礼拝説教 遠藤 潔 牧師


【2021年7月11日、蓮沼キリスト教会 主日礼拝】
      「見よ、この人だ ~ピラトによる裁判②~」 ヨハネの福音書 18:38b~19:16


イエスはピラトによる第二回目の裁判を受ける。ピラトはイエスの十字架刑を宣告する。

Ⅰ 「その人ではなく、バラバを」~ピラトの一回目の無罪認定と妥協の策~(18:38b~19:7)

ピラトはイエスの無罪をユダヤ人たちに告知し、祭りの時の恩赦に触れ、ユダヤ人たちの口からイエスを釈放する要求を出させて、イエスの釈放を実現しようとした。しかし、人々は恩赦すべきは「バラバだ」と言った。イエスが死に渡され、バラバが釈放される。イエスの十字架の死のゆえに、私たちは永遠のさばきから解放された。バラバは私たち!

Ⅱ 「十字架につけろ」~ピラトの二回目と三回目の無罪認定と妥協の策~(19:1~8)
ピラトはイエスについて二回目の無罪認定をし、むち打ちで傷つき、弱り果て、茨の冠と古びた紫の衣を着けられた滑稽な姿のイエスをユダヤ人の前に差し出して「見よ、この人だ」と言った。しかし、ユダヤ人たちは「もういい、そのくらいで」とは言わず、かえって「十字架につけろ」と叫んだ。ピラトは三回目の無罪認定をし、そんなにしたければ「おまえたちが十字架につけよ」と言った。ユダヤ人には十字架刑執行権がないので、あきらめるだろうと考えた。しかし、ユダヤ人たちは暴動の可能性を臭わせ、押しまくる。

Ⅲ ピラトの権威(19:9~11)

ピラトはイエスに対する総督の権威を振りかざし、イエスが神から出たものか否かを確認しようとする。イエスは、ピラトの権威はただ神の許しによって与えられたと言う(ローマ13:1~7)。だからこそ、ピラトはその権威を正しく用いなければならなかった。しかし、彼は裁判の公正をゆがめ、ユダヤ人と妥協し、ひたすら自己保身に走っていた。

Ⅳ ピラトはイエスを十字架につける決定を下す(19:12~16)
ユダヤ人たちはピラトに「この人(イエス)を釈放するなら、あなたはカエサル(ローマ皇帝)の友ではありません。自分を王とする者はカエサルに背いています」(12)と言い放ち、出世と保身に終始する彼はイエスを十字架刑に処するしか取りうる道がなくなった。

皆が自分の権威と力と立場を誤用した。しかし、神はそれらすべてを通して、イエスの十字架を準備し、救いの道を開いていかれた。神の摂理に驚嘆するばかり。さればこそ、神の愛と力にますます我が身をゆだねるのみ、神が差し出したもうイエスに目を注ぐのみ。