1.出会い |
機会がなければ決して顔を合わし、言葉を交わすことのなかった二人。 けれど二人は出会った。 まるで運命のように・・・・・・。 「どうしたんだい?」 それは眠りにつく前のちょっとした時間。 ベッドの上で枕に寄りかかり本を読んでいたセイリオスは、 先ほどからこちらを見つめてくる深緑色の瞳ににっこりと微笑みながら そう問いかけた。 「そんなに見つめられたら、穴が開いてしまうよ」 本を閉じると、 その音に覚醒したかのように、 無防備であどけない顔が、ハッと我に返り少女は頬を染めてうつむいた。 「す、すみませんっ、不躾にじろじろと」 「いや、構わないさ。 君に見つめられるのなら大歓迎だよ」 「で、殿下」 さわやかな微笑みで言葉とはうらはらの涼やかさで答える青年に、 シルフィスはますます頬を薔薇色に染めた。 「けれど、理由を聞きたいな? そうすれば、私はもっと幸せな気持ちになるかもしれない。 ・・・・・・違うかな?」 うつむいた少女のあごを指先で捕らえ、 くいっと上を向かせる。 真っ直ぐと瞳が合い、 シルフィスは戸惑い視線を泳がせてから恥ずかしそうに瞼を伏せた。 長い睫毛が、 ランプのやわらかい光に浮かび上がり、 白い肌に影を落とす。 「その・・・・・・このように、 殿下がお側ににいるというのが・・・・・・ 今更ながら不思議な感じがして」 言葉を発することを迷っていたシルフィスは、 観念したように弱々しく、つとつとと語り始める。 そして、改めてセイリオスを見つめる。 戸惑いのない、真っ直ぐな視線で。 「不思議?」 セイリオスは手を離すと、 その手で彼女の髪を一房取った。 さらりと、まるで絹のような、水のような手触りと透明感が、 なんとも心地いい。 「はい・・・こうして言葉を交わして、こうして殿下が私に触れて・・・・・・」 「君が私に触れる、それが不思議かい?」 シルフィスの繊細な指を取り、 セイリオスは自分の頬に触れさせる。 ぴくり、と指先に緊張が走り引こうとするが、 それをがっちりと抑えられてしまいそれも敵わない。 指先から、セイリオスの体温を感じ、 シルフィスはその熱に眩暈を覚えた。 「何故?」 彼の指が、指と指の間に滑り込んでくる。 その行為が与える言い表すことのできない感覚に、 ぞくりと背筋から何かが駆け上り、 シルフィスは声を上げそうになるのを必死で抑える。 その様子を見て、セイリオスはゆったりと目を細めた。 「・・・・・・っその、 私と殿下は住む世界が違います。 一生お会いすることも、言葉を交わすこともなかった、 そういう関係でした。それなのに、 今はこんなにも殿下のお側にいられる。 そう思ったら、なんだか夢のような気がして・・・・・・」 そして、わずかに力が篭るシルフィスの指先。 「夢ではないよ。 夢なものか」 それに応えるように、 セイリオスの指がより深く絡みつき、組み合わさってくる。 たまらず、シルフィスが小さな声を上げた。 「ほら、私は君に触れて、君は私に触れている。 これは現実だよ。この体温も・・・・・・、感覚も・・・・・・」 シルフィスの ぼうっとした瞳が、 組み合わされた二人の手を見つめている。 セイリオスは甘く微笑み、少女に見入った。 「私が、偶然にも姫と出会わなければ、 こうした時間はありえなかったのですね・・・・・・」 脳裏に浮かぶのは、 今では義妹となったディアーナの姿。 初めて出会ったときの有り様が、 まるで昨日のことのように思い浮かぶ。 そして、それに想起される、セイリオスとの出会い。 名前しか知らなかった、 皇太子。 それが、偶然出かけた王宮の中庭で出会うことになるとは。 そして、気づけば成り行きとはいえ、一緒にお茶をすることになって、 言葉を交わして、 いつの間にか、お互いがお互いを必要としていた・・・・・・。 まるで、 昔読んだお伽話のような出来事に、 シルフィスはふと口許に笑みを浮かべた。 「それも、なんだか不思議な感じがします」 シルフィスの言葉に、 セイリオスは微笑んで応える。 「偶然?確かに、ディアーナと君の出会いは偶然だったかもしれない。 けれどね、シルフィス。 君と私の出会いは偶然ではないよ。・・・・・・必然だ」 組み合わせた指を我が許へと引き寄せ、 シルフィスの指先にセイリオスは唇を当てる。 ちゅ、という軽い音に、 シルフィスはびくり、と身体を反応させた。 「たとえ、君がディアーナと会っていなくとも、 私と君は必ずどこかで出会っていたはずだ。 私はそう思うよ・・・・・・」 「殿下・・・・・・」 そうして上目遣いに、 シルフィスを見る。 すみれ色の淡い輝きが、 真摯に貫く。 その甘い痛み、切なさに、シルフィスの胸は高鳴った。 と、指が開放感に包まれる。 その虚無感に戸惑い、「え?」と声を上げると、 セイリオスの両腕がシルフィスを包み込んだ。 「君と出会えてよかった・・・・・・」 「私も、です・・・・・・殿下・・・・・・」 抱き寄せ、その金の糸に顔を埋め摺り寄せる。 そうして紡ぎだされた言葉に、 シルフィスは心だけでなく身体も震えるのが分かった。 「愛してるよ」 「私・・・・・・も・・・、ンっ・・・・・・」 熱くなる吐息と共に出された言葉は、 セイリオスに飲み込まれる。 重ねあわされた唇、とろけるような甘いキス・・・・・・。 こうして共にいるのは不思議なことではない。出会うこと、 それ自体が必然であったのだから。ならば、 こうして共に生きているのも必然であって・・・・・・。 そして、きっとそれは永遠に続いていく。 二人が出会ったことで、 すべてが必然へと変わっていく。 この世に、この時代にこうして生れ落ちたことから、否、 生まれる前からの必然へと・・・・・・。 (私は、生まれる前から こうなることが決められていたのかもしれない・・・・・・) 身体を引き寄せる力強い腕と、 髪に差し込まれる彼の指の感覚を感じながら、 それらにすべてを委ね、 シルフィスは瞳を閉じた・・・・・・。 |