Photo日記・7

2006.4.3(月)風は強かったが寒くはなかった晴れ

   
   我が家の自慢紅白混じりの梅が開いた      勝田病院のサクラが3分咲きでした

2006.4.1(土)昨日よりは暖かかった晴れ
 野も山も 待ってましたと 風薫る
   
  常陸太田市粟原町・山田川土手にて撮影    常陸太田市松平町にて撮影・枝垂れ紅梅の雄姿
 
 先あれど 咳と頭痛が 足縛る


 毎日が、年に一度の偶然ばかりに歓迎されて花愛でる青春を過ごしています。なんて書くとまた孝○ちゃんから「くさい」「遅すぎた青春」など等、突っ込みが入りそうだが、”働いたら金もらえない保険生活者”の一年はホント、人間らしい心と人間らしい生活を教えてくれたようだ。

「働かねば食っていけない」→”他人より働かねばエラクなれない”→”エラクならなければ幸せになれない”という思い込みにつくられた競争社会を何とかぶっ壊そうと考えて頑張って来たが、壊されたのは自分だったようだ。

いま、改めて思うのは、「食うために働かせろよ」「働かせてくれたら税金払ってやる」「もっといい生活の方法教えてやるから」なんだが完成された競争社会に言っても伝わんないだろうな・・・。人を騙して儲ける社会は何時まで続くのだろうか?

その先は戦争しか残らないんだぜ。

市県民税も国保税も高校の授業料も払わずに生活するなら、月15万ちょっとでやって行けそうだ。家族で外食も旅行も贅沢は考えられないが、新車の月賦を払い、携帯電話の支払いぐらいは出来そうだ。でもなあ・・・・

「奨学金だけで大学行って弁護士の夢」を現実に話したら、「それって、親として恥じゃねえ?」って日立製作所に長年働く馬鹿野郎。お前達が戦争兵器を作らされているのも知らずに働いてるからどんどん社会が悪くなってるんじゃねえか?

家族の生活守るために頑張って戦争兵器作ってました。なんて人前で言えんのかよー!。
会社は悪い事をしてますが、私は何も悪い事はしてませんって・・、お父さんは人を殺しましたがちっとも憎めませんって言ったオウムと一緒じゃん。

昨晩は氏子総代の会議で小菅の会計を仰せつかり三役にされた。家一軒建つほどの資金を持ちながら、過疎化・高齢化は文化行事をも閉塞状態にさせている。その現実をどう活気付かせるか?どう発展させるかが問われる。

冷たい風に我慢が我慢で頑張ったが咳と熱はやっぱり風邪!うなされながらの日記もたまには・・・・・・・・・・・・・。

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2006.3.31(金)強風と冷たさの一応晴れ
 働ける 楽しさ知って 振り返る・本日、廃業一周年記念日
  これなんて名前?

手伝いの二日目は昨日の続き。センターに寄って不足分を補充
(ほじゅう)し、忘れてたメガネを持って出発した。
二日目というのは昨日の失敗を覚えているから、知らぬ土地柄も自然に覚え、軽快に「ありがとうございましたー」の連発。
立ち止まれば震えるような冷たい風にも負けるわけにはいかない。
とは言え、「逃げ出してしまえ」と悪魔が囁
(ささや)いたのも事実ではある。だから、
負けるわけにはいかない。

 13時を10分過ぎて33軒の配達が、朝、補充した物と品違いの8本を残して完了した。
目指す先は、ぶっとい手打ちうどんを腹一杯、560円で食べさせる上記の「いずみや」さん。
5〜6年前、東京から取材にきた女性記者にご馳走(ちそう)したら「こんなぶっといの初めてー」「美味しいー」と大はしゃぎであった。
独身の美人記者の「ぶっといの初めてー」には指を指して周りの客と笑い転げた。

ともあれおすすめのうどん屋さんである。

 頑張り過ぎて信号待ちで意識亡くしたら元も子もない(一過性脳虚血発作・血液中の酸素が欠乏し脳の血管が詰まる脳梗塞の前兆は二年連続の経験)。40分昼寝して正月にハワイで遊んでる夢をみた。

