-聖夜の宝物……-




 身を切るような冷たい風が吹いているが、さすがに宿の中は暖が効いている。特に食堂となると、料理をなるべく冷まさないようにしているのか一際温かく感じられた。
 窓から見える景色は雪で白く覆われており、見ているだけで寒さを感じてしまいそうだ、というのはエンの感想である。
「肉を三種類選べるのか?」
 そのエンが、金髪に眉目秀麗の青年――エードに聞いた。エンの問いかけに、呆れ顔を作っている。
「なぜそうなるのだ?」
 逆にエードが聞き返す。今までの会話で、エンが発言したことはあまりにも唐突で、全く関係のないもののはずだ。どうしてエンの言葉が出てきたのか、まるで見当がつかなかった。
「だってお前、三択ロースって」
 あぁ、とエードがようやく彼の間違いに気付いて納得し、その後ふつふつと怒りの感情が湧き上がってきた。
「途中で変換するな! 『サンタクロース』という一つの人物名だ!!」
「なんだ、そうなのか」
 何故かがっかりしながら、エンは盃に注がれている果実汁(ジュース)を飲んだ。
「それで――何なんだ?」
 話の意図が見えてこず、エンは首を傾げる。その反応にエードが眉を寄せたのも当然で、彼は、念のために聞いておくが、と前置きした。
「……私の話をどこから聞いていた?」
 その言葉に、エンが目を逸らす。
「いやぁ、食べることに夢中であんまし」
 言い逃れは出来そうにないので、エンは正直に言った。先ほどまで食事をしており、一息ついたところでエンが話を断片的に聞いて冒頭に至る、ということだ。これにはさすがにエードも我慢なら無かったようで、腰の白金剣(プラチナソード)に手をかけた。
「止めぬか。いつものことじゃろう」
 今にも剣を抜いてエンに斬りかかりそうな勢いを制止させたのは、ファイマである。彼はコーヒーセットを楽しみながら、しかし的確なことを言った。
「こいつに食いながら話を聞けってのが無理な話なんだよ」
 皮肉っぽく言ったのはミレドである。彼は葡萄酒を飲みながら、悟りきったような顔つきだ。
 ちなみに、もちろんルイナもいるが、二人に同意するかのように何も言わず、お茶を飲んでいる。
 ようやくエードも落ち着いたのか、それともこんなことで苛立った自分が情けなく思ったのか、最初から話を始めた。
「――私の生まれ故郷、ストルードでは今の時期にクリスマスという伝統行事を行うのだ。ストルードを建国した英雄王、イエイス・キリストルを敬い、感謝して夜を過ごすもので――」
「……ちょっと待て」
 エードの説明の途中で、エンが遮った。
「なんかそれ、前に聞いたことがあるような」
「今回は企画小説みたいなもので、前の話とは独立している。つまり『あの話』がなかったら、ということだ」
 あくまで外伝ということでご理解していただきたい。
「ともかく、その聖夜に関わるのが、サンタクロースというわけだ」
 自国の話をしているためか、エードはどこか誇らしげだ。
「三択……」
「だから途中で変換するな!」
 エンが言いかけたことを、エードが鋭く制止する。今度は阻止できたようだ。
「確か、聖夜に空を駆け、子供たちにプレゼントを渡す人物じゃったかのぉ。まぁ、架空の人物じゃがな」
 ファイマも少しは知識があるのか、思い出すように言った。
「しかも無償だろ」
 ミレドが、何故かふてくされ声だった。何か知っているのだろうか、聞こうにも問いかけを拒否するように葡萄酒を煽った。
「そいつがどうかしたのか?」
 エードの話が何であったのかまではわかったが、今度はそれの理由がわからない。
 エンたちが現在滞在しているのは、ストルード国もある中央大陸(クルスティカ)で、この街から比較的に近い所にストルードがある。その関連でエードが話し始めたのかもしれないが、話にはまで続きがありそうであった。
「この街には、本物のサンタクロースがいるのだ」
 エードがにこやかに言い、その笑みはまるで期待に胸を躍らせる子供のようである。
