-怒りの放棄……-




 お花見シーズン。
 暖かくなると、美しい花々が咲き誇り、人々の心を癒してくれる。
 そして、ブルオッソムという国に、常にそのお花見が可能な場所がある。その地方では常に美しい花が木に咲き続ける。同じ木に延々と同じ花が、というわけではなく、春は桃色の花、夏は青色の花、秋には黄色の花、冬には白色の花。このように、年がら年中花が咲くことで有名なのだ。そして……。
 夕日との調和でこれまた美しい景色を背景に……。
「イオ!」
そんな心が和むような場所で……。
「ジャッジ・クルス!」
 美しい花々に囲まれ……。
「バギマ!」
 それで……。
「ヒャダルコ……」
 ……。
「『全撃』のフレアード・スラッシュ!!」
 ……エンたち『炎水龍具』は、魔物との死闘を繰り広げていた……。


 何故こうなるに至ったかを説明せねばなるまい。
 それというのも、エンたちがブルオッソムに四大精霊に関することを調査しにきたことが始まりであった。一年中違う花が咲き誇るこの国の木は、もしかしたら何かしらの強い精霊力が働いているのではないか、と考えてやってきたのだ。
 そのため、その国で最も花の移り変わり等が最も早く、頻繁な場所を探した。それらしい場所はすぐにブルオッソムからやや離れた森の中であることが判明したものの、そこは立ち入り禁止になっていた。魔物が住み着いたとかで、ブルオッソムの衛兵達が困ったように見張りをしていたのだ。
 魔物退治ならば専門家だ、と張り切って森に住まう魔物の殲滅にかかったが故に、こうなってしまった。


「これで……全部か?」
 どこから沸いてくるのか、テリトリーを荒らされたと思い込んで襲い掛かってくる種類雑多な魔物たちを片っ端から倒し、その波はとりあえず途絶えたものの、全てを倒したかはまだ分からない。
「とりあえず、周辺の魔物の気配はないようじゃが……」
 まだ分からぬ、と付け加えてファイマはとりあえず、どこからともなくコーヒーセットを出して寛ぎ始めた。あんたいつもどこから出してんだそんなもん。
しかし寛ぐほどの余裕はあると彼は判断したのだろうから、しばらく魔物の襲撃はないと見てもいいだろう。
「おいエードよぉ、もっとテメェがとどめになるように戦えっての」
 ぶつくさと文句を言いながら、ミレドは落ちている貨幣を拾い始めた。エードは魔物殺(モンスターバスター)であるために、倒した魔物が貨幣になるという特殊能力があるのだ。
「とりあえず、野宿の準備でもしようか……」
 もう半分ほどしか見えない夕日を見ながら、エンはぽつりと呟いた。休むだけならブルオッソムの街に戻るという手段もあるが、夜は夜で何かの変化が掴めるかもしれないため、現地に留まる必要があるのだ。
「ってあれ……?」
 倒した魔物が消滅していく中、エンは不自然なものを目につけて、何気なくそれを拾った。
「ケン! 早く夕飯の支度をしろ。食事当番だろう!」
「オレはエンだ!」
 必ず間違えるエードに対して、必ず訂正をするエン。
「それに、言われなくても分かって――うわっ」
 言葉の途中で途切れたのは、エンが木の根につまずいたからだ。台詞の途中で転ぶなど、どこぞの不幸少女とどことなく似ているようだ。
「なにやってんだよ。早くメシ作れー!」
 それを見ていたミレドが、背中を木に預けて空腹を訴える。
「今日はあっさりしたものがいいのぉ」
 コーヒーを飲みつつ、ファイマが夕飯のリクエスト。
「食べてやるのだから、早くしろ」
 上からの物言いでせかすエード。
「エン……」
 ルイナが彼をよびかけると、エンはむくりと起き上がった。
「…………る…………」
「る?」
 エンがぼそりと言った言葉はそれしか聞こえなかったので、訝しんでルイナ以外の人間が聞き返した。
「『断る』って言ったんだぁー!」
 どことなく、エンの目つきが鋭くなっていた……。