 苦笑いでセンターに入ったら係りが飛び出して来て、「早いですね」。。。。
 
 昨日の業務改善の講釈(こうしゃく)は無駄ではなく、半分に分けた品物の数が荷台にぴったりに収まり、「自分が配達者だったら」を考えたもので嬉しかった。憎まれたくなくて黙っている人の多くに改善が愛踏みしている現実は山ほどある。誰もが誉められたいと考え、誰もが幸せになるために生きている。

 半分とは言え、19軒分の品物を積んで出発。まだ続く冷たい風を恨みながらも軽快に配達を終えた。明日の分を積みにセンターに戻ると、例の係員曰く、「ホントにもう終わったんですか?」。
 
これまでのヤツラがどれだけサボってたのかは分からない。

 うるさいのを黙らせようとする係員のお世辞かも知らぬ。
 それでも、2時間立たずに帰ってきたのは事実であり、余りも不足もなかったのも事実である。

 改善案を実行した係員とバカ真面目と言われてもいい配達員の協力・共同は、「どう広げるか」の向こうに「どれだけの人間が喜ぶか」の期待を大きく拡げている。

 煩わしさをつくる向こう三軒両隣の人・人・人・・。それでも、煩
(わずら)わしさは取り除かねばならぬ。(夏目漱石著・草枕よりパクリ)

 一回ブチューッてつぶしてやると簡単に目が覚めるんだよね。た○おちゃん!!

 


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2006.3.30(木)冷たい風の曇り
 笑顔あり 働いて知る 世の情け

 
 直ぐ来いと 金で買われた 運転手

 昨日サボったお詫びのしるしに8時半に家を出て、積みっ放しの三台分を退治したら午後1時を過ぎていた。もう一分張りと考えて家に戻らずに古神ホルモン道場へ。着いた途端に本社より携帯に電話が入った。

 「里美地区をを切り上げて太田地区を手伝え」との指令である。

「今日は質素に」と豆腐のたっぷり入ったウドの味噌汁つきの豚バラ定食を頼んだ。生来が魚食いであり、他で肉を食う気にはならないが此処だけは別である。

 全部を平らげ、親方の元へ向かった。たっぷり用意された伝票の束をあずけられて太田のセンターへ。
来て見てびっくり!整頓された倉庫は我が方と比べ物にならぬ凄さである。係りが荷積みも手伝ってくれると言う。しかし、まて、幸せから一本取ると「辛い」になるが、正しく、ご覧の通りの辛さで四段にも重ねられた下は名前の違う品物で、一番下の品物を配達するには三段を下さなければならない。

 「現場を知らぬ机上の空論」「配達計画の無秩序」「配達者軽視」の講釈を業務改善案として教育して差し上げたが、農民を軽視してむさぼり取る農協がJAに名を変え、人件費削減に狂った人減らしが合併によって加速し、農民は困っている。

 でも、だから、俺のところにバイトの口が回ってきたのだから〜ま、いいか。

 ちょっと待ってよ〜ホントに悪いのは生産者と消費者の間に巣食ってる「全中」や「全農」であり、アメリカ言いなりで毒入りの食糧を輸入する為に国内農業を潰している自民党政府なんだかんね。理事長や管理職の為の農協ではなく、組合員である農民の為の農協に生まれ変わる為にも自民党政府を無くさなくちゃならないんだよ。正しい政府が出来れば農水省が脳酔省なんて孝○ちゃんに悪口言われる事もなくなるだろうし、税金があぶく銭としてではなく公平に分配されるようになるはずだ。今の生活を守ろうとばかり考えたり、他人よりは金が有るからとか考えてるなら手遅れだけどね。

 そんな人から先に戦争に行って欲しいね。

 必ず言うよ?「俺は何もしなかった」「賛成も反対もしなかった」って・・・。
 
悪いのは自民党を選んだ人達だけど、もっと悪いのは賛成も反対もしないで隠れてたズルイ人達だ。黙ってても反対以外は賛成に数えられる。黙ってれば何とかなるほどのひどさじゃなくなってきたからね。

「こんな日本にしゃがって」と子供や孫に言われないように〜ね〜o(^o^)K??