「本物……?」
 未だに理解できていないのか、エンは首を傾げた。
「架空の人物と言うたじゃろうが。故に、ストルードではサンタに扮した親が子供にプレゼントを渡すのが常となっておる」
「なるほどなぁ……じゃあ本物って」
「うむ。この街は不思議なことに、聖夜の朝にはプレゼントが人知れず置かれておるのじゃよ。本物のサンタがいる街として、ストルードではそれなりに有名な話じゃ」
 ファイマはかつてストルードに行った事があり、その時に得た知識のようだ。
「ストルードでのクリスマスは必ずコリエード家の家族で過ごしていたからな。まさかこの時期にこの街に来ることができるというのは、運が良い」
 得意げに何度も頷き、冒頭の苛立ちもすっかり忘れているようだ。
「でも、そいつがプレゼントを渡すのって子供だけなんだろ?」
「ふふ、私が子供のようにプレゼントをねだるとでも思ったのか」
 ごめん思ってた、などとは口が裂けても言えそうにない。
「私はこの街でクリスマスが過ごせるということに意義を感じているのだ。あぁ素晴らしきかなクリスマス!」
 浮かれ気味のエードと正反対に、ミレドは機嫌が悪そうに――目つきも悪いがこれはいつものことだ――しており、窓から外の景色を見る目もどこか鬱屈そうだ。
「サンタクロースねぇ」
 ミレドの呟きは小さく、誰も聞き取ることができなかった。
 そして、夜は更けていく。


 聖夜の翌日、ということで、この街は一年で最も輝き、賑わう――はずであった。
 子供たちはサンタクロースから何を貰ったかを自慢したり、教えあったり、中には交換という取引をしたりで大忙しである――はずだった。
 親はその光景を微笑ましく見守っている――はずだったのだ。
 確かに昨日、この街を訪れた時よりも賑わっていた。だが、輝くどころか、どんよりと暗く、子供たちは大泣きで、親たちはどうしたものかと悩んでいる。子供達が泣いているのは、当然嬉しくて泣いているのではなく、悲しみから来るものだ。
「何なんだ?」
 宿を出た途端に目の当たりにした光景は、昨夜エードが語ったものとはまるで違った。
 これではまるで、年に一度の恐怖が訪れたかのようだ。
 どこを歩いても同じ光景が広がっており、気まずい雰囲気の中、エンたちは目的地に辿り着いた。
 この街の冒険者ギルドである。
 昨日は定休日とかでたまたま休みで、一夜を明かして訪れたのだ。目的は、もちろん四大精霊の情報で、それらしいものがここの冒険者ギルドにあるという噂を聞いてやってきていたのだ。
 しかし、今はそれどころではなさそうだった。
 冒険者ギルドの受付に、長蛇の列ができており、そのほとんどが、子供を連れた親たちである。泣き止まない子供を宥めたり、俯いている子供を元気付けようとしたりと、待っている親は忙しそうだ。
「おぉ、よくぞいらした!」
 一般市民用の受付と、冒険者用の受付は別で、エンたちがそこへ来た途端に言われた言葉である。こちらの相手をしてくれたのは、中年の男性で、見た目の年齢の割には髪が薄い。この状況で、さらにそれが進行しそうだ、という心配までしてしまう。
「今は見ての通り緊急事態でしてな。冒険者の数が足りんのです。どうか、ご協力していただきたい!」
 まだ何も言っていないのだが、ギルドからの依頼、ということになるのだろう。目的は仕事の斡旋ではなかったのだが、彼の言うとおり緊急事態のようだ。今はとやかく言っている場合ではない。
「何が起きたのだ?」
 もちろん協力はするつもりだが、何が起きたのか知らないままでは行動のしようがない。
 エンが口を開く前に先にエードが聞き、ギルド員は額の汗を拭った。
「サンタクロースですよ」
「……現れなかったのか?」
 子供たちが泣く理由。それらしいものは、すぐに思い当たった。必ず来訪し、それに期待をするのはこの街では当然だ。それを裏切られては、悲しみに沈むことは必至である。
「いいえ、現れたのです」
「ならば何故?」
