-ロウィンの夜に-


「エルウィンの親戚かなにか?」
 聞き慣れない単語に、シオンは首を傾げて答えた。
「なんでそうなるわけ?」
 当のエルウィンは、笑顔ながらも矢の先をシオンの首元に向ける。
「え、いや、だって!」
「だってもなにも! どうしてハロウィンであたしの名前が出るのよ!!」
 なんの予備知識もなければ、連想してしまうのも無理はないと思うのだが。
「お祭りの名前よ。知らないの?」
「お祭り……?」
 どうやら何も知らないらしい、と改めて判断した。
「記憶を失った時に、そうしたものも一緒に忘れてしまったのかもしれませんね」
 と、ピオスは言ったが、今のシオンは、大半の記憶を取り戻している。しかし知らないとなると、元から知らないのか、まだ戻りきっていない記憶の部分にあるのか、ともかく現段階ではまるきり分かっていないということは事実である。
「ゼノヴィア。シオンとハロウィンを過ごしたことはありますか?」
「内緒よ♪」
 ピオスに聞かれて、ゼノヴィアは天然な笑顔で返した。
「仕方ありません。私が説明しましょう」
 祭りの時にはヴァイスリッターにも働いてもらうことになりますからね、と前置きしてピオスがえへんと咳払いを一つ。
「ハロウィンとは、聖人の日の前晩に行われる、伝統行事のことです。この夜は死者の霊が家族を訪ねたり、精霊や魔女が出てくると信じられていたのです。これらから身を守る為に仮面を被り、魔除けの火を焚きます。これに因み、31日の夜、魔女やお化けに仮装した子供達が「トリック・オア・トリート(お菓子をくれなきゃ、いたずらするぞ)」と唱えて近くの家を1軒ずつ訪ねる。家庭では、蕪の菓子を作り、子供達は貰ったお菓子を持ち寄り、ハロウィン・パーティーを開いたりする……というのが大体の流れですね」
「はぁ……」
 まだよくわからないのか、シオンは曖昧に頷いた。
「センセー難しいすぎなんじゃない〜?」
 横からマオが割り込み、単純明快に説明する。
「要するに、仮装してお菓子を貰う行事なのよ」
 それはそれで間違ってはいないが少し違うような。
「……押し込み強盗みたい」
 というシオンの感想は、純粋なものなのか無知からくるものなのか……。


 何も知らないシオンとは違い、シルディア全体はハロウィン一色に染まっていた。各家ではくり貫いたカボチャに蝋燭を立て、店にもそれらしい品が陳列されている。
 獣魔王復活の影響でボロボロになったシルディアだが、この祭りを機会に、復興に活気を与えることが今年の目的であるらしい。
 ヴォルグと一緒に見回りに来たシオンは、まるで別の町に迷い込んだかのようにきょろきょろと視線を定まらせないでいる。
「そんなにハロウィンが珍しいか?」
 シオンの様子に、ヴォルグが声をかけた。
「どうでしょう。もしかしたら知っていたのかもしれないし、ホントに知らなかったら珍しいのかもしれません」
「そうか。それじゃあ、今のお前にとって最初のハロウィンが、印象深いものになるといいな」
 ヴォルグの言い方に、何か含みを感じたのは気のせいだっただろうか。
「そういえば、ピオスさんがヴァイスリッターにも働いてもらうことになるって言ってましたけど、具体的に何をするんですか?」
「ん? あぁ、なに。治安維持をいつも以上に強化するだけさ。悪戯の限度を超えるやつが毎年いるからなぁ」
 お前も気をつけろよ、と注意された理由までは、今は深く考えなかった。
 見回りも終わり、勇者亭に戻ると、そこもついにハロウィン色に染まっていた。
 パーティ用の飾りつけなどの指示を出していたピオスが、戻ってきた二人に労いの言葉をかける。
「ご苦労様でした。こちらの準備もだいたい終わっていますよ」
 見れば、準備をしているメンバーの皆の衣装がいつもと違う。
「もう仮装しているのか。あとは、俺とシオンだけか?」
