-2章-
ヒアイ村




「お前なぁ、変なことになったらどうしてくれんだよ!」
 怒っているのはエンで、怒られているのはルイナ、場所は自宅。
「よかったじゃ、ないですか、なんとも、なくて」
 ルイナは怒られているという事を認識していない口調で――いつもと変わらない――お茶を飲みつつ答える。
「ちくしょう! なにがただのホットミルクだ。あの睡眠薬まぜてたんだろ!」
怒っても無駄なのだが、やり場のない怒りを貯めこむよりはマシだ。
「罰として、食事係を……いや、洗濯……ダメだ。掃除……ああもう! やっぱりなにもしなくていい……」
 ルイナに食事係をやらせると、何を食べさせられるかわかったものではない。洗濯にしても、汚れを一瞬で消す『落ートスH(ハイパー)』だといって、服が爆発(!)したときがあった。掃除も、埃をなくす『ソージW(ダブリュー)』だといって、床が溶けたこともあった。今日、エンが無事なのは幸いなことだろう。

 エンとルイナは、たった二人で生活している。兄弟という類ではなく、生まれた時と同じ日に親をなくし、幼馴染みということもあったルイナとエンは、二年前から同じ場所で生活を始めた。もちろん、それまでは育ての親がいたのだが、それもちょうど二年前に死んでしまった。
 エンは5歳の頃から樵の仕事を始め、今では若きベテランである。仕事もするが、今日のように、少年少女たちと遊ぶこともある。
 ここ、ヒアイ村は、小さな村で毎日が平凡だ。ヒアイ村の子供にとって、小さい頃に最も刺激的なのは、魔物の存在と近くの火山だろう。
 火山は、活動自体はしているが、この村ができた時から噴火していないらしい。
 それから魔物といっても、最弱のスライムが近くの森に少し生息しているくらいだ。猫にいじめられるほど弱いから、スライムは安全だ、というのがヒアイ村の考えだった。
 なぜ今日捕獲したかというと、スライムを上手く仕事の手伝いに使うことはできなか、または何でも良いから使えないか、ということで実行したことだ。
 村の少年少女たちは、エンに人望があったのか、ただ好奇心なのか、快く協力してくれた。

「では、明日の準備をするので、邪魔しないで、くださいね」
 そう言って、ルイナは自分の部屋へと戻って行った。扉がしまると、どこで拾ってきたのやら、『手術中』のランプが点く。
 ルイナは物心がついたときから、ああだった。色々な薬を調合しては、エンや他の村人達に試している。エンが樵の仕事なら、ルイナは調合薬の仕事だった。平和の村とはいえ病や怪我も多く、薬剤師は必要なのだが、不必要な薬を作っては試すルイナの行動に頭を悩ませる者は少なくない。
 しかしそれせいか、彼女は頭が良い。大人より知識が豊富で賢く、今日の作戦もルイナが考え、着地地点を割出したのもルイナだ。
 そういえば昔、疲れを取る、『回ふ9(かいふく)』だと言って、飲まされると、皮膚の色が緑色に変色した時もあったが、もしかしたらそれも計算済みだったのではないだろうか。
「……まぁいいか。無事だったし」
 昔のことを思い出すたびに、何事も無かった今日がどれだけ幸運だったかが思い知らされる。
「明日中に、木を3本切らなきゃな……」
 スケジュール表を見ながら、嘆息する。スライムの研究もしたいが、仕事もある。
 昔なら、だいぶ慌てていただろう。今のエンなら、十数秒もあれば、木を一本切ることが可能だ。
「スライムの方が先でもいいよな」
 一分足らずで仕事は終わる。そう考え、研究を優先することに決めた。
 なぜ今日のうちにしなかったかというと、単にそこまで頭が回らなかっただけである。
 人は、それを馬鹿と呼ぶこともあるが……。

  エンは早々に就寝し、明日を待つ。その間、ルイナの部屋で、なにかが一瞬で蒸発するような音や、爆発するような音がしている。いつものように、それを聞きながらエンはまどろんでいく。

 スライムが生息する森『スラスラの森』。
 森の中の落とし穴で、十分なほど熟睡しているスライムが、急に目を覚ました。眠気から完全に開放されると、今度は急に顔が青ざめ――元々青いが――、いつも笑っている表情が恐怖の色に変わる。
 穴の中なのに、必死で後ろへ逃げようとする。どうやら、正気を失ってしまったらしい。
 そして、さっきまで熟睡していた場所に、稲光が迸った。
 バチバチと音をたて、それは激しくなっていく。
 やっとスライムが穴の中にいることに気付き、ジャンプして脱出。
 そのまま森の奥へと逃げ込んでいった。
 稲光が収まり、音も消える。そこに、青白い空間が見える渦を残して。
 それは、エンたちが来る数時間前の夜明けのことだった。

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