礼拝説教 遠藤 潔 牧師


 【2022年9月25日、蓮沼キリスト教会 主日礼拝】
              「ソロモンの罪」   列王記第一 11:1~13

 ソロモン統治下、イスラエル王国は繁栄を極めた。彼の最大の功績は神殿を完成させたことである。

Ⅰ 若き日のソロモン
 ダビデの子ソロモンは父の跡を継いでイスラエルの王に即位した(在位:BC971~931年)。
 主がソロモンのために与えてくださったもう一つの名は「エディデヤ」(Ⅱサムエル12:25)。その意味は「主に愛された者」。彼もまた主を愛した(Ⅰ列王3:3)。若き日のソロモンには、主なる神に愛され、主なる神を愛するという関係、神との愛の交わりがあった。
 彼は主なる神にイスラエルの民を治めるための知恵を求め(Ⅰ列王3章)、与えられた(同4:29)。そして、父の遺言(Ⅰ歴代28:9,20)のとおり、神を求め、神の臨在を信じ、「全き心と喜びの気持ちをもって神に仕え」、神殿建設をはじめ主の宮の奉仕に関わるすべての仕事を完成させた。

Ⅱ ソロモンの後半生
 Ⅰ列王11章はソロモンの後半生、晩年のことである。「主に愛され、主を愛する」、この主の道にとどまるなら祝福は続く。しかし、「彼(ソロモン)の心はダビデの心と違って、彼の神、主と一つにはなっていなかった」(Ⅰ列王11:4)。「こうしてソロモンは、主の目に悪であることを行い、父ダビデのようには主に従い通さなかった」(同6)。
 イスラエルは主ご自身が王として治め、守ってくださる神の王国。イスラエルの王は馬(軍備)と妻と富を多く集めてはならなかった(申命17:16~17)。主ご自身に信頼することが肝要だったのである。しかし、ソロモンは神の戒めに反し、馬と妻と富を増やした。本日のⅠ列王11:1~8にあるように、ソロモンは妻や側女を多く集めた。しかも、多くの異国人の女性をめとったそれは周辺諸国との多様な交流や平和維持のための政略でもあり、王としての威厳を示すという理由もあったであろう。しかし、それは明らかに主の命令に反することであった。
 ソロモンは形式的には神殿礼拝を継続していた(Ⅱ歴代8:13)が、妻たちに同調し、偶像礼拝にも加担していく。悲しいかな、ソロモンはダビデのように罪を認め、悔い改めることをしないで終わる。それゆえ、主の約束通り、王国は現状変更される(Ⅰ列王9:6~9)。王国は繁栄を失い、分裂することになる。

 若き日のソロモンには、無くてはならぬ何よりも大切なものである「神との愛の交わり」があった。しかし、彼はますます神の愛を受け留め、ますます神を愛し、ますます神に愛されていくという、神との愛の関係をはぐくむことをしなかった。ソロモンは主なる神と自分の間にいろいろなものを割り込ませてしまったのである。
 神と自分の間に常に愛が通うようにしたい。シンプルでありたい。主なる神の御顔を慕い求め、自分の罪を認め、悔い砕けた心を御前に差し出し、十字架で私たちのために罪の贖いを終え、復活し、天にあげられ、聖霊においてともにいてくださる活けるキリストに信頼し、罪の赦しを感謝し、神の愛に感謝しつつ神のみことば(戒め)を行っていく。この繰り返しである。こうして神に愛され、神を愛する道を私たちは歩んでいく。このようにして、私たちは天への螺旋階段を上っていくのである。