-3章-
消える者
村で一番大きな屋敷。その屋敷の中で、怪しく水晶玉を光らせる老婆。その前には、髪が随分と薄くなってきたヒアイ村の村長が座っている。
「どうかのぉ?」
待ちきれず、頭の薄い村長は聞いた。水晶玉の光が消えると、老婆は一息ついて、村長に告げた。
「大丈夫じゃい。今年も豊作だ」
どうやら、今年の収穫を占っていたらしい。
村長も緊張がほぐれ、次期村長のこと――髪のこともだが――を気にし始めた。
「豊作はいいのだが。そろそろ村長の立場を、若い者に譲るべきなのではないだろうか」
「ほぉ。お主がそんなことを言うとは……火山が噴火するのではないか?」
からかうように――からかっているのだが――笑い、火山の方を向いた。
「で、誰が良さそうかね?」
さっきの笑いが嘘のように、顔が真剣になる。
「良さそうな者が、二人ほどおるのじゃが……」
「エンとルイナか……」
村長が言わずとも、占い師には解った。というより、村の者なら誰もがそう思うだろう。
「うむ。もし、あの二人が合わさった者なら、完璧なのだがの……」
嘆息まじりに村長が言う。それも、村の者なら誰もがそう思うだろう。
エンの行動力と指揮力と熱意と優しさや人望、
ルイナの知識と記憶力と判断力と冷静さ……この特徴が合わされば、正に完璧な人間だろう。
「ちぇー、俺じゃないのかぁ」
出し抜けに声をかけられ、老人二人は心臓が飛び出るのではないかというくらいに驚いた。
「なんだ、ナグではないか」
当のエンの友人である。狩りを主としている彼は、悠々と『占い部屋』に入ってきた。
「いやぁ、占い師のばっちゃんにさ、狩りの方の具合も聞きに来たんだ。さっきの豊作っていうの、畑のことだろ」
「安心せい。しばらくは狩りも大丈夫であろうよ。お主が、狩人としての掟を破らぬ限りな」
掟と言っても、一定量以上を狩ったり、繁殖期は控えめにして、子供を宿している獲物は逃がすというものだ。それをナグという青年は破った事もないし、破る気にもなれない。
「じゃあ安心していいみたいだな。ところで、時期の村長の話でもしてたのかい?」
「聞いておったのだろう?」
「まぁ少しは……ていうかほとんど聞いてなかったけどね」
村長に問われて、ナグはいたずらっぽく笑った。たまたま聞こえてきた内容を推察して出し抜けに声をかけたのだが、まさか当たっていたとはナグ自身驚きである。
「けど大変だよな。村長もばっちゃんもさ。どうするんだ? ばっちゃんの占いで良い方選ぶ?」
まるで景品を見定めるように言うナグに、占い師の老婆と村長はただ苦笑した。
「傾向は占いでわかる。だがどちらが村を治める者として優秀かは、占いではわからぬよ」
「それもそうだよな」
あっけらかんと言うナグのおかげで、つい笑ってしまった。どこか重苦しい雰囲気が、彼がいてくれることで少しは和らいだようだ。だがその途端、いきなり屋敷の扉が勢いよく開かれた。
「た、大変だ! エンと、ルイナが…」
扉を開いたのは十三歳ぐらいの少年で、息を切らしながらその場へ倒れこんだ。
「ワキ! どうした!?」
ワキと呼ばれた少年は、誰より足が速いので、村の中の伝達係として知れ渡っていた。
そのワキが、異常なほど混乱しており、説明するにも、何がなんなのかさっぱり解らない。
「もう少し落ちつけ。ほれ、鎮静剤じゃ」
占い師がどこからともなく差し出した薬を一気に飲みこみ、大きく深呼吸する。これがもし、ルイナの薬ならためらっていただろう。
だが、占い師がヒアイ村の薬剤師も兼ねているのは誰もが知っているとして、この老婆がルイナに薬の調合法を教えたという真実を知るものは少ない。
「ふぅ……だいぶ落ちつきました」
「それで、なにがあったのだね?」
「実は……」
――約一五分前。
「なんだよ……ありゃ?」
「し、知らないよ。今日来たら、こうなってたんだ」
スラスラの森にやってきて、まず確認したのはまだスライムが眠っているかだった。しかし、昨日の落とし穴をのぞきこみ、エンは首をかしげる。
「ルイナ、これ、なんだか解るか?」
「…いいえ」
ルイナも少し見た後、結論をだした。ルイナでも解らないとすると、一体何なのだろう。
穴の中には、熟睡しているスライムではなく、空間がゆがんで見える青い渦に変わっていた。
「ただ、『寝ムールSP(スペシャル)』の、せいでは、なさそうです」
それはそうだろう。もしそれが原因なら、今エンはどうなっていたことだろうか。
「それにしても、あの渦のせいでスライムがいるのか分からねぇな」
「降りて、みます?」
「……そうだな」
少しためらったが、まぁ大丈夫だろうと踏んだのだ。
エンとルイナが飛び降りると、少し穴が大きくなったように感じた。穴の深さは3m程度。
横幅はエンとルイナが入ると、かなりきついぐらいだったはずだが、今ではかなりの余裕がある。
「なんなんだよ、これ」
エンが渦に近づくと、渦は急に回転速度を速めた。
「スライムは……やっぱりいないみたいだな」
渦の変化などお構いなしに、エンは穴の中を調べた。
出ようかとした時、やっと渦の異常に気付いた。が、すでに遅かった。
「なんだ!?」
「……」
一瞬、稲光がエンとルイナの右腕を貫いたかと思うと、急に意識がなくなっていった。
「エン?」
シンやほかの少年たちが、そんな馬鹿な、という表情で穴の中を見つめていた。
その時間は、何時間にも感じられ、何秒にも感じられた。
「――ワキ! 村長に連絡しろ!!」
永遠とも思われたその場で、やがて一人が声をあげる。
それに引っ張られるかのように、次々と自分の意識を取り戻す。
ワキが弾かれたように走りだし、村長の屋敷に伝えに行く。
エンとルイナが消えた、と。
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