-炎水龍具VS……-




 商業国家サザンビーク。
 エンたち『炎水龍具』一行は、四大精霊探索の途中でこの街にやって来ていた。サザンビークは、巨大なサザンビーク城の下に城下町が置かれ、そこで長期間にわたる大バザーを行なわれる。エンたちが到着したときは、バザーがピークにさしかかる辺りであり、ちょうどよい頃合に来たと言って良いだろう。
「よし。宿はもう取ったから各自、自由行動だ。バザーを楽しむのもありだぞ」
 冒険者『炎水龍具』の一応はリーダー。赤髪の戦士エンが、バザーマップを手にしながら、仲間たちの中で最も浮かれていた。
「ルイナさ〜ん。一緒にバザーを見て回りませんか?」
 金髪の美形騎士、コリエードことエードが、早速最愛の人であるルイナを誘う。誘われたルイナ自身はそれに気付かないような素振りでエンのもとへと歩み寄った。
「エン。買物、付き合って、ください」
「ん? オレは構わないぜ」
 どうせバザーを一回りしようとしていたのだ。断る理由がない。ただ、エードが睨みつけているのを、どう対処しようかに迷う。
「ワシはそこらでコーヒーでも飲んでおるよ」
 若い割には年寄りくさい言葉を話すファイマが、相変わらず開けているのかどうか判断できないほどの細い目で、言葉通り『そこら』を指し示す。
「俺様は例によって情報収集。こんだけでけぇバザーだ。なんらかの情報はあるだろうよ」
 やれやれというように首を振りながら嘆息するようにいったのはミレドである。交渉などをするのには、やや目が鋭く、相手が怯えてしまうかもしれない。だが、それでも一応は盗賊ギルドに所属する身、交渉のやり口は心得ている。
 そうしたわけで『炎水龍具』の面々は、自由行動をこの街で取ることになった。

「エードのやつ、どこ行ったんだろうな」
「さぁ……」
 ルイナが薬品店の棚を見ながら答えた。いくら知的なルイナとはいえ、さすがに人一人の行動まで知っているはずがない。エンの行動は見透かされている場合が多いのではあるが。
「にしても……。それ、本当に薬草か?」
 ルイナが手に取って見ているのは、薬草とは思えない毒々しい色彩を見せていた。いっそ、毒草だと言ってくれば納得できるのだが、帰ってきた答えは――
「薬草、です。胃を痛めたとき、飲むと効果が、ありますよ」
 ――である。胃痛の時にはあれを飲まされるのかな、などという不安を感じながら、エンは自分が買いたいものに意識を向けさせていた。そうでもしないと、あまりの恐ろしさに逃げ出してしまいそうだったからである。
 ルイナの買物が終わると、そのあとはエンの買物である。エンやルイナ、ファイマとミレドも『冒険者』であり、武具召喚ができるので武器を買う必要はない。盾も同じ理由である。そして鎧や兜は、ファイマが作ってくれたものがあり、市販のものよりもずっと良質なので、これも買う必要がない。薬草などはルイナが――安全性は保障できないが――買った。となると、残りは食材くらいなものである。
「え〜と、人参とジャガイモと玉ねぎと牛肉と……」
 材料をぶつぶつと口にだしながら、エンは野菜を売っている店の前で商品を見定めていた。ちなみに、野菜専門店なので牛肉はないのだが……。
「カレー……作るの、ですか?」
 自分で買った薬品類を鞄に入れながら、ルイナが聞いた。
「あぁ、おいしぃからな」
 エンはこの世界に来るまで、カレーというものを知らなかった。以前、ちょっとした事件で知り合った冒険者に教えてもらったのだ。それ以来、エンはカレーをよく作るようになっていた。
 野菜の代金を払い、紙袋に入れてもらう。その様子を、ルイナはいつも通り無表情で見ていたが、言葉を出す時に違和感があった。
「……前から言おうと、思っていたの、ですけど……」
 近くにいても聞こえるかどうかの小声ではあったが、エンの耳にはしっかりと届いていた。
「おぅ。どうした?」
「あれは……辛すぎはしま、せんか……?」
 エンがルイナのほうを振りかえっても、彼女はいつも通り無表情であった。だが、エンには表情で表れなくとも、雰囲気でルイナの感情を知ることができる。今のルイナには、はっきりと拒否するような感情が溢れ出ていた。
