再会、そして…






 偶然なのか、必然なのか。
 三年前、不思議の町へと迷い込み、本当に不思議な体験をした、あの日。 すごく近くに感じていたその存在は、急に遠くへ行ってしまったように感じる。
 それが強く感じられる日は、いつもこのトンネルの前に来ていた。あの町に行くことも出来なければ、 あの人に会えることも無い。
 それでも、何かに出会いたいと、何かを見つけたいと思って、 よくここを訪れていた。
 けれど、トンネルは潜れなかった。落盤か何かで入り口は土砂で埋もれていたのだ。
 例えそうでなくとも、千尋は潜ることが出来なかった。もし潜って、何も起こらなかったら? 不思議の町ではなく、この世界がそこにあるだけだったら?
 その現実を突きつけられるのが恐かった。銭婆は「一度会ったことは忘れない、思い出せないだけ なのさ」と、穏やかに言っていた。それは今まで、千尋を支えてきた言葉の、一つだった。
 でも月日が経つにつれ、遠退いていく思い出に、焦燥感のみが沸き立つ。過去にとらわれていては いけないと分かっていても、身近に感じていたかった。
 そして、彼の存在も―――。
(ハク)
 その人の名を呼んで、目を閉じる。
 不思議の町で出会った少年。消えかけた自分を助けてくれて、 「どんなときでも味方だ」と言ってくれた、美しい人。
 それは「再会」であった。
 だから、現実に戻ってからずっと考えていた。
 不思議の町に紛れ込んだのは、偶然だったのか、必然だったのか。
 不思議の町へ行ったからハクに会えたのか、 ハクに会うために不思議の町に行ったのか。
 それは一人で考えても答えなど出て来ない疑問。けれど、 共に考えてくれる人は、「ここ」には居ない。
「ハク…、ハク…、会いたいよ…」
 その場にしゃがみ込み、膝に顔を埋めた。
 目を閉じると浮かぶあの人の面影は、もう随分とあやふやになってしまっている。
『私も元の世界に戻ろうと思う』
 鮮烈に蘇る、彼の人の声。
「いつ?」
 ぽつり、とその声に問い掛ける。
『必ず』
「なら早く来て…」
 熱い涙がいつの間にか、頬を滑り落ちていた。 スカートを濡らし、それでも止まることを知らない。
「あの出会いが偶然なら、もう一度奇跡を起こして!必然なら、早く会わせて!!」
 知らず知らず、声を張り上げて泣いていた。 小さな子供に戻ったように泣きじゃくり、スカートだけでなく、ブラウスの袖口をも ぐしょぐしょに濡らした。
「ハク、ハク…、コハク!!!!!」
 それは慟哭に似ていた。心の奥底から搾り出すような声で、千尋は叫ぶ。
 カサリ
 足元で木の葉が鳴く。風が出てきたらしい。木の葉だけでなく、 髪を、服を、あおり始めた。
 ゆっくりと立ち上がり、その風に吹かれたまま立ち尽くす。
 しばらくして、ふとあることに気が付く。風が、前から吹いてきたのだ。
 目の前は塞がれたトンネルと、小高い山。こんなにも強く風が吹くはずが無い。 顔を上げ前を見たとき、愕然とした。
「トン…ネル…!?」
 なんと、埋まったはずのトンネルが、ぱっくりと口を開けていたのだ。
「偶然も必然も関係ない。私が千尋を呼んだから、この道が開かれたのだよ」
 懐かしい声に、足から、身体から、力が抜けていくのが分かる。 忘れるはずが無い、この声。
「ハ…、ハ…」
 その名を呼ぼうと思っても、上手く舌が回らない。
 暗がりから響く、静かな足音。段々と近付き、やがてその姿を日の下に晒した。
「ハクぅっ!!」
 おぼつかない足取りで駆け寄る。両手を伸ばし、勢いよく彼の胸に飛び込んだ。
「ハク、ハクっ!!!!う…うぇぇぇぇんっ!!!!!」
 服にしがみつき、声が嗄れるほど泣き叫ぶ。
「千尋が呼んでくれたから、私はここに来れたのだよ」  震える千尋の身体を優しく抱きとめて、頭を撫でた。
 その感触の優しさが懐かしく、様々な記憶を呼び覚ます。たちまち、新しい涙が 溢れ出て流れていく。
「ハクっ…、もう、大丈夫なの??…っく、湯婆婆…おばあちゃんとはっ、契約は…ひっく…」
 しゃくり声と驚き、戸惑いで、上手く言葉が紡げない。ちゃんと聞きたいのに、 どうしてここに居るのか、湯婆婆とはどうなったのか。そしてこれからどうするのか…。
 けれどそれを聞こうとすると、言葉を発しようとすると、 熱いものが込み上げてきてどうにもならない。
「私はいつでも千尋の側にいる」
 ハクは微笑んで、そう答えた。
 短い答えではあったが、千尋にはその一言で満足だった。
