-光と蒼炎と……-






 その日、クロスは怒っていた。
 怒りの理由として、消費税が上がったとか、マナーを守らない阿呆共が増えてきたとかならば納得できる。だが、あくまで少女らしい怒りなので、男である私……今回の彼女を扱わせてもらう作者には些か「解る」と完全に共感できない面があるのだ。
 それを説明するには数時間前に溯る。
 旅の途中で偶然にも手に入れた高級アイテム『美し草』。化粧品原料の類らしく、たまたまクロスがそこらの土手に生えていたのを引っこ抜いてきたのだ。ただ綺麗な草だな、としか思っていなかったので、なかなか手に入らない高級草と知った時は驚いた。
 フナにあげる、と言っても彼女は聞かず、その美し草でクロスに薄化粧を施した。まだまだ十代前半なので化粧など要らないとは言ったが、美し草はやや特殊なもので、簡単に言えば美しさの値を上昇させるものだとか言っていたがよく解らなかった。
「これでナエを骨抜きにしてやりなよ!」
 彼女は拳を握ったまま親指を立てながらそう言ったのだった。
 それで、まぁせっかくだから、ということで今日はそのまま過ごすことにした。
 ところが、である。
 共に旅をしているスラとグラには褒めてもらえた(美しさを讃えられた)のに、今日に限ってナエはなかなかクロスと顔を合わせようとしない。美し草の化粧に気乗りしなかったクロスでも、これはこれで怒りという感情が膨れ上がってきたのだ。
 それで結局数時間が過ぎて夕方。薄く使った美し草の効果も切れ、ついにナエはまともにクロスの顔を見なかったのである。そういう理由でクロスは怒っていた。
 ――ちなみに、彼女らはあくまでもゲストキャラなので、彼女たちの物語に関する本筋や旅の目的は省かせてもらう――
 近くに町もなく、今日はここで野宿することになったので準備を始める。薪を拾ってきたり水を汲んできたりと、夜になってからでは話にならないのだ。
 平然とその準備を進めるナエを見て、クロスの怒りはふつふつと上昇一方。その怒りを右足に溜め込む。目標、ナエ。「えい!」と一声出そうかと思ったがそれはやめて無言で足元の小石を蹴り飛ばす。ちょうど背中を見せていたナエの頭にクリティカルヒット。悲鳴を上げた。
「な、なにするん……」
 ナエは最後まで言い終わることができなかったし、クロスも聞くことができなかった。
 小石を蹴り飛ばした本人と、それにぶつかったナエ。二人の姿が消えていたことに他の三人が気づいたのは、たっぷり1時間ほど経ってからである。

「ここ、どこだろうな」
「……知らない」
 クロスとナエ。二人は、その道のど真ん中に突っ立っていた。つい数秒前まで町などない森の中であったのに、今では喧騒飛び交う商店街のような大通りである。
「クロス、なにを俺にぶつけたんだ?」
「……知らない」
 ただでさえ今の状況に混乱しているのだ。まるでその言葉しか知らないかのようにクロスは繰り返した。
 とにかく、ただこうして立っているだけではどうしようもないので、せめて何かしらの行動を起こさなければならない。
「とりあえず――」
 と言いかけたナエの言葉を遮ったものがあった。
「いらっしゃい!」
 背後から威勢の良い声がぽんと飛び出し、二人は同時に声の方向へと振り返った。
 見れば、赤い髪を邪魔にならないように束ねている、がっしりとした体躯の若者が、たこ焼きとヤキソバと焼き鳥を一人で一斉に作っていた。祭りのときによく見かけえる簡易露店である。いや、さすがに一人で三つのものを同時に作るなどは見かけたことはないが。
「あの、あたしたちは……」
 客じゃないといいかけたのだが、いきなりお腹がグゥと食べ物を要求するように鳴った。先ほど野宿の準備を始めていたので、そろそろ夕飯だと体内時計が告げたのだ。その音を出した本人は赤面してその場でうつむいてしまった。その代わりに、というわけではないが、説明する人が他にいないためナエが口を開く。
「俺たち、お金持ってないんですけど」
 小銭程度ならナエは持っていたが、少しの間にこの辺りで使われていたお金と明らかに種類が違うのを見ていたため、持ち合わせているものは使えないと判断したのだ。
「いいよ」
「え?」
