-清しその夜……-




 冷たい風がよぎる。それは、冬の寒さを表していた。
 歌と賑わいの都トラペッタ。そこに『炎水龍具』のメンバーは四大精霊探しの途中、休息のために訪れていた。
「なんだエード。晩飯は栗で済ますのか?」
 炎水龍具の一応はリーダー。赤髪が珍しいエンの発言である。それに対するは、金髪の美形男。エンがエードと呼んだ男だ。
「違う……。誰が栗で済ますと言った? 私が言ったのは、クリスマスだ!」
 宿の食堂に、エードの声が響く。いつも騒いでいるのは、だいたいがこの二人である。
「で、何だよ。そのくりすますってのは」
「私の生まれ故郷、ストルードにある伝統行事だ。ストルード国を作った奇跡の英雄王、イエイス・キリストルを敬う、大事な行事なのだ」
 エードの眼は、どこか遠くを見ているようだ。恐らく、目には見えずとも故郷を思い浮かべているのだろう。
「それがどうかしたのか?」
「あぁ。それが数日後でな。対したことはできぬが、せめてこの国でクリスマスを過ごしたい。そこでだ、しばらくこの国の滞在する」
 リーダーが相手なのだから、滞在を希望する、と言うのが普通だが、エードはエンを毛嫌いしているので、強引にそう言った。反論は許さないという意味を含めて。
「まぁオレは良いけどよぉ。皆はどうなんだ?」
 まずエンが視線を向けた先には、エンとは違う青髪をした女性がいる。名をルイナと言い、エードが惚れている相手だ。
「私は、構い、ません」
 何故か途中で区切るルイナは、反論することは滅多に無い。毎回、エンが決めたことに素直に従っている。
「ワシも良いぞ。せっかくじゃ、この芸術の町でクリスマスを過ごすのも悪くない」
 まだ若者と言える年代ではあるが、少し話し方に年よりを連想させる黒髪の男の名はファイマ。特徴として、眼が細い。開けているのかどうか解らないほどで、とりあえず瞳が見えないほどだ。
「俺様はルイナ様が構わないって言うならそれに従うだけだ」
 感じの悪い不良のような男の名はミレド。盗賊ギルドの暗殺者ではあるが、ある事情でルイナの手下(?)になってしまっている。そのため、主の決定は己の決定としているらしい。
「んじゃ決まりだな」
 本来、この国には休息を取るつもりで来たのだ。少しのんびりするのも悪くは無い。


 次の日。
 宿に止まって、夜が過ぎ、当然、朝が来る。
「……ん、ぁ……」
 特に前触れも無く、エンは眼を覚ました。
「おはよう、ございます」
 目を開けると、ぼやけた視界ではあるが、声とぼやけた髪の色で誰だかがすぐに解かった。青髪は仲間に一人しかない。ルイナの顔がそこにあったのだ。
「うーす。おはよー。ルイナ……ってぇ、おい……」
 身を起こそうとして、自分の身体に異変があることに気付く。起き上がろうも起きあがれないのだ。
「なぁんで、オレはベッドに縛り付けられているんだ?」
 顔を動かし、左右の手と足が、ベッドに括り付けられている。これでは動けないのは当然である。
「……新作が、できま、した」
 ルイナの手には、いつのまにか紫色をした丸薬が存在していた。ルイナの言う『新作』とは間違い無くそれだろう。そして、何の新作か。それは考えずとも、エンは一瞬で理解した。また、新しい調合薬ができたらしい。
「や、止めろルイナ! つーか止めて! 止めてください! 実験台は嫌だぁぁぁぁぁ!!」
 泣き叫びながら束縛から逃れようとしたが、しかしルイナの縛りは完璧で、逃れられる事などできはしない。
 エンの必死な抵抗も空しく、その薬はエンの口に投げ入れられた。

