-15章-
決戦開始



 翌日の真昼。エンとキガムの試合開始時間はとうに過ぎていた。
 だが、キガムはリング上にいても、エンの姿はない。
「え〜、十五分以内にエン選手が姿を現さなかった場合、この試合はキガム選手の不戦勝となります」
 アナウンスが入った瞬間、観客席からブーイングの嵐が巻き起こる。決勝で不戦など、面白くないからだろう。
「(くくく……無駄……ムダだ。ヤツは来ない。優勝は――いや、アレは我が物なり!)」
 キガムは既に勝った後のことを思い巡らせ、短いようで長い一分を待った。
「……十五分が経過。この試合………」
 審判が告げようとしたときだった。選手用入口から、何かが回転しつつリングに飛んできた。
「あれは……まさか、そんな馬鹿な!?」
 冷静だったキガムが、激しく動転した。
 回転しながら飛んできた物体はヒノキの棒で、それが光を発し、形を変えた。それは正しく、エンの得意武器であるバーニングアックスだ。バーニングアックスに形を変えた瞬間、真下のリングに突き刺さる。まるで、キガムの行く道を阻むかのようだった。
 そして入口から現われたのは、真新しい鋼の鎧とマントを身につけ、山彦の帽子をかぶったエンだ。
「まだ勝利宣言も、敗北宣言も終わってないんだろう? 今から始めようぜ」
 エンが悠然とリングに上がりながら審判とキガムに言った。
「え? あ! は、はい! それでは! ソルディング大会決勝戦!! 初出場にして決勝にまで上がった炎戦士のエン選手対、これまた初出場にて、全て不戦勝。幸運な魔道士のキガム選手……始め!!」
 決勝にまでなると、互いの紹介文がつくらしい。
 合図と共に、観客席が歓声の嵐に包まれる。エンを応援する者、初めて実力を見るキガム選手を応援する者。どちらかというとエンの応援が多い気がする。
「さて、始めるか!!」
 リングに刺さったままのバーニングアックスを、エンは無造作に引き抜き構えた。
「その前に聞きたい。どうやってあの結界を破った?」
「イオラ一発で消し飛ぶなど、脆い結界じゃのぉ」
 それに答えたのは、エンではない。先ほどエンが通ってきた入口に3人の人影が現われる。ロベル、ルイナ、そしてファイマの3人で、キガムに答えたのはファイマである。
「だが……あの眠りからは簡単に抜け出せぬはずなのだが?」
「ワシには、知り合いに僧侶がいてな。覚醒呪文(ザメハ)を頼んだのじゃよ」
 またもやファイマが答える。キガムはローブで顔を隠しているが、相当悔しさと怒りに満ちた形相だろう。
「おい! 今の相手はオレだぜ!」
 エンがいつの間にか目の前に迫っており、隼斬りを放つ。
「こうなったら……我が力を全開にして戦うしかないな……」
 隼斬りは確実に入り、ニ筋の炎がキガムを焦がす。だが、全く痛みを感じた様子はなく、独りで何かを呟いているだけだ。
 何度も、何度も斬りつけたが、キガムは平然と立っている。
「なんなんだよ……こいつ」
 さすがのエンも焦り始め、一旦離れる。
「……これだけのダメージとはな……くくくくく……勝つのは我だ!!」
 キガムが言い切ると、余りにも強い殺気がエンを襲う。肉体的なダメージはなに一つないが、強すぎる殺気で肌がびりりと震えた。

「(………まさか!?)」
 ロベルもその殺気を感じ取り、嫌な予感がした。その殺気は、まだ弱いながらもよく知っているものの気と同じだったからだ。少し考え、リングとは逆の方向へ走り出した。
「ロベル殿! 何処へ行かれる!?」
 ファイマの問いには答えず、ロベルは走り去ってしまった。


次へ

戻る