-17章-
魔王降臨



 ソルディング大会は優勝者のみが表彰される。
 そのため、ルイナとファイマはいまだにリング外に残っていた。
「それでは、ただいまより閉会式兼表彰式を始めます」
 ゆったりとアナウンスが流れるが、エンとしては早めに終わらせてほしい。なにせ、まだ腹部から血が流れているのだ。早く治療をしたい。
「優勝者のエン選手には、真聖の宝珠(オーブ)が贈られます」
 そう言われて受け取った物は、握り拳一つ分くらいの宝珠で、青白い輝きを放っている。
「この道具は、とある冒険者から寄付されたもので、具体的な効果は判別しておりませんが、魔法道具らしいことは確かです」
 それはそうだろう。これだけ苦労してガラス玉というオチはやめてほしい。しかし主催側もよく解かっていないというのは、なんだか気の抜ける話だ。
「(結局、これってなんだろうな)」
 自問してみるがわからない物はわからないのだ。考えるだけ無駄だと判断する。
「それでは、皆さん今大会の優勝者に大きな拍手を……」
 お願いしますと言おうとしたのだろう。だが、その声は他の声で遮られたのだ。
 そしてこの時が、最悪の悪夢の始まりであり、暗黒の世界の再来でもあった。

「“困るな、それは我が貰う物だ”」
 低く、おぞましい声。会場は決して狭くはないが、遥か空高くから降り注ぐ『声』は、全ての者が聞いた。
「“まさか我の部下が負けるとはな”」
 その言葉に、ふらふらと立ち上がったキガムが、身を震わせて懇願する。
「な、なにとぞ! なな、なにとぞ、お、おお、お許しを!!!」
「“負けは許さんと言ったはずぞ”」
 ついに、声の主が現れた。青い長髪に、人間に近い体躯を持ち、一見美男子のようでもあったが、それを否定するのは鋭く尖った耳と、二本の角と、異常なまでに青白い肌。そして、その殺気、その威圧感、その瘴気。
 エンとルイナを除いた者全てが、信じがたい表情でその声の主を見ている。
「“使い物にならぬ奴はいらん”」
 手をキガムのほうに向けると、キガム自身が一瞬にして闇の炎に喰われた。
「お、お許しを!! ―――様!! ジャルート様ぁぁぁぁぁーー――」
 最後にキガムが自身の主人の名を叫ぶ。その名は、魔王という形を持った闇の絶望。

「ジャルートだ! 魔王ジャルートだぁぁぁ!!」
 観客の中で一人が叫ぶ。その言葉に、時が止まったように静まり返った……のは一瞬のことで、弾けるように皆は逃げ出した。
 魔王が滅びたというのは数年前、その恐怖が人々から消えるには、あまりにも時間が少ない。
「“逃げるがよい。そして世に伝えよ。我が復活したことを。再び闇が世界に舞い降りた事を”」
 大声を出しているわけではないが、それは会場にいた全員に聞こえた。
 それにしても、こういう場合の人間たちは他人を労わるということを知らんのか。邪魔だからと他人を押す者、こけた者をそのまま踏んで行く者、わざわざ会場を壊してでも通路を作ろうとする者。
 優しさという言葉が似合わない光景だ。
 それの数十分後、会場に残ったのは突き飛ばされたり、踏みつけられて動けなかったりで気を失った者を除き三人。
 エンとルイナとファイマの三人である。
「“これさえあれば……”」
 そういうジャルートの手には、いつのまにか真聖の宝珠が握られていた。
「あっ!? テメェ! それオレのだぞ! 返しやがれ」
「“……我にそのような口をきくとは、余程の実力者か、それとも世間知らずか?”」
「両方だっ!」
 そう言って、エンはバーニングアックスを召還し、魔王に斬りかかった。
「エン、よせ! 無理じゃ!!」
 ファイマの忠告も聞かず、エンは特攻を仕掛ける。それでも、バーニングアックスは魔王の体に触れることさえできなかった。
 カインっ!
 そんな音がした。魔王の体に触れる前に、バーニングアックスがその音ともに、前へ進むことができなくなってしまっていた。まるで、その間に見えない壁でもあるかのように。
「うわっ?!」
 続いて衝撃波のようなものがエンの身体に襲いかかり、リングの外――ルイナとファイマの後ろまで吹き飛ばされた。
 キガム戦で負傷しているにも関わらず、魔王に立ち向かうというのは無謀というものだ。
「“ふむ。だが、いや、なるほど”」
 ぼそりとジャルートがそんな言葉を呟いたが、誰も聞いてはいないし聞こえてもいない。
 とりあえず何かしなければと、ルイナがムチを召還し、続いてファイマもデーモンキラーを召還する。
 このデーモンキラー、攻撃力そのものは低いが、闇に属する魔物に全て有効という優れものだ。
 だが、互いが動く前に、誰もいなくなった通路から、一人の若者が飛び出した。
 その若者は目の覚めるような青い鎧を着込み、鍔に不死鳥を模った剣を持っている。
「大いなる雷の精霊よ 我が声に応えよ 勇者の御名に従え 我は命ずる その力、悪夢を切り裂く豪雷となれ 彼の邪悪なるものに聖なる雷を 闇を裁く大いなる雷を――ギガデイン!!」
 勇者のみが使える電撃魔法デイン。それの最高位と称されるギガデインは虚空により現れ魔王へと落ちる。それを放ったのは当然、ロベルである。
 だが不意をつき、ギガデインの直撃を受けて、なおかつジャルートは、不敵の笑みを浮かべていた。

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