「腹へってんだろ? だったら食えよ。お金はいらないからさ」
 差し出された焼き鳥。香ばしく焼けた肉の匂いが二人の空腹感を増幅させる。
「ど、どうも」
 差し出されて尚も断るのは失礼かと思い、その焼き鳥を受け取った。本当に良いのだろうか、と思いながらもその肉をクロスとナエは口へと運ぶ。
「おいしい!」
 露店においてあるようなものとは思えない美味に、クロスが賛辞を送る。
「そう言われると嬉しいよ」
 赤髪の男がにっかりと笑う。気のいい男だ。
「ってぇ、コラぁあ!!」
 誰かの叫び声と共にいきなり赤髪の男が頭を下げた。それというのも彼が後ろから殴られたからである。殴った本人は叫んだ本人で、バンダナを巻いた黒髪の、目つきの悪い男だった。
「いってぇ! 何すんだミレド!」
 ミレド、と呼ばれた男はこめかみをヒクヒク動かしながら赤髪の男に食いかかる。
「それはこっちのセリフだ! 無銭飲食だったら稼げねぇだろうが!」
「昼時にたくさん売れただろ」
「少しの儲けも逃すな!」
「なんだよぉ。あまり細かいこと言ってると、お前だけ飯を作ってやらないか、ルイナにお前の分を作らせてやる」
「なっ……」
 ミレドが言葉に詰まる。どうやら赤髪の男が勝ったようだ。
「あのぉ」
 二人のやり取りをちゃっかり焼き鳥を食べ尽くしながら見ていたクロスはおずおずと会話に割り込む。別におかわりを頼むわけではない。
「無銭飲食しちゃったのは事実だし、お店の手伝いでもしましょうか?」
 クロスが言い出さなかったらナエが言っていただろう。目の前で繰り広げられたやり取りを見ていたら、そのまま立ち去るにはあまりにも決まりが悪い。
「ん〜、じゃあお願いするよ。二人とも、名前は?」
「クロス=ライティングです」
「ナエニル=フィストン」
「そうか。オレはエンっていうんだ。よろしくな」
 エンは、たこ焼きを手早くひっくり返しながら笑った。

 先ほどクロスたちに関する話は省かせてもらったが、エンたちに関する話だけは最低限しておこう。時は勇者ロベルの遺言により四大精霊(エレメンタル)を探求している時。ありとあらゆる情報を求めて世界中を旅する中、持ち合わせていた資金が底をつきかけたのだ。しかたなく立ち寄った町で臨時の露店を開いて稼ごうということになったのだ。
 縄張りとかの土地問題は盗賊ギルドに所属しているミレドが手配してくれたため、特に問題も無しにたこ焼き、ヤキソバ、焼き鳥の三種露店スタート。たった数日でかなりの売れ行きになった。
 しかし、仲間のルイナは接客をするには無表情で客が寄り付かないかもしれないし、焼くのを手伝わせたらこっそり調合薬品でも入れ兼ねないので情報収集。ミレドも接客には向かないのでルイナの手伝い。エードは貴族の誇りがどうだとか言い出して手伝わず、ファイマは何も言わずにふらりと出ていってしまった。
 そういう理由で、エンは終始一人で露店をきりもりしていたのだ。
「ホント助かったよ。随分と楽になった」
 今はもう髪を束ねておらず、無造作に伸びたままの状態になっているエンが礼を言った。
「いえ、あたしも楽しかったです」
「それに、あの肉があまりにもおしかったんで、何か礼をしないといけない気がして」
 クロスとナエが交互に言う。
 二人の目の前には、あらゆる料理が皿の上に乗っていた。一日の仕事が終わり、食べた分の働き以上をしてくれたから、ということでエンが二人を誘ったのだ。優雅な音楽が流れる食堂に、エンたち『炎水龍具』のメンバーは全員揃っていた。
「まずは改めて自己紹介。オレがエンで、こいつがミレドってのは知っているな」
 エンとは数時間を共にしたし、ミレドが現れたときは強烈な印象だったので二人は覚えていたのは当然と言えよう。
「んで、こっちがルイナ」
 エンとミレドのやり取りの時に出てきた名前。それがルイナであったことも二人は覚えていた。ルイナがエンに紹介されると同時に彼女は軽く一礼し、青髪が綺麗に揺れた。
「私がコリエードです」
「ワシはファイマという」
 続いて金髪の騎士エードと、黒髪の魔法戦士ファイマが己の名を名乗る。
「クロス=ライティングです」
「……ナエニル=フィストン、です」
