-20章-
船上の劇場1
〜初依頼〜



 明らかに鑑賞用と解る宝石を埋め込んだ、煌びやかな鎧を纏い、同じく綺麗な宝玉を柄に埋め込んだ剣を構えて、彼は言った。
「世を汚す悪党どもよ。今すぐ引くというなら命は取らぬぞ」
 気障というか、演技でもしているかのような台詞を言った若者を囲む、黒バンダナの海賊風情が三人。
「うるせぇっ!」
 その一人が、斬りかかった。
 だが、最初に台詞を言った赤髪の若者は、その剣を一瞬で海賊へと振り下ろす。
「ぐはっ!」
 しかしその剣は当たらなかった。当たらなかったが、海賊の一人は呻きながら倒れたのだ。
 続いて、残りの二人も、当たってもいないのに、振るっただけでその場に呻きながら倒れた。
「ふん。命を粗末にしよって……。それはさえおき、急がねば……」
「(なんでオレがこんなことしなくちゃならねぇんだ?!)」
 台詞と同時に、全く違うことを、エンは心の中で叫んでいた。
 何故こうなったかは、二日前のことだった。


 流れ行く雲。波に揺れる船。その船の甲板で、水平線を眺めるエン。
 隣に同じく無言で眺めるルイナ。
「船って思ったより揺れないな」
「そう、ですね」
 大型の船ということもあるが、初めて乗った割には全く酔わないのだ。酒には弱いくせに。
「……暇だ」
「そう、ですね」
 最初は船の中を探検していたが、数時間もするとやることがなくなったのだ。
 朝に船が出向して、今は昼少し過ぎ。やることもないので、森育ちなので見るのは珍しい水平線を眺めているのだ。それも、今は飽きかけている。
 どうせだから船内レストランの主にでもなってやろうかとさえ思ったのだが、この客船に乗っているのは貴族ばかり。タキシードやパーティドレスを優雅に着こなしている人間ばかりで、レストランもそういう人種向けにできている。さすがに場違いな気がして、レストランに居座るのは居心地が悪いのだ。
 だからこうして水平線を眺めているのが現状であり、他にやることは特に思いつかなかった。
 
「あの〜……」
「あと六日間、ずっと暇なのかなぁ」
 後ろから呼ばれたのをエンは思いっきり無視した。
「あの〜〜……」
「暇だなぁ……」
「あの〜〜〜……」
 三度目の正直。しかしエンはあえて無視。
「呼ばれて、ますよ」
 ルイナが指摘してもまだ無視。
「あの、ちょっと!!」
「ああ、気付いてた」
 ようやく水平線から目をそらして後ろを振り返る。
 そこには主に緑だが、黄、赤、青、橙、白、という多くの色をした服を着込んでいる、中年太りっぽい四十代の男性が立っていた。
「気付いていたのに無視していたのですか?」
「いや、なんというか、呼ばれることなんて滅多にありそうに無いから……」
 自分たちのような者が呼ばれることなど、あるのかどうかが疑問なので、呼ばれても自分たちではないと思っていたのだ。そう思っていたこともあるが、何か厄介事に巻き込まれそうな雰囲気だった。関わりたくはなかっただけである。
「で、アンタ誰だよ?」
「申し遅れました。私、メルメル・メーテルスという者です。テルスと呼んでくだされ」
 右手を左胸に当て、ぺこりと頭を下げる。その所作一つ取っても、もしかしたら貴族なのかもしれない。
「これでも『メーテル劇団』の団長をやっております」
 一礼をしたので、つられてエンもとりあえず礼をした。
「そんな人が、オレたちになんのようだ?」
「ええと、実はですね」
 にこやかに説明をしようとしたテルスの顔を見て、エンは嫌な予感を覚えた。
 そしてそれは、すぐに当たることになる。

「あなた達に、明後日の劇に出演してもらいたいのです。もちろん、依頼としてです」
 演劇に興味はない。しかし、いきなり出演しろと、この男は言った。
 冒険者としての初依頼がこれだ。
 しかも――。
「ちなみに主役で」
 しかも、そんなことを目の前の中年男性は言ったのだ。


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