-7章-
大会登録



 人々が賑やかに行き交い、安売りを伝える大声が響き渡り、値段を少しでも値切ろうと交渉する者がいたり、聞き慣れない言葉で話す者がいたり、食べ歩きをしている者がいたり、真昼間から酒を飲んだりしている者もいた。
「やっぱこの世界って不思議だよなぁ」
 エンが真新しい鋼の鎧を調整しながら呟いた。
「僕にとっては、全て常識なんだけどね」
 会った時の鎧を外し、魔法の鎧を着ているロベルが言った。
「いいでは、ないですか。大金になった、ことですし」
 身躱しの服を着ているルイナが、やはり無表情で言う。エンの手には大金の入った袋が握られていた。

 人面樹を倒した後、目的地を決めようとしたが、なにせ手掛かりが何一つ無い。とりあえずエンとルイナの防具を買いに、近くの街までやって来たのだ。
 ここ、バーテルタウンはかなり大きな街で、必要なものは大抵揃えることができる。エンとルイナは少量ながらも貨幣を持ち合わせていたのだが、この世界と全く違う物だった。
 バーテルタウンの骨董屋で、エンたちの貨幣を売ると、なんと元の千倍程になって返って来た。
 そのお金で、二人の鎧、または服と防寒用のマントを買ったのだ。この大陸はやや寒冷地帯にあるとかで、外套は必需品だとか。
「アンちゃん達も、大会に出るのかい?」
 防具店の店長が、会計を渡す時に聞いてきた。
「大会……もうそんな次期なのか」
 一人で納得するロベルが、なんのことだか解らないエンとルイナに説明する。
「バーテルタウンでは、毎年に冒険者同士の武闘大会が行われるんだ。規模もなかなか、この大会の優勝者は、かなりの強者じゃないと勝ち残れないって言われてる」
「……アンちゃん、もしかしてロー君かい?」
「久しぶりですね、おじさん。忘れられたのかと思いましたよ」
 ロベルの口ぶりからすると、どうやら知り合いらしい。
「やっぱりそうか! いやぁ悪い悪い。でもなぁ、大会で5連続優勝を飾った挙句に世界の勇者までなったロー君なら、いつか戻ってくると思ったぜ! それで? 今年も出るのかい?」
「いや……僕は遠慮しておくよ」
「へぇ、ロー君なら優勝できると思うが、まぁ世界の勇者が参加しちまったら皆やる気を失くしちまうわな。――んじゃあ、そっちの二人が参加すんのかい?」
 話の流れについていけずにいたが、いきなり話題を振られエンは反射的に言葉を返した。
「と、当然だぜ!」
 しかも肯定で。せめて詳しい説明を促しいれば、もっと違う展開の話題になっていただろう。このせいでロベルの相談無しに、二人は大会に出ることになってしまったのである。
「ま、頑張りな! 二日後が楽しみだ」

「ホントに出るのかい?」
 ロベルが、やめておいた方がいいのでは、と言いたげな口調で言った。
「ああ。腕試しには丁度良いだろ」
 ルイナの希望で、今は街の図書館にいる。そこのロビーで、ロベルはエンの意志を確認した。
「じゃ、僕が登録しておくから、さっき教えた宿に戻っておいてね」
「おう!」
 そう言って、ロベルは外に出た。迷い無く目的地に向かっている所を見ると、彼はここらの地形を熟知しているのかもしれない。彼の背中は人ごみの中に溶けるように消えていった。
 ――それを何気なく見送っていたエンの視界に、一つ不自然なものが入ってきた。人ごみを灰色に例えるならそれは赤。目立つ、というよりもそれだけが浮き上がったような感じだ。
「エン……」
 いつそこに来たのか、エンの後ろにルイナが立っていた。相変わらず幽霊が現われたような感じだ。普通の人なら、気絶していたかもしれない。
「え?」
 『不自然なもの』を確認する前にエンはルイナの方を振り向いてしまい、慌ててもう一度視線を外にやる。しかし、そこにあるのは灰色の人ごみだけ……。
「ま、いいか……。で、どうした?」
 もしかしたらまだまだ知らないこともあるので、こんなこともあるかもしれないと勝手に納得して、再度ルイナの方に視線を戻した。
「これ、みてください」
「なんだ? 『世界の歴史』……?」
 ルイナから本を手渡され、ページをめくる。

――数年前、この世は魔王に支配されようとしていた。魔王の名は『ジャルート』。世界を闇と魔物だけに変えようとした、異空間を操る者。
 ジャルートは、完全に世界を支配する前に、勇者『ロベル』によって倒される。ロベルは、この世に一つしかない、ロトルの剣と、ロトルの盾、そしてロトルの鎧という三種の神器を駆使し、魔王を倒したと言われる。彼は世界を救ったのだ。そして、彼には仲間がいた。『剣神』のディング、『武器仙人』、『大賢者』のリリナだ。彼らは『英雄四戦士』と呼ばれる世界の救世主だ。
 ロベルは『真の勇者』と呼ばれるが、彼自身、その名に相応しいか旅に出たらしい。
 ちなみに、ロベルは我が街の冒険者の大会、『ソルディング大会』で十才にも関わらず優勝し、十五才になるまで5回の優勝を決めた。そして彼は旅に出て、ついに魔王を倒した。彼は我等がバーテルタウンの誇りであり、剣神ディングも同じである――自称天才歴史学者バーテルタウン町長バテル――

 後半はやたらバーテルタウンの自慢話が誇大表現で記されている。
「(ジャルート、……ジャルート? なんかひっかかるなぁ)」
 バーテルタウンのデートスポット、というようなページは読み飛ばしていたら、いつの間にか本を閉じていた。とはいえ、ロベルのことが書いてあった場所を読んでいる途中にそんなことを思ったが、気のせいだろうと勝手に納得するしか、心の靄を取り除く術はエンにはなかった。
「……ロベルってそんなにすごいのか」
 とりあえず、思考を消し、率直な感想を述べる。
「そう、らしいですね」
 そう言ってルイナは本を元の場所に戻し、他の本を持ってきた。どうやら借りるらしい。
 その手には、『呪文の習得(初級編)』と『呪文の習得(中級編)』という本があった。
「(ルイナのヤツ、あの『魔法』でも覚えるつもりか?)」
 スライムがべギラマを、ロベルがギラを使った時を思い出しながら思った。
「エン、これ、持っててください」
 二冊の本を持たされ、ルイナは再び本を取りに行った。まだ借りるらしい。
 持ってきたのは、『誰でもできる!薬の調合(上)』と『誰でもできる!薬の調合(下)』。
 そして『世界の薬』、『幻の調合法』という本だ。
 エンは、とてつもなく嫌な予感がした。
 しかもその予感は、大会中に証明されることになる。

 ――ソルディング大会次期はバーテルタウンに人が多く集まる。その人ごみをかき分けるように進むのは、先ほどエンの視界を掠めた者だった。その男の手には、一通の手紙が握られている。
「(ウィードはベンガーナと闘うことを決めた、か。手助けに俺を選ぶとは、スタンレイス殿は随分と買っているようだな……)」
 男は表情は彫像のように冷たく、それを崩さない。
「(ソルディング大会に出てみるつもりだったが……まあいいだろう)」
 表情は変わっていないものの、男は微笑を心の中で浮かべていた。
 彼の、炎の赤い髪は、やがてバーテルタウンを去り、北へ向かう。

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