 二人は本日二度目の自己紹介。しかしナエは何かに気を取られていたのか、生返事のような喋り方だった。どうしたのかとクロスが見やると、彼は青い髪の女性――ルイナに釘付けにでもされたかのように彼女のほうを向いてぼうとしている。
「しっかし、驚いたよ」
 クロスがナエに何かを言い掛けたのを、エンの声が遮った。その言葉が唐突だったためか、ナエもはっとしていつもの調子を取り戻していた。
「なにがです?」
 とナエが聞いた。
「いきなり目の前に現れたときさ。移転呪文のルーラみたいに来たわけじゃなかったみたいだし、なんかいきなりこの世界に紛れ込んだみたいな……」
 そりゃまあ目の前にいきなり人が現れたら誰でも驚くだろうが、クロスとナエは逆に驚かされた。
「それなのに、平然と声をかけたんですか?」
「客は客だからな」
 クロスが驚愕気味に声を出したのに対して、エンはのほほんと答えたものだ。
「え〜と、そのことでお話が……」
 驚くだけでどうしたらいいか解らなくなったクロスに代わり、ナエが口を開いた。もしかしたら、何か解るかもしれないと思って。


「……ふ〜ん、『エレメント』に『エレメンタリスト』ねぇ。聞いたことないなぁ」
 エンが仲間の方を見るが、全員が首を横に振る。情報収集ならお任せのミレドでさえ、聞き覚えはないらしい。
「この世界では四大精霊のことを『エレメンタル』とは言うが、前の二つは聞いたことがないのぉ」
 まだまだ若者であるファイマは老人めいた口調で言った。
「どういうものなんだ、そのエレメントってやつは」
 エンに聞かれ、迷いはしたがナエが披露することに。
 手を翳し、集中。すると彼の掌に、青い炎の球体が浮かんだ。
「これが俺の炎のエレメント。蒼炎種っていうもので……」
「あ……あ、あ……!」
 ナエが説明を開始しようとしたところで、エンが言葉にならない言葉を漏らす。
「?」
「あ、青いメラゾーマ?!」
「…………俺、エレメントだって言いましたよね?」
 どっちが年上なのやら、といいかけたのはミレドで、しかし別の言葉を思いついた。
「気にすんな。こいつは、果てしない馬鹿なんだ」
 エードとファイマが、同時に頷いた。
「しかし、聞いた話によると『時空の穴』のように、世界を超えてきたのかも知れぬな。場合によっては、蹴飛ばした小石とやらが『洸凛珠』そのものだったやもしれぬ」
 ナエのエレメントに驚いているエンを無視して、ファイマが話を進めた。二人の話によると、既に塞ぎ終わっている時空の穴の事件に関連しているかのように思えた。この世界に存在する洸凛珠を使えば元の世界に戻れるかもしれないが、今はエルデルス山脈に安置されている。すぐに彼女等を戻すのは不可能だ。
「明日の朝、エルデルスに行って洸凛珠を持ってこよう。異世界への扉を開く力を持つアイテムでな、お主らを元の世界に戻すことも可能なはずじゃ」
 結論。明日までどうしようもないということらしい。
 とにかく今日は休むしかない。テーブルの上に乗っている数々の料理を手早く胃袋の中に押し込んだ。宿屋にクロスたちの部屋も取ってもらい、明日まで待つことに。
 席を立って移動しとうとした中、クロスの背中に誰かがぶつかった。
「あ、ごめんなさい」
 クロスが反射的に謝るが、ぶつかった人物を見て目を見張った。
 ナエもその十歳前の少年を見て驚く。
 向かって右が黒、左が紫の瞳。サラサラの黒い綺麗な髪をして、将来有望そうな可愛らしい顔だち。濃い茶色で縁取られた茶色の綿シャツに、同色のズボン、底の硬い黒の靴……。
 ちなみにキャラ紹介より引用させてもらいました。
「じゅ、ジュニア!」
 クロスとナエ、どちらかが言ったのかは不明だが、もしかしたら二人の声が揃って出たのかもしれない。だがそのことはたいして関係無く、黒髪の幼き少年はムッとしたように目を細めた。
「なんだい、君たちは。ぶつかったことは謝るけど、いきなり人を略称で呼ばないでくれる?」
「え、あ、でも……」
 姿形が同じでも、何かが違った。
「確かに僕はジュニアって呼ばれるけどね。僕の本名はジュニアスヴィル=デヴィテンド。でも、知らない人にいきなり略称で呼ばれる覚えはないんだけど」
 ジュニアではない――?
