花送










「何をしているんだい?」

 突然空から降ってきた声に、 千尋は目を見開いて振り返った。
 いつの間にか、背後には目を見張るほどの綺麗な少年が立っていた。 最初、女の人かと思ったが、 よくよく見てみると、 微笑み方や仕草が微妙に女性とは違っている。

「あなたは、だぁれ?」

 自分よりも六、七歳は上の少年を見上げて、 きょとんとした。

「………私はこの辺に住んでいる者だよ」

 問い掛けた少女に 少しだけ悲しそうな顔をするが、 すぐに優しげな笑みを浮かべて答える。

「それより、そなたは何をしているんだい?」

 先ほどから、 この小さな子供のしていることを、 少年は見守っていた。 土手で摘んだシロツメ草やタンポポを、 一花一花川へと投げ入れていたのだ。 そして手の中が空になると、 またどこからか摘んできて投げる。 それを延々と繰り返していた。

「プレゼントなの」
「プレゼント?」
「うん」

 頷き、少女は中断していた作業を再開する。 黄色い花が一輪宙を舞い、 水面に浮かんだ。

「この、川にかい?」
「うん。ありがとう、のプレゼント」

 最後の一輪が流れていくのを見つめながら、 千尋は膝を抱えてうずくまった。

「あのね、私この川で溺れちゃったの。 でもね、助けてくれたの」
「誰が?」
「わかんない」

 即答すると、少年は俯き、額が微かに曇る。

「でもね、きっとこの川が助けてくれたんだよ」

 明るい声にふと顔を上げ、少女と同じ視線になるように 土の上に跪いた。

「何故そう思うの?」

 胸の中ふと灯った希望の炎の存在を感じながら、 震えそうになる唇を必死で抑えて言葉を紡ぐ。

「わかんないけど………。 恐くなかったから」

 困惑した表情。 何かをしきりに思い出そうとするような仕草の後、 少年を見た。

「落ちちゃった時はすごく、恐かったよ。 でもね、でもね、 すごく気持ちよかったの」

 「ほっとしたの」と弱々しく呟いて、 また顔を川へと向ける。 夕日が反射してキラキラと眩しい。 二人は目を細めて、無言でそれを見つめ続けた。

「そう……」

 沈黙を破り、少年は穏やかに頷く。 そして、大切なものを、 愛しいものをを見る瞳で 少女の横顔に見入った。

「千尋、もうお帰り。 日が暮れるよ」

 少年が名残惜しげに、 しかし凛とした声でそう言うと立ち上がる。

「うん、おかあさんに叱られちゃう」

 千尋もすくっと立ち上がり、 少年を見上げた。 そして穴の開くほどその美しい顔を見る。 話すのが必死であまりよく顔は見ていなかったが、 何故か分からないが、 懐かしいと思う。 そして取り巻く雰囲気が、 何とも優しく包み込むような穏やかさが、 溺れたあの時にとても似ていた。

「気をつけて帰るんだよ」

 少年が軽く背を押す。

「お兄ちゃんはどうするの?」
「私?私も帰るよ」

 その言葉に違和感を覚えるが、 手を軽く振った少年に向けて自分も手を振り、 ゆっくりと土手を登り始めた。

(あ、なまえ聞くの忘れちゃった)

 土手の頂上にたどり着くと、 まだ居るであろう少年を振り返る。 しかし、その姿は既に無く、 それどころか、 ずっとそこには誰も居なかったかのようであった。
 それはとても不思議だったけれど、 何故か納得できてしまう。

(また、あえるかな?)

 また、会いたい。
 謎めいた少年は「帰った」。 それがどこかはわからないけれど、 夢の登場人物のように 音もなく、掻き消えるように。 再会は不可能かもしれない。 でももう一度逢えたら、どんなに素敵で、嬉しいことだろう。

 少女は再会を夢見て、 暮れなずみ始めた土手道を家へと走った。 今日の出来事をが、いつか記憶の彼方に去ってしまうということを知らずに………。













自分でもビックリなホワイトハク(笑)
ハク×千尋を書きつづけて、
やっとですよ(苦笑)

この話のモチーフ(?)は
ZABDAKの「街角・影法師」です。
知ってる方いらっしゃるかな〜………。
「飛行夢」とかもハク千っぽい〜。



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