礼拝説教 遠藤 潔 牧師


【2021年11月21日、蓮沼キリスト教会 主日礼拝】
         「わたしを愛しているか」 ヨハネの福音書 21:15~17


復活の主イエスは、弱さの中でイエスを三度も知らないと言って裏切り、霊的に倒れてしまったペテロの内面の傷をいやし、立ち上がらせるため、彼のたましいへの配慮をする。

Ⅰ 三度にわたる主イエスの「愛しているか」との問い、ペテロの「愛しています」との応答
ギリシア語原文では、「愛している」は2種類の語がつかわれている。以下のとおり。
「あなたはわたしを愛していますか」(アガパオー) - 「愛しています」(フィレオー) (15)
「あなたはわたしを愛していますか」(アガパオー) - 「愛しています」(フィレオー) (16)
「あなたはわたしを愛していますか」(フィレオー) - 「愛しています」(フィレオー) (17)
「アガパオー」は、見返りを求めない一方的な愛(アガペー)で愛すること。「フィレオー」は、相互的な愛(フィリア)で愛すること。

Ⅱ まず主イエスの愛を十二分にいただかなければ、主イエスを愛することはできない 

イエスは最初ペテロに、「アガペーの愛でわたしを愛しているか」と問う。「わたしに見捨てられたとしても、わたしを愛するか」と。ペテロは、「フィリアの愛で愛します」と答える。「イエス様。あなたに見捨てられたら私は何もできないのです。今まで通り、今まで以上に私のことを愛してください。私はイエス様が大好きです。あなたを愛させてください」。これがペテロの素直な心であった。
二度目もイエスは「アガペーの愛でわたしを愛するか」と問い、ペテロは「フィリアの愛で愛します」と答える。
そして三度目、イエスはことばを変え、「フィリアの愛(相互的な愛)でわたしを愛するか」とペテロに問う。「わたしはあなたを見捨てない。今まで以上にあなたのことを愛する。だから、あなたもわたしを愛するか」と。ペテロは「もちろんです。相互的な愛であなたを愛します。あなたに愛され、それゆえに、あなたを愛します」と答える。
イエスを通して注がれる神の愛を十二分に浴びるように受けて初めて、私たちはイエスを愛し、神を愛することができる。

Ⅲ 復活の主イエスの愛と力によって立たせていただこうとする者を主は用いられる

主イエスはそんなペテロに三度言う。「わたしの子羊を飼いなさい(食物を与えなさい)」(15)、「わたしの羊を牧しなさい(世話をしなさい)」(16)、「わたしの羊を飼いなさい」(17)と。
イエスはペテロを、兄弟姉妹と隣人に「“福音”を語ることと“奉仕”することを通して、イエスを愛していく」使命にお遣わしになった。私たちも同じく遣わされている。

私たちの周囲には愛を必要とする人が大勢いる。これらの人々に代わって主イエスは私たちに問うておられる。「あなたはわたしを愛しますか。愛していますか。愛してくれますか」と。ぜひ福音と奉仕をもって主を愛させていただこう。主の愛をさらに求めながら。