 宿の寝室からふらついた足取りで食堂に向かう。今ごろ、他の三人が食事を取っているはずだ。エンは吐き気を我慢し、二階から一階へと降りた。
「え、エードはいるかぁぁ?」
 昨日と同じ食卓に、仲間はいた。しかし、彼の言ったエードの姿は見当たらない。
「なんじゃ、エン。またルイナに一服盛られたのか?」
 ルイナの調合薬を完全に毒薬と認識しているファイマが面白そうに言う。現に、エンの今は『毒』の状態にあるのだが。
「エードならさっき出ていったぜ」
 ミレドの言葉に、エンは力を無くし、膝をつく。
「……ファイマ〜……キアリー使えなかったかぁ?」
「残念ながら、ワシはキアリーを使えぬ」
 数多い種類を扱うファイマだが、キアリーだけは修得していないらしい。
「ミレドぉ。毒消し草を召還してくれぇ」
「ハァ? 俺様が? なんでテメェのために?」
 ミレドは盗賊ギルドで仕込まれた『道具召還』が使える。キメラの翼や薬草、毒消し草を召還することができるのだが、さすがは俺様思考。エンのために精神力を一でも消費したくはないらしい。
「じゃぁどうしろってんだよぉ……」
 朝から顔を真っ青にし、エンはその場にへたり込んでしまう。他の客から見れば随分と奇妙に見えるだろう。
「しかたないのぉ。ほれ」
 ファイマがコインを一枚投げ、エンがそれを危うい手つきで受け取る。
「……五十ゴールド硬貨じゃねぇか……」
「道具屋に行って、毒消し草でも買ってこい。その五十ゴールドはくれてやろう」
 毒消し草の値段は十ゴールド。五十ゴールドあれば、おつりが来るほどだ。
「さ、サンキュー。……道具屋って、どこだ?」
「……中央広場だ」
 昨日、この町に訪れた時は夜だったので、そこは開店していなかった。それゆえにエンは昨晩、気付かなかったのだ。それに比べ、ミレドはさすがと言うべきか、この町の構造を理解しきっているらしい。
 そんなミレドに感心する間もなく、エンは毒で倒れそうな身体を動かして道具屋へと向かった。

「う、売り切れぇ?!」
 道具屋は確かに中央広場にあった。それなりに近かったので、すぐ楽になれると期待したのだが、結果は無残なものになってしまった。
「えぇはい。再入荷予定日は明日なのですが……。お急ぎでしたら、教会で解毒の治療をしてもらってはどうですか?」
 どこの教会でも、解毒の治療はしているはずである。しかも、毒消し草を買うより低額の値段で治療をしてくれる。今は、資金は大して関係ないので、とりあえず解毒ができればなんでも良い。
「この町の教会はどこにあるんだ?」
「そこの階段を登ったところですよ」
 道具屋の主人が指差した階段は、決して短いと言えるものではなかった。普段なら難なく上がれるだろうが、今の毒状態にある身体に、この階段は辛い。辛過ぎる。
「……く……」
 エンは気力を振り絞り、階段を上がった。まるで高い山を登る覚悟をしているかのような顔だ。通りすがりの老人が驚いた顔をしていたのは気のせいではないだろう。
 ようやく辿りついた時には、エンは目眩さえしていた。教会が見えているにも関わらず、身体が上手く動いてくれない。どうやら、ルイナの今回の『新作』とやらは、麻痺効果もあるのか、それとも毒が強力だったのか……。とにかく、危険な代物で、失敗には変わりないだろう。
 あと少しの距離を歩こうとしたとき、近くの武具店から知っている男がひょっこりと現れた。エンが最初に求めた相手で、『炎水龍具』の一員である。
「え、エード! ちょうど良い所に! キアリーを、か……け――」
 最後まで言い終えることができなかった。毒のせいで言葉が出ないというわけではない。エードがエンの言葉に耳を傾けず、いや、エンがそこにいるということを知らないまま、走り去って行ってしまったのだ。
「キアリーを……かけてくれ……」
 もう見えない相手に、エンは歯切れが悪かったのか、とりあえず言おうとしたことを最後まで言った。意味などないが、とりあえず言ってみたかったのだ。そのあと、教会まで何とかして歩き、解毒をしてもらった。