「確かにプレゼントは置かれていたのですが――いえ、プレゼントと言うべきでしょうか」
 ギルド員は困ったように腕を組み、近くに一般市民がいないことを確認するかのようにきょろりと辺りを一旦見回してから言った。
「それが酷いものです。置かれているものは、ゴミや得体の知れないもの、ガラクタなど嫌がらせ的なものばかりなのです」
 さすがにその内容までは言うことを憚れたのか、ギルド員はそこで区切った。
「……毎年そんなもん置かれるのか?」
 と言ったのはサンタクロースをよく知らないエンである。
「とんでもない! 子供たちが願ったもの全て、ということまではいきませんが、それでも子供たちがそれぞれ喜ぶものが置かれているはずです」
 ギルド員が自信に満ちて否定しているところを見ると、どうやら本当らしい。だからこそ、このような大問題になっているのだ。街で何かあったときは、冒険者ギルドに相談して解決してもらうのが常らしく、今ある依頼はほとんど同じものだ。
 だが依頼内容がほとんど同じであるにも関わらず依頼者が複数いる事態も珍しく、どの依頼を請け負ったらいいのか分からない程にまでなっている。
「今は市民からの依頼よりも、我々からの依頼を受けていただきたい」
 必死に頭を下げるギルド員の姿を見ると、どれだけこの街に冒険者が少ないかが窺い知れた。
「何をすればいいんだ?」
「サンタクロースに直接、会ってもらいたいのです」
 そう言って、街のごく一部しか知らないという、サンタクロースの居場所をこっそりと教えてくれた。ギルド員は市民からの苦情や相談で忙しく、実力を知らない冒険者に事を頼むほど切羽詰っているのだった。


「良い気分が台無しだ」
 同じ文句を何度も言っているのはエードだ。サンタクロースがいるという、街から北の洞窟に向かう途中、その言葉は幾度か繰り返された。あれだけ憧れていただけに、今回の件で失望するのも当然だろう。
 降り積もった雪の上を歩いていく中、最初は宥めていたりしていたものの、いい加減にそれもなくなり、いつしか無視していた。それに対してエードは何も言わないので、最初から何も言わなくてよかったのかもしれない。
「ここか」
 やや見つかりにくい場所に洞窟の入り口はあったが、盗賊のミレドの手にかかれば発見は容易だ。
「うぅ、寒いから早く片付けて街に戻ろうぜ」
 寒さを苦手としているエンが身を震わせながら前に出た。ルイナも同じく寒いのは苦手のはずだが、表情だけはいつもと変わりない。しかしエンと同じ思いなのか、彼と同じくして先頭に出るように歩き出す。
「トラップとか警戒しろよ」
 二人の行動にミレドが微妙な声音で言った。相手がエンだけだったら鋭い罵倒もあっただろうが、ルイナも一緒となると強くは言えないらしい。
 しかしミレドの忠告は意味が無かったように、すんなりと洞窟の奥に辿り着くことができた。

 洞窟の奥にも関わらず、中は明るかった。外の明かりが乱反射してここまで来ているのか、それとも洞窟の壁や天井自体が発光しているのか、ともかく松明に頼るほどではない。
 そんな洞窟の中、『彼ら』はそこに居た。
「なんだ、こいつら?」
 ギルド員から聞いたのは、サンタクロースの居場所である。しかし、目の前にいる連中は、黒い覆面に、ボロ絹を纏い、汚れきった袋を背負っている者たちであり、下品な笑声を轟かせていた。
 その様子を影から見た後、エンはエードを振り返った。
「あれがサンタクロース?」
「そのようなはずがあるか!」
 鋭く否定したが、あくまで小声だ。大声では相手に気付かれてしまう。
「本物のサンタクロースと言えば、赤い服に赤い帽子、白くてふわふわの髭と髪、その顔は誰をも和ませるほど良い人のはずだ」
 エードの言うサンタクロースの特徴と、目の前に居る連中は、どこも一致しなかった。
 エンと一緒に様子を見ていたルイナが、ぽつりと言葉を洩らす。
「魔物、です」
