強気。「2時に迎えにきて」と言いながら降りて走って行った。

とんぼ返りして一台分残る里美の分を積もうかと考えたが、降っては止み、止んでは降る雨に覚悟を決めて休んだ。休みも必要である。四週四日の公休、公休は24+8の32時間などと言ってた頃が懐かしい。春祭りの難しい資料を作ってみたが結構出来そう。先生に感謝。少しだけの休みがこんなに元気にしてくれる。



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2006.4.11(火)今にも降りそうながら夕方までもった曇り

 簡単と 思う心の 落とし穴

     赤よ咲け 白も負けるな 
     みんな咲け

今朝も高校生を降ろして積み込みに向った。太田の最終日である最後の地域は谷河原地区。17軒の荷物を積んたが種類が少ない。
「簡単だな」と心でつぶやき、昨日の不足分と合わせ、補充する為に水府の配送センターへ。のんびりムードの係にうんざりしながら待ちくたびれて補充した。「やっぱり留守」の配達先に苦笑いで届けて本日分をスタートしたが地図に書かれたはずの1番が見当たらない。最初からツマズイタ。探しても、探しても見つからず勘を頼りに端から端まで探しとんでもない所に見つけて感激!2番からはスイスイだろうの期待も裏切られ迷いながら、知らぬ土地に安心などなかったと、家が分からぬ配達の悔しさを噛み締めた。半分も出来ずに昼飯時になり、朝飯食わずに出てきた失敗を反省しながらうどん屋に向ったが本日定休日。運命に笑われ、覚悟を決めて古い中華料理屋に決めて、。うどんの倍も高い朝昼一緒の食糧にありついた。何時泣き出すか分からぬ曇り空を心配しながらも豪華な食事をしっかり味わい、再開したらなんと、行くところ、行くところに人が居てスイスイの連続である。午前中の苦労は朝飯食わぬ罰と配達量の少なさに油断した×であったらしい。それでも、たっぷり3時近くまでかかり、センターに戻って最後の礼を言って帰路に着いた。「電話するから」と言って降りた高校生の連絡を待ちながら買い物・・・。3時を少し過ぎて連絡がきた。家に帰って、17日の買出しを商店に依頼してから田んぼへ。昨日の続きである。一時間立つ頃にやっと思い出したかのように雨が降り出した。里美地区も明日の追加分を配達すると終わる。次の仕事を探そうかな?


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2006..4.10(月)今にも降りそうな曇り15時から小雨
 咲く花に 笑われまいと 田の準備
    
     こんな綺麗なのを見ながら働いてます    22日が用水掃除と水取りだ一足早く

今日も太田の手伝い。
高校生と一緒に出掛けようとしたら自転車屋さんがバイクの引き取りに来てくれた。
高校生の通学用に整備をお願いしていたからだが、「ついでの時に持っていく」とは、高校の傍のバイク屋さんに頼んで紹介してくれるという有り難さである。25kmを毎日通うにはパンクや故障などあると考えて不思議ではない。

同時にスタートしたが安全運転では8時半の授業開始に間に合いそうもなく、追い越して先に行かせてもらった。25分かからなかった奇跡にも当の高校生には感動もなく、「教室は四階だ」と言い残して降りた。方向転換して信号待ちしていたらバイク屋さんがやっと目の前を通過した。軽トラから降ろすのを手伝って丁寧な修理をお願いして積み込みに向かった。”雨にもあてず風にもあてず”から”雨にも風にも負けるなよ”と子離れである。

当の本人は「土曜日の休み(教習所での原付講習)を学校に告げた」と、いたって当然の様子ではあるが。

センターに着いて積み込みを開始したら倉庫番が手伝ってくれて難なく満載。
昨日の残りを一軒済まして始まったら、やはり、広いところはすいすいのご機嫌である。花見る余裕もあり、ばあちゃんの話し相手になれる楽しさも覚えて少し大きくなった(~-~)/ようである。

それにしても脳狂の悪口の多いのには驚く。

四箇所の支所を統合した経営の合理化は、配置転換や人減らしが配達も思うに任せず、組合員のニーズを忘れて、欲しいものがすぐに届かない悪循環を弊害としているのではないだろうか?

客の懐を忘れたタクシーは客に見放され、床屋は千円カットに客を奪われ、規制緩和などという大層な屁理屈があらゆる生活に矛盾を増やしている。屁理屈にもならないほら吹きが大手を振る賄賂政治は、国鉄がJRに、電電公社がNTTにと国民の命も生活も関係なく進められて税金があぶく銭になってる。

あいつら母ちゃん居るのかなあ?あんな馬鹿作った母ちゃんだからやっぱり化け物か〜。。。
午前・午後と二台分を終わらしたところで小雨が・・・。センターに着いたところで高校生から迎いの電話が入った。

まだ明るい時間の帰宅に田んぼが気になってスコップを持って出掛けた。取水口に溜まった泥をあげ、U字溝を掃除した。22日の8軒の作業が少しでも楽になれば良い

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2006.4.9(日)風吹いたが久し振りに暖かい晴れ
 あやまちが 奥の細道 振り返る
  