 クロスとナエは顔を見合わせ、互いにどう受けとって良いのかを視線だけで談判した。しかしお互いが解らないから助けてくれ、と合図してはどうしようもない。ジュニアスヴィルから見れば勝手に混乱している二人を見て呆れるおもいしかなかった。
「それじゃ、ぶつかってごめんね」
 颯爽と少年は食堂から出ていった。
 全く同じ姿をしているのに別人。ここは異世界なのだから、そういうこともあるのかもしれないと納得する以外、二人は混乱を鎮圧する術は持ち合わせていなかったのもまた事実。
「……あそこでやたら蜜柑を頬張っている人って……」
「……そういえばあそこで竪琴持っている人って……」
 クロスとナエはそれぞれ視線が違うが、言いかけたことは似ていた。片方はたくさんの蜜柑をテーブルの上に載せている白髪の少年を見ており、片方は優雅な音楽を竪琴で奏でている、片目を黒髪で隠している男性を見ていた。
「……あんまり、深く考えないでおこう」
「……うん」
 早く帰りたい。二人の気持ちが、この時に重なった……。

 宿屋へ向かう途中、クロスとナエはエンたちの後ろについて歩いていた。
「ねえ、ナエ……」
 クロスが隣の少年に呼びかけたが、すぐに返事は返ってこない。
 どうしたのかと見ると、またもやナエは前方を歩くルイナを見ているようだ。
「……ねぇってば!」
 今度は強い口調で、彼の腹に向けて握り拳のおまけつきで呼びかける。
「え、あ、なに?」
「『なに?』じゃないよ。どうしてルイナさんばっかり見てるの」
「……なんか、綺麗な人だなぁって……」
 彼の炎も青なので、何かしら思うこともあるのだろうか。
「なによ、でれでれしちゃって」
「した覚えはないんだけど。強いて言うなら、世界に一つの名画でも見ているような感じかな」
「美し草を使ったあたしは見てくれなかったのに」
「それは……」
 言いかけてナエは言葉に詰まった。クロスのほうも、そんな言葉を口に出した自分自身に驚いていたが、言ったからには後に引くことができない。
「その……」
 ナエは目を逸らして口をもごもごと動かす。それでどうにかなるとは思わないが、何かしら変化が訪れてくれないかと期待したのだ。そして、ナエの期待通りに突拍子もない変化が訪れたのだが、それはあまり良い変化ではなかった。

「ま、魔物だぁぁー!」
 町の人が声を張り上げて知らせた。町に魔物が侵入してきたのだ。
「魔物?」
 エンたちの顔色が変わる。人の良い、どこにでもいそうな村人ではなく、それは立派な戦士の顔つきだ。どこからともなく現れた魔物は種類雑多なもので、空を舞う魔物がいれば地を這う魔物もいる。どこから集まったのかと思うほどの数で、手当たり次第に人を襲ったり建物を壊したりしている。
 いきなりの出来事にクロスとナエの会話は中断された。そのことに安心したということはなく、むしろ二人同時に気持ちが切り替わる。
「クロス!」
「うん!」
 何人かの人間が戦っているのを見て、自分たちも戦うべきだと判断したのだ。戦うことなら、世界共通だろう。
 ナエが青い炎の塊を出現させる。
「あれ?」
 違和感にいち早く気付き、躊躇う。蒼炎の球体は、見なれた自分の炎とやや違うような……。
「危ない!」
 クロスの声でやっと気付いた。薄青の体毛をした翼竜――アイスコンドルというらしいがナエは知らない――が迫ってきているのだ。ナエは違和感のことなど忘れ、ほぼ反射的に炎を魔物にぶつけた。ぶつけたまでは、いつも通りと言えよう。しかし、その後はナエ自身も驚いた。炎はアイスコンドルと接触した瞬間、強大で巨大な火柱と化したのだ。その炎は渦を捲き、収まる頃にはそこに魔物など存在しなかったのように、情けないほどのススが残るのみであった。
「すごい……ナエ、今のすごいよ! どうしたの?」
 今まで見た彼の炎の中で、先ほどのものが最も迫力があり、威力があったように思えた。
「解らない……。俺のエレメントが、変に働いたみたいだ」
「なんだ、やっぱり青いメラゾーマじゃないか」
 自分のやったことに呆然としているナエは、エンの言葉で少しだけ正気を取り戻す。