 そういえば今回はこれが彼女の初台詞である。それだけに、皆はルイナの言葉に敏感に反応した。
「魔物?! そうか、『魔界の盗賊(ブラックサンタ)』だ!」
 魔物と聞いた途端にエードがすぐに思い出した。彼の知識に、目の前の者たちと一致する魔物が存在しているのだ。相手が魔物と分かった途端、エードが一人で敵地へと乗り出し、白金剣を掲げた。
「貴様ら! 本物のサンタクロースをどこへやった!!」
 隠れて様子を見ていたのに、エードの一人走りによってその意味は成さなくなってしまった。こうなったからにはエード一人だけを前に出すわけにも行かず、渋々エンたちも姿を見せる。
 ブラックサンタたちは突然の来訪者に戸惑ったようだが、すぐに相手は戦意があると感じ取ったらしく、唐突に殺意が芽生えていた。
「人間達に!=v
 一人のブラックサンタが、声高に言った。まるでそれが号令であったかのように、他のブラックサンタたちが唱和する。
「「「絶望の贈り物を!!=v」」
 その唱和が完了した途端に、それぞれのブラックサンタが動き始めた。それに対応すべく、エンたちも戦闘体制を取る。
「前衛はオレとエードとミレドだ! ファイマとルイナは援護を頼む!」
 火龍の斧を召還しながらエンが叫んだ。エードは彼自身がやる気――殺る気と言ってもいい――になっており、後方に回そうとしても聞かないだろう。そしてミレドを選んだのは、同じ盗賊であり、戦い方は彼の方が熟知しているからだ。誰も反論はないようで、素直にエンの指示に従っている。
 ルイナは水龍の鞭を召還し、ファイマは破邪の剣を召還してブラックサンタたちの行動を様子見ている。
「覚悟しろ!」
 自慢の白金剣を振りかざし、エードが突っ込む。後れを取らないようにエンとミレドも駆け出そうとしたが、それよりも早く、ブラックサンタたちが行動に出た。
「プレゼントだ!=v
 と言って、何かを三人に投げつけてきたのだ。
「なんだ?!」
 急な飛来物を叩き斬ることもできたはずなのだが、思わず手で受け止めてしまった。それは三人とも同じで、持ってしまったものを訝しい目で見た。
「……箱?」
 それは箱である。なんの変哲もない、厚紙の箱。容易に開くようだが、中身は謎である。
「ふん! 貴様らの贈り物など――」
 エードが投げ捨てようとしたが、それをしなかったのはエンとミレドである。
「何が入っているんだ?」
 エンがあっさり箱を開けた。
「ケン! 貴様、何をやっている!!」
「オレはエンだ! って……あれ?」
 箱の中身を見たエンは、何度か目を瞬かせて、それを取り出した。
 エンの手には、美麗な装飾が施された瓶であり、中には透き通った液体が入っている。
「これ、アモールの水じゃないか」
 薬草より効果のある回復アイテムである。傷を癒すだけではなく、疲労をも回復するとも言われている逸品だ。
 何故、魔物がこちらに有利になるようなものを渡したのだろうか。中身が別の偽物、というわけでもなさそうだ。
 それを見て、ミレドが自分の箱を開けた。
「こいつは……」
 中身を確認した途端、ミレドは目を瞠った。
 ミレドの箱の中には、ゴールド貨幣が入っていたのだ。額もそれなりにあるようで、ミレドの鑑定眼からして偽金というわけでもないことが判断できた。
「けっ。こんなもんで俺様の気を引こうってのか。甘いぜ!」
 と、言いつつミレドはそのゴールドを自分の懐へしまった。
「これは一体……」
 どういうことだ、と不審がりながらエードは自分の箱を見た。エンとミレドは、迷惑どころか貰って嬉しい品物が入っていた。ならば、自分は。この箱には何が入っているのだろうか。
 恐る恐る、エードは箱を開けようとした。
「む……?! いかん、エード! 箱を開けるでない!」
 ファイマが何かを感じ取ったのか狼狽するように言ったが、遅かった。
「え――?」
 もうエードは箱を開けてしまったのだ。
 彼が箱を開けた途端、迸ったものは閃光。次いで、爆発であった。

