13.眠り |
ふと目が覚め、シルフィスはのろのろと身体を起こした。 ずるり、と身体を滑り落ちていく腕の感覚にびっくりして振り返れば、 隣りに自分の夫の姿を見つける。 目を覚まさせてしまったであろうか、 どきどきと高鳴る胸を押さえながら、 恐る恐る覗き込んだ。 蒼みがかったプラチナの長い髪がシーツの上に広がり、 後れ毛が素肌に、 整った顔にかかっている。 異性の目から見ても、綺麗だと思う。自分の夫であり、 この国の皇太子であるセイリオス=アル=サークリッド。 その人が、今、自分の横にいる、 瞳を見ればやわらかく閉じられていて、 いつもの眠りの表情である。 目を覚ましていないことにほっと胸を撫で下ろし、 そして、我が身を振り返る。 一糸纏わぬその姿に、 自分のものと彼の髪の毛がさらりと流れる。 「っ・・・・・・・・・」 シルフィスは、誰も見ていないと分かっていつつも、 頬を染めシーツをかき寄せた。 そうしてから周囲を見回してみると、 まだ闇が残っており、薄暗い。 ランプが消えているところを見ると、 夜明けは近いらしい。 この時間帯に、久しぶりに目を覚ましたような気がする。 結婚する以前は騎士団暮らしをしていた為、 早番の時はいつもこれくらいの時間に起きていた。 それが結婚をしてから王宮のリズムで暮らすようになると、 確かに王宮でも朝は早いが、 なかなかこの時間に起きるようなことはない。 しかし、 それだけがこの時間帯に目を覚まさなくなった理由ではなく・・・・・・。 シルフィスはふと脳裏に浮かんだことに頬を染め、 それを振り払うように首を振り、 パンっと軽く両頬を叩く。 (でも・・・・・・殿下より早く目が覚めたのは、 本当に久しぶりかもしれない・・・・・・) 結婚したての頃は、 騎士団にいたころの習慣が身についており、 よくセイリオスよりも早く起きていた。 セイリオスもセイリオスで低血圧なのか寝起きはそれほどよくないらしく、 彼を起こすのがシルフィスの日課となっていたし、 それからずっと日課になるものだと思っていた。それなのに・・・・・・。 いつの間にかそれは逆転し、目を開けるといつもセイリオスが笑顔で朝の挨拶を告げる。それが習慣となり、もうそろそろ一年が経つ。 起きられない理由。それは自分でもよく分かっている。 今日だって、本当ならばこんな時間には目を覚まさないはずであった。 少し動くだけで、身体が軋む。これでよくこの時間に目が覚めたものだと、 感心しながらもそう思ってしまったことに赤面する。 シルフィスはシーツで身体を隠したまま身体の向きを変え、 改めて夫の顔を覗き込んだ。 なんとも気持ちよさそうな寝息を立てて、 彼は眠っている。 こうして見ているとまるで少年のようで、 とても、日々政務に追われている皇太子には見えない。 ふと湧き起こる幸せな気持ちに、 自然と頬が緩み、笑みがその白い面に浮かんでしまう。 (そういえば・・・・・・ まだ、私の方が早く起きていた頃、 こうして殿下の寝顔覗き込んでたっけ・・・・・・) あの時は、 ただひたすら信じられなくて。 疑心暗鬼の気持ちで彼の顔を見つめていたと思う。 こうして、自分が彼の腕の中で眠っていて、 目が覚めてもやっぱりその人はこうして隣にいる。 それがただただ、信じられなくて・・・・・・。 けれど、今の気持ちはそれとは違う。 たぶん、確認しているのだ。 今の幸せを。こうして、彼がすぐ側に、隣りにいることを。 そしてそれを確認して、 より一層、幸せを感じるのだ。その繰り返し・・・・・・。 シルフィスはそろり、と手を伸ばし彼に触れた。 頬に触れ、唇をそっと辿る。 かさっとした感覚、そして外気に触れていたための冷たさに、 シルフィスは僅かばかり驚く。 昨夜の、あれほど熱かったはずの唇が、今はこんなにも冷たい。 シルフィスは言いようのない切なさに襲われ、 すっと彼に身体を寄せる。 そうすると、彼の体温を淡く感じ、心がほっとするのがわかる。 そのまま、腕の中にもぐりこむように身を横たえ、 その広い胸板にゆっくりと頬を当てた。 熱いほどの体温と、素肌の感触。 その向こう側で、トクトクと静かなリズムが聞こえる。 穏やかで、まるで子守唄のような響き・・・・・・。 そうして、シルフィスは再び眠りに落ちる。 愛しい人の香りとぬくもりに包まれながら。 ここだけが、たった一つ、安らげる場所・・・・・・・・・。 |