  サクラより梅のほうがいい、梅よりも地に根ざす花が良い

 花咲きて 七日鶴見る ふもとかな  (芭蕉)

日曜日というのに早起きした理由は、昨日の配達の残りと貧乏人に嬉しい初めての給料。
お助けマン(3月12日掲載)の早朝の訪問も年寄りに任せて出発したら、免許証も印鑑も忘れ、二度も戻る慌て者。

笑顔で待っててくれた事務員さんに給料とお茶をいただき出発しようと車に乗ったらまたもや登場した昨日のた○やクン。かくれんぼの約束を覚えてた賢さに驚かされたが二回の抱っこでごまかした(やはり罪悪感)。

誤魔化されること、騙されることを知って人は信頼を疑う。

だが、しかし、アルバイターの配達員にこどもと遊ぶ時間は保障されていない。

未来の主役、この子らに平和をと頑張る運動の空しさも教えられながら昨日のやり残しを再開した。

日曜日ともなれば、会社に勤める若い者が頼りにされる田んぼはどこも賑わい家は殆どが留守である。地図と伝票の睨めっこ。当たった勘の偶然に喜び、教えてくれる通行人に感謝する。タクシーなら目的地は利用客が教えてくれ、無料の無線が教えてくれるが荷物は口も利かない。天神は迷路である。

やっと最終地点に到達したと思ったら荷が足りない。八個の伝票に残る品物は5個。3個持ってきますと告げてセンターに戻ったがシャッターは降り、鍵がかけられていた。ジエンドである。

燃料を補給し、古神に電話して肉を頼んで、野菜を調達して家に帰った。今朝の石井君を呼んで焼肉パーティ!一日だけの豪華さを味わった。

愛踏みには引っ掛からなかった先生だったが、荒れ野には空かさず教えてくれる奥の細道。大概の人間の頭脳を計れる自信もこの御仁には慌てる。真、人間なのかと怪しくなる(?o?)v。人生大学青春学部漁船科の中退者と都立大学に8年も学んだ者の差か?死にかけた細胞を必死に生き返らせようと必死である。

月日は百代の過客にして行き交う年もまた旅人なり、船の上に生涯を浮かべ、馬の口捉えて老いを迎うる者は日々旅にして旅を棲家とす。故人も多く旅に死せる在り世も何れの年よりか偏雲の風に誘われて漂白の想いやまず。海浜をさすらえこぞの秋


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2006.4.8(土)昼に一時雨の寒い曇り
 遊ぼうと ひかる笑顔に 励まされ
   
     未来は大物・た○やクン            じゃあね         栄光の写真展・本日最終日、次回へ・・・・

不足分を補充に水府往復、里川部落を済ませて太田へ〜。
センターで積み込んでたら倉庫の屋根を叩く雨音に脅かされ、根性で積み込んでうどんやさんへ。
天神の残りの配達は更に強敵で、道が分からない。人が居ない。表札がない。と全く持ってややこしい地域に時間ばかりが無常に過ぎた。やっと、7件目を消化したところで・・・・・・・・車が壊れた。

いくら踏んでも吹け上がらない。

スピードが出ない。

のろのろ運転で次の配達を探し当てたら一本足りずにセンターに戻って補充。届けなおしたところで今日の配達を諦め、車検が終わって車庫に待つ車の元へ。

配達出来なかったものを積みなおしてたらご覧のた○やクンが登場した。年齢は6歳、ピカピカの一年生らしい。それにも関わらず、悪い大人・良い大人を判断する知恵の凄さに恐れ入った。滅茶苦茶に疲れ、車にも裏切られての悔しさを晴らしてくれるに充分の笑顔を見て欲しい。

「警察官になる」
「つまらないからやめろ」
「じゃ消防士になる」
「熱いぞー」
「じゃ、何になるかな??」とは、先輩のまじめな受け答え。

その笑顔で沢山、沢山のことを見、覚えて欲しい。追いかけっこした30分がエネルギーを復活させ、さよなら言うと、追いかけてきた。

「帰るからね」
「どうして?」
「またくるよ」
「今度はかくれんぼしようね?・・・・・・」。

約束。

栄光を 目に焼き残し 写真展

電話したら、写真展の最終日だった。思いがけないチャンスを知って着替えて磯原へ。限界線を手前に引いたわがままに苦笑いしながら車を飛ばした。
炭焼きコーヒーをすすって一息ついたら流石に疲れがカムバック〜。それでも、時勢を風刺する写真の数々は不安をひねくり、女性の意欲をくすぐり、弱肉強食の自然をものこしていた。強くなければ生きられない。それでも、優しくなければ生きる資格はない。小学生に受け継がれるその足跡は決して消える事はないだろうと考えた。
その後。10時半まで色々あったけど書けないからおやすみ・・・。



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2006.4.7(金)山奥は寒かった曇り
 これよりも 旨い空気は 何処にある
  

 雪どけの 水が休めと 笑ってた

幾つものカーブを曲がり、山を越えて、またもや続くカーブだらけの下り坂が終わる頃にやっと、ご覧の景色が目の前に広がる。旧里美村・里川の岡見地区である。写真を撮ろうと車を降りたら震える寒さに歓迎された。