 振動が洞窟内部を揺るがすが、幸いなことに爆発は小規模なもので、洞窟が耐え切れずに崩壊するということはなさそうだ。
 爆発は防げなかったものの、ファイマのおかげで直撃は避けることが出来た。だがダメージを負ったことには変わりなく、ルイナが回復に回る。
「何故、私だけ……」
 物理的な防御は遮断できる鎧を着ているエードでも、さすがに爆発相手では意味が無い。そもそも今の爆発は、爆撃呪文(イオラ)であったようで、鎧にかかっている物理遮断壁(スカラルド)という結界魔法が決壊していた。
「当たりだ、大当たり!=v
 相手の思い通りに事が運ばれたらしく、ブラックサンタたちが一斉に笑声を上げる。
「許さん!」
 エードの怒りの臨界点が越えたのか、端麗な顔を鬼のような形相に変えてブラックサンタたちに斬りかかった。
 だが、その剣先が届くことはなかった。ブラックサンタたちはあちこちに逃げ回り、その素早さはメンバーの中で最も速いミレドと同じか、それ以上だ。エードの剣は、虚しく空を裂く。
「くぅ! ちょこまかとぉぉ!!!」
 どれだけ剣を振っても当たらず、エードは白金剣を一度下げ、空いている手でブラックサンタたちを指差した。
「呪縛の精霊たちよ 不可視の枷となれ! ――ボミオス=I」
 まずは相手の動きを鈍らせようと、鈍足呪文をエードが唱えた。その効力は、しかし期待通りにはならなかったようだ。
「あーあ。弾かれたな」
 ミレドが肩をすくめながら言った。エードのボミオスによって素早さが低下したブラックサンタたちはおらず、はっきり言うなら失敗である。
「ミレド、お主に俊速呪文(ピオラ)をかければ、奴らに追いつけるか?」
「もしかして俺様が全部相手にするのか……?」
 肯定する前に、ミレドは嫌そうに言った。無論、ピオラの援護を受けることができればあのブラックサンタたちと互角以上の速さで動ける自信があるのだ。
「エン……」
「なんだ?」
 ミレドが渋っている間に、ルイナがエンに歩み寄っていた。
「箱を……」
「箱? これか」
 ルイナの言う箱に当てはまるものは、ブラックサンタから投げ渡されたものの他にない。それに、中身は取り出してあるので空箱だ。しかしルイナはその空箱にようがあったようで、懐から何かを取り出してはその空箱に詰め始めた。
「これを……」
 詰め込みが終了し、箱をエンに返す。
「あいつらに?」
 エンたちに渡すならば箱に入れる必要などないはずだ。事実、ルイナはこくりと頷いた。
「おい、お前ら!」
 エンはブラックサンタたちが飛び交う中に、その箱を投げ込んだ。誰か一人くらいは取るだろうと踏んでいたが、上手くブラックサンタの一人がその箱を受け止めた。返された箱を、ブラックサンタは不思議そうな目で見ている。
 他のブラックサンタたちもその箱に興味を示したのか、動きを止めて箱に注目している。
「ルイナからプレゼントだそうだ」
「なに! ルイナさんから!?」
「お前は反応するなよ……」
 動きを止めたのをいい事にエードが斬りかかろうとしたが、エンの一言で振り返ってしまった。
「プレゼント交換か=v
 そんなエードなど気にも留めず、受け取った箱をブラックサンタは警戒しながらも開けた。
「……?=v
 中身を見たブラックサンタが首を捻る。中身は小瓶で、中に液体が入っているようだ。アモールの水とは別物で、ブラックサンタたちにはそれが何かは理解できていない。
 瓶の蓋を開け、匂いをかいでは首を捻り、中を覗き込んでは首を捻り、どうにでもなれとそれを飲んでしまったのだが、それでも何かが分からずに首を捻った。
 何も起きない。
 そのため、沈黙がこの場を支配した。
 しかしその沈黙も束の間で、それを飲んだブラックサンタが唐突に雄叫びをあげた。
「ふぉぉぉぉ! 漲ってきたあぁぁぁぁぁ!!!=v
 そう言って、ブラックサンタはあちこちを走り回る。明らかに、先ほどより素早さが増していた。