「なんだ。カレー、苦手なのか?」
 こくり、とルイナが頷く。
「そっか、苦手ならしかたねぇ。この材料で、他のを作ってやるよ」
 エンが笑って、荷物を掲げて見せる。調理方法はいくらでもあるのだ。エンはレパートリーが豊富なので、カレーが作れないからといって困ることではない。
「お願い、します」
 ルイナは、声や表情はいつも通りではあったが、明らかに安心したな、ということをエンは感じ取っていた。
「それじゃ――」
 行くか、と言いかけたエンの言葉が中断される。
 何か黒いものがぶつかった瞬間、エンの手から何かが消えた。あまりにも唐突で解らなかったが、ぶつかった黒いものが遠くに離れる。エンの、買ったばかりの野菜が入った紙袋を持ったまま。
 数秒して、エンは現状にハッとした。
「ど、泥棒!?」
 黒いのは黒い髪であり、それが黒い物体に見えたのは、黒系統の服に身を包んだ人間であったからだ。その黒は、かなりの速度で移動したのか、もう見えなくなりかけている。
「チクショウ逃がすか!!」
 エンが走りだし、ルイナがそれを追い掛ける。しかし、持っている薬品の中には激しく振ると危険なものが含まれているので、走ることを断念してしまった。ルイナは、黒に身を包んだ泥棒を追い掛ける、赤に身を包んだ戦士を見送ることしかできなかった。

 バザーを見て回る時に思っていたのだが、この街には黒い髪の持ち主をほとんど見なかった。ならば、頭髪だけで探すのが少しは容易になるはずだ、とエンは信じてバザー内を走っていた。スリに出会う可能性は考えていたが、まさか大胆に購入品が入った袋ごと盗まれるなどとは思っていなかったという油断が、現状を生み出してしまったのだろう。
「ちくしょう……」
 辺りを注意深く、主に頭髪を見ながらエンは走っていた。その目に、知っている頭髪が映る。それは黒い髪の毛ではあったが、あいにく泥棒ではない。
「ファイマ!」
 仲間の名を呼び、エンはその剣士のもとへと歩み寄った。
「おぉ、どうした?」
 コーヒー好きの彼は、ゆったりとコーヒーカップを傾けながら寛いでいた。
「黒い髪をしていて、食材が入った紙袋を持ったやつ見なかったか?」
 のほほんと聞いていたファイマであったが、エンが言った事に心当たりがあるのだろう。少し間があいて、それなら……と続けた。
「先ほど見た気がするのぉ。しかし、いちいちバザーをうろつく人間を覚えておからぞ?」
「泥棒だ、泥棒! オレが買った食材を盗み出しやがったんだ」
「油断しておったお主が悪いんじゃよ」
 ファイマは笑いながらコーヒーカップを再び傾けた。どうやら、泥棒を探すのを手伝ってくれることはないらしい。しかたなしに、エンは手掛かりほとんどなしの状態で走りだすことになった。

 また黒い髪を発見した。確かにそれは黒髪ではあったが、またハズレだ。エンはまたもや、仲間の名を呼ぶことになる。
「ミレド……」
 黒髪にて盗賊。『炎水龍具』のルイナに使えるアサシンである。彼が路地裏から出てくるところに、エンはばったりと出会ったのだ。
「あ? どうした?」
「食材盗まれちまった。黒い髪をしたやつ、みかけなかったか?」
 盗賊である彼なら、泥棒の行動パターンも知っているに違いない。いっそのこと、ミレドに泥棒追求を頼もうとさえ思えてくる。
「黒い髪……泥棒……。あぁ、そういや」
 エンの言う特徴に心当たりがあるのか、ミレドは一度反芻してからふと思い出したようにいった。
「知っているのか?」
「俺様がさっき、スリのやり方を擦り込んでやった奴だ!」
 ミレドにしては珍しい、笑顔で答えられた。
「……お前の仕業かよ!?」
「盗みの技術を教えてくれって頼まれて、最初は断ったんだ。そしたら意外にしつこくてなぁ、仕方ねぇから教えてやったら、なかなか資質があったんだよなぁ」
 まるで遠くのことを思い出しているように見えるが、エンとルイナが買物をしている最中のことなので、そこまで感慨深げに思い出されても困る。
