タクシーのページにようこそ

       タクシーを中心に「市民の足」と「移動の権利を」考えます


悪くなるのを見逃す
    行政がありますか?

「公務員の皆さん!勇気を持ってください」
と訴えた農林省前・霞ヶ関

 

<はじめに>
2
60余社3.700台という茨城県のタクシー事情は、一社当たりの平均所有台数が13.4台という小規模事業者の寄せ集めにあって父ちゃん・母ちゃん・アンチャンの「三ちゃん商売」とも呼ばれる異常さの産業です。行政が「公共輸送機関の一部」とやっと認めても時、すでに遅く、2002年国政の無策は"後は野となれ"の自由化にタクシーを放り投げました。今は昔、出来高・歩合給与という無策の根源ともなった賃金体系の下でも給料に手をつけずチップだけで生活費が賄える異常を異常と知らずに経験した古き時代を思えば、こどもの初任給に笑われる賃金が別次元での夢のような話。右折信号機の増設・乗り場の設置・組合の拡大とあらゆる労働運動に参加してより良き社会の一員を目指した時代の自慢話におつきあい下さい。次のページからが本番です。             


あれから 5年・・・
協議会はどこいった???

国会請願、議員要請、県議会請願、市役所請願、国土交通省を取り囲んだちんドン屋を繰り出しての盛り上がりは懐かしい思い出です。まじめに考えて蒼々たるメンバーで「やっとつくらせた」協議会も行く先知れずに・・・・・・・・。      これも懐かしい思い出のひとつ。                                          

「自交茨城城・2002年新年号」より抜粋した茨城新聞の記事"転載
下は、しんぶん赤旗より抜粋


この頃は新聞記者も輝いていた!




素晴らしく増えた右折信号機は県警からのプレゼント?

2000年夏の総選挙に○×新聞が特集で一面掲載!したものですが・・・。



真は、2002年茨城インターハイの開会式場になった笠松運動公園・プール前に急遽設置されたタクシー乗り場です。乗り場の実態を告げて設置を求めた交渉に県は、「来る人は車か電車で来るから駐車場とシャトルバスで間に合う」と答えていましたが、開会式終了間際から溢れ出す人、人、人の波にてんやわんやのタクシーは40台がたちまちなくなりました。「波崎町から娘の応援にきたが車を停められず6kmも離れた場所に停めてタクシーで来た」というお客さんも・。だめジャン!  
全国から来てくれた皆さんありがとうございました。

               

バレーボール競技の会場になった「ひたちなか運動公園」。市役所職員と協力しながらの手作りのタクシー乗り場です。当初の1車線では××タクシーの迎車群に占拠されて失敗。夜中まで頑張って「一般利用客」「予約利用客」の2車線制が成功しました。良いものは失敗があって出来上がるものなのかな?              
この頃はワープロでした(^g^)xxはは・・
 
遠くから来てくれた皆さん!
       激励とアドバイス有り難うございました!
         

写真は市職員手作りの「看板」製作者の佐藤さん(中央)とK係長(右・当時)。炎天下の作業は流れ出す汗が気持ち良かったです。
 
行政との協力がいいものをつくる。この一歩が大切

  水戸駅・南口
市街地整備課や都市計画課との協力・共同の成果

 

水戸・南口
  
円形のタクシープールは画期的!

水戸・北口乗り場のスロープ
 
申し入れ交渉から10年余の歳月!感動!

(タクシーの次は 
不採算の路線バス事業
見直しが課題になっている。)

画して3月31日
をもって廃業!  
        の筈だったのだが・・?

勝田市と那珂湊市の合併、常陸海浜公園や世界最大級のホームセンターの出店、常陸那珂港の開港とめまぐるしく変わる時代のなかでひたちなか市を拠点にした労働組合の運動は右折信号機の増設や改善、公共施設に乗り場を作り、作らせる精一杯の活動も、経営を忘れた茨城交通のタクシー部門は銀行経営に立ち行かなくなり偽装廃業、経営譲渡、縮小と2002年のタクシー自由化以降の厳しさに耐え切れず交通本体の命運も危ぶまれている。16年間の勤務にお世話になった関係各位に御礼申し上げると共に、新たなる出発に際しご指導頂けるよう生まれたてのサイトからではあるがお願いしたい。

    次のページから「乗合タクシー」のページです。Let's go!!