 それを見た他のブラックサンタが、走り回っているブラックサンタから箱を受け取り、瓶を取り出して中身を飲み干す。このブラックサンタも雄叫びを上げて走り回り始めた。同じ事が繰り返され、遂には全てのブラックサンタが瓶の中身を飲み干してしまった。箱の中には、ブラックサンタの人数分がしっかりと入っていたらしい。
「おい、どうすんだよこれ! 俺様でも追いつけねぇぞ」
「むぅ……」
 現状の発端はルイナにあるのだが、ミレドの自信なさげな噛み付きはファイマに向けられていた。
「……ルイナ、何飲ませたんだ?」
 唯一、エンだけは冷静に、というよりも哀れむ目でブラックサンタたちを見ながら傍らのルイナに聞いた。
「ちょっとした、栄養剤、です」
「そうか」
 エンがそれだけで会話を終了させたのは、聞く必要が無くなったからだ。
「ブラックサンタたちが……」
 その様子を、エードは呆然と見ていた。ファイマとミレドも同じである。
「ひぎゃああああ!?=v
 ブラックサンタの一人が、雄叫びではなく悲鳴を上げた。見れば、腰を抜かして立つことができていないようだ。
「目が、目がぁぁぁぁ?!=v
 違うブラックサンタが、目を覆いながら叫んだ。目が痛むのだろうか、外見ではよくわからない。
 他にも、様々な症状がブラックサンタたちを襲っているではないか。
 全てのブラックサンタがルイナの『栄養剤』を飲んだため、全員が正常な状態ではなかった。やがて一人、また一人とその場に倒れこんでしまう。
 その様子をメモしているルイナの姿を、エンたちは見なかったことにした……。


「それで、本物のサンタクロースは?」
 この洞窟を占拠していたブラックサンタたちを捕らえたまではいいが、問題はここからだ。ブラックサンタたちは人語も理解できているため、まだ斃すわけにもいかず、尋問するためにも早く起きてもらう必要があった。
 しかし目覚めるのにどれくらいかかるのだろうか。ルイナに聞いても、人体ならば数分で目覚めるはずだが相手は魔物だから分からないという返答が返ってきている。
 その間、ブラックサンタたちが屯していた奥をファイマが調べていたのだが、やがて難しい顔つきで戻ってきた。
「どうしたんだ?」
「うむ。もしかしたら、このブラックサンタたちが本物のサンタクロースかも知れぬ」
 まだ確証はないが、と付け加えたが、それでも全員に動揺が走った。
「でも、魔物だぞ」
「こいつらどう見ても闇の眷属だぜ」
「私を爆破しようとしたんですよ」
 一人は私怨的なことだったが、三人がファイマに反論するように言った。
「ここの奥に地割れが発生しておってな。そこから瘴気が噴き出て負ったのじゃよ」
 サンタクロースたちは瘴気に犯されて魔物化してしまったのかもしれない、ということだった。
「ルイナよ。水龍の鞭から聖水を出し、こやつらのかけてやってくれぬか。飛び切り強力なやつを頼む」
 それで元に戻るか分からない。そもそもサンタクロースが魔物化して、目の前のブラックサンタたちになってしまったというのも、憶測の域を出ていないのだ。
 だがルイナは頷き、水龍の鞭を操った。
 きらりと七色に光る聖水が、ブラックサンタたちに降り注ぐ。
 すると、どうだろう。
 黒い覆面は真っ赤な帽子に変わり、ボロ絹は鮮やかな赤い服になり、汚れきった袋は純白で清潔に変化した。顔は白い髭に覆われており、その姿はエードが言っていたサンタクロースの特徴と合致している。
「サンタクロース?!」
 やはりこれが本物だったのだろうか、エードが戸惑うように狼狽した。
「う、ぅん」
 やがて一人のサンタクロースが目覚め、次々に元に戻ったサンタクロースが意識を取り戻していく。
「こ、ここは……?」
「目が覚めたか。あんたら、瘴気にやられたらしいぜ」
 最初は現状が理解できていない様子だったサンタクロースたちは、幾度か目を瞬かせると、ようやく意識がはっきりしてきたらしい。
「そうか。君たちが助けてくれたのか……」
「自覚はあったのか?」
「あぁ、我々はとんでもないことをしてしまった!」