「え? ピオスさんは……」
 見たところピオスのみ、いつも通りの格好である。
「いえ、私は外に出ませんので」
 じゃあ僕も、と言いかけたのだが、言い切る前に準備を終えた皆が集まってきた。
「よーし、後は夜を待つだけにゃん♪」
 マオはいつもの忍び装束ではなく、なんとも区別のつかない格好をしている。
 怪物のようにも見えるが、具体的になんの怪物なのか予想もできない。
「なんの仮装だ、それ?」
 何と言おうか迷っていたシオンの代わりにヴォルグがツッコミをいれる。ナイス団長。
「見れば分かるでしょー。獣魔王!」
「どこが!!」
 と、つい言ってしまったのはシオンであり、実際に見てきたのは彼である。確かその時のパートナーはブランネージュだったような。
「しょうがないじゃん、話に聞いただけで、あとはオリジナリティを加えただけなんだから」
 もっと無難な仮装をする、という考えはなかったのだろうか。
 似ても似つかないし、持っているアメ菓子のせいで、獣魔王の印象はもっと薄れてしまっている。
「カイネルは……怪我でもしたの?」
 マオから目を離すと、そこには包帯に身を包んだカイネルの姿があった。
「……ミイラ男の仮装だ」
 不本意そうに答えたところを見ると、渋々参加させられている感じだ。それに包帯かと思えばさらしである。彼らしいといえば彼らしく、以外に似合っている。しかしそれを言ったら斬られかねないので、別の話題をふることにした。
「ブランネージュは?」
「アイラなら……」
「私なら魔女よ。あなたのお母さんと同じく、ね」
 カイネルが言うより早く、その姿を見せた。とはいっても、いつものマントが黒いだけだが、確かに魔女であることには変わりない。手に持っている帽子はゼノヴィアのものらしく、なかなかと魔女以上に魔女らしい雰囲気をかもし出している。
「というわけで……兄さん、トリック・オア・トリート」
 帽子をかぶって、にっこり微笑んだ。
「まだ早くないか……?」
 と言いつつも、ポケットを漁る。だが、すぐに出すつもりだったものが出てこず、カイネルの顔がだんだんと青くなっていく。
「お菓子くれないなら、いたずらしようかなぁ」
 あくまでにっこりと微笑んだまま、ブランネージュは本当に杖に魔力を込め始めた。
「ま、まてアイラ! 用意はしていた。すぐ出すから――」
「いたずら決定〜」
 笑顔のままの、ブランネージュのアイスブレスがカイネルを包み込んだ。
「…………ねぇマオ。そのアメってさ」
「これ? カイネル君のポケットに入ってたのを、盗んじゃった」
「あとで謝っておきなよ……」
「いたずらしてもいい日なの〜♪」
 カイネルが不幸に見えた。
 気を取り直して、シオンは別のメンバーに目を向けた。
 その先には、壁があった。いや、ラザラスが目の前に立ち塞がっていたのだ。
「シオン……俺、似合うか? リュウナ、似合う、言ってくれた」
 どうやらリュウナに褒められて気分がいいらしい。しかし困ったことに、どこをどう仮装しているのか全くわからない。普段通りの格好をしているだけだ。
「え、え〜と……似合うよ、うん」
「そうか」
 どことなく嬉しそうにラザラスは答えた。シオンは未だに仮装部分が見つけられずにいる。
「……ラザラスの仮装って…………」
「ああ、あれ? ゴブリンの仮装だって」
 マオに言われて、ようやく気付いた。持っている斧が、自前のものではないのだ。ゴブリンが使っている斧を担いでいるのを見て納得した。
 恐らくリュウナには「似合っていますよ、ラザラス。こんな強そうなゴブリンは見たことがありません」とでも言われたのだろう。
 そして当のリュウナは何も仮装しておらず、いつもの巫女服だった。
「あれ? リュウナはいつも通りなんだね」
「はい。私はピオスさんのお手伝いで、勇者亭に残ることになりましたから」