「ハク…、ううん、コハク…」
 その名を呼び、懐かしい香りと温もりに抱かれたとき、 千尋の心はあの日に帰る。
 そして、はたと気付く。声が頭の上から響いてくることに。
 ここ数年で十センチほど背が伸びた。その千尋の上から声がするのはどういうことか…?
 恐る恐る頭を上げる。
 先ほどはあまりの唐突さと嬉しさでよく見ていなかったが、 改めて見るハクは、自分よりも頭一つ分背が高かったのだ。
「!?」
 びっくりして目を見開くと、ハクは穏やかに笑う。顔つき共々その笑顔は大人びて、 美しさに磨きがかかり、直視するのが恥ずかしいと感じる。
 一歩退いて、思わず頭から足の先まで観察してしまう。
 髪が、長い。絹糸のようにつやつやとしていて、背中の中ほどまでの長さがある。 少し首を傾げただけで、さらりと涼しい音を立てて肩を滑り落ちていった。
 身に付けているのは狩衣。袖が手首までかかり、口は広い。 袴も水干の時とは違い、足首まで覆っていた。
 その清げな雰囲気と衣装とがぴたりと合い、 千尋はうっとりと溜息を吐く。
「千尋と年を合わせてみたのだけれど」
 どこか照れたように微笑んで、自分を見た。
「ハク、カッコいい!!」
 いつもの癖で彼をその名で呼び、千尋はきらきらと瞳を輝かせて胸の前で指を組んだ。
 と、ハクが目を細める。こういう目つきをするとき、 彼は困らせるようなことをすると、千尋は知っていた。 けれど、久しぶりに会ったハクの美しさに目を奪われていたため、それを見逃した。
 そっと手が伸び、細い指が頬に触れる。
「千尋も…綺麗になったね」
「え…、そっそんなことないよっ。わたし、変わってないよ?」
 どぎまぎと、組んだ指を互いに絡ませながら俯くと、もう一方の手が伸びて、 両の頬を包み込んだ。
「そんなことはない。すごく綺麗になったよ」
 そのまま上を向かせて、真っ直ぐな視線で彼女を覗き込む。 その目が、嘘ではないことを物語っていた。
「ほ、本当??」
 それでも、思わず問い返す。
 ハクはまた笑って頷き、彼女の髪に指を絡ませた。
「ありがとう…、ハクにそう言ってもらえると、すごく嬉しい」
 頬を染めて、本当に嬉しそうに答える。感情を素直に表現できる、 彼女のいいところであり、愛しいと感じる所。
 組み合わされていた指をとき、恥ずかしそうにスカートを握った。
 その時、髪を弄んでいたハクの指先が、耳に触れる。
「あっ…」
 小さく声をあげた千尋に、目を細めてから満面の笑み浮かべた。
(え…、なに…?)
 今度はきちんと見えた。目を細めたハクが。その意味ありげな微笑に、 千尋の中で言い知れぬ危機感が湧き上がる。
 そしてハクの顔が近付いてきた時、自己防衛本能が働いた。
「ハ、ハク!!!!」
 手をつっぱって、彼の動きを止める。それでも止まらないことに慌てて、 叫び声のような声を上げた。
「さ、さっき、『偶然も必然も関係ない』って、言ったよね?」
 どもりながらも辛うじてそこまで言うと、彼の動きがぴたりと止まる。
 ほっとすると同時に落ち着きも取り戻し、一歩退いてからハクを見上げた。
「わたし、ずっと考えてた。不思議の町に行ったのは、偶然だったのか必然だったのか。 ハクに会った事も。でもハクはどちらも関係ないって言った。それは何故?」
 真摯な瞳が、ハクを貫く。
 どこか不機嫌そうな顔をゆるめて、彼はゆっくりと口を開いた。
「さっきも言ったように、私が千尋を呼んだからだよ」
「でもっ…!わたしにはハクの声が聞えなかった。それに、わたしはトンネルに入ることを恐れた。 ハクが呼んでいたなら、ハクが居ると知っていたら、恐れないで入ってた。なのに…」
 困惑した表情で、叫びに似た声で言う。
「私は『声』で千尋を呼んだのではない。心で呼んでいた。心の奥深くで。 だから私の呼びかけを聞いたのは、千尋の心。そして応えたのもそなたの心なのだよ?」
 穏やかに優しく、先生のように答えた。
「ここ…ろ?」
「そう。心は見ることが出来なければ、触れることも出来ない。 自分で操ることが出来ないから、無意識下に置かれる。 だから心の声を耳で聞くことは出来ない。心で聞くんだ」
 千尋の手をそっと握り、包み込む。
「千尋に呼ばれて、初めてそれを知った。そして、千尋と出会って、 そなたを呼んでいたことにも、初めて気付いた」
 おとなしく聞いている千尋。どこかすっきりしない顔をしているのは、気のせいではないだろう。