「どこにいったか、知らないか?」
「さぁな」
 エンの率直な質問に対して、ミレドの返答は素気ないものだった。

 結局、泥棒の行方は解らず終いで、エンは宿屋へ戻ろうとした。一度宿に戻って、資金を調整してから再び食材を買うことにしたからだ。買いなおす理由が、泥棒に盗まれたから、というのは、北大陸最強の名を抱く炎水龍具のリーダーとしては情けないものである。
 しかし、とぼとぼと宿屋へ向っていた足が、ピタリと止まる。
「黒い……髪……」
 この街には、ほとんど黒髪というのがいない。いたとしても、ファイマとミレド、そしてあの泥棒くらいのはずだ。そしてその黒い頭髪を持つ人間が、エンの視界内へと飛び込んできたのだ。エンは慌てて、その黒髪の持ち主を追い掛けた。
 相手は歩き、こちらは走り。当然、エンはその人物に追いついた。
「おいアンタ!」
 エンの指摘は、その黒髪の人物を振り向かせることができた。ちょうど、周囲に人がいなかったためだ。
「私ですか?」
 呼ばれて振りかえったのは、エンと同年代くらいの女性である。その姿を改めて見て、エンは呼び止めた事を後悔した。間違いなく、エンから食材を盗み出した人物とは違うからだ。性別が違うのではなく、どう見ても身長が違うのだ。泥棒は、もう少し小さかった。
「あぁ……いや、人違いだったようだ……」
 気まずい笑みを浮かべて、エンは頭を掻いた。それに対して首を傾げた女性へ、声が、明らかに少女である声が、エンの後ろからかけられる。
「クール〜〜〜〜!」
 エンの背後から、クールと呼ばれた女性に走り寄った少女は、黒髪であり、またエンの見覚えがある買物袋を抱えていた。
「おかえり。ジャック〜」
 クールが両手を広げてジャックとやらを迎える。その様子にエンは戸惑ったが、はたと正気に戻って声をあげた。
「あ、アンタだろ! オレの食材を盗んだの!!」
 ジャックがエンのほうに振りかえる。エンの胸の下辺りまでしか身長はないだろう少女は、まじまじとエンを見た後、あぁ! と声を出した。
「さっきの、油断しまくっていた人ですね!」
「食材を盗まれるなんて思わないだろ!」
 何故か喜ばれながら答えられたので、エンは言い訳のような言葉になってしまった。
「まぁ良いじゃないですか。減るものじゃあるまいし」
「充分に減っているぞ!」
 食材を盗まれたのだから、食材が減るのは当たり前である。
「旅をするのに、食材は命に関るんだ。返してくれよ」
「旅? ひょっとして、あなたは冒険者ですか?」
 ジャックに言ったつもりではあったが、何故かクールが聞き返してきた。無視するわけにもいかないので、エンは仕方なく答える。自分は北大陸最強とまで謳われることになった『炎水龍具』のリーダーである、と。
「へぇ〜。そんなに凄い人だったんですかぁ」
 ジャックが、目を輝かせながらエンに迫る。身長差があるためか、エンは下を向かなければジャックと視線を合わせることができない。
「クール。あれ、頼んで良いかな?」
 くるりとジャックが方向転換。話を振られたクールは少し思案顔を作るまでもなく、
「いいんじゃない」
 の一言で片付けた。
 冒険者に頼むことと言ったら、魔物退治、迷宮探索調査、宝物探索、人探し等々がある。いくら北大陸最強とはいえ、初対面の冒険者に何かを依頼するということは、大したことではないのだろう。
「実は、依頼したいことがあるんです」
「なんだ? 一応、聞いてやるよ」
 食材を返してくれればな、と心の中で続けた。
「先日、家から古い宝の地図が出てきたんです。その宝を探すための、護衛を頼みたいんです」
 なるほど、護衛と言うのならば、少しでも実力のある冒険者が必要になるだろう。クールが考えるまでもなく認めたのも、ジャックが依頼を思いついたのも、そのためだ。
「ん〜。まぁいいぜ。仲間たちに相談してきてやるよ!」
 エンは三歩ほど歩くと、すっかりと食材のことをど忘れしてから仲間達を呼びに行った。ジャックとクールが、そんなエンを見てにたりと笑ったことなど露知らずに。

