礼拝説教 遠藤 潔 牧師


【2021年3月7日、蓮沼キリスト教会 主日礼拝】
         「イエスがくださる平安」   ヨハネの福音書 14:25~31

本日は主イエスの告別説教の3回目。イエスは聖霊を約束し、ご自身の平安を残し、天の父のもとに行く。

Ⅰ 聖霊が思い起こさせ、教えてくださる(14:25~26)
イエスは天に上げられ、代わりに「もう一人の助け主」として聖霊が来られる(14:16~17)。
聖霊はイエスのことばとわざを思い起こさせ、さらにイエスのことばとわざの意味と恵みを悟らせてくださる。天の王座に着くイエスは、地上での公生涯におけると同様、今日の弟子たち、すなわち、私たちキリスト者にもみことばを語り続けておられる。ただし、今は聖霊によって、聖書のみことばを通してイエスは語られる。
私たちはイエスを見上げ、聖霊の導きにゆだねながら、聖書のことばを通して、イエスの語りかけを深く聴く。今も語り続けてくださる主イエスに感謝! そして、聖書のみことばを通して、イエスの語りかけを私たちの内に届け、イエスの心を私たちの内に響かせてくださる聖霊に感謝! 神に栄光!

Ⅱ イエスがご自身の平安を与えてくださる(14:27)
イエスは弟子たち(私たち)に「わたしの平安を与えます」と約束する。
人となられたイエスはしばしば心騒ぐことがあった(11:33、12:27、13:31)。しかし、そのような中でも、イエスの心の底にあったのは、三位一体の神の愛の交わりにおける平安であった(マルコ14:36)。十字架で罪人ための贖いの死を遂げ、死に打ち勝って復活したイエスは、弟子たちの罪を責めることなく、彼らに繰り返し平安を宣言された(20:19,21)。
私たちのために平安が用意されている。イエスの平安、三位一体神の愛の交わりの中にある平安、イエスの十字架の死と復活によって勝ち取られた罪の赦しによる平安である。私たちは心を開きイエスの平安をいただく。聖霊はイエスの平安を私たちの内に満たしてくださる。

Ⅲ イエスは御父のもとに行く(14:28~31)
イエスは世を去って御父のもとに行く。御子であるイエスが本来の栄光ある、いと高き状態に引き上げられ、そのことによって、信仰によりイエスに結ばれている私たちも、天の高き状態の中に、父なる神の御前に永遠の居場所を持つことになる。こうして、イエスの弟子たち(私たち)は三位一体の神の愛の深みへとますます引き入れられていく。
「立ちなさい。さあ、ここから行くのです」(31)。このことばをもって、第14章、告別説教の第一部は終わる。「さあ、行くのです」というギリシア語の表現は、「近づく敵を迎え撃とう」という意味。イエスは「悪魔と悪魔が用いる人々の挑戦をしっかり受け止め、しかも、決してひるまず、ただひたすら御父のみこころに従って十字架、復活、昇天を経て、御父のもとに行く道を進んで行こう」、そのように決意と覚悟を表明されたのである。

イエスは敵を前にして、悪魔と死を前にして、十字架での苦難を目前にして大いに心騒ぎながらも、なお御父にゆだね、心の底に平安があった。三位一体の神の愛の交わりの中に満ちる平安を持っておられた。イエスは苦難を通して栄光に至る道を進む。私たちもその道を行く。主の平安をもって。