大切な人へ










 千尋は鼻歌交じりで通学路を歩く。
 どこかスキップを思わせるような足取りで、 喜びとドキドキと高鳴る胸とを抱えてアスファルトを踏みしめた。
 手には通学カバンと薄いピンク色の小さな紙袋。
 今日、この日、命よりも大事なものが この紙袋の中に入っている。 愛しい、世界で一番好きな人への贈り物。
 そっと中を覗き込んで幸せそうに笑う。
 これを差し出したら、彼はなんと言うだろうか? どんな反応を見せるだろうか? それが楽しみで、早く知りたくて、千尋は学校へと急いだ。




 「おはよう、千尋」

 朝の玄関先は騒々しく、 次から次へと生徒が入ってくる。
 そんな中、いつものポニーテールの少女の姿を認め、 爽やかな笑みとともに挨拶をする青年。

「おはよう、ハク」

 美しい青年に微笑まれると、嬉しいような恥ずかしいような気分になり、 もじもじとしながらそれに答える。 特に「今日」は、それがいつも以上に感じられる気がした。
 いつもであったら一緒に登校するのであったが、 今日は故あって、玄関での待ち合わせとなっている。 これも、紙袋の中身が関係しているのだが―――。
 千尋は、ハクに気付かれないように、 さりげなく紙袋をカバンと共に自分の後ろに隠した。

「千尋、目が赤いね。どうかしたのか?」

 身長差から、屈み込むようにして覗き込んでくるハク。 その真っ直ぐな視線に、心臓が大きく飛び跳ねる。
 理由は二つ。
 ハクがあまりにも綺麗だから。
 あと一つは、彼に隠し事をしているから………。

「ううん、何でもないよ。今日は、英語の豆テストでしょ? それで夜遅くまで勉強してたから、その所為だよ」

 嘘が下手な少女の精一杯の嘘。
 ハクは気付いたのか気付かなかったのか、 「そう」とどこか安心したように微笑んで、頷いた。

(放課後に渡そう……ここだと人がいっぱいだし…)

 辺りを見回せば、生徒の波。 ハクとは公認の仲とはいえ、 人前で渡すのはやっぱり恥ずかしい。
 と、とある女生徒が目に止まった。 何か決意を秘めた表情で、 もくもくとこっち歩み寄ってくる。
 また、違う方向へと視線を遣ると、 そこからも、今度は数人のグループが小走りで近付いてきていた。
 なにかしら嫌な予感が千尋の胸の中を、 ひたひたと侵食し始めている。

「ハ、ハク、早く教室に行こう」
「うん」

 慌てた様子の少女に袖を引かれて、 不思議に思いつつも彼女の要望に答える。
 靴を脱ぎ、上履きを取り出そうとしたとき、 何か別のものが指にあたって中を覗きこんだ。 そこには、色とりどりのラッピングが施された何か。 箱型のものと袋型のもの一つずつ、 計二個が入れられている。

「これは?」

 ハクが下駄箱から取り出したモノに、 千尋の顔色があからさまに変わった。
 その変化がなんなのか分からず、心配そうに 彼女に問いかけようとしたその時―――。

「速水くん、これ、受け取って?」

 あの女生徒が、下駄箱に入っていたものと同じような包みの箱を差し出す。

「速水君、これ食べて欲しいの」
「私のもっ!!」

 と、そこにグループが加わった。
 気付けば彼の周りには女生徒の人だかりができて、 通行の邪魔をしている。そして皆、手には思い思いのラッピングが施されたプレゼント。

「私のもお願いしますっ!」
「これ、手作りなんです……」

 次々と差し出されるモノに、 ハクは目をぱちくりとさせていたが、 ふと今日が何の日だったか思い出した。
 今日はバレンタイン。そして、 このラッピングされたものは全部チョコレート。
 バレンタインというのは、 女性が、好きな男の人にチョコをあげて、 愛の告白を行う日。
 それを教えてくれた少女を探し、視線を走らせる。
 千尋は女生徒の大群に弾かれるように、少し離れた場所にいた。 カバンと薄ピンクの紙袋を、ぎゅっと大事そうに抱きしめて。
 彼と目が合あうとムスッとして、けれどどこか泣き出してしまいそうな 複雑な表情をして、すぐに視線をそらせてしまう。

(そういうことか)

 淡く微笑み、確信する。
 少女の目が赤かったこと、 学校の玄関での待ち合わせ、 そしてあの紙袋……。全てが 一つの線で繋がった。

「悪いけど、どれも受け取れない」

 口調こそ穏やかなものの、 それは冷たく、拒絶を表している。
 そして、手にした二つのラッピングも、 下駄箱の上へと置いてしまった。

「ほら、こんなところで固まっていては、 周りの迷惑だよ。それに授業が始まる」

 静かになった周囲を見回してそうあっさりと告げると、 上履きを履く。そして自然と捌けて行く女生徒の壁を突き進み、 千尋へと歩み寄った。

「さあ、行こう」

 その言葉が、差し出された手が、嬉しくて、嬉しくて。 笑おうとするのに、涙が零れてくる。 それでも無理に笑おうとすると、 複雑な表情となってしまう。

「なんて顔してるの?千尋」

 くすくすと笑うハクに、 「だって……」と小さく声を上げた。




 彼に誘われるまま、 廊下を教室へと向かって歩く。

「ねぇ、千尋」

 ふと、ハクは口を開き、 気恥ずかしそうに俯いた少女を覗き込んだ。

「な、なに?」
「千尋はいつくれるの?」

 甘さを含んだ微笑みと声。 一瞬、何のことか分からなかったが、 彼が言おうとしていることに気が付き、 ぼっと頬を上気させる。

「ほ……放課後っ!!!」

 照れ隠しに叫ぶと、ばたばたと廊下を走って、 教室へと駆け込んでしまった。
 バレンタインぐらいは、 ハクをビックリさせて、照れた顔を見たかったのに。 結局、いつも自分が負けてしまう。

いつになったらハクに勝てるのだろうか?










バレンタイン小説です。
やはり学園版となってしまいました(^^;)
お約束v

ヤキモチを焼く千尋を表現しきれなかったのが
心残りです(--;)



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