 チャンス再来。今なら言える。僕も残って手伝うよ、と言いかけたが、それを成す前に肩を叩かれた。
「エル……ウィン?」
 シオンがその姿を見て、半疑問系で返したのも無理はない。一見、仮装は全くしていないようなのだが、印象そのものが違った。まるで妖精だ。
 つい見とれてしまい、シオンはしばし言葉を失った。
「どう? 『魅惑』のスキルを応用してみたの」
「え。あ、うん……」
 なんと答えたものか、気の利いた一言さえ思いつかなかった。それほど見とれていたのだが、エルウィンはそうと知らずか「はっきりしなさいよ」と頬を膨らませている。
「えっと……クピードはどうしてるの?」
「どうしてそこでクピードが出てくるのよ」
 咄嗟に出た言葉だったが、当然、睨まれた。そして当のクピードは、リュウナと同じく普段着のままで、竪琴をぽろんと鳴らした。
「俺様は音楽担当だぜ」
 どうやら残り組みらしい。チャンス三度。三度目の正直。なんだか外に行きたくない。
「僕も――」
「シオンも早く仮装しとけよ」
「――はい……」
 出し抜けにかかった声に思わず返事をしてしまった。他の人物だったならまだしも、声の主がヴォルグであったため、反射的な行動であったのだ。
「でも、シオン君は何の仮装が似合うかなぁ〜?」
 マオが色んな角度からシオンを見回しながら考え込む。
「吸血鬼あたりでいいんじゃない。団長の『ヴァンパイア』持たせてさ」
「あれは仮装道具じゃねぇ」
 エルウィンの提案にヴォルグは不満の意志を見せた。彼の最強武器なのだから、いくら祭りとはいえ他人に貸したくはないのだろう。
「団長も普段着なんですね」
「俺は狼男だからな」
 仮想要らずというわけか。
「あ、そうだ!」
 と、唐突にマオがぽんと手を打った――というのはいい加減に古いのだろうか。
「取り出したるは、はい双竜の指輪」
「え!?」
「これをアタシがつけて」
「えぇ!?」
 シオンとマオの魂が活性化した。
「何でもないときに指輪はめるな!!」
「ほら、狂戦士(バーサーカー)っぽい」
「ふざけんなぁぁぁ!」
 ――結局、悪魔の冠を装備して劣化悪魔ということで落ち着いた。


 そして夜。
 治安維持というか、警備強化のために見回りに出る時間だ。
「仮装の意味って……」
 問題を起こさないための見回りなら、それらしい格好をすべきなのではないか、という疑問が今更になって浮かび上がってきた。
「町全体との協調性をだな」
「ホントですかぁ……?」
 疑いたいが、だからといって仮装を解くわけでもない。
 仕方なくそれぞれが担当する地域へ赴くことになった。
「えっと僕は……」
 鍛冶屋通り。頑固なドワーフ族の集落の近くにあり、祭りには消極的なのではないだろうかと思われる。
 現場に行って思ったことは、予想通りで、カボチャのランタンがあちこちに飾ってあるものの人気が少ない。
 他の街の子供達も、この付近は何となく避けているようだ。
「よかった、なんだか楽そうだ」
 しかしこれほどまでに人がいないとなると、仮装している自分が浮いて見える。とはいえ、装備品を身に纏っているのだからまだいいほうだ。マオのようにごてごてした仮装をしなくてよかったと、心の底から思った。
「あれ?」
 ランタンの灯りとは違う、不思議な光が視界を掠めた。
「なんだろう」
 その光に導かれるように、誘われるように、シオンはついていく。
 どこをどう歩き、もしくは走ったのだろうか。気が付けば人気どころか住宅さえ見えなくなっていた。
「ここは――」
「コォォォ=v
「!?」
 くぐもるような異質の呼吸音を聞き取り、シオンは思わず身構え、そして剣を取った。それほどまでにその呼吸音はシオンの心に恐怖を残していたからだ。しかしそれが存在するはずがない。聞こえるはずがない。では何故聞こえてくる。空耳か。風の音か。考えたくない――。