 宿へ戻ると、そこにエードの姿はなかった。
「まだエードはいねぇのか?」
「いや、先ほど帰ってきたが……。またどこかへ行ってしもうた」
 ファイマは困ったような顔をして腕を組んでいる。目の前に、彼の好きなコーヒーが置いてあるが、既にカップの中身は空に近い。
「二階にある『冒険者ギルド』に行ったあと、走り去っちまったんだ」
 ミレドなど、昼間にも関わらず酒を煽っている。エンならば昼間から飲めば、二日後の夜まで二日酔いが続くだろう。
「ふ〜ん……。ルイナは?」
「買物に行くってよ」
 ミレドはルイナの部下みたいなものだ。だが、さすがに買物にまでは付いていかないらしい。女性しか入れないような店もあるからだろう。
「……オレはまた寝るかなぁ。毒のせいでかなり体力を消耗しちまったし……」
 一歩歩く度に体力の消耗が激しかったのだ。今の体力はかなり低下しており、まだ昼だというのに疲れが重い。今から眠れば、夜辺りには完全回復するだろう。

 夜。
「エードが、まだ帰ってない?」
 今はルイナも卓を囲んでおり、エンが起きたので今は四人。全員、さすがに心配になってきたらしい。ルイナはどうか知らないが……。
「……ったく、世話のやけるやつだ……」
 ミレドが悪態をつきながら、二階へと向かう。酒場と冒険者ギルドがそこにあり、エードは恐らく、冒険者の仕事を斡旋してもらったのだろう。巨額な資本を持つエードが、今更誰にも言わず資金稼ぎなどするはずがないと思っていたが、可能性はある。そしてその可能性は、真実であった。
「魔獣討伐の仕事を請け負ったらしい。場所はこの町の南東だ」
 ミレドが聞き出した情報は、魔物の討伐という、モンスターバスターにとって一般的な仕事だ。エードは『炎水龍具』の中で唯一のモンスターバスター。この仕事を適任とでも思ったのだろう。それに、モンスターバスターは冒険者と違い、魔物を倒せば、魔物はゴールドや宝石に変化する特殊効果を秘めている。さらに冒険者の店から報酬を貰えるので、資金稼ぎには都合が良いのだ。
「行くしかねぇな」
 エンは立ちあがり、鎧を身に纏う。ファイマに創ってもらった、炎の鎧だ。
「魔獣か……。相手にとって不足無し!」
 ファイマがニヤリと口の端を歪める。どうやら、強そうな相手だと興奮するらしい。
「……」
 ルイナは無言で立ちあがった。いつも通りではあるが、闘う意志はしっかりと感じられる。
「面倒……」
 ミレドはやる気がないようだが、ルイナが行くとするならば彼も必然と行くことになる。
 一人いない『炎水龍具』のメンバーが、全員でトラペッタを出ていった。

