-14章-
炎戦士VS魔法戦士



 土煙でエンの現状がわからず、ファイマはただ立っていた。
「やりすぎたかの? 死んでなければいいのじゃが……」
 若い割にはじじくさい言葉を使うファイマは、いつのまにか剣を召還し、勝利を確信したような笑みを浮かべながら、土煙が消えるのを待った。
 土煙が消えかかった時、黒い影が映ったかと思うと、俊敏な動きでエンが飛び出した。
「うぉりゃーー!!」
 ファイマが迎撃態勢に入る前にエンのバーニングアックスの刃が一閃した。
「ほぉ……。ワシのイオラを二発食らって、無事とは。しかも、この鎧に傷をつけるとはのぉ」
 精霊の鎧に一筋の亀裂が入っていたが、ダメージ自体は少なかったようだ。
「無事なわけねぇだろ! 頭はガンガン、足はフラフラ、おまけに体中が焼け焦げちまったよ!」
 エンの姿を見ると、マントは焼き切れ、足だけではなく腕からも流血し、体中が焼け焦げている。しかも鋼の鎧は全体的にヒビまで入っているではないか。なんとも悲惨な状態で、満身創痍もいいところだ。
 だがファイマはその姿を見て……いや、エンというよりも鎧を見てどこか残念そうな顔をしたのは何故だろうか。
「ふむ……おもしろい。お主とはいい勝負ができそうじゃ」
「なんだと?」
「正直いって、今年のソルディング大会は平和ボケをしてしまい、強き冒険者を決定するなどできぬ。本来は二週間以上はかけて行う大会も、たった数日で終わってしまう」
 魔王ジャルートが滅びた今、人々は平和に慣れ、わざわざ危険なことをする必要もない。
 魔物がいてこその冒険者だ。
 魔物も少し存在するが、『少し』では冒険者は少なくなる一方である。
「どうもフヌケばかりでな。見掛け倒しの輩までおる。だがお主は違う。おもしろい勝負ができそうじゃ」
「オレもアンタが気に入ったよ。なんか一回戦から弱いやつばっかりだったしな。確かにおもしろい勝負ができそうだ」
 両者が離れる。互いの間合いから離れるためだ。どうやらエンとファイマは意気投合したらしい。
「魔法戦士ファイマ。参る!!」
「……炎戦士エン。いくぜ!!」
 少し考え、出した名前は炎戦士。両者が見事なまでに同じ速度で地を蹴った。

 ファイマが召還している剣は、死んでも死ぬことができず、この世をさ迷う魔物を浄化させる『上級』の武器、ゾンビキラーである。
 両者の剣と斧がぶつかり合い、高らかな金属音を上げる。ここでバーニングアックスの特殊効果が発動。メラミ級の炎が燃えあがる。
「ほお、その斧の効果か」
「そうらしいな」
 両者がまた離れる。もう一度勢いをつけるためだ。
「力溢れる精霊よ、我が剣に宿りてその力を存分に使うがいい!」
「(魔法!?)」
 さすがにエンも独り言のようなものが呪文の詠唱だと気付き始めた。だが、それが何の呪文の詠唱かが解ればもっと良いのだが。
「不可視の刃となれ――バイキルト!!」
 ファイマの剣に金色の光が宿る。
「さぁ、行くぞ!」
 ファイマが再び攻める。今度はエンが少し遅れてしまった。
 両者の刃が触れ合う前に、ファイマの剣に炎が纏いつく。
「火炎斬り!」
 ゾンビキラーの刃とバーニングアックスの刃がぶつかり合い、二つの炎が中心で巻き起こる。
「な、なんだ……さっきまでと、力が違う!?」
 一撃目は両者がともに互角の力であったが、バイキルトを唱えたファイマは先ほどの二倍になっている。力が違うのは当たり前だ。
 力負けし、エンが後ろへ退いた。かといって、このまま負けるわけにはいかない。
 何度も打ち合い、その度に二つの炎が渦巻く。
 両者とも直接なダメージは受けていないが、強力な二つの炎に体力を奪われていった。
 それが、何度続いただろうか。ある時はエンがまともに攻撃を受けてしまいそうであり、ある時はファイマが直撃を躱し損ねそうになりもした。歓声があがる中、観客席までもが発生する熱に影響されてきた。
「(もうそろそろ限界じゃな。次で決めないと、ワシが危ない)」
 攻撃呪文のイオラを使えば簡単に勝てるだろうが、相手は魔法の類を使わずに、それを防ぐ術も持っていないようだ。そんな相手に攻撃魔法で勝つなど、ファイマの騎士道精神が許さないらしい。
 相手は最初にイオラを二発もくらっているし、こっちはバイキルトも唱えている。勝てる。勝てるはずだ。
 だが、そこで新たな思考が入ってきた。
「(こやつ、イオラを二度も受け、バイキルトをかけたワシと打ち合い、炎に体力を奪われておるというのに……何故立っていられるのじゃ?)」
 イオラの煙から出てきたとき、既にエンはふらついていた。しかもバイキルトをかけたファイマと打ち合い、力負けをしたのは最初の一回で、あとは互角に渡り合っていた。
 いきなり、エンが恐ろしく思えてきたが、ファイマは目が細いので、表情が読み取りにくいのが幸いし、エンは気付いていない。
「(もう……限界だ…。次で決めねぇと、負けちまう)」
 エンも似たようなことを思っていた。勝てるかどうかわからない。だが勝たなければいけないのだ。
 両者の動きが構えたまま止まる。お互い、次で決まることを覚悟したようだ。
 エンはバーニングアックスを握り直し、ファイマを見据える。
 ファイマは大きく息を吸い込み、気合いを溜める。
 両者が同時に、地を蹴った。

「バイキルト+火炎斬り+気合い溜め=」
「うおおおおおお!!」
 ファイマが呟き、エンが吠える。
「双炎気斬!!」
「隼斬り!!」
 両者が同時に声を上げる。
 連携技のファイマに対し、エンは普通の技。誰もがファイマのほうが勝つと思っただろう。だが、結果はエンが勝ったのだ。
 ファイマの身体に炎が纏いつく。バーニングアックスの特殊効果だ。
 両者の刃が交わった時、エンは隼斬りの一撃目を相手の剣の軌道をそらすことに全身全霊を込めた。完全にそらすことはできなかったが、ファイマの剣が届くより早く、エンは最初にいれた亀裂をなぞるように斬ったのである。上級の防具でも、中から攻められば意味がないだろう。
 炎が消え、ファイマが倒れる。
「そこまで! 勝者、エン選手!!!」
 怒涛の歓声が渦巻く。今大会のなかで最も迫力のある試合だったのであろう。

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