-6章-
火炎の斧



 変哲のない木に顔を張りつけ、木の枝が手になっている魔物が一匹。
「魔物?! しかも、木? でっけー!!」
 スライム以外の魔物を初めてみたせいか、エンは驚きのあまりに言葉がまとまっていなかった。
「人面樹か……」
 ロベルが鋼の剣を召還しながら言った。ロベルほどの実力者になると、それくらいの武器なら無意識的に召還できるらしい。
「ちょっと待ってくれ。こいつはオレ一人でやる」
 斬りかかろうとしたロベルを、多少は落ち着いたエンが制した。
「無茶だ。君は、まだ上手く召還ができないんだぞ」
「いーの、いーの。オレって本番に強いタイプだから」
 軽い口調でエンは前へ進み出る。本番だからこそ心配なのだが。
 しかしエンはどことなく笑っていた。いきなりわけの分からない世界に飛ばされて、凶暴といえる魔物を目前にしても、彼は微笑んでいた。
「(集中してイメージを固めるんだ!)」
 軽い口調とは裏腹に、エンの心の中で強く思っていた。
「……分かった。僕は援護に回ろう」
 エンの心を察したのか、ロベルは剣を下げ、武具召還のときとは違う精神力を高め始めた。
「(できれば、ロベルが最初に使っていた剣みたいなのがいいな。えーと確か、ロベルが着てる鎧に彫ってある紋章が鍔になってて……)」
 目を閉じ、最初に会った時を思い浮かべる。
「(よし、柄辺りは、こんな感じだったな。刀身は少し曲がってたよな…)」
 完全に、とは言えないものの、具体的な構造を思い出し、頭の中でイメージを固める。
「(できた! この剣だ! あとはイメージを崩さずに召還するだけなんだよな)」
 イメージ固定に時間がかかりすぎたか、人面樹がしかけてきた。
「炎の精霊、閃光の焔となりて我が意のままに――ギラ=I」
 ロベルが閃熱呪文で最も弱い『ギラ』を唱えた。だが、相手の動きを封じることはできたようだ。木の魔物であるために炎に弱いのだろう、ギラによる炎を必死で消そうとしている。
「(あれってまさか『魔法』ってやつか? すげぇ炎だなぁ……って、いけねぇ、集中だ集中!)」
 召還する前に目を開けてしまい、ロベルがギラを唱える瞬間を見て、集中力が途切れてしまった。
このままでは、またヒノキの棒が出てきてもおかしくない。
「(炎、炎、炎、……? 違う! 火、火……これも違う! 武器……そうだ武器だ! 武器武器武器武器武器…なんか違うよな。剣! そう、剣だ!! 剣剣剣剣剣剣……)」
 何度も頭の中で繰り返し、やっと先ほどのイメージがまた固まってきた。
「(よし、できた! この剣をイメージしたまま召還するんだよな)」
 イメージが固定し、それを崩さないように召還を試みる。
「ウェコール!」
 目を開き、光が溢れる。ここまではよかった。目を開いたときに、人面樹が視界に飛びこんできて、あることがエンの脳裏をよぎる。
「(そういや…今日中に木を3本切らないと……)」
 イメージをあっさりと崩してしまった。
「(オレってすげぇバカぁーー!)」
 今更ながら、誰もが知っていることを自分の心の中で叫んだ。
 またヒノキの棒が出るだろうと思われたが、何やら違うものが召還された。まるで炎をかたどったような片刃の斧が召還されたのだ。燃え盛るように赤い刃、朱色に輝く宝玉、重量感があるものの、見た目より遥かに軽い。
「それはまさか……バーニング、アックス?」
 エンも驚いたが、ロベルの驚きも大きかった。無理もない。ヒノキの棒しか召還できなかったエンが、『伝説級』の武器を召還したのだから。
「いける!」
 直感的に勝利を感じ取ったエンは、バーニングアックスを振り上げ、人面樹に突進した。
 いくら相手がギラのダメージを負っていたとはいえ、まさかここまでできるとは思わなかった。たった……そう、たった一回降っただけで、人面樹はキリカブお化けのように真っ二つになったのだ。
 しかも、傷つけた場所からメラミ級の炎が上がり、そこには木炭だけが残った。

「やれやれ、ルイナといい、エンといい、君経ちは才能がありすぎるんじゃないか?」
 ロベルが感心と呆れが混じったような口調でバーニングアックスを見た。
「これは、多分『伝説級』の武器だ」
「『伝説級』?」
 聞き慣れない単語に、エンは首をかしげる。
「ああ。武器について、そこまで詳しくないけど…この世界では武器にランク、つまり『級』がつけられているんだ」
 ヒノキの棒や聖なるナイフ、茨のムチやブロンズナイフなどは『初級』または『下級』と呼ばれ、冒険者なら誰でも召還できるものだ。
 鋼の剣や、刃のブーメランや鉄の爪、ルイナの召還してみせた鋼の鞭などは『一般級』や『中級』。それなりの熟練者が召還できるものだ。
 バトルアックスや大木槌、その他の斧系、ハンマー系は『パワー級』。熟練者が自分に合うように使う武器だ。力の強い者は、大抵この『パワー級』を選び、それを極めようとする。
 魔道士の杖や理力の杖、魔力の込もった杖系を『魔道級』。『パワー級』と逆に、力の弱い者は、『魔道級』のを極めようとする。こうしたものを一まとめにして『上級』とも呼ぶ。
 はぐれメタルの剣やオリハルコンの牙、魔獣の爪やグリンガムの鞭、そしてエンのバーニングアックスなどを『伝説級』。
 最もランクの高い、幻の武器のことだ。冒険者は誰もが『伝説級』を求め、精進するものだ。
「……それを、オレが生み出したのか……?」
 信じられないという表情で、自分の精神から生まれた斧を見る。
 その中央に、はめ込まれた宝玉は、朱色にいつまでも輝いていた。

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