 冒険者ギルドで聞いた場所に辿りついたのは、もう夜も間近なころだった。普通ならば、昼に出れば、夕方までには戻って来られるような距離ではあるのだが、エードは片道だけで半日を費やしている。その理由は、道を間違えたのだ。海ガ見える崖に向かおうとしていたはずが、気付けば滝が流れる洞窟に辿りついていた。慌ててエードは来た道を戻り、ようやく来る場所に来たら、夜になっていたというのが現状だ。
 歩いてきた林が、途中で途切れている。自然的ではない、明らかに不自然な途切れ方だ。周囲の木は、燃やされ、強引に切られている。切れた痕跡から見て、斧のようなもので切られている様子。炎に斧。まるでエンみたいではあるが、これを成した人物は人ではない。魔物、魔獣と呼ばれているものだ。
「……いた……」
 いなければよかった、などと今更思う。痕跡を見ただけで、力に差があると悟っていたが、ここまでくれば後には引けない。
「魔獣……ドランゴ……」
 冒険者ギルドで聞いた、魔物退治の仕事。それは魔獣ドランゴという名を持つバトルレックスの退治だった。見ればなるほど、並のバトルレックスより巨大で、魔獣と言われるのも納得できる。
 ドランゴがエードの気配を察したのか、普通の瞳に、殺気という気が篭もる。
「"がぁぁあっぁあぁぁ!!"」
 真っ直ぐ、エードに向かっての直進。もう逃げられない。
「……相手をしてやろう!」
 エードが、白金剣を抜き放つ。夜に一筋の光が一閃した。
 先制攻撃ができたのはドランゴ。大きく振りかぶった大斧を、縦一直線に下ろす。
 それを何とかかわしたエードは、目の前にある斧を持っている腕を斬りつけた。
「くぅっ!」
 刃が通らず、エードの剣は弾かれてしまった。思ったより、防御力が高いらしい。このままじっとしていれば、斧の餌食になってしまうのは確実なのでエードは慌てて間合いから離れる。その間に、呪文の詠唱をしながら。
「自由なる風の精霊よ 吹き行く風の精霊よ 流れる風の精霊よ 円を描きて かの魔を砕く息吹となれ!」
 振り向き、剣の切っ先をドランゴに向ける。
「真空の渦をここに! バギマ!!」
 精霊に呼び掛け、その力を具現化。真空呪文のバギマが、ドランゴを襲う。
 だが、それの効果は大して期待できなかった。
 バギマの真空渦が、ドランゴの鱗に当った瞬間、消え去ったのだ。弾け飛んだようにも見えた。ドランゴのほうは、それに気にした様子もなく、突進をしかけてきている。
「っ!」
 バギマを弾かれた衝撃と、呪文を打った反動で身体が動かない。これでは、逃げることもできないし、避けることさえ難しい。
 ドランゴが、ハヤブサの如く攻撃を放つ。
「く、ぅぉあぁっっ!!」
 一瞬の二連続攻撃。スカラルドという、物理防御を高い割合で遮断する結界魔法がかかっている白金鎧を身に着けているというのに、エードへのダメージは大きかった。魔法が解けているということはない。今日、作成者のファイマに再び魔法をかけてもらったばかりだ。ベギラマ級の呪文を受ければあっさりと崩壊してしまう代物だが、呪文など受けていない。つまり、スカラルドがかかっている状態ではなかったら、一瞬で身体が二つなっていたということを示しているのだろう。
 エードは吹き飛ばされ、近くの崖に衝突した。衝突のダメージは少なかったが、ドランゴのハヤブサ斬りのダメージが、あまりにも大き過ぎたらしい。すぐに立ちあがる事が出来ない。
 ドランゴのほうは、さらに追い討ちをかけるためか、息を大きく吸い込んでいる。夜のせいか、それはよく見えた。ドランゴの口から、ちろちろと炎がはみ出している事に。
「! 柔らかなる炎の精霊よ 静かなる水の精霊よ 輝く光の精霊よ 我が身を包み その衣にて息吹の魔を払わん!」
 早口に詠唱を終わらせようとする。エードが使おうとしている呪文が何か解ったのか、それとも何も考えてないだけで偶然か、恐らく後者のほうで、ドランゴはそれを吐き出した。燃え盛る紅蓮の炎が、エードに向かって伸びる。
「光の衣よ、我が身を守る可視なる鎧となれ! フバーハ!!」
 光の衣がエードの目の前に集中。普段は少し遮断する程度だが、上手く使うことにより完全に遮断することができる。それが、一点集中に光の衣を出す方法だ。エードは自分自身、そのような高度な使い方をしている今に少し驚いている。助かりたいが一心のために、上手い具合に魔力が働いたらしい。
 だが、それでもドランゴの炎は強力だったのか、炎の勢いが収まる気配を見せてくれない。
「ふ、防げない……!」
 このまま、ここでドランゴに殺されるのだろうか。逃げれば何とかなるかもしれないが、逃げるようにも、ハヤブサ斬りのダメージが大き過ぎて、まともに走れないだろう。回復呪文を使えばまだ手があるが、一点集中のフバーハを使っているだけで、魔法力が減少して行く。このままでは、回復呪文すら使えなくなってしまう、という事になさえなり得るのだ。
 一度、この炎を受けてまで次の行動に全てを賭けようと案も浮かんだが、それは破棄した。一点集中フバーハでさえ防げない炎だ。行動できずに倒れてしまうだろう。
 もう案が浮かばない。いや、浮かべない。この危機的状況で、冷静な考えなどできるはずがない。
 フバーハの光の衣が、薄れ始める。
「(もうだめだ――!)」
 やがて、フバーハの光が消えた。