2006.3.29(水)朝まで冷たい雨、日中も刺すような寒さの曇り
 早起きが 合格させると 客を呼び
  

「二年生からバイクで通う」と話す高校生に感謝した。
4時起きして試験場(水戸市)前・5時半の集合に間に合わせた。(お陰で昨晩は早くに寝て日記は休み・・・)。
音を立てて降った夜中の雨も小降りになって、寝坊助が目覚ましより早くに起きて、顔洗って、着替えて並々ならぬ決意表明は驚きと笑い。

まだ暗い349号国道は整備された所為もあってトラック天国。80km/hで走ってもパッシングする脅しを挑発と受け止めて燃える教育者に久々に変(^v^)/身(軽自動車の底力を見せ付けた)。信号は全部青かった。まだ若い。

3900円を割引券が400円値引きするという、近頃耳にする「ヤミ校」。受験者に試験問題の解き方を短時間で教える予備校らしい。まだ暗いというのに200人以上が列をなして居並ぶ。(写真はやっと6時3分)

「帰って良いから」と降りて列に並ぶ息子を残して帰れぬ親バカがコンビニに車を停めてしばし付き合う。

「寒いなあ」

薄着の息子にジャンバーを貸したが「いらない」と断られ、一時間付き合って後にした。

「あの時そのまま帰っていればいい父親だったか?」
「こどもの自立が少しは早くなってたか?」
「落ちたらショックだろうな?・・・。」

BSで風のハルカを見て朝飯食って、昨日のやり残しの配達に出発した。茨城町を隣にする水戸も寒かったが「ここは里美村も北の部落」をなめて、薄着した自分を責めた。ややこしい部落を何とか終わらして倉庫に戻って更に3台分を積み始めたら何と、公衆電話からの息子の声。

「(午後)1時には終わるから迎えに来て」。

15時までかかるだろうの予備知識は更なる不安を掻き立て、「自信が無くて発表前に結果を知ったか」「明日の再挑戦を覚悟したか」と急いで積み込みを済ませて飯も食わずに車を乗り換えて向かった。

何も持たずにコンビニから出てきた息子に恐る恐る「どうだった?」

「フルフェイスのヘルメットっていくらすんの?」


 ヤミ校3,500円、試験料1,950円、交付手数料1、650円、教習所原付講習4、050円!!!
しめて、11,250円(食事代・交通費含まず)が、無条件で分捕られる金である。

無償であるはずの教育が産業と化し、通学も個人負担として公共輸送を忘れたふりするアホどもが子供相手に金儲けの法律をつくる立派な先進国。バカを殺して死ねよとて16までを育てしや・・・。過った法律を退治すると決意して弁護士をめざす高校生が初めて知った現実は「3、500円は高すぎる」だった。あえて、交通地獄に飛び込もうとしている。

蕾はやがて開く・・・(だろうと思いたい)。

 二月、三月花盛り
  五月、六月実がなれば 
   木からふるい落とされて 
   何升、何合計り売り 
   シソに染まって赤くなり
   塩に漬かって辛くなり
   三日三晩の土用干し
   皺は寄っても若い気で
    若い君らの仲間入り
    運動会にも着いて行き
       まして戦のその時は
   無くてはならない この私  ってなーんだ


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2006.3.27(月)昼間はぽかぽか日暮れから寒ーい晴れ
 八十路なる 恩師の笑みに 励まされ
   

久慈山並みの さみどりは
 いのちの象徴(しるし) 陽に映えて 
  理想を謳う 嬉しさよ 
  至誠を胸に 真理を究め
     大きな道を進みいく 
     腕(かいな)を組んで 正しく 強く 伸び行く 伸び行く 里美中学校