 瘴気に犯され、身体が魔物と化し、それでも自分たちのやっていることが分かっていたのならば、それはどれだけの苦悩になるというのだろうか。エンはかける言葉が見つからず、どうしようかと皆を振り返った。
「……悔やんでいる暇はない」
 ふて腐れた表情だったエードが、突っぱねるように言った。その言葉に、うなだれていたサンタクロースたちが一斉に顔を上げる。
「今からでも遅くはない。明日の朝までに、本当のクリスマスプレゼントを届ければ良いではないか。子供たちは、それを待っているのだから!」
 エードの言葉に、サンタクロースたちの目に火がついた。もちろん比喩であり、それは事を成し遂げようと努力する者の目であった。
「瘴気が出ている場所は、ワシが塞いでおいた。心配は要らぬよ」
「かたじけない! さぁ、皆の衆。忙しくなるぞ!」
 おぉぅ、と威勢の言い声で輪唱され、サンタクロースはばたばたと準備を始めた。もちろん、縛っていた縄はとっくに解いてある。
 もう大丈夫だろう、サンタクロースたちの様子を見ていて、それは確信できることであった。


 その翌日。街は一日遅れて、例年と同じ賑わいを見せていた。
 子供たちの喜びようは見ていて微笑ましく、この光景こそ、親たちにとって最高プレゼントでもあるのだ。
「それにしても、何で瘴気を浴びてあんなふうになったんだろうな」
 ふと思った疑問をエンは口にしたが、その回答は意外なところから出てきた。
「あいつらは精霊だからな。瘴気は精霊に悪影響を与えやすいから、魔物にでもなるんだろ」
 面倒そうに言ったのはミレドである。エンはてっきりファイマやエードから返答を貰えると思っていたため、これには驚いた。
「ミレド……お前そういえば何か知ってるのか?」
 何かと彼はサンタクロースの話を避けているような素振りを見せていたため、ようやくもう一つの疑問を問いかけることができた。
「今回、この街に何しに来たか覚えてるよな」
「えっと、四大精霊のことかもしれない情報が、この街の冒険者ギルドで聞けるんだよな」
 これでも目的はしっかり覚えているのだ。だから、というわけでもないだろうが、ミレドは舌打ちして続けた。
「そうだ。それで、その精霊の情報ってぇのが、四大精霊じゃなくてサンタ……つまり『贈り物の精霊』だったってわけだ」
「なんだ、じゃあここにも四大精霊の情報はなしか」
「そういうこと。ここを教えてくれた情報屋の野郎、情報料をふんだくりやがった上に妙なこと言ってやがった。『贈り物の精霊』について詳しく聞かされたかと思うと、最近この街の付近で瘴気が漏れているらしいとかな」
 しかしミレドが聞いたことはあくまで『贈り物の精霊』の存在自体の話で、この街に出没することまでは聞いていなかったらしい。
「その情報屋にお主が――というかワシらが利用されたというわけか」
 それに気付いたことにより、冒頭から機嫌が悪かったらしい。
「ああそうだよ! 考えただけで腹が立つ!」
 でもブラックサンタたちからお金貰っただろ、とは言いづらく、エンは差し当たりのない言葉を選んだ。
「でも、今の光景が取り戻せてよかったじゃないか」
 子供たちの無邪気な笑顔。それを微笑ましく見守る親たち。
 それに対して文句を言うつもりはないのか、ミレドは渋々黙り込んでしまった。
「やあ、皆さん! こちらにいらしたのですな」
 活き活きと声をかけてきたのは、サンタクロースにあってくることを依頼したギルド員の男である。箱を複数持って笑っている姿は、昨日の慌てふためいている顔つきとはまるで違い、まるで子供たちの笑顔が伝染したかのようだ。
「どうしんたんだ? 報酬はもう貰ってるし、手続きも終わらせたよな?」
 報酬額はなかなかのもので、ミレドが払ったという情報料分を取り戻せるかもしれないほどである。
「いえいえ、実は今朝、これが置かれていましてな。どうやら、サンタクロースから皆さんにプレゼントだそうです」
