いつからだろう?こんなにドキドキするようになったのは。
「千尋」
あなたが私の名を呼ぶ。
心地よい音楽。子守唄に似ているけれど、それとは違う。
だってこんなに胸が高鳴っているから。落ち着くけれど、
眠くならない。逆に目が冴えてしまい、その声を聞き逃さないよう、
全ての神経も冴え渡る。
「千尋」
またあなたが呼ぶ。
何故すぐに返事が出来ないのだろう?
口を開いたらあの人に聞えてしまう。このドキドキが。
口を閉じている今だって、
聞こえてしまうのではないかとビクビクしている。
「千尋?」
手が肩に乗せられた。
大きく身体が跳ねて、胸の高鳴りは倍になる。
心臓が口から出そうになって、慌てて口を両手で塞いだ。
「どうしたんだい?」
やさしく問われても答えられない。
「なんでもない」
ただその一言がいえなくて、自分の中でジタバタしている。
「顔が赤いね。熱でもあるのかな?」
肩にあった手が額に伸びた。
耳まで赤くなるのが自分でも分かる。
「うーっ・・・」
それから逃れようと、小さくうめいて首を横に振る。
「千尋?」
うずくまり膝に顔を埋めていると、
背中に追い討ちのように優しい声。
何、やってるんだろう?
自分で自分に問い掛ける。触れられた肩が熱い。
少しだけ、指先が掠っただけなのに、額までもが、じぃんする。
「具合が悪いの?」
後ろから包み込むように、両肩に手を乗せられた。
耳元で声がして、そして言葉とともに吹きかけられる吐息に、
また身体が跳ねる。
肩が、背中が、耳が、まるで太陽になったかのように熱を帯びる。
胸がはちきれんばかりに高鳴って、
もう何が何だかわからなくなる。
「あ・・・、あのね」
やっとの思いで声を絞り出した。
そうだ、ハクに聞けば分かるかもしれない。
この熱と、ドキドキの正体が。
「私、ヘンなの」
そろりと顔を上げて、
横目でキレイな顔を見た。
涼しくて穏やかな瞳が、じっと見つめている。
「すごく、ドキドキするの」
すぐ目の前に迫るハクの顔に、
気恥ずかしくなって、また顔を伏せた。
「前はね、そんなことなかったのよ?でもね、でも・・・。
ハクに名前を呼ばれると、触れられると、
ドキドキして身体中が熱くなるの。私・・・病気かなぁ?」
ぐっと、両肩に置かれた手に力が入るのが分かる。
「!?ハク??私、やっぱり、ヘン??」
恐くなって顔を上げ、振り返ろうとした時、
強い力で後ろに引かれた。
「きゃぁっ・・・」
小さく悲鳴を上げて、そのまま座り込んでしまうと、
ハクの腕が身体を抱えた。
優しいけれど、少し強く抱きしめられると
もう動けなくなってしまう。
動けない理由は、それだけではないかもしれないけれど・・・。
胸のあたりを横切る白い腕から、
高鳴りが伝わってしまう。
でも、ハクの匂いで包み込まれると
そこは心地いい空間だった。
ハクは何も言わない。
がっちりと抱き寄せられて、振り返ることができず
顔も見えない。
でも、
微笑んでいる気がした―――。