小学二年生の時に賀美村と小里村が合併して里美村になった。
それから6年、写真の中学校が建てられ中学三年生の一年間だけここに通った。1クラス46人5クラス230人の同級生が居た。第3回の卒業生である。東海村に日本初の原子力発電所がつくられ、東京でオリンピックが開催された頃の懐かしい話である。映画の網走番外地に憧れ平凡や明星の表紙が恥ずかしかった頃でもある。「至誠を胸に 真理を究め 大きな道を 進み行け」と間違いなく当時の先生は教えた。見る影も無く当時の1クラス分にも足りない1学年は少人数学級の先取りである。義務教育であるにも関わらずに不登校なんぞと子供一人を満足に教育できない情けなさを40年も見続ける学校はどれほどの悔しさであろうか。配達の途中で立寄ったら車に近づく老人の姿。一瞬にして思い出すその人懐こい笑顔は40年前と変わらずに語り始める昔話の数々。文部省を含めた俺の教育行政との知恵比べは覚えられており話は終わらない。先生、何歳になりましたか?と尋ねたら「まだ80歳」と返ってきた。何より思い出すのは、叱らずにその優しさで笑いながら諭す手法は利に叶い、反発も反抗も諦めるしかない独特のものであった。一生かかっても勝てない一人でもある。テレビの金八先生はドラマだが「こんな先生に一人でも出会えたらこどもは幸せだろうな」と思える数少ない生き残りである。40分もの長話は営業マンではないただの配達アルバイトに後が怖い。9台分もあったこの部落の配達は三日かかってやっと終わった。右の写真は最後の部落に配達の途中、庭に咲いていた名も知らぬ花。「写真とっていい?」と聞いたら、「すぐに増えるんですよ」と婆ちゃん。「写真だけだよ」と言ったら「分かってるよ」と笑ってた。
これも敵わないね(~_~)o/

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2006.3.26(日)雨の予報が外れ嬉しい曇り
 雨降らぬ 子らを拝んで 田の修理
   
 
 季節限定のバイトの忙しさも、日曜日であれば休みたくなるややこしさ。午前中雨・午後からあがるの予報は見事に外れて本業の田んぼの準備に行ってみた。道路ばかりがピカピカで何とも田の周りの情けなさに「くろ」の整備を始めたのが真ん中の写真。
近年の機械化はぎりぎりまで削り田んぼを壊している。
田の仕切りが狭くなればもぐらも手伝って決壊の危機。
腰も足も往年の逞しさが懐かしくなんとも・・・。
所々を修理してたら隣の親父が話し掛けて一服が嬉しい。
「議会の解散請求は署名集めが難しく手間取っている。」
「合併してもいいことは一つも無い」
「どうなってしまうの?」と・・・・。
俺にこぼしても何ともならないのは承知の上だろうが、誰かに直して欲しいと願うのは一般人の世の常。
困った時だけのなかじまさんかー?。あんたらの応援する政党が間違ってるんだよー!
昼に帰ってこども二人に応援を求めたら渋々支度して、「モモ」も応援に出てきた。
ところが、「ここをこうする」と教えられた二人の動きに無駄は無く働きは凄い。力でねじ伏せるタイプの次男・正確さで仕上げる三男とタイプは違えど見事な「くろ」が出来上がった。残り三枚の田んぼも手伝ってくれたらなあ・・・・。「ただ働きの強制は法律違反だ」とヌカス二人に三時間分のバイト代をちゃっかり請求された。 
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2006.3.25(土)少し暖かな晴れ
 皆いくも 散るを忘れて 堂々と
 
 
 食ったぞと 自慢したいぞ 天国で

三台分を一台にまとめて配達したら〜何故こんなに残ったのか〜風に飛ばされた伝票が隙間に隠れていた。

倉庫に戻ったのだからと更に、三台分を積み増しして配達したら、あっという間に暗くなって・・・。
車のドアに看板ついた軽トラの訪問は感謝こそされ、誰にも咎められずに気分は上々である。

