-18章-
KUMO



「“久しぶりだな。勇者と呼ばれし者よ”」
 重い、魔王の声が響く。
「お前は僕が斃したはずだ」
 動揺していないはずはない。それでもロベルは平静を装い、伝説の勇者の剣――ロトルの剣を構えた。
「“簡単なことよ。貴様が倒したのは我が半身……ただの偽者だ”」
「だったら、ここでお前を斃す!」
「“お前は力を過信してはいないか? もう仲間はいないのだろう”」
 仲間――その単語を聞いて、ファイマはふと思い出した。
 魔王討伐を成したのは勇者ロベルを合わせて合計四人。『英雄四戦士』と呼ばれるその四人は『勇者』ロベル、『剣神』ディング、『大賢者』リリナ、そして『武器仙人』。その四人が協力してこそ、魔王討伐を成すことができたのだ。
「あの頃より、力をつけたつもりなんだけどね。それに、彼らじゃないけど、仲間と呼べる人はいるさ」
 それはエンたちを指している。実際には、今のエンたちの戦力に期待はしていない。だが、異世界の人間という未知の力を秘めた彼らなら、何かしらの光明が見出せるかもしれない。それに、魔王に戦うためには少量の力でも戦力を必要とするのだ。
「“フ……今日はお前と殺りあうつもりはない”」
 灰になったキガムに手を翳すと、灰はキガムの元の形を作りになりかけた。なりかけただけで、元通りというわけではない。しかもそこから変形をはじめた。
「“キガムよ。今一度、おまえに命を下す。この者たちの抹殺だ”」
 そう言うと、ジャルートの姿が薄れ始めた。
「待ちやがれ……っていうか、オレの真聖のオーブ返せぇ!」
 エンが再びリングに上がって叫んだ。この中で、というか世界で一人だろう。魔王相手にこのようなことを言えるのは。
「“さらばだ。また会おうぞ、ロベルよ。そして……”」
 最後に、魔王はエンを見た。それにはロベルも当のエンも、後ろにいたルイナとファイマもとわかった。
 魔王の姿が完全に消え、エンはようやくキガムの変形に気づいた。

 それは、足が八本。その足に微妙な毛がついており、その足を繋ぎ止める体には黄と黒の模様が。
「く、くくクモォォぉォォオオおおオーーーーー!?!!?」
 それはまさしく巨大な蜘蛛だった。ラヴェリーが鳥を恐がったように――いやそれ以上の脅え方でエンはそのまま叫びながら無意識に逃げ出した。その身体はガタガタと震え、歯はガチガチと鳴り、顔は恐怖という感情が独占している。しかも壊れたリングの破片で転び、そのまま気を失ってしまった。
「ルイナよ……なんとなく予想できるんじゃが、まさかエンのやつ……」
 その光景を見て、呆れながらもとりあえずファイマは確認した。
「ええ。蜘蛛が、嫌いなんです」
 ルイナは平然とうなずいた。
 ロベルもそれを見ており、呆れというか、期待していたのを裏切られたというか、自分自身が情けなくなった感じがした。
「殺す……与えられた使命は……抹殺。殺すころすコロスこロす!!」
 そんなエンの滑稽な姿にも関心を持たず、キガムは虚ろな言葉を繰り返していた。だが最初は自我があったのか自らに与えられていた命令を復唱していたが、次第に言葉とは言えないものに変化していた。

「虫みたいなやつだから、エンのバーニングアックスがあったほうが有利だったんだけどな」
 そう言いながら、ロトルの剣から一瞬で炎の剣へと変える。
「ワシも助太刀いたそう」
 ファイマは虫系に有効な武器、インセクトキラーに武具変換している。
「すみませんが、お願いします」
「いやいや。伝説の勇者殿と共闘できるんじゃ。これほど嬉しいことは滅多にありまぬぞ」
 それを見て、ロベルは一瞬、何故か昔の感覚を思い出した。魔王討伐のあの頃を……。
「ロベル殿。メラゾーマかベギラゴンは使えますかな?」
 ファイマに聞かれ、ロベルはふと過去を思い出すのを止めた。今は、キガムを倒すことを優先させねばならない。
「ベギラゴンなら習得しているけど……」
 勇者といえども、全知全能というわけではない。強力な攻撃魔法は仲間が覚えていたので、ロベルは専ら剣を得意としていた。だが一人旅をするようになって魔法も次々に習得したのだが、極大呪文となると扱える数は少ない。
「では、ワシはメラゾーマを使うので、ロベル殿はベギラゴンを使ってくだされ」
「………なるほど」
 メラゾーマとベギラゴン。それでロベルは思い当たるのがある。それをわかったのか、ファイマも口が笑っている。
「では、いきますぞ」
「ああ!」

 この間に蜘蛛と化したキガムが、なんの行動もださなかったわけではない。
 ただ、ルイナのあの水鞭により、普通の水に見えるそれに縛られて身動きができなかったのだ。
「世界に熱をもたらす炎の精霊よ」
「この世に光をもたらす火炎の精霊よ」
 ファイマとロベルが、同時に呪文の詠唱をはじめた。
「我、今ここに汝に願う。汝の力を持ちて、彼の者に大いなる焔を。極大なる火柱を」
「我、汝に今願う。汝の力を使い、彼の者たちに力ある火炎を。極大なる閃光を」
「メラゾーマ+」
「ベギラゴン=」
 二人が手をキガムのほうに向け、その手から巨大な赤い光の渦が発生する。
「「メゾラゴン=v」
 二人が同時に呪文を唱えた。

 赤や青や橙色へと変色する炎の塊がキガムにあたる寸前、キガムがムチの束縛から開放された。だが、開放されたところに、連携極大閃光火炎呪文――メゾラゴンが直撃する。
 ベギラゴンよりも強い閃光を放ちながら、メラゾーマよりも激しい火柱がキガムを襲った。
 それが消えた跡に、リングの上にはキガムなど存在していなかったかのように消滅していた。
「ふぃ。ちとやりすぎじゃったか」
 ファイマの言葉通り、キガムだけではなくリングも半壊している。それほどこの魔法は強力だったのだ。
 
 ちなみに、エンはずっと気絶していた。

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