「お、おい……どうしたんだ?」
 エンの鋭い剣幕に驚いたのか、ミレドが珍しく慌てているようだ。
「どうしたもこうしたもあるかよ! 断るって言ったんだ、オレはメシを作らねぇ!」
 ついさっきまで準備をするようなことを言っていたのに、まるで反対のことを言い出したのだ。
 この事態に、ルイナを除く三人が集合。
「転んだ時に頭をぶつけたのかよ……?」
「元がバカですからね。それのせいではないかと」
「もしや、ワシらが押し付けすぎたのじゃろうか?」
 いつもは仲の悪そうなミレドとエードも一緒になって小声で相談しあう。
「ファイマの言うことがあり得るな」
「というか、両方じゃないでしょうか?」
「頭をぶつけた上に押し付けすぎ……なるほどのぉ」
 まずはこの案が有力そうということで、とりあえず代表してファイマが謝ってみる。
「エンよ。ワシらが悪かった。機嫌を直して、夕飯を作ってくれぬかの?」
「い、や、だ、ね! そんなに食いたきゃ、お前らが作れよ!」
 謝っても効果はなかったようだ。再び三人が話し合う。
「作れって言われてもよぉ、俺様は何一つ作れねぇぜ」
「私は、料理など一度もやったことはありません」
「ワシも得意ではないな。武器防具を作るのは得意なんじゃが……」
「武具じゃ腹はふくれねぇよ」
「あの、ルイナさんに作ってもらうことは……?」
「止さぬか! 忘れたのか。あの無差別攻撃を……!」
 エードの提案はすぐに却下。以前、エンが行方不明になった時、気晴らしに料理でもしてみたらどうだと勧めたことがあったのだが、完成品には全て謎の調合薬が含まれており、ルイナを除く全員が花畑や三途の川を垣間見たこともあったのだ。
 そのことを思い出し、渋々エードは諦めた。
「となると、やっぱりエンに作ってもらうしかねぇな」
「しかし、どうしますか?」
「ふぅむ。ルイナの調合薬で、エンの怒りを静めるものはないのじゃろうか?」
 ファイマの言葉に、全員がルイナのほうを向いた。彼女には会話が聞こえていたのか、すぐさま「ありま、せんよ」と言い返され、またもや三人の作戦会議開始。
「ダメだってよ。ホントはありそうなんだけどなぁ」
「こうなったら、なんとか説得してみるしか」
「うぅむ……」
 協議の結果、今度はミレドが、エンに向かって説得を試みた。
「なぁ、頼むからさぁ、作ってくれよ」
 咄嗟のことで、ミレドは言葉のレパートリーが少なめだった。これならばファイマの説得のほうがましだ。
「しつこいなぁ! だったらオレに勝ったら作ってやってもいいぜ!」
 エンの言葉に、ルイナ以外の全員が「は?」と言いかけた。冗談を言っているのかと思いきや、エンは火龍の斧を召還した。どうやら本気のようだ。
「どうする?」
「どうすると言われても……どうしましょう?」
「条件が出たのじゃ。満たすにこしたことはない」
「そうだな」
「では、戦うのですか?」
「うむ。頑張れよ、エード」
「はい…………はいぃ?!」
 あまりにも当たり前のように言われたので思わず返事をしてしまったのだが、すぐに意味を理解したエードは狼狽した。
「わ、私ですか?」
「順番的にそうなるな。俺様とファイマは説得したし、次はテメェだろ」
「い、いやでも……!」
 エードが弱気になるのも無理はない。エンと出会った初期の頃は、どちらかといえばエードの方が実力はあった。だが、『龍具』を手に入れ、ビッグ・バンを習得した後のエンといえば、ヒヨコが鷹にでもなったかのような力を持っている。そのため、エード自身はエンとまともに戦って勝てるわけがないと思っているのだ。
 渋るエードをみかねて、ファイマはこっそりとルイナに耳打ちする。
「私よりもミレドさんやファイマさんのほう強いし、確実に勝利を目指すなら私よりも……」
「頑張って、ください」
「さぁいくぞケン!」
 先ほどの弱気はどこへやら、自慢の白金剣の切っ先をエンに向けた。ルイナに言わせたのは、もちろんファイマの策である。
「オレはエンだって言ってるだろがぁぁ!」
 標的が決まった途端に、エンは地を蹴って突進した。
 火龍の斧が振り下ろされ、エードはそれを白金剣で防御。力強い一撃に、腕が痺れるほどだ。そのまま斧を流そうとしたが、それどころではないことに気付く。
「な、なんだこの力は……!」
 振り下ろされ、防御した状態のままエードはそれを保つだけで精一杯だった。それほどエンの力は強く、下手に受け流そうとしたらそのまま直撃を頭から受けかねない。いくら鎧自体に魔法がかけられているとはいえ、鎧に覆われていない顔は範囲外なのだ。
「風の精霊たちよ 渦巻きて 風塵の刃とならん ――バギ=I」
 小さな真空の渦がエンを中心にして巻き起こる。
「チィっ」
 さすがに直撃を延々と受け続ける気はないのか、エンは真空渦の発生している空間から、後ろに跳躍する形で抜け出した。
「あれは――!?」
 その際に見えたものに、ミレドが思わず目を見張る。
「どうした?」
 隣でエードの戦いをのんびり見ていたファイマがミレドに尋ねるが、答えは返ってこずに彼は戦闘中のエードに怒鳴った。
「まさか……。おいエード! 確認してぇことがある! も一回エンを吹き飛ばせ!」
「は、はい!」
 勝たなくても良い、という意味で受け取り、エードは魔力を集中させた。エンに勝つことはできずとも、吹き飛ばすだけならば可能なはずだ。
「自由なる風の精霊よ、吹き行く風の精霊よ、流れる風の精霊よ、汝等、円を描きて、彼方へ誘う息吹となれ――バギマ=I」
 バギよりも激しい巨大な真空の渦が、またもエンを中心にして巻き起こった。
「く、あぁぁ――!」
 簡単には抜け出せないのか、己の魔力を高めることによって魔法に抵抗しているようだ。その間にも、バギマの風はエンをいたぶるかのように荒々しく渦を巻いている。
「ミレド、どうしたのじゃ?」
 いったいこれで何が分かるというのだろうか。指示を出したミレドは、目を細めてエンの額を見ていた。赤い髪はバギマの渦に遊ばれて、額が露わになっていた。先ほどの跳躍の時にちらりと見えたものだが、今度はバギマの渦で見えにくい。それでもなお、ミレドは確信した。
「やっぱりな。あいつ、『怒りのタトゥー』が額に張られてやがる!」
「なんじゃと?!」
 ミレドの言葉に、ファイマは驚き、エンの額を確認する。そこには確かに、荒々しい紋様の入れ墨シールが存在していた。怒りのタトゥーとは、一種の装飾品ではあるが、装備した者の性格が攻撃的で乱暴的に変化することで有名であり、呪いの装備品として扱われることもある。ただし、性格の変化と引き換えに、パワーだけは常に普段の倍ほどになると言われている。
「そういえば、先ほど何か拾っておったの……」
「魔物が落としたアイテムだな……」
「それで、木の根につまずいた時に、額にくっついた、ということかの……」
「んじゃあ、あれを剥がせば……」
 ちょうどバギマの効力が切れ、エンは真空渦から解放された。
「ミレドさぁん、どうするんですか〜?」
 バギマの直撃を食らったことに怒ったのか、エンの殺気は先ほどと比べ物にならないほど膨れ上がっていた。エードに、上手く怒りのタトゥーを剥がすことはできそうにもない。
「よくやりやがったなぁー!」
 お返しとばかりにエンが一気に距離を縮める。
 まだ最初の一撃による腕の痺れも回復しておらず、今からでは魔法の詠唱も間に合わない。
 殺される! とまでも思ったエードが逃げ出そうとしたそのすぐ隣を、蛇のようなものが通り抜けた。
「な――!?」
 その鋭い蛇のようなものは水の鞭で、操っているのはもちろんルイナの水龍の鞭。一直線上に伸びた鞭は、エンの額を強く打つと共に、怒りのタトゥーをエンから切り離して上空に舞い上げた。