 じゅおぉぅううぉおおぅぉうおぉうおうぉおおぉお――
 巨大なものが蒸発する音が、五月蝿く聞こえた。それは、目の前でそれが起きたからだろう。もう少し遠くでそれが起きていたならば、興味を持って見れたし、聞けただろうに・……。
「……え?」
 生きている。エードは、自分の身体を確認した。どこも焼けていないし、燃えていない。
 見れば、目の前には大きな水溜りが湯気を立てていた。これは、水ではない。お湯だ。まるで、大きな氷を今溶かしたばかりのような……。
「ジャッジ・クルス!」
 林から、一つの影が踊り出る。踊り出た影は、そのままドランゴを十字に斬りつけた。斬りつけた瞬間に、十字架が浮かび上がり、ドランゴは明らかに苦痛の鳴声を上げた。
「気合溜め+ドラゴン斬り=」
 いつの間にか、ドランゴの足元にバンダナを巻いた男性が立っていた。一般人には見えない、闘気と気合というものが、見えるほど溢れていた。
「気龍斬!!」
 気合溜めと、ドラゴン斬りの連携技。龍属性に有効な技を更に高めた技が、ドランゴを襲う。
「"ぐぎぃぃぅがぁぁぁぁあああぁぁ!!"」
 二度の攻撃を受けて、しかも二度目の攻撃は己ら龍にとって最悪の攻撃だ。苦痛を感じないはずがない。
「おっしゃぁ! テンション上がってきたぜぇ!」
 最後に、斧を持ち上げた(ドランゴではない)男が、ドランゴに向かう。その斧は炎を模したように荒々しく、大きい。それを自在に操れることができるのは、世界に一人。
「『斬龍』のぉぉ――!!」
 近くの岩に跳び移り、そこからさらに跳ぶ。大きな跳躍をし、それはドランゴの胸板まで跳びあがることができていた。
「フレアード・スラッシュ!!」
 炎を纏った火龍の斧特有の秘技。フレアード・スラッシュ。付ける言葉によって効果を変えることができる、万能な技だ。
 三度目の攻撃で、ドランゴはようやく沈黙した。まだ死んではいないようではあるが、気絶しただけだろう。
「ふぅ……」
 火龍の斧を担ぎ、一度、皆との所へと戻る。
「いやぁ。危なかったな、エード」
 斧を担ぎ、エードに向かってくるのは言うまでも無くエンである。
 最初にドランゴへ一撃を与えたのはミレド、連携技を使ったのはファイマである。
「皆……」
 そして、エードを炎の息から救ったのはルイナである。彼女がヒャダルコで相殺させたのだ。
「ったくよぉ。あんなデカ物相手に一人で挑もうなんてバカだろテメェは」
 皮肉と悪態をつくミレドは、本気でエードをバカにしているのだろう。怒りを通り越して呆れている。
「まぁよかったではないか無事であったんじゃ」
 ファイマの言葉で、今更、エードは本当に自分が助かったと実感した。
「……まだ生きて、いま、すよ……?」
 妙な所で区切るルイナの言葉に、ビクリとエードはドランゴのほうを向く。確かに、気絶からさめたのか、ふらふらとした足取りで周囲を見渡している。
「とどめは……エード。お前がさせよ。お前が受けた依頼だろ?」
 エンは火龍の斧を消し、エードの背を押した。別に悪意があるわけではないが、エードはこの時、心底エンを恨んだだろう。さきほど、バギマも剣も効かなかった相手だ。今更どうしろと……。
「……」
 最後の一撃を譲ってくれたのは嬉しいが、手段がないのであれば、どうしようもない。先ほど、エンがあのまま倒してしまっていれば、このようなことにはならなかったというのに。
「(……まてよ……)」
 一つだけ、思い当たるものがあった。詠唱が長過ぎて実戦で使えるかどうかはわからないものではあるし、魔法力も大量に消費する。そこまでして、エンのビッグ・バンより威力は劣るので使うことはないと思っていた技が、一つだけあったのだ。
「試して、みるか……」
 ドランゴがこっちに気付き、走ってきたとしてもまだ間に合うかもしれない。やるならば、早急に開始しなければ間に合わないだろう。それゆえに、エードは決心を固めて詠唱を始めた。
「流れし風の精霊 輝きし光の精霊 自由を求めし風の精霊 闇を移ろう光の精霊 光を求めし風の精霊 風を求めし光の精霊 風の中にて眠りし破壊の精霊 光の中にて眠りし崩壊の精霊 汝ら、我が名に従え 我が名は聖なる騎士の其也 聖騎士の名において命ずる 我に従え、従わせるための契約と盟約 それは我が祈り 我が祈りが届き来たならば従うことを命ずる 我が祈りは 汝らに届く――」
 まだ詠唱の途中ではあるが、ドランゴがエードから発せられる魔力に気付き、本能的にそれが危険なものと感じ取ったのか、鳴声を高らかに突進を開始した。
「祈りを込め 我は汝等に問う 我が命に従うか、従わぬか 後者に値するというならば、我はさらなる祈りを込めようぞ――」
「(間に合わない――!)」
 もう少しで詠唱が終わると言うのに、ドランゴの突進の速度は明らかに詠唱が終わるまえにエードに届くことを伝えていた。
 本当に、もう駄目だと思った瞬間――。
 ドランゴの動きが止まった。見れば、水の蛇のようなものが、ドランゴに巻き付いている。関節が動かせられないのか、ドランゴは動こうにも動けていない。ルイナの持つ、水龍の鞭。使用者の意志より自由自在に形が変わるそれは、上手い具合にドランゴの動きを封じることができている。
「(今だ!)」
「我は祈りが届いたと確信したり! 精霊たちよ、感謝する 交錯する光 爆発する風 全てが交わる瞬間 それは破壊の風と崩壊の光!」
 エードの手に、強い光が宿る。
 そのまま、エードは祈りを込めて十字を描いた。
「祈りの十字よ魔を祓へ! グランド・クロス!!」
 強い光が、夜闇を照らし出した――。


