12.視線の先


 気付いていた。
 この瞳が、あの若者を追っているということを・・・・・・。




 それは、ふとした拍子に気付いたこと。 以前から意識していたわけではなった。 それが、本当に、何気ない瞬間に知ってしまったのだ。

(彼女を・・・・・・探している・・・・・・)

 否、『彼女』と呼ぶには語弊がある存在。 クラインの辺境、アンヘルと呼ばれる年頃まで性別のない、 不思議な一族の若者。その特徴的な金の涼やかな髪、 強い意志の宿った透き通るような深緑色の瞳。その 二つの色彩を無意識のうちに探している自分がいる。

 それは神殿での演説の最中、夜会のホール、視察のための移動中の馬車の 中から眺める街、 いるはずがないとわかっている場所でも、彼女を探してしまうのだ。

(どうかしている・・・・・・)

 セイリオスは執務室の椅子に深々と腰掛け、 天を仰ぐ。瞼を閉じ、そこに現れた暗闇の中でさえ、 その姿を、色彩を、追いかけている。

 彼女と出会ってどれくらいの月日が流れたであろうか。 初めて出会ったのは、庭に桜の花が鮮やかに咲く季節。 妹のディアーナに引きずられるようにして王宮に現れた。 その時は、アンヘル族ならではの美しさに目を奪われはしたが、 こんなにも鮮烈に、その影を探すようなことは無かった。

 最初は警戒心から。妹の友人ということではあったが、 アンヘルという男でも女でもない存在に危機感を覚え、 妹との仲が発展しないよう、半ば見張るように若者を見ていた。

 それがいつからか、彼女の真っ直ぐな性格が好ましく思え、 何かにつけては呼び寄せるようになって、 言葉を交わすことも増え、そして・・・・・・。

(まだ・・・・・・性別がないというのに・・・・・・)

 何故、こんなにも求めてしまうのか。 この視線の先に、いつでも彼女の姿を止めたいと、 そう望んでしまうのか。そんなこと、分かっている。 そう求めるたびに、望むたびに、 自分の奥深くに眠る、どす黒く重い感情を思い知るから。 そして、その感情の表にある彼女への想いを強く感じるから・・・・・・。

(愛して、いるんだ・・・・・・誰よりも・・・・・・)

 そう、胸の奥で呟くだけで、 愛しいと想う感情が湧き上がる。もし、この想いを口にしたら、 言葉として紡ぎ、彼女に伝えたら、自分は一体どうなってしまうのだろうか?

「シルフィス!こっちですわー!」

 ふと聞き覚えのある声が耳を打ち、 弾かれたように顔を上げる。 しかしそれは声に対してではない。 その声が紡いだ、一つの名に反応してのことであった。

 その声は庭の方から聞こえてくる。 セイリオスは椅子から立ち上がると、 一つだけ開け放たれた窓へと歩み寄った。夏の香りを孕んだ心地よい風が 頬を撫で、後れ毛を揺らし室内へと流れ込む。

 夕刻の迫る柔らかく生ぬるい日差しの下、 二人の少女の姿があった。一人は薄緋色の豊かな髪を弾ませる小さな姿。 そして、もう一つは・・・・・・。

 セイリオスは食い入るようにその姿を見つめる。 金の髪がそよ風に軽やかになびき、あっという間に視線を奪っていく。 その輝かしさに、思わず目を細めた。

「姫!そんなに急がなくても」
「だって、早くシルフィスに見て欲しいんですもの!」

 いつものように、強引な妹に引きずられるようにしている若者。 微笑ましい風景ではあったが、それと同時に、 胸の奥底にちりちりとするものが起こる。落ち着かない、心。 睨むように目を細め、若者をこれ以上ないほど見つめる。

 仲の良い、二人。親友となったのだから当たり前である。 妹にそうした友達ができることは、とても喜ばしいことだ。 王宮の色に、思想に固まらない、「世間」を知ることができるから。

 けれど、今、ひっかかっているのは妹に関してではない。 それは、妹と仲の良い、シルフィスという存在。 シルフィスが、他の者と親しく話をしている、 その事実が胸の奥を焦がし、乱そうとしている。 表面上では分からぬ胸を服の上から押さえつけるように握り締め、 掻き毟るように服を掴んだ。

 以前の自分だったら、この焦燥感を若者の隣りにいる妹に向けられていたはずだ。目が放せなくて、危なっかしくて、 異性と話している姿を見るだけで、心配に、不安になって・・・・・・。

 それが、今はその隣りの若者に注がれている。 その存在が、愛しいと思うからこその焦燥。 妹に向けられていたときは、家族であるから、大事な妹であるから、 そうした思いがあったから、 その視線は向けられていた。だが、シルフィスは?

 彼女は、家族ではない。共に過ごした年月も、ディアーナとの方が はるかに長い。それなのに。 出会って半年しか経たない若者に、妹に対して抱いていて感情を、 否、それ以上の何かを感じている。 それまで大事な存在であった、妹が疎ましく思えるくらいに・・・・・・。

(疎ましい?)

 そう思い、セイリオスは愕然とする。今まで大事に思えていた存在を、 疎ましいと自分は思ったのだ。 シルフィスと仲良くする姿を見て抱いた感情。 自分の想いはここまで走ってきていたのかと、 改めて痛感する。

(私は・・・・・・シルフィスの全てを、自分のものにしたいと考えている・・・・・・)

 それは強い想い、そして黒い感情。 自分がこんなにも独占欲が強いとは、思いもしなかった。 いつからか、自分という存在に諦め、皇太子として演じてきた自分が、 冷めた瞳で、傀儡となる自分自身を見つめてきた、この存在が、 ただ一人の若者を強く欲し、自分だけのものにしたいともがいている。 それは押し止めても湧き上がり、 無理やり蓋をするからこそ、さらに勢いを増す。 いつかその奔流に理性を押し流され、 若者を傷つけるような真似をするかもしれない。 それほど強く、熱い想い・・・・・・。

(視線の先に、いつも君がいてくれたら・・・・・・)

 叶わぬ願いかもしれない。それでも痛切に願ってしまう。


 皇太子としてすべてを手に入れた青年。
 けれど、 一人の男として何も手に入れることのできなかった青年の、
唯一つの、強い願い。







殿下のモノローグです。

にしても、
ディアーナはシルフィスになにを見せたがっていたのだろうか(笑)

なにげに、セイリオス、ディアーナ シルフィスの三角関係もの好きです。
ただ、展開によりますけど。
私としては、サークリッド兄妹によるシルフィス争奪戦的なお話が
一番好きですけど、
場合によっては、シルフィス・ディアーナの殿下争奪戦(?)的なお話も
好きです。
ただ、そうなるとすっごくどろどろとした昼メロ的な展開になってしまうのが
玉に瑕といいますか、なんといいますか。
なので、公共の場ではきっと書かないと思います(苦笑)


【2005/05/01】





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