 時刻は16時をまわり、宿
(里川しゅく)に残す配達を思えば休憩などする余裕はない筈であるが、「どっこいしょ」と道の脇の土手に腰を下ろし、タバコに火をつけた。

禁煙の張り紙も白い目もない、排気ガスの焦げる匂いも、救急車のサイレンも聞こえない。大きく吸い込んでゆっくり吐き出す。二度繰り返した。「うまい」。病気をして本数を減らしても二箱40本は毎日のノルマでもある。しかし、此れほどに旨いと感じるのはやはり、澄んだ空気の所為であろう。

40年も昔、5人の同級生が中学校に居たが、いま、車でも小一時間の距離を通学も間々ならず寄宿舎に住んでいたのは懐かしい思い出でもある。〜夢は荒れ野をかけめぐり〜という句があったが、まさしく今、その同級生の顔を思い出していた。親父面の面白いやつ、口は悪いが優しい女の子、頭もスタイルもいいのも居た。

みんなどうしてるのか?「もしかして・・・」と気がはやりタバコの火を消して立ち上がった。

四軒のうちのたった二軒の配達だが、人懐こく迎えてくれたのは婆ちゃんだった。「お茶飲んでったら?」を丁重に断り後にしたが、婆ちゃんが「同級生だったら断れただろうか?」と思った。「昔のことを言う様になったら終わり」と言うが、まだ、終わりたいとは思っていない。

 三小室山の入り口を過ぎて、少し下った所に右の写真の水飲み場がある。手を洗い、手にすくって口に運ぶ。やはり旨い。500mlのペットボトルに汲んで持ち帰っていま飲んでいる。家の水も湧き水の地下水だが味は少し違うようだ。往きには二人組みが水をタンクに採取していたが分かりそうな気がする。除草剤や農薬の心配もない真に雪どけの地下水がなんの心配もなく飲めるとは、人間とはいかに愚かな幸福を追求する動物か?まずい水を飲むために金を払い、払うために稼ぐ。自然を壊しながら・・・。

こいた余裕は間違いもなく罰の罠にはまる。家は分からん、人は居らん。挙句には品物が少なく、「明日持ってきます」と詫びて帰路についた。

伝票が間違えてなかったら・・・。もう10分早くまわったら・・・。それでも後の祭りに変わりはない。



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2006.4.6(木)冷たい風の晴れ
横綱は 最後に出ると 余裕こき
    
          太田一高のサクラ          慌てず騒がず今日から二年生だ!

はかどらぬ 知恵の足りなさ 恥の書初め

風邪の切なさと春祭りの資料作りに追われ、知恵の乏しさに手を止められて四日間の日記を休んだ。恥の上塗り再開である。

15日間の春休みを終えた高校生が二年生になる始業式。いつもより30分もの早起きを冷やかしたら、「昨日と同じ今日はない」とか生意気言って・・・。理系、文系に分けられてのクラス替えや新しいクラスメート、直後に待ってる実力テストなど等、楽しい心配は羨ましいほどである。

去年の入学式より少しだけ早いサクラに迎えられて校門を入ったが中々行き着かない。帰り道に通用門を見たらクラス替えを張り出す紙に群がる子供達の元気は凄まじいものである。後ろからのっそり確認した息子は手を挙げて喜びを伝えた。クラスが見つかったようである。

一目散にとんぼ返りし車を乗り換えて目指すは農協!昨日の厄介な雨は配達を大きく遅らせた。少しだけと覚悟して自家用車で運んだ分にやはり、助けられた。16軒を除いて20軒を配達したら12時30分。学校が終わる時間である。空車のまま太田に直行した。

本屋に待ってた息子を乗せて下心ありのうどん屋さんへ・・・。二人とも冷たい手打ちうどんは何よりの好物である。

「何組よ?」
「一組」。
「何人?」
「43人。男は15人で残りは女子。」
「あちゃーっ!」
「何考えてんだか?」と笑った。

15日に教習所で実地講習を受けないとバイクの免許証が貰えないから「それまで送って!」に、もうすぐ子離れを覚悟するが片道35分のバイク通学は危険が一杯であり、決して安心は出来ない。それも試練なのだろうと考える事にした。こけて怪我したり、トラックに脅されたりは誰もが経験する車社会の歓迎の儀式である。再起出来ない様なら元々、弁護士の器に無かったと言うだけの事である。何はともあれ、乗合タクシーが企画課待ちにスタートが延ばされ、遊んでは居られないから働けば子供の送り迎えは不可能である。

昼飯を食って「配達手伝えよ」と農協へ。記憶力に驚かされながら早々と積み込みを終えてとんでもない山奥向けて出発。30分以上も早く終わった。宵積みはやめて昨日の会議の結果報告を配りにアルッタ。
それにしても寒い!
いい加減に暖かくならないのかなあ?

常陸太田市の議会解散の署名が60%を超えたと新聞。自民党政府のお粗末さを報じられないテレビが誤魔化す民主党の茶番劇。
ちったあマトモナ政治家は??居ないんだろうなあ???



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