 七〇〇〇ゴールド。
 それが、今回の報酬金額であった。さらに、エードはモンスターバスターという職であり、それは魔物を倒すと、魔物が硬貨に変化するというお得な職業だ。エードがトドメをさしたおかげで、ドランゴは見事、宝石に変化を遂げた。そして、魔物の銅貨さえも落とし、それを売り、合計で一〇〇〇〇ゴールドという巨額な金額になった。
「結局、その金でどうするつもりだったんだ?」
「……秘密だ!」 
 エンが聞きだそうとしても、エードはそれの一点張り。ルイナに頼んで、聞いてもらおうとしたが、あいにくルイナはまた買物へ行ったらしい。

 そして、夜。
「メリー・クリスマス!」
 誰かが言った言葉と同じに、クラッカーが弾けて、パン! という音を出した。
 『炎水龍具』が囲んでいる食卓には七面鳥の丸焼きやケーキが豪華に飾ってあった。これは、全てエンの手で作った料理だ。エンはファイマからクリスマスに合う料理を聞き出し、宿の厨房を借りて作った。このとき、厨房にいる料理長でさえ、エンを料理人にならぬか、と聞くほどの素晴らしい料理さばきだったらしい。
 シャンパンを開け、ワインを飲み干し、その時は優雅に過ぎていった。
「お、見ろよ。雪が降ってやがるぜ」
 ワインを一人で大量に飲み、顔が赤くなっているミレドが窓を指差す。たしかに、ちらほらと雪が落ちていた。
「うぅ……。どおりで寒いと思ったぜ。オレは寒いの苦手だからなぁ。雪も苦手だ……」
 エンだけが、この雪に対して何も思っていないらしい。ルイナはどうだろう。無表情ではあるが、何かしらの感情に浸っているかもしれない。
 全員、とりあえず外へ出て、雪の降っているクリスマスを直に楽しんだ。唯一、エンだけは室内で暖炉に当っていたが。
 もちろん、外に出ているのはエン以外の『炎水龍具』メンバーだけではない。町人や、行商人も外に出てきている。特に行商人などは、さすがというべきか、皆が外に出てきていると解った瞬間、仕舞っていた商品を並べて売り出したりしている。
「あ、あの、ルイナさん?」
 エードが、他の二人に気付かれないようにルイナを呼び、ルイナは不思議そうにエードを向く。その仕草といい、立ち振舞いといい、それ全てがエードにとって愛しく思えた。
「こ、これ……クリスマスプレゼントです。よかったら、受けとって貰えませんか?」
 エードは酔ってもいないというのに顔を赤らめ、小さな箱をルイナに差し出す。初対面のときなど、いきなり嫁なってくれと言えたのに、今ではプレゼント一つ渡すだけでも緊張してしまう。
 ルイナはその箱を受け取り、中を開けた。中身は、一つの指輪だった。紫色の水晶が填め込んであるそれは、破毒の指輪という、毒から身を守る特殊な指輪だ。クリスマス特別セールとかで、この町の武具店が期間限定で仕入れたものらしい。エードはこれを買うため、一人で資金稼ぎをしたのだった。
「ありがとう、ございます」
 今思うと、ルイナに礼を言われたのは初めてではないだろうか。とにかく、エードはその言葉で歓喜の頂点にまで辿りついたような感じがした。
「……やれやれじゃのぉ」
「ったく、普通に渡せねぇのかよ」
 それをいつのまにか、物陰からファイマとミレドが見ていた。エードは気付いていないようだが、ルイナは気付いているだろう。何も言わないのは、あとでエードをからかってやろうと思っているからだ。
