礼拝説教 遠藤 潔 牧師


【2022年1月2日、蓮沼キリスト教会 主日礼拝(新年礼拝)】
            「キリストの愛を知る」  エペソ人への手紙 3:14~4:6


 蓮沼キリスト教会の2022年の教会標語は「キリストの愛を知る」、主題聖句は「人知をはるかに超えたキリストの愛を知ることができますように。そのようにして、神の満ちあふれる豊かさにまで、あなたがたが満たされますように」(エペソ3:19)である。
 この箇所にはパウロの祈りが記されている。この祈りを私たち自身の祈りとしたい。

Ⅰ キリストが心に内住するように(3:16~17a)

 「かの内なるひとりの人に向けて、あなたがたを強めてくださるように」(16)、言い換えれば、「心のうちにキリストが住んでくださいますように」(17a)。パウロはキリスト者たちの霊的強化のために祈っている。
 「内なる人」(かの内なるひとりの人)とは、キリスト者のうちに「内住するキリスト」のことである。キリストへの信頼、キリストへの服従が 強められ、高められるように、そして、私たちがキリストと同じ聖なる姿にまで強められ、高められるように(Ⅱコリント3:18)ということ。
 しかし、それは自分のがんばりで達成はできない。「御霊により、(神の)力をもって」なされる。内なるキリストに向けて強められ、成長させられる秘訣は、「すでに住んでおられるキリストにますますしっかり住んでいただくこと」。キリストに私の心の内の「主」(あるじ)となっていただき、ご支配いただくことである。

Ⅱ キリストの愛を知るように(4:17b~19a)

 すでに注がれている神の愛を、すでに私たちを捕らえているキリストの愛をもっと知り、十二分に味わい知ることができるように、とパウロは祈る。
 キリストは、永遠の神の御子であられるのに人となり、私たちのために神に従い、十字架で身代わりに神の裁きを受け、罪の償いを果たしてくださった。そして、死を滅ぼして復活し、いま天にあって私たちのことを絶えずとりなし祈ってくださる。しかも、聖霊において私たちと共に生き、私たちの罪を赦し、永遠のいのちに活かし、御国にまで確実に同伴してくださる。ここに愛がある。キリストの豊かな愛がある。このキリストの愛を知るのである。それは「キリストの愛を人生という生地に織り込むように生きること」である。
 キリストの愛は「人知をはるかに超えている」が、キリストの内にあって、キリストとの交わりの中で、私たちはキリストの愛を、私たちの全人格をもって、体験的に知り続けることができる。もちろん、神の力、聖霊の働きによってであるが。
 しかも、キリストの愛は「すべての聖徒(キリスト者)とともに」、教会の生活を通してこそ知ることができる。

Ⅲ 神の充満にまで満たされるように(4:19b)
 「神のすべてのプレーローマ(充満)」、それは究極的には「キリストご自身」(コロサイ1:19、2:9~10)である。「キリスト者一人ひとりが、また、キリストのからだなる教会が、キリストと同じほどに愛といのちに満たされるまでに至りますように」とパウロは祈っている。

 私たちは今年、キリストとの交わりの中で、キリストの愛を味わいながら、祈り続けたい。「キリストに向けてますます強められますように」、「キリストの愛をますます知りますように」、そして、「キリストでますます満たされ、キリストと同じほどに愛といのちに満たされますように」と。