しかし、必死に働いている時は気付かない腰痛もふくらはぎの張りも家に帰ればパンパンのがくがくで何とも情けない話。

 掲示板にネタバラシしたお陰で数限られるネタ不足と疲れで昨日の日記は休んだ。

高校の送迎がないだけでたった一時間ではあるがゆとりは計り知れない。

今朝は9時前に家を出て昨日残した6軒の配達を済ませた。伝票が山のようにあるのと数えるほどでは格段の余裕がある。三台分の積み込みが終わり時計を見ると、正午を過ぎており事務所の当番は「本日午前中」と言う。

 申し訳なさに走り出したら焼肉屋さんの前に止まっていた。

 家に帰るのも時間の無駄であり、帰れば体は2時過ぎまで立つのも嫌う。贅沢ではなく、家族を想う小さな親切で(^o^)o/。

 BSEとは無縁の牛肉を食わせ、タレも自家製の田舎の焼肉店ではあるが、他店と比べられない旨さである。
30年も前、毎夜のようにご主人をカモにして麻雀に入り浸ったものだが、現在は引退し息子が継いでいる。季節によるが猪・牛・豚肉と焼肉を堪能するなら「古神ホルモン道場」がおすすめ。

 行く度に、「豆腐は抜いたからね」とは奥さんの口癖で、季節のもので作る味噌汁に嫌いな豆腐が入る事はなかった。

 だが、今日の味噌汁にはたっぷりの豆腐。奥さんは昨年病に倒れ急逝した。

 20代からこの店に通い、この店で初めて口にする豆腐の味噌汁・・・。噛むことも忘れ、一滴の汁も残さずに平らげた。我々の我侭の徹夜麻雀に夜食を用意し、全てに笑いながら諭したその優しさは忘れる事はない。

 味噌汁の味は懐かしく、しょっぱかった。

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2006.3.23(木)午前中雨午後から晴れ
 親バカを わざと教える 別世界
 

「高校に英語のテキストを取りに行きたい・・・」。

今日から高校は休みで、送りも無いと雨降りにのんびりしてたら、進級早々にテストされる問題のテキストが「今日、発行になる」との話。

やみそうな雨に配達を心配しながら慌てて着替えて出発した。

校門の中にまで侵入したが二次募集の合格発表の高校は厳戒ムード。
校門の外に小さくなって待つこと10分、妙な落ち着きと余裕が笑いながら「単行本を買いたい」と・・。

本屋の開く10時までをつぶして午前中の配達を諦めた。

燃料を満タンにしてゆっくり帰ろう。
「待てよ〜」。途中の紅梅(昨日の日記)まで来て今朝の「NOUCUSる・開幕」を思い出した。


トンネルを越えて進路変更!日立中央から磯原を高速道路、雨はまだやまず30分のノンフィクション。

「行きたくない」とかぬかした高校生もケーキセットとトラクタのウイーリー、狸と合鴨の雛の写真にご覧の通りの笑顔でポーズv(^o^)v!初めて読むスポーツ新聞にもニコニコしていた。

タクシーを辞めて一年。慢性化した金欠病に見舞われる毎日に久し振りの喫茶店は勢いの炭焼きコーヒーに何とも言えない豊かさと豪華さ。

貧乏神に心も冒されていた様である。

空威張りしても職業のない苦しさは心までも小さくするようである。ご主人にまた来ますと告げたが、次回の写真展までは無理かも・・・。雨の上がった帰り道で配達を心配してスピードアップするのを見透かされ、「さっきまでの余裕は?」と。

昼過ぎにやっと配達がスタートしたが品不足や割り込みもまでも飛び入りして暗くなってやっと終了。明日の分の積み込みは明日の朝にしようと甘えた。

贅沢は敵か?

昨日と同じ今日で無いから明日が楽しみなのだ。
綱渡りでもこれより落ちるとこないから心配するない。
冷静に着実に生きる息子にはいい加減な親が羨ましいようである。