「そ、それにしても、クリスマスに雪が降るなんて。都合が良いと言うか、ロマンというか……。ねぇルイ、ナ……さ、ん?」
 礼を言われた事で緊張が高まったのか、とりあえず何として会話をしようと努力したエードだったが、振り向いた瞬間に、そこにルイナがいないことに気付いた。どうやら、独り言になってしまったらしい。それを見ていた二人は、笑いを堪えようとして必死だったとか。
 一方、その場から離れたルイナは、室内に戻っていた。
「ったくよぉ。雪なんてつめてぇだけじゃんか。オレはあぁいうのが苦手なんだよぉ。ほら、斧が上手く握れねぇだろ。仕事としても、寒いのは苦手なんだ……」
 と、ぶつくさ独り言を暖炉の火を相手に言っているエンの所に、ルイナはいた。
「……エン……」
「ん? おぉ、ルイナ! どうした?」
 いきなり現れたルイナに驚く事もなく、エンは普通に返事をした。他の人ならば、驚いて暖炉に倒れかけたかもしれない。その様子を、ファイマとミレドが今度は窓の外から見ていた。
「……これ、この間、はスミマ、センでした……」
 そう言って、ルイナは一つの箱を取り出す。エードから貰った箱とは、別のものだ。
「なんだこれ? 開けて良いのか?」
 エンは気軽に受け取り、ルイナはエンの質問に軽く頷いた。
「……指輪?」
 箱は違っても、中身は同じ。ルイナから渡されたのは、紫色の水晶が填め込まれた指輪である。破毒の指輪以外の何者でもない。
「そ、そんなっ!?」
 ルイナを追い掛けてきたエードが、それを見て愕然とする。ルイナも同じもの買っていた事実か、それともルイナがエンにプレゼントを渡した事か……。
「阿呆だな」
「うむ。阿呆じゃ」
 それを、窓から見ていた二人は同じことを思っていたらしい。
「あ? どうしたんだエード?」
「……なんでもない……」
 がくりと手を地に付けてうな垂れているエードにエンは問い掛けるが、エードは気の抜けた返事を返した。いつもならば、「勝負しろ! 決闘だ!」と言うかもしれないエードではあったが、そのようなことをする気力さえ持って行かれたらしい。
「まぁいいか……」
 エンはそれ以上、エードのことを気にせず、ルイナから貰った破毒の指輪をつける。
「ありがとな、ルイナ」
 にこりと笑い、ルイナは笑いこそはしなかったが、エンには笑っていたように見えた。
 そして、こっそりとルイナはエードから貰った指輪を、エンがつけた所と同じ場所に付ける。誰が見てもペアルックだ。
 どうやら、エードは必死になって、この状態を貢献してしまったらしい。
「これで毒を、受けずに、新作が、試せます」
 ピタリ、とエンの動きが止まる。
「お、おい。ちょっと待てルイナ……」
 不安と身の危険を感じたエンは、すぐに付けた指輪を外そうとした。だが、外れない。
「……外れねぇ?!」
「ちょっと、した細工、を……」
 その言葉で、エンはガタガタと震えだす。
「い、嫌だぁぁああぁぁ! 実験はもう嫌だぁぁぁあぁぁ!!」
 エンは泣き叫びながら、冬の町を疾走した。教会で呪いを解いてもらおうとしたが、これは呪いではなく、『細工』らしい。魔法的なものでない限り、教会でもこれは処理できないとか。ということは解呪魔法のシャナクでも無理だろう。
「……阿呆じゃな」
「あぁ。阿呆だ……」
 それを見ていた二人は、同じにそう呟いた。
「……クリスマス、プレゼント、です」
 一瞬だけ、ルイナの唇が動いて笑顔が作られたが、それは誰も知らず終いであったという。