 ギルド員はそう言って、持っていた箱をそれぞれに渡す。箱にはエンたちそれぞれの名前が書いてあり、箱自体はブラックサンタたちが使っていたものと類似している。
「また爆発とかしないだろうな……」
 プレゼントが貰えた事は嬉しそうだが、エードは警戒しているのか、他の者が開けるまで様子見を決め込んだようだ。
「オレのは……なんだ、この紙切れ?」
 逆にまるで警戒しなかったのはエンで、最初に箱を開けた。中身は紙切れだが、それを見たギルド員がほほぉ、と声をあげた。
「それはこの街のレストランの招待券ですな。それがあれば無料で食事を楽しめますぞ」
「へぇ、せっかくだし食いに行くか」
 しっかりとメンバー全員分がある辺り、気兼ねする必要はなさそうだ。
「ワシはコーヒー豆か」
 ファイマの箱には、中々手に入らないコーヒー豆が入っており、しかもそれはコーヒー好きの者たちの間では貴重とされているものであったらしく、ファイマは嬉しそうにそれを取った。
「む。しかし何故、ワシがコーヒー好きと知っておったのじゃ?」
 これも精霊の力なのだろうか。ともかく深く追求することではないと割り切ることにした。
「私は……調合薬の材料、のようです」
 ルイナは無表情だが、どことなく嬉しそうだ。ブラックサンタである間の記憶もあったためか、材料のほかにメッセージカードが入っていたらしく、それには『この材料を使えば妙な副作用を起こさずに済みます』と書かれていた。
「……さすがに金一封とかじゃねぇのか」
 残念そうに言ったのはミレドである。彼の箱には栄養ドリンクが入っており、どうやらミレドはお疲れ気味と判断されたらしい。
「ま、ありがたく貰っておくぜ」
 それでも欲しかったものには変わりないのか、ミレドはそのプレゼントを受け入れた。
「…………私の箱の中身――」
 爆発しませんように。そう願いながらエードは、ついに自分の箱を開けた。
「…………」
 爆発はなかった。
 まずはそれに安心したのだが、中身を見た途端、エードは目が点になってしまった。
「こ、これは……」
 エードがいきなり複雑な表情になったので、皆が彼のはこの中を見やる。
「これって……研磨材か?」
「研磨材じゃのぉ」
「研磨材だな」
「研磨材、ですね」
 エードの箱の中身。それは研磨材であった。
「何故……」
「それで白金剣(プラチナソード)とか白金鎧(プラチナメイル)とかをしっかり磨けってことじゃないか」
「そうだろうが……なんだか、私のプレゼントだけずれてないか?」
 幼少の頃から憧れていた本物のサンタクロースから貰ったものが研磨材とはこれ如何に。
 しゃん、しゃん、しゃん、と、豊かな鈴の音と共に、サンタクロースたちの笑い声が聞こえてきたように思えたのは、感傷に過ぎなかったのだろうか。

〜fin〜



作中でもちょこっと書きましたが、同じクリスマスを題材としている、
『清しその夜……』とは独立した話となっています。
久々に五人の冒険書きたいなとか思ったら、こんなんになりました。
思っていた以上に長くなりました。もっと短く終わるつもりだったんですけど……。
エードが何かと不幸役になっているのは気のせいではないと思います。
ブラックサンタに関して、これはDQ7に登場するモンスターです。
サンタ繋がりでちょうどよかったので。
今回、街の名前は明確になっていません。
考える暇がなかったとか、それっぽい場所がなかったとかなんですけど。
タイトルもねぇ。『贈り物』って言葉を使いたかったんですが。
それと同時に『聖夜』って単語も使いたかったんです。
見ての通り、外伝は全て五文字なんですが、聖夜の贈り物だと一文字オーバー。
仕方ないので、現在のタイトルに渋々変更しました。
これの前は『聖夜の進物』っていうタイトルだったんですが、なんか語呂的にあれだったので。

 

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