「あれ? どこに持ってたんですか、それ」
 クロスが聞いたのは、エンは持っている巨大な斧のことだ。彼はそれを肩に担いでその場に立っているが、そんな大きいものは先ほどまで持っていなかった。
「あぁ、これか。武具召還っていうんだけど……この世界の常識の一つとでも思ってくれよ」
 いつの間にか、エンの後ろには数体の魔物の死骸が転がっており、やがては消えていっている。
「それより、魔物を倒すのが先――」
 エンの言葉は、途中で聞こえなくなった。彼の声量よりも遥かに大きな爆音がかき消したのだ。爆発が起きたのは、クロスたちが歩いてきた場所、あの食堂だった。
「ひどい……」
 クロスが呟いたのは、もちろんその光景を見てしまったから。
 木端微塵。食堂の原型も止めていないその中心に立っているのは爆発の張本人だろう。二人いる。
 一人はあの竪琴の男で、彼の周囲に風が渦巻いている。もう一人は白髪の少年が片手に蜜柑を持ち、片方の手をバチバチと放電させている。しかし二人は、魔物であることを主張するように、禍々しい翼を背に生やしていた。おそらく、食堂の中にいた人間達は生きてはいるまい。
「ひどい? これは立派な策略のつもりなんだけどな」
 クロスの呟きに対して答えるものが一人。頭上から聞こえた。
 『炎水龍具』全員と、クロスとナエがその声の主のほうを見やる。先ほどクロスにぶつかったジュニア似の少年――ジュニアスヴィルだ。彼もまた翼をはやし、宙を舞っていた。
「やはり、こういうことであったか」
 ファイマが苦い顔で納得する。勝手に一人で納得されても困るのだが。
「知っていたのか?」
 エンが聞いたことに、ファイマは頷いた。
「最近、妙な気配を感じておってな。エードと共に調べておったのじゃが、魔物が入り込んでおったとはな」
 ファイマの話を補足をするかのように、エードはプラチナソードを抜き放ちながら口を開いた。
「人間の姿をしている魔物が指揮をしているのだ。そのために、このような低知能の魔物が群を成して唐突に現れることが可能になった。気付かなかったのか、ケン?」
「オレはエンだ……。ってことは、元凶はだいたいあの三人か」
 エードが間違えた名前を訂正しながら周囲を見渡す。魔物はこの一辺に密集しており、それぞれを指揮しているのは三人しか見当たらなかった。
「人の姿――しかもガキや吟遊詩人に化けるなんざ、やってくれるじゃねぇか」
 ミレドが毒づくのを、ジュニアスヴィル――と名乗った魔物――は褒め言葉でも貰ったかのように笑った。
「ちょうど貴重な書物を入手してね。そこに描かれていた人間を真似てみたんだよ。人間か神かが創り上げた物語の書物らしかったのだけれど、なかなかおもしろくてね。僕たちの策略に取り込んでみたんだ」
 その話を聞いて、呆然としたのは二人。クロスとナエだ。
 先ほど、深くは考えないでおこうと決めたばかりなのに、思い当たるものがあればやはり考えてしまうのも無理は無い。その物語、自分たちではないのだろうか……。
「どうでもいいさ、お前たちは人を襲った。ただ平和に暮らしていた人を巻き込んだ。だから倒す!」
 そうだ。
 エンの言葉に、迷いを吹っ切る。今はあれこれ悩むよりも、戦って魔物を倒すしかないはずだ。
「あたしも戦う」
 先ほどのナエを見て、エレメントが増幅されているらしいことは解った。この世界で、自分の力はどれほどのものになるのか、試したくなる気持ちはあったのだ。
 それに、許せない。なんの関係も無い人をあっさりと襲い、命を奪う魔物が。やたらと今日は怒りを感じるものだな、と自分でも思う。最初の怒りはなんだっただろう、空腹感から来る苛立ちか、ジュニアに似すぎている少年を見つけたことか、わけの分からない世界に迷い込んだことか、ナエが自分を見てくれなかったことか……。
 ――ちなみにクロスのエレメントは『光』。光の塊が現れた。
 ……思い出していくと、なぜか怒りが込み上げてきた。ぶり返したとも言えるかもしれない。そうだ、ナエがせっかく綺麗になった(らしい)自分を見てくれなかったことが、今回の発端だったのだ。だから、ナエが悪い。