〜fin〜




メリー・クリマスマース! ということで、短編です。
なるべくエイトの要素を取り入れまくった話になりました。
初期設定ではマーディラスかロマリアだったんですが……。
トラペッタに変更したためドランゴの話も出せました。
完全オリジナルはこの辺が便利だ!(ぉ
なるべくエード主体。
この話だけエードが主人公。
でもやっぱりエンが活躍しますよねぇ。
ぱっと見ると、その存在だけで活躍してくれてます(個人的に
オチもエンが飾ってくれました。最後はルイナですが。
本当はもっと違うエピソードだったんですよねぇ……。

例えば、
名を上げている悪党が『炎水龍具』に襲いかかり、あることで動けないメンバーたち!
何故か動けるのはエードのみ! 闘いを拒み、逃げようとするエード!
しかし、ルイナを助けるため、その悪に立ち向かい、グランド・クロスを放つエード!!

というエピソードが初期設定でした(なに
ドランゴはミレド、ファイマ、エンがあっさり倒して、↑に繋げてもなんとかなるんですが、
話が長過ぎるんですよね。そうなると。
そのため、ドランゴにとどめをさすという、おいしい役をエードにやってもらいました。

で、指輪。いえ、実際のエイトは売ってませんよ?
でも、まぁ、ね?
初期設定はただの祈りの指輪。
でも破毒の指輪にすることにより、
実験の伏線っぽいのが(?)上手い具合に消化できたので……
それにしても……。あまりタイトルって関係ありませんでしたよね?(ぉ
まぁとりあえず……
そんなわけ(?)で、みなさんメリー・クリスマス!

 

戻る