 仲間達の同意を得て、エンはジャックとクールが指定した場所へと赴いた。街の外に流れる川に、二人はいた。仲間には仕事が来た、としか言っていなかったので、依頼主の若さに驚いたのが数人。ルイナを除く全員といっても間違いではないが。
「え〜と、とりあえず紹介しとくよ」
 依頼を受けた本人が依頼主の説明をするというのは、少し妙ではあるが、エンはそうしておかないといけないような気がしたのだ。
「私がクールです」
 比べて大きい方が言う。
「ジャックがジャックです」
 比べて小さい方が、何か妙な紹介の仕方で言う。
「「二人揃ってジャック&クール。ジャッカンクーです!」」
 二人の声が揃った。
「……エンよ、これが今回の依頼主か?」
 ファイマが、嘘だと言ってくれ、というような苦笑いをしながら言ったのに対して、エンは曖昧ながらも頷いた。
「え〜と、ジャックさんにクールさん。あなた方は、姉妹か何かで?」
 唯一、貴族であるエードは女性に対する心得でも持っているのだろう。少しでも相手を知ろうとしている。
「姉妹じゃないです。親子です」
「えぇ!?」
 誰が声をあげたのか、ルイナではないことは確かだが、誰かが声を上げるほど驚いたのは事実である。いくら身長差があるとはいえ、親子には見えないのだ。
「クールが母親なのか?」
 身長的には、クールが親に見えるのは当然である。エンの予想は当っていると他のメンバーは思ったが、肝心の二人が首を横に振ってそれを否定した。
「じゃあ、ジャックが母親?!」
「それも違いますねぇ」
 間違いないだろう、と思っていたのを再び本人に否定された。
「ジャックは息子です」
「私がパパです」
 全員が、何を言えばいいのか解らなくなってしまった。
「息子よ〜」
「お父さん!」
 ひし、と二人は抱き合う。確認しておくが、二人は女性である。息子であり、父親であるはずがないのだが……。
「あんたら……ひょっとして二人とも同年代。17,8歳くらいじゃねぇか?」
 ミレドが、得意の観察眼で年齢を推定したのだろう。女性に歳を尋ねるのは失礼かと思ったが、状況が状況なので良しとする。
「「そうですけど?」」
 二人の声が、また揃った。
「……大丈夫なのか……」
 ファイマが、エンに耳打ちするように聞いた。依頼を受けた本人であり、『炎水龍具』のリーダーであるエンは、それに答える言葉を見つけることができなかった。
「(にしても……。『ジャッカンクー』……? どっかで聞いたような……)」
 ミレドが声を出さずに自問する。何か思い当たるものがあるのだが、それが何なのかはっきりしない。
 ミレドの悩みも、ジャックとクールの関係も、まずは中断し、『炎水龍具』とジャッカンクーはさっそく宝の在処へと向うことにした。ジャックとクールは、宝の地図とやらを見つけた際に、同じく見つけたものがあった。キメラよりも発達したメイジキメラの翼を見つけていたのだ。それは、特定の場所へと案内してくれるものである。
 そのメイジキメラの翼で飛んできた場所は、どこかの洞窟の前だった。地図で確認しようにも、不思議な力が働いているのか確認ができない。気候で判断しようにも、あまりにも微妙な気候なのでそれも難しい。ここが何処か、よりも宝が何か、というのが気になるので、この際、場所の確認は後回しに決めた。
「とりあえず、オレとミレドが先頭。ファイマが後ろ、ジャックとクールを挟んで右がエード、左がルイナで行くぞ」
 名目だけではなく、少しはリーダーとしての自覚がついてきたのか、エンが隊列の指示を出す。宝の眠っている洞窟にはトラップが仕掛けてあることがあるので、それらが得意であるミレドを先頭にしておくことで危険を回避できるのだ。ファイマの実力なら後ろを任せられるし、ルイナとエードが中間にいれば前後どちらかにすぐ援護ができる。的確な隊列と言って良いだろう。
「それじゃ、行くぜ」
「頑張りましょうー!」
「行きましょうー!」
 どちらがどのセリフを言ったのか、ジャックとクールが元気よく声を上げた。
