礼拝説教 遠藤 潔 牧師


【2020年8月30日、蓮沼キリスト教会 主日礼拝(ファミリー礼拝)】

                       「最初の罪」 創世記 3:1~24

人は神との交わりの中でこそ真に生き生きとして自由である。

Ⅰ サタンの誘惑(3:1~7)
エデンの園で、人間は神との交わりの中で生き生きとし、自由であった。
サタン(悪魔)が蛇を通して女を誘惑してきた。人を神との交わりから引き離し、神のみもとからサタンの支配へ、罪の中へと堕落させるためであった。サタンは人を誘惑し、神の愛と神の恵みとを疑わせ、神の聖と義をあいまいにさせた。
女も男も「食べてはいけない」と神に禁じられていた善悪の知識の木の実から食べ、神の命令、神の律法に違反し、罪を犯した。

Ⅱ 罪と死の現実(3:8~13、16~18)
人間は神との交わりから落ちてしまった。しかし、神は人を追い求められた(9)。ところが、人間は神を恐れて隠れた。
「死」とは「二つで一つであるものが、ばらばらに引き離されてしまったこと」。人は神との関係で死に、人との関係で死に、自然との関係で死んだ。そして、人は人生の最期に肉体の「死」が訪れる(19)。これは私たちの現実でもある(ローマ5:12)。

Ⅲ 神の介入(3:14~15) 
神はあきらめない。神は罪を犯した人間に、様々な労苦と死を宣告する。しかし、その厳しいことばの中で罪と死からの救いを約束する(15)。
サタンと女の子孫との対決である。女の子孫(ガラテヤ4:4)であるイエスは生涯の「従順」、十字架の「死」、死からの「復活」によって、サタンと罪と死に勝利された。
神はこのイエスにおいて、サタンと罪と死の支配から人間を救い出してくださる。イエスを信じ、イエスに結ばれ、イエスにある者も圧倒的な勝利者となる(ヨハネ16:33、ローマ8:37)。永遠のいのちに入れてくださる。

Ⅳ いのちへの歩み(3:20~24) 
アダムは妻を「エバ」すなわち、「生きる」「いのち」と呼んだ。彼は神のことばを聴いて、神の愛と恵みを、福音を確かに聴き取った。
神はアダムとエバをおおってくださった(21)。神は二人を神の愛で、救い主の贖いの恵みで、罪の赦しをもっておおい、彼らが神との交わりの中で生きていけるようにされた。
なお神は彼らに寄り添い、伴って歩んでくださる。

「あなたはどこにいるのか」(10)。恵みの神のもとに身を置かせていただきましょう。