「闇の……仮面!」
 だが見てしまった。闇夜に浮かび上がるその姿を。軍師アスクレイを名乗った闇の仮面。
「なんでお前が……」
 足が震える。闇の仮面との対峙は、何度目になるだろう。
「お前に復讐するためだ=v
 くぐもった声は短い言葉で全てを語り、闇の仮面は紅い光を発した。
「(炎の魔法!?)」
 魔力の光で相手の行動を先読みできるくらいには、シオンも成長している。打ち出された火炎弾を避け、あるいは己の大剣で振り払おうとした。
「うわっ」
 あくまで振り払おうとしただけで、いざ剣を振るっても弾き飛ばされたのはシオンのほうであった。
 炎の熱さと弾き飛ばされた勢いに顔をしかめつつ、闇の仮面を凝視する。帯電している闇の仮面は、もう次の魔法が完成していた。
「スパーク=v
 電撃の魔法が飛び交い、シオンは少しでもかわそうと転げまわる。
「どうした。指輪の力がなければ、その程度か=v
 今、シオンにパートナーはいない。
 双竜の指輪の力も発動しておらず、一騎当千の力は今のシオンになかった。
「仲間がいなければ何もできない意気地なしか=v
 氷の魔法が発動する。
 シオンは追尾してくる氷の柱から逃げ回りながら、それでも闇の仮面を睨みつけた。
「お前、今度は誰の身体を乗っ取ったんだ。母さん、ガラハッド――今度は誰なんだ!!」
「お前の知る事ではない=v
 シオンの背後から闇の仮面が声をかけられた。瞬間移動だ。
「このっ!」
「私もろとも宿主を殺すつもりか=v
 振り向きざまに剣を突き出そうとするが、闇の仮面が発したその一言でシオンは動きを止めてしまった。
「仲間もいない。犠牲を払うくらいの薄情にもなれない。その状況でお前はどうする=v
「僕は……」
 肩が激しく上下する。恐怖と運動の繰り返しで、そして今の状況に焦燥を感じているためか。
「(どうすればいい!?)」
 ああまただ。また優柔不断な正確が災いしている。指輪をはめている時の僕は、もっと割り切ることができる(らしい)のに。
「僕は――!!」
「…………やーめた=v
「――って……は?」
 闇の仮面の低い声が、どことなく高い女性の声になったような。
 おもむろに、闇の仮面はその面を取った。
「か、母さん!?」 
 その下にはシオンの母、ゼノヴィアの顔があるではないか。
「もう、全然気付いてくれないんだもの」
 仮面を取ったゼノヴィアは、もうくぐもった声ではなくいつも通りの調子だ。
「え、でも、あれ? えぇぇ?!」
「ちょっといたずらしてみたの」
 あどけなく笑うゼノヴィア。緊張の糸が切れたシオンは、その場にへたり込んでしまった。腰が抜けたらしい。
「ひどいよ母さん。ほんとに魔法打つんだから」
 そういえば、冒頭からゼノヴィアは妙にうきうきしていた。
 考えていた『いたずら』に対して浮かれていたのだろう。
「うふふ。せっかくのハロウィンだもの。驚かせようと思って」
 驚いたどころではなかったのだが。
「でもねシオン。もし、さっきみたいな状況になったらあなたはどうするの?」
「え?」
「獣魔王を倒した勇者でも、ひょんなことから絶体絶命のピンチに陥ることがある。その時、あなたはどうするの?」
「それは……」
「今はまだ考えなくていいわよ。でも、いずれその時が来るかもしれない――」
「それって――」
「あなたは気にしなくていいわ。それはまた別の話」
 優しく、ゼノヴィアは息子の頭を撫でた。
「さあ、戻りましょう」
 差し伸べられた手を、シオンは取った。
 まだ驚きから冷めないのか身体が熱い。
 それともゼノヴィアの言葉が、無意識に身体を滾らせているのか。
 しかしそれもゼノヴィアが言った通り、別の物語。
 シオンは、母と共に仲間のもと、勇者亭へと戻っていった。
 やけに大規模(?)ないたずらからの訓えに、直面する時は来るのだろうか。

-fin-


戻る