礼拝説教 遠藤 潔 牧師


 【2022年3月6日、蓮沼キリスト教会 主日礼拝】
         「キリストが満ちておられるところ」 エペソ人への手紙 1:20~23

「天の王座に着くキリストの権威」と「キリストのからだなる教会の豊かさ」に注目!

Ⅰ 天の王座に着くキリストの主権(1:20~21)
 神の大能の力がキリスト者たちに働き続ける(19)。キリストの復活と昇天こそ神の大能の力を証明するもの。無から有を造り出す力。マイナスを無限のプラスに転じる力である。
 受肉、従順の生涯、十字架の死、復活、昇天、御父の右への着座を経たキリストは、今やもろもろの天使たちのはるか上に座しておられる至高の王、至高の支配者であられる。キリストは天から降って、地の最も深い悲惨の深淵に身を置き、そして、至高の天に上られた方(4:9~10)。それゆえ、「すべてのものを満たす」方となられた。キリストはご自身の贖いのみわざによって獲得されたすべての救いの恵みを、どこであろうとも、運び、注ぎ、もたらしてくださるのである。「キリストに栄光あれ!」(黙示録5:11~12)。 

Ⅱ キリストのからだなる教会の豊かさ(1:22~23)
 キリストは「すべてのものの上に立つかしら」(22)。すべての人とすべてのもの(自然、人工物)、そして、すべての領域(政、経済、科学、娯楽、文学、ジャーナリズム、医学も福祉、人間の性…)は、王なるキリストの支配の下にある。実際は人間の罪のゆえに、「すべてのもの」の多くがキリストに従わず、自分勝手な道を行っている。にもかかわらず、キリストはなおもあらゆるものを支配し、「すべてのものをすべてのもので満たす」方(23)として、すべてのものをご自身の内にあるすべての善、祝福、恵みで満たそうとしておられる。困難にあふれ、絶望的な世界であるように見えても、キリストの恩恵はなおも天地に満ちている。世界は難問が山積し、状況はますます厳しくなっているように見える。しかし、絶望せず、王なるキリストを見上げていこう。
 「キリストを教会に与えられました」(22)とある。教会は、キリストに結ばれ、キリスト包まれ、キリストに生かされている、キリスト者一人一人から成る「聖徒の交わり」「キリスト者たちの共同体」である。教会はキリストの支配の中核にあり、キリストの支配に喜んで服し、御前にひざをかがめ、キリストに栄光を帰する存在である。そして、キリストの主権を世界に、あらゆる分野に告げ知らせ、及ぼしていく。
 「教会はキリストのからだ」(23)である。教会は「すべてのものをすべてのものによって満たす」キリストの善と祝福と恵みで満たされているだけではない。「すべてのものをすべてによって満たす」キリストご自身が満ちているところである。

 教会は復活のキリストのいのちに生かされている。教会の真実に目が開かれますように。