礼拝説教 遠藤 潔 牧師


【2021年6月6日、蓮沼キリスト教会 主日礼拝】
       「一つとされ、栄光の御前に立つ」 ヨハネの福音書 17:20~26


告別説教後のイエスの祈りの3回目。イエスは世に遣わされる直弟子たちの宣教を通して救われる人たち、代々のキリスト者と教会のために祈る。

Ⅰ 「すべての人を一つにしてください」(17:20~23)

イエスは、キリスト者の一致、教会内の一致、諸教会同士の一致のために祈られた。
「神は愛です」(Ⅰヨハネ4:16)。御父と御子は互いに自分の全存在を与え合っておられる。御父と御子は究極の一致の中におられる。イエスは御父と御子の愛にある一致と同じほどに、キリスト者同士が、教会同士が一つになるようにと祈り願っておられる。「彼らが完全に一つになる」(23)こと、それがイエスの世の終わりまでの切なる願いである。
私たちキリスト者と教会は、みんなが同じになることではなく、違いがありながら一つになる「多様性における一致」を目指していく(三位一体の神がそうであるように)。もちろん、自分たちの努力で一つになることはできない。だからイエスは祈る。「彼らもわたしたちのうちにいるようにしてください」(21) と。いつもイエスにとどまり、イエスにあって神にとどまることによって、キリスト者は一つになっていく。教会は一つになっていく。

Ⅱ 「わたしがいるところに、彼らもわたしとともにおらせてください」(17:24~26)
イエスは十字架、復活を経て、天の御父のもとに帰る。そのとき、イエスは栄光を与えられる。永遠から御子なる神として持っておられた栄光に輝く。いやそればかりか、人となって死に至るまで神に服従し、贖いを成し遂げ、死からよみがえらされた勝利者なる救い主としての栄光がさらに付け加わる。
そして、イエスは、すべてのキリスト者が神の御前で栄光を与えられたイエスとともにおり、イエスの栄光を目の当たりにすることができるようにと祈る(24)。イエスが私たちの将来について、私たちの救いの完成、全き解放、完成された神の国を永遠に受け継ぐこと、私たちの栄光化を祈っていてくださる。イエスの祈りは必ず御父に聞き届けられ、私たちの栄光化は現実のものとなる。
私たちの栄光化は私たちが「一つとされること」の完成の時でもある(エペソ1:9~10)。私たちは終わりの日に栄光の内に入れられ、完成された神の御国を受け継ぐ。そこではすべてのものがキリストにあって一つに集められる。一つとされて、栄光の御前に立つ。私たちはそこに向けて生かされている。愛の完成に向けて生かされている。どうして争いに明け暮れていられようか。

イエスの崇高な祈りに焦点を合わせる時、私たちの祈りも変えられる。イエスが弟子たちのために、そして、代々のキリスト者と教会のために祈ってくださっていることは、「悪いものから守られること」、「さらにきよくされること」(聖化)、「一つになること」(一致)、そして、「イエスのまったき臨在の中で、栄光のイエスを目の当たり仰ぎ見ること」(栄光化)である。イエスがそのように祈ってくださっていることに信頼しながら、私たちもイエスとともにそのように祈り続ける。
「神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのもの(生活の一つひとつの必要)はすべて、それに加えて与えられます。」(マタイ6:33)