 ジャックは、もしもの為ということで黒いマントを羽織っていた。防具らしいそれは、少し不似合いではあったが、見る人によっては似合うのだろう。クールは、高位の聖職者が着ることを許されると言われる魔法の法衣を着ている。ジャックの黒マントは持参らしいが、クールの魔法の法衣はサザンビークバザーで買い求めたものだ。
「そういえばミレドさんって、ジャックに盗みのアレコレを教えてくれた人ですよね〜」
 洞窟に入ってすぐ、『炎水龍具』のメンバーに囲まれたジャックが声を上げた。暗い洞窟には不似合いな可愛らしい声が、少しだけ反響する。
「ん? そういや、んなことあったな」
 地面や壁を探ってトラップがないかを確かめながら、ミレドが答えた。
「そのせいでオレが食材を盗まれたんだよな……って、あぁぁ!!! オレの食材を返してくれよ!」
 今更ながらに、エンは自分が食材を返してもらっていないことを思い出した。
「え〜と、クールぅ。あれ、どうしたっけ?」
「えっと……。食べちゃったよ。エンさんが」
「オレが?! ちょっと待て。そんな覚えないぞ」
 クールに言われて、先頭を歩いていたエンは振りかえって抗議した。
「え〜。忘れちゃったんですか?」
「もう、ダメですよ。自分がしたことくらい覚えておかなきゃ」
 クールが言った言葉に、ジャックが続いた。まるで話がまとまらず、むしろ勝手に話を一人歩きさせられている。
「少し黙ってろ、この大バカ」
 更にはミレドに殴られ、エンは不承不承謝ることになった。理不尽でたまらない、という顔をしながら溜め息をつく。その間にもミレドの作業は進み、しばらく進んでも問題はなさそうだ、ということがわかった。
 やがて一行はまがりくねった洞窟を進む途中に、一つの宝箱を発見したが、それの中身はただの地図であった。もちろんこの洞窟の地図らしく、軽視することはできない。
「ジャックとクールは宝の地図を持っておるのだろう? それとその地図を照らし合わせれば、宝のとこまで行けるのではないか?」
 後ろからの魔物の襲撃に備えていたファイマの提案に、ジャックとクールの二人はどきりとする。曖昧な笑顔を浮かべたまま、二人はお互いを見た。
「どうしたのじゃ?」
「え〜と、無理だと思いますけど……」
「まぁ見るだけ見てください」
 クールから地図を受け渡されたミレドは、ソレを見た瞬間、なんとも間の抜けた顔をしたものだ。彼のそんな表情を、見たことのある人間などいない。一体何が描かれていたのか、と興味を駆られてエンもそれを覗き込んだ。すると、エンもまた、ミレド同様に呆れ果ててしまった。
「なんなんだよ、これ……」
 二人の言っていた、『古い宝の地図』というのは、地図というよりも暗号。暗号というかメモであった。

『宝は翼により行ける洞窟にあり』

 そこまで大きくない羊皮紙に、大きくそれだけが書かれていたのだ。これで地図といえるのだろうか。
「おぃおぃ……。これじゃ、どうしようもねぇぜ」
 少しは冷静になったのか、ミレドが嘆息する。他のメンバーも、ルイナを除いて困り顔だ。いや、ルイナだけではない。ジャックとクールが、今まで最も楽しそうな笑みを浮かべていた。
「クスクスクスクス……」
 漏れた笑い声。どちらかの笑い声であるのは確かだが、それはどちらから発せられたのかは解らない。ただその声で、ファイマがハッとして、少しだけ片目を開く。漆黒の瞳が捕らえたのは、炎水龍具の己を除く四人のみ。普通ならいつもの光景だ。だが、ファイマのいる位置は、ジャックとクールの後ろである。二人の姿が見えないのはおかしい。だからこそ、ファイマは驚いたのだ。いつのまにか、彼女らが背後に立っていたことに。

「アーハッハッハッハ!」
 豪快な笑い声は、洞窟の中で反響して、より大きく聞こえた。
「ジャック……? クール……?」
 エンが信じられないという顔で、二人に問い掛けた。その問い掛けられた二人の手には、いつの間にか武器が握られている。ジャックが聖風を巻き起こすという天罰の杖、クールは竜を模した篭手から伸びる爪が雄々しいドラゴンクロウ。気がつけば、二人の右腕には盾の上で二つの剣が交わる紋章が輝いていた。