「それに、千尋。トンネルに入ることを恐れていた、私が呼んでいたら入っていた、 それは過去のことで、推測のこと。実際、千尋はやってきたじゃないか」
「あ…」
 弾かれたように顔を上げる。何かを知った顔であった。
「でも、それは必然じゃないの?」
 ハクはゆっくりと首を振る。さらさらと心地よい音。
「偶然も必然も、『運命』の領域を出ない。私から働きかけたのだから、 それは『運命』では無くなる。『因果』になるんだ」
「いん…?」
「因果」
 眉間にしわを寄せ、首を傾げる千尋。一生懸命理解しようとする姿が可愛らしくて、 ハクは微笑んで言葉を続けた。
「ちょっと難しくなってしまうね。ともかく、私が千尋を呼んだように、千尋が私を呼んでくれたから、 私はここに居る」
「うん…」
 千尋は嬉しそうに笑うと、うっすらと滲んだ涙を拭う。
「なんだか、すごく嬉しい。心がほわほわする。ハク、これからもずっと、ずっと、一緒よね? もう、離れ離れになったりはしないよね?」
 突然訪れた不安をぶつける。
 こんな幸せな気持ちが、いつか崩れていくのではないかという恐怖。もう、さよならを 体験したくない。トンネルの前で、待ちつづける日々も…。
「うん。さっきも言ったよね?私はいつでも千尋の側にいるよ」
 ハクはとびきり優しい笑みを浮かべて、千尋の頭を撫でた。
「ずっと?」
「ずっと」
「約束よ?」
 あの日の言葉をもう一度口にする。
 ハクは微笑んだまま彼女の両手を取る。そしてその指先に優しく口付けを落として、 言葉を紡いだ。
「約束する。ずっと千尋の側に」
 ハクの「名前」を見つけた日のように、どちらともなく顔を寄せ、 おでことおでこをこつんとぶつけた。
 心も満ち溢れ、これからの希望に胸が震える。いつまでもいつまでもこのままで…。
「あ、そうだ」
 名残惜しそうに、ハクの方から身体を離してしまう。
「湯婆婆から伝言があったんだ」
 物足りないという顔をした千尋も、その名が出てくると目を見開いた。 しかも伝言とは…。
「また油屋に働きに来て欲しいそうだ」
「え…え…ええっ!!!!!!」
 思わぬ言葉に思考回路が一時停止するが、 回復したとたん、驚愕のあまり大声を上げてしまう。
「な、なんで?!湯婆婆がわたしを??」
「千尋の評判が広がってね、一気に客が増えたらしい」
 どこか不機嫌そうなハク。千尋は自分のことでいっぱいいっぱいで、 そんな彼の態度に気が付いていない。
「わ、わたしの評判って…!!」
「湯婆婆はそなたを利用しようとしている。油屋の利益のために。 もちろん断ることもできる。千尋はもう、こっちの世界に戻っているのだから」
 千尋が視線を当てると、不機嫌な顔は消え、 いつものハクがそこにいた。しかし言葉のニュアンスから、「引き受けてはいけない」 というものが滲み出ている。
「う〜ん」
 それとは反して、千尋は小さく唸った。嫌な予感が胸中に渦巻く。
「別にいいよ。油屋で働くの楽しかったもん。毎日とはいかないだろうけど、 バイトみたいな形だったらいいよ!」
 予感が的中して、ハクは小さく溜息を吐いた。しかし、こうと決めたら動かない千尋のこと、 自分がなにを言っても無駄であろうということを悟り、もう一度息を吐いた。
「ならば私も戻らなくては。いつでもそなたの側にいると、約束したからね」
「ハクっ!」
 ぱあっと綻ぶ千尋の顔。
「うれしいっ!!ハク、大好き!!」
 何気ない一言。自然に口をついた本音。その言葉の偉大さに気付き、 千尋が恥じ入るには、もう少し時間が必要だった。
(そなたのその笑顔には敵わない)
 はっきり言って、もうあそこには戻りたくは無かった。けれど、 千尋と一緒ならば、彼女を守れるならば、そして笑顔を見られるのならば、 戻ることは厭わない。


 偶然でも必然でもなく、出会って一緒にいることを選んだのだから―――。








 うう〜ん、
とっても意味不明(^^;)
すみません(汗)
自分でも謎に思ったことを
話にしてみました。
千尋が不思議の町へ行ったのは
偶然だったのでしょうか?
必然だったのでしょうか?
とりあえずそれをお話にぶつけてみたのはいいものの
結局答えは出ませんでした(--;)
だんだん自分でも分からなくなった(をい)
この話はいつか、
修正を加えたいかも…(^^;)


感想お待ちしてます(^^;)


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