魔法





 今夜は三日月。
 明かりは細く、電灯をを付けておかないと、部屋は闇に包まれてしまう。

「ねえ、ハク」

 部屋に入り、電灯をつけたハクに向かって、千尋は何気なく声を掛けた。

「何?」

 敷居の前で立ち止まっている彼女を振り返り、歩み寄る。 そして中に入るよう促す素振りを見せて微笑んだ。

「ハクはもう、魔法を使わないの?」

 促されるままに室内に踏み込み、後ろで障子の閉まる音を聞く。  それから見上げて、無邪気な瞳で問い掛けた。

「…それは嫌味かい?」

 千尋が用意された座布団の上に座るのを見てから、 自分もその目の前に座る。そして、口の端を軽く上げ答えた。

「ちがうっ、ちがうっ!!あのね、あのね、 初めて会った時のハク、魔法をバンバン使って、カッコよくて。 もう一度見てみたいなぁ、って思ったの」

 彼の言葉に、初めてその質問の含むものに気付き、慌てて首を振る。

「だから、嫌味とか、そんなんじゃないの!」

 ほんとよ!と付け足して、真っ直ぐな瞳で、必死になって言葉を紡いだ。
 そんな彼女を見て、くすっと笑うハク。どこか満足そうにも見える。
 彼女が嫌味でそんな事を言うとは、毛頭思っていない。 ただ彼女を見ていると、ついからかったり、苛めたくなってしまう。
 そしてまた、悪戯心が首をもたげる。

「では、魔法を使わない私は格好悪いんだね」
「そんなことないっ!!」

 速攻で否定の声を上げた。

「ハクはカッコいいよ!何をしてても…、何もしてなくても…」

 からかっているハクの言葉を真に受けて、必死に答えていたが、 最後の方が照れのためか、弱々しくなる。 もじもじと、悪戯に動く自分の指先を見ながら頬を染めた。
 本心からの言葉だからこそ現れる、恥じらいと照れ。 ハクはくすくすと一通り笑ってから、愛しい者を見る目で彼女を見つめた。

「冗談だよ」

 そして髪に優しく触れる。

「でも千尋にそう言ってもらえると、うれしい」

 流れるような手つき髪に指を通し、何度も何度も繰り返し梳く。  恥ずかしさで俯いていた彼女が顔を上げると、名残惜しそうに指を離して甘く微笑んだ。
 紅色に染まった頬をして見上げてくる。首筋もうっすらと桃色に染められていた。
 ハクは眩しいものを見るように目を細めると、 何かを思いついたように笑う。

「そうだ。お礼に、千尋に一つ魔法を見せてあげる」
「えっ…、ほんと?!」

 魅力的な言葉に千尋の表情が、ぱあっと明るくなった。 希望で輝く瞳が、美しい青年の顔を映し出している。

「うん」

 ハクは頷き、何かを含んだ妖艶な笑みを浮かべた。
 魔法を使う姿を想像して、半分酔っているような千尋は、それに気付くはずもない。
 すくっと立ち上がった彼に、やっと現実世界に帰った。

「どんな魔法?」

 わくわくして、うずうずする心を抑えて、座ったままハクを見つめる。

「千尋がもっと私のことを好きになる魔法だよ」

 電灯の紐に触れて、口許にだけ笑みを浮かべた。
 これから何をしようとするのか、千尋には想像もつかなかった。 魔法を見せてくれるだけなのに、何故そんな笑い方をするのか、何故電灯の紐に触れているのか…。
 再び細められた瞳で捉えられると、もう動けなかった。
 ゆっくりと引かれる紐。

 室内は闇に閉ざされた―――。







さて、
ハクの魔法とは一体なんでしょう?(笑)



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