「冒険者の……紋章?!」
 それは冒険者の契約時に烙印される紋章。それをつけることにより、武具召還を可能とし、身体能力を飛躍的に向上させ、戦いのエキスパートへと変身させる。
「お芝居はここまでよ!」
 クールが高らかに宣言する。
「宝を見つけるまでの護衛なんて嘘。本当の狙いはアナタ達『炎水龍具』!!」
「私達の実力を、世界に待つ百万人のジャックファンに見せつけるのよ!」
 クールの言った意味は解るのだが、ジャックの不可解なセリフはあえて無視することにする。
「つまり、始めっからオレらを倒そうとしたわけか」
 だから、エンと交渉するために彼から食材を盗み出した。そうすることにより、エンは彼女等と接触しざえるをえないからだ。
「そういうこと!」
 黒マントを風もないのに靡かせ、ジャックが杖を掲げる。
「覚悟しなさい、『炎水龍具』。私達『ジャッカンクー』が、北大陸最強の名を語るために!」
 エンたちが、一斉に武具を召還する。エンとルイナはいつも通り『龍具』である火龍の斧と水龍の鞭。ミレドも同じくいつも通り二対の魔風銀ナイフ。ファイマはバスタードソードを召還した。エードは腰にあるプラチナソードを引き抜く。
「だったら、見せてやるぜ! 北大陸最強とまで呼ばれた、オレ達の実力をな!!」
 龍具、火龍の斧を大きく構えて、エンはジャックとクールよりも大きな声で、洞窟内に開戦を宣言した。

 ――……。
 エンの雄叫びが、虚しく反響する。その間に、誰一人とて動かなかった。
「……おい、誰か行けよ……」
 火龍の斧を構えたまま、エンが呼び掛ける。
「おなごに手を出すのは、ワシの騎士道から外れる」
「女性に斬るかかるなど、私がするはずないであろう」
「女子供をいたぶるのは趣味じゃねぇ」
「……女性相手、は……」
 誰がどの発言をしたかは、口調で判断してもらいたい。エンも、相手が女となると戦いに本気を出すことは出来ない。
「そっちが来ないのなら、こっちから行っくよ〜!」
 まさかこのような事態に陥るとは思っていなかった炎水龍具たちに向って、ジャッカンクーが先にしかける。ジャックが短い集中から魔法を放つと、クールの周囲で赤い光が薄く渦巻く。
「ム?!」
 ファイマがその効果を判断して武具変換。剣から盾へと変えた。クールが仕掛けた攻撃よりも一瞬早く武具変換が終了し、鋼の盾がファイマの手元に召還される。それで繰り出されたドラゴンクロウを防ぐが、ファイマは腕が痺れるのを感じた。麻痺攻撃、というわけではなく、力が強いのだ。
「バイキルト……。いや、これは……」
 バイキルトを強化したようなものだった。普通の筋力増強呪文であるバイキルトでは、ここまで威力はあがらない。
「さ〜! どんどんすっごいテンションで行っくよ〜!」
「おぉ〜!!」
 ジャックとクールのテンションがあがり、それが冷める気配が微塵も見られない。
「なんなんだ、こいつら」
 いくらなんでも防戦一方になるのを恐れ、エンは仕方なく戦うことを決める。とはいえ、下手に手を出したら相手を傷つけなかねない。いくら向こうが襲ってきたとはいえ、女性に傷をつけるという行為をすることはできないという理由で、得意のF・Sは使わず、エンは呪文の使用を選んだ。
「――赤き紅蓮を居にする焔の精霊よ 我が手に集いて燃ゆる球弾となれ 纏え灼熱の業火、唄え火炎の魂――!」
 先ほどまで持っていた松明に灯る火が、エンの呼び掛けに呼応する。そこに住まう炎の精霊が、エンの詠唱によりその力を発揮する。なぞられた言葉に従い、その魔法力と魔力を代償とし、やがてその力が具現した。
「弾けろ、焔の剛球――メラミ=I」
 火龍の斧を持たない片手をジャックに突き出し、メラミを放つ。巨大な火炎球は轟音を立ててジャックに真っ直ぐ飛んだ。
「それっ!」
 バサリ、と黒マントでメラミの炎が包まれたかと思うと。それはまるでなかったように消滅した。お返しにと、ジャックが杖を一振りするだけでバギマの聖風が巻き起こる。 エードが慌てて同じバギマを唱えてそれを相殺したが、不利な状況には変わりない。