「(ナエの)バカぁぁぁ!!!」
 気合いの声……かどうかは解らないが、とりあえず光を直線状に飛ばす。ナエみたいに、一匹くらいなら自分でもなんとかなるだろう、と考えていたのだが、その考えは甘かった。
 ごぉぉ、と轟音を立てながらその光は直線に伸びて、それに触れた魔物を次から次へと消滅させているのだ。
「……あ、あれぇ?」
 ナエの力を先に見ていたので、ちょっと威力が上がっていても驚かないぞ、と意気込んで光を放ったのだが、これは上がりすぎだ。光を飛ばした方向の魔物は、ほとんどいなくなっている。
「閃熱光魔法のベギラゴン≠カゃろうか、いやしかし浄化光魔法のニフラム≠ノ近いような……」
 それを見ていたファイマが考え込む。どちらのようでもあり、どちらでもないような。
「……ニフラギゴン=Aではないで、しょうか」
 ルイナが妙な所で言葉を区切りながら思いついた言葉を口にした。
「連携閃熱浄化魔法か? 確かに言われればそうじゃが、まさか一人でそれを放つとは……」
 彼の口振りから、よほど凄いことをしたらしいということは解った。
「俺よりすごいじゃないか」
 と、ナエが賞賛を送る。自分よりも凄い少女に対して、やや自身に自信を喪失しかけたが、しかしこの世界が変なんだと勝手に納得したようだ。
「……ていうか今、心の中で『ナエの』って付け加えていなかったか?」
 エンがこっそりミレドに聞いた。もちろん当事者二人には聞こえない程度の小声だ。そうだな、などと興味がないように彼は頷いた。
「……。おかげであと二人のようだな」
 気を取りなおしていつも通りの声。
 エンに言われて気付いた。意識はしていなかったが、クロスはあの吟遊詩人に化けていた魔物も巻き込んでいたのだ。なので、指揮をしている魔物は残り二人。
「それじゃ行くぜ、ルイナ!」
 エンが斧を振りかぶり、仲間のルイナに呼び掛ける。彼女の持っている筒のようなものから水が蛇のように飛び出し、それは鞭となった。その水の鞭は迎撃しようとした白髪の少年に化けている魔物を捕らえ、拘束する。
「『重爆』のフレアード・スラッシュ!」
 重い爆発が、白髪少年に化けた魔物を一発で無に返す。残るは、ジュニアスヴィルと、低俗な魔物だけになった。しかし低俗な魔物たちは『炎水龍具』の手によって次々と倒されて行っている。
「こんな、こんな馬鹿な!!」
 ジュニアスヴィルが激昂し、身体をぶるぶると震わせる。己の策によほど自信があったのだろうが、それをあっさり破られて怒りを感じているようだ。
「逃がさねぇからな、覚悟しろ」
 エンが斧をジュニアスヴィルに向ける。
「っと、そうだ。せっかくこの世界にいるんだ、二人ともアレやってみろよ。その組み合せならできるだろ」
 エンがぱっと斧を下ろしてクロスとナエのほうを向いた。
「え?」
「アレって?」
 いきなりそんなことを言われても、何のことか理解できるはずがない。
「ふむ、そうか。相性も良さそうじゃし……。よしお主ら、詠唱を教えるでな、それを辿れ。よいか、まず――」
 彼の言葉を繰り返すだけらしいが、何をやるのかが解らない。とりあえず従って詠唱を唱えて行く。
「世界に熱をもたらす炎の精霊よ」
「この世に、光をもたらす、火炎の精霊よ……」
 ナエが凛々しく、クロスがたどたどしく。
「我、今ここに汝に願う。汝の力を持ちて、彼の者に大いなる焔を。極大なる火柱を」
「我、汝に今願う。汝の力を使い、彼の者たちに、力ある火炎を。極大なる、閃光を……」
 ナエは言われた通りにそのまま繰り返すのだが、やはりクロスは少し詰まってしまった。
「今じゃ、最後の呪文を唱えよ!」
 目標はジュニアスヴィル。しかも、ルイナがまたもや鞭で動きを止めている。
「「メゾラゴン=I」」
 クロスとナエ、二人の声が重なった。メラゾーマとベギラゴンの連携極大閃光火炎呪文とも呼ばれるその魔法は、青い光の渦となってジュニアスヴィルを消滅させたばかりではなく、周囲の魔物ですら消し飛ばしてしまった。ニフラムの力も作用していたのだろう。
