礼拝説教 遠藤 潔 牧師


2021年4月11日、蓮沼キリスト教会 主日礼拝】
           「世があなたがたを憎むなら」 ヨハネの福音書 15:18~16:4

イエスの弟子たちへの告別説教の6回目。世に勝利されたイエスにあって世の人を赦し、愛していく道がある。

Ⅰ イエスが世から選び出した者を世は憎む(15:18~21)
「世」とは神に背を向ける世。サタンと罪が支配し、光を打ち消す暗闇が満ちる世界。イエスの弟子たちであるキリスト者は、イエスによって世から選び出され、信仰を通してイエスにつなげられた。世がイエスを徹底的に憎み迫害したのであれば、世はイエスにつながるキリスト者たちをも憎み、迫害する。
しかし、イエスは世に勝利し、復活された。それゆえ、私たちはイエスにとどまり続けることにより、イエスの愛の中に身を置くことによって、世に勝ち、平安を持つことができる(16:33、Ⅰヨハネ5:5、ローマ8:35,37)。

Ⅱ イエスのわざを見ながらイエスを憎み、御父をも憎む物凄(ものすご)さ(15:22~25)
イエスの神の御子としてのすばらしさを目の当たりにしながら、イエスを憎み、そのことによって神をも憎んでしまったユダヤ人たち。何と恐ろしいこと!
しかし、神はそのことも御手のうちに治め、彼らの憎しみを通してイエスを十字架へと追いやり、罪人の贖を完遂された。神は人がなす最も恐ろしい罪を用いて、人が罪赦されるという最もすばらしい道を開かれた。最悪を用いて、最善を開かれる神はほむべきかな(ローマ11:33)。

Ⅲ 御霊はなおもイエスについて証しし続ける(15:26~16:4)
世はイエスと弟子たちを憎む。しかし、父から遣わされる真理の御霊(聖霊)がイエスについて証しし続ける。今や御霊は、イエスにつながるキリスト者と新約聖書の証言(福音)をもってイエスのことを証しし続ける。
私たちは世からの憎しみ、迫害の真っただ中にあるかもしれない。恐れ戸惑っているかもしれない。しかし、世からの憎しみ、迫害もすべてイエスが通った道である。イエスがそこを通って勝利を勝ち取り、いのちに入られた道である。世からの憎しみ、迫害もまた神のご計画の一部であり、神の全能の御手の中にあること。
それゆえ、イエスの弟子たちは神とイエスに対するまったき信頼の中に身を置く。聖霊がいつもイエスを指し示し、イエスとの交わりの中に生かしてくださいますように。

憎まれても、主イエスにあって愛し赦すことにより、共に生きたもう主が証しされていく。