「なーんか、時間の感覚が変なんだよなぁ」
 エンは夕日を見ながらぼやいた。ついさっき転ぶ前に見た時は、まだ半分ほど残っていたはずだ。それが起き上がってみると、なぜか夕日は消えかけていた。
「気のせいだっての」
「気のせいだろうな」
「気のせいじゃろう」
 三人が口々にそう言うので、そうかぁ、としかエンは思わずに夕飯の支度を開始した。暗くなってからでは効率が悪いので、パッと作れるものを作れるだけ作ったのだが、どうも三人の様子がおかしいのだ。
「やっぱお前は料理がうまいよな」
「我が家の料理もいいが、お前も中々だな」
「ふむ、ワシはお主の料理の腕はかっておるぞい」
 何故か、今日に限って褒めてくれているのだ。いつもはこんなことないのに。
「なんか、気味が悪いな……」
 次の日からは特にエンが食事当番を拒否することもなく、『炎水龍具』の食事情は平穏になったとかなんとか。
 ちなみに、最初の目的であった精霊力の調査だが、確かに精霊力が強く働いているものの、ロベルが言っていた精霊とは関係がなかったようだ……。


-Fin-



はい、リクエスト小説でしたー。
「野宿していている時にエンがきれて飯をつくらないって話」。
う〜ん、エンがきれて……ますかねぇ?
エンが食事当番であるのは自らの身を守るためでもあるので、
どうしたらそんな状況になるのかいろいろ考えてみました。
最初に浮かんだのが、混乱呪文(メダパニ)の影響だったのですが、
それはちょっと無理がありました。
混乱だと違う方向性になってしまう……
なんやかやと案を出しては破棄して、辿りついたのが『怒りのタトゥー』。
やはりオリジナルDQ小説と銘打っているからには、
本家DQも取り入れたいものですからね。
炎水龍具ではそれがほとんどできていないので外伝だけでも……orz
そして季節ネタ(?)として、ブルオッソムという国を訪れてもらいました。
果樹の花という意味を持つ「blossom」の読み方を遊んでみました。
DQ6でいう「Dream」をドレアムと読むのと同じです。
せっかくこんなオリジナルの国を作ったんだから、風地でも訪れたいな……

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