 戦いは、終わっていた。


 ――なんだかとてつもなく疲れてしまい、その日の一泊は随分と深い眠りについた。そして朝、ファイマがエルデルス山脈から『洸凛珠』なる異世界を渡るアイテムを持ってきて、クロスとナエは『炎水龍具』とその世界に別れを告げた。
 元の世界に戻って来たクロスとナエたちは、一泊したにも関らず、二人が消えて二時間ほどしか経っていなかったらしい。スラやグラ、フナが安心したり二人をからかうなどして、やっともとの世界に戻って来たんだな、という実感が沸きあがってきた。
 その夜、皆が寝静まった後、ナエは起きていた。無理もない。つい先ほどまでが朝で、ぐっすりと睡眠を取ってきていたのだから、そう易々と眠れるものではないのだ。同じ状態にあるクロスは、しかし熟睡しているようだ。寝る子は育つ。
「……」
 ナエはぶらぶらとそこらを散歩し、川を見つけた。清浄な水だと判断して、ニ,三度顔を洗う。ふぅ、と息をついて、水面を除き込むと、当たり前だが自分が映っていた。
「(あの時……)」
 あの時の、クロスの質問。『美し草を使ったあたしは見てくれなかった――』。
 その言葉を思い出し、ナエはそれよりもっと前のことを思い出す。クロスが美し草を使っていた状態。あの時の、自分の心理状況を思い出して、赤面。穴があったら入りたい。

「……可愛すぎて直視できなかった、なんて言えるわけないだろー!」

 火照ったような感じのする顔に、ナエはまた水を手で汲んでぶつけたのだった。
-Fin-



……はい、ということでお客様を小説に出そう企画作品『光と蒼炎と……』です。
・いやぁ、逢沢 愁様ことしう様に、
誰でもいいから使ってくれ、と言われた時は驚きでした。
『Element』はその設定の一部に触れるだけで物語の幅が広がりますからね。
んで、誰でもいいという言葉に激しく反応し(ぇ)、
クロスとナエとフナとスラとグラを選んだまではよかったのですが、
そこからジュニアやシラベや驟雨や12宝石とかも使おうとして収集がつかなくなり
クロスとナエのみを連れてきました。ジュニアとシラベと驟雨は姿のみ。
12宝石は残念ながら不出場でした。
それと風花もいれようとしたんですけどねぇ。
入るスペース(?)がなかったので、残念ながら出番なし。
・青いメラゾーマにエンが驚くのは、一番やりたかったネタです。
『青いメラゾーマなんておもしろそう〜〜』と言われて最初に思いついたものです。
DQの呪文も使っても良いとのことだったので二人一緒に『メゾラゴン』。
術者二人の相性がよくないと成功しません。成功したから二人の相性バッチリのはずです。
・んで、もうどっちがゲストキャラなのかわかんねぇ(苦笑)
始まりはクロスでオチがナエ。あぁもうエンたちがおまけみたいだ。
どっちがメインっていうのがはっきりしてませんね。
自分としては炎水龍具の外伝なのですがら、
炎水メンバーがメインのはずなんですが、読み返すほどエレメチームがメインな気が…。
視点も九割九部九厘がクロスとナエ視点……。炎水龍具の外伝ですよ、うん……。
・ちなみにエンの「いらっしゃい」はふつうに読めば客として、
ひねって読めば、この世界に「いらっしゃい」になります。
・美し草のネタはいつかどこかでやろうとしていたものです。
でもエンとルイナの組み合わせには似合わない。ルイナがねぇ……。
風地神将でリベンジしようとしても、イサには恋愛対象候補すらいません。
MCDでやろうにも全般的に似合わない。
でもクロスとナエだったらあら不思議。この組み合わせにはこの話は似合うな。
そんなわけで今回、秘蔵のネタ(は?)を使わせてもらいました。
・あと、この作品。リクエストして頂いた方のみ御持ち帰り可能です。
出だしから-Fin- までが持ちかえり可能文章です。 こんな文章でもよかったら、貰ってください。
その際には多少加筆訂正しても構いませんw

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