「メラミが……防がれた?!」
「あの黒マント……。不思議なボレロと似たような材質のもののようじゃのぉ」
 防具に詳しいファイマが、こんなときに感心したように解説する。『不思議なボレロ』という防具は、魔力を吸収する材質が使われている。ジャックの黒マントは、それと似たようなものなのだろう。
「にしても、なんつーか、どこまでメチャクチャなんだよ、あいつら」
 ミレドが防御の姿勢をとったまま毒づく。確かに、クールは魔法の法衣を着ているのにも関わらず武闘系だ。動きにくそうではあるが、それでも鋭い攻撃を繰り出してくる。ファイマに防御された途端、目標を変えてルイナやミレドを連撃している。二人は要領よく避けてはいるが、いつその攻撃を身に受けるかわかったものではない。
「あんたら、一体なんの冒険職なんだよ」
 答えてくれるのかどうか、普通は答えないのだが、この二人は普通ではない。攻撃がピタリと止んで思案顔を作った。
「私は……『魚』かな」
「ジャックは『ボディビルダー』!」
 二人のセリフに、ルイナを除く全員が眉をひそめる。
「……なぁ、そんなもんあるのか?」
「あるわけないだろう。聞いた事ないぞ」
 エンの問いに、エードが答えた。
「それはともかく、そろそろ終わりにするよ!」
 クールがドラゴンクロウを構えなおし、ジャックが杖を高らかに掲げる。先ほどの攻防で、防戦をしていれば不利であることは解り切っている。だが、考えを変えないことには勝つ事ができそうになかった。
「あぁぁもう! なんかアイテムねぇのかよ!」
 突破口が開けないかと、エンが急いで道具袋をあさる。他の皆も、使えそうな道具を取り出そうとするが、使えないものばかりである。
「……ファイマ、なんかねぇか」
「コーヒーセットくらいしか……」
 どこに仕舞っているのだろうか、といつも疑問に思うのだが、今も持っているらしい。本当に、どこに持っているのだろうか……。
「ミレドは?」
「トラップ解除用のアイテム一式。どうにかなりそうにねぇな」
 諦め口調で言われ、エンはすぐに相手を切り換える。
「エード!」
「私は……。何も持っていないぞ。そういうケンは何を持っているのだ?」
「オレはエンだ!」
 今はいらないツッコミをしている場合ではないのだが、いつもの事ということでもエンは自分の名前を訂正させた。
「……オレは、この特製料理くらいしか……」
「私は、『背のビールA(アルコール)』……。背が伸びる、かもしれないお酒、です……」
 エンが持っているのは、食す者全てを癒し、死者でさえその美味さを求め復活すると言われる料理アイテム。ルイナが持っているのは、得意の調合薬であった。
 どれも、突破口が開けそうなアイテムではなかった。
 しかし――。
「「そ、それ下さい! 負けでいいですから!!」」
 二人の声が揃って、洞窟内に反響した。クールはエンが手に持つ特製料理の前に、ジャックはルイナが手に持つ調合薬の前に武器を放り出して駆け寄っている。
「「「「…………は?」」」」
 ルイナを除く四人の、間の抜けた声がぽつりと響いた。


「結局、なんだったのかなぁ……」
 サザンビークに戻り、宿の一室に『炎水龍具』の全員が集まっている。ジャックは身長がほしいあまりに敗北を認め、クールは特製料理を食べたい一心で敗北を認めた。妙な形ではるが、『炎水龍具』が勝利したのだ。
「まぁよいのではないか」
 コーヒーカップを傾け、ファイマはふぅと息をつく。嵐のような二人は、何もなかったように去って行った。今では何処で何をしているのかを知ることはできない。それと、洞窟。何故わざわざ洞窟に連れ込んだかというのは『決着事は洞窟内が吉っていう占いが出たから』ということであるらしい。
 最後までどう対処すればいいのか解らない二人は、今も何処かで何かをしているのだろう。
 それこそ、嵐のように周囲を巻き込みながら……。

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