-14after章-
決戦前夜
「べホイミ!」
ロベルの手に金色の光が宿り、エンの体に纏わりついた。光が消えると、ひどく残っていた火傷は見事に消えている。
試合の後、すぐにエンは倒れてしまった。ダメージが大きすぎたのだ。部屋に運ばれ、ロベルがすぐに駆けつけると同時に回復魔法のべホイミを施してくれた。
明日の相手も見ていたかったのだが、残念ながらそういう事はできなかった。
「これで大丈夫だと思うけど……。もう痛いとこはない?」
「う〜ん。痛いとかじゃねぇけど、腹が……」
「おなか、空いたんですか?」
流石はルイナといったところか、エンのことをよく解っている。
ぐぅ、と情けない音を立てながら、エンは何度も頷いた。
酒場に着いてロベルが先に忠告した。
「エン、お酒は頼まないからね」
「え〜、いいじゃねぇか、ちょっとくらい……」
「ダメだ。前みたいに酔いつぶれたりしたら困るからね」
その言葉でエンは反抗できなくなってしまった。実例があるがぎりかなわない。
エンとルイナがいた世界、ヒアイ村では一五歳で大人の扱いをうける。そのために、酒を飲んだことはあるのだが、その時も飲んだ後の記憶が無かったり、翌日に激しい二日酔いであったりもしたものだ。
しかたなく食事に専念していると、簡素な服を着た男が近づいてきた。
「ファイマじゃねぇか。傷はもういいのか?」
「ウム。知り合いに僧侶がいるのでな。回復させてもらっわい」
「知り合い?」
「うむ。武具マニア同盟の一人でな……」
「武具マニア……?」
「武器防具を愛する同盟だよ。……本当にあったんだな」
何なんだそれ、と問う前に、ロベルがこっそり耳打ちしてくれた。どおりで、戦闘中にエンの鎧がぼろぼろになったのを悲しそうに見ていたわけだ。
今のファイマは精霊の鎧ではなく、ただの旅人の服を着ている。こうして見ると、戦士というより、村の好青年のようだ。
「ワシに勝ったのだから優勝してもらいたくてな。これをお主に譲ろう」
そう言って取り出したのは『山彦の帽子』。『伝説級』防具の一つである。
断ろうとしたが、押しつけられる感じになってしまい、結局受け取ることになった。
「オレ、呪文使えねぇのに……」
その場を去っていくファイマを見ながらエンは呟いた。
少し残っていた炒め肉を胃に押し込めて水を飲み干したエンは、しばらく山彦の帽子を眺めていた。
酒場を出て部屋に戻る間、ずっとエンたちの後をつけるものが一人。フードで顔を隠し、殺気や気配を完全にまで消している。ロベルでさえ気付かないことに、その者はほくそ笑んだ。
「……エン。気をつけて、ください」
エンの部屋とルイナの部屋の分かれ道でルイナがそう言って去っていく。
「は? え、おい! 待てよ、ルイナ!!」
聞こえているはずだが、ルイナは無視して部屋へと戻っていった。
「気をつけろって……何に気をつけるんだよ……」
結局なにがなんなのか解らず、自分らも部屋へと戻る。
その様子を眺める者が、一人……。
部屋のいたるところが焼け焦げ、煙を上げている。ロベルが急いで氷の魔法を使わなければ大火事になっていたかもしれない。
「あ、あれ?」
両手を宙に掲げたエンが罪悪感を感じながら首をかしげた。呪文に失敗したのだ。
部屋に戻って、エンはロベルに呪文を教えてくれと志願した。
ルイナが数日で強力な呪文を使いこなせるようになったのだから、もしかしたら、エンも初歩的な呪文なら扱えることができるかもしれないとロベルは判断したのだが、予想外のことが起きた。
「メラを唱えて、なんでベギラマが出てくるんだ?」
呆れ気味というか、驚き気味というか、とにかくロベルは複雑な表情を作っている。
数時間で呪文を覚えるとなると、かなりハードな修行になるので、ロベルは『試し』のつもりで最下級呪文であるメラの詠唱を教えた。エンは意外にも集中力があり、メラの火球はすぐ完成しそうになった。
だが、メラの火の玉は出ずに、ベギラマの閃光が飛び出した。エンはその力を制御できず、炎があちこちに散乱し火事になりかけたのだ。
「オレが聞きてぇよ……」
情けない声でエンが答えた。
「とにかく、まだ力を制御できてないから、明日の試合で使っちゃダメだよ?」
「わかってる」
エンはまだ力を制御できていない。今回は炎が散乱するだけだったが、術者に逆流する恐れがあったり、自分の腕が焼きちぎれる可能性すらある。
「この帽子も役に立たないのかなぁ……」
そういってエンは山彦の帽子を手に取る。ファイマから譲り受けたそれは、ある意味で男と男の友情の証でもあるように思えた。だから、これに装備して戦いに臨みたかった。
「いや、それは防具としてもかなりの代物だからね。身につけるだけは良いと思うよ」
「ホントか?」
「呪文は使っちゃダメだけどね」
少し期待していたらしい。エンの顔から笑顔が消えかけた。
「ま、いいか。それより早く寝ようぜ。なんか疲れた」
それは当然だろう。朝昼に激戦を繰り広げ、そして今は慣れない呪文(しかも強力な)を使い、精神的にはボロボロだろう。相手の返事を聞かず、エンは寝台へ向かった。
「……なんだ、これ?」
そういい、エンは寝台に、しかも不自然に置かれていた紫の小瓶を手に取った。
「(まさか……)」
ある考えがエンの頭を横切った。
「(ルイナの罠!?)」
本当の答えとは全く違う考えだったが。
「どうかした?」
ロベルがエンに近づき、紫の小瓶を見る。
「……ルイナの罠か何かかい?」
二人揃って同じ考えを持ったらしい。
よく見ると、蓋がすぐに開けられそうだ。ルイナの薬にはアタリハズレが激しく、エンは密かにどちらになるかをを期待している。毎回懲りないのは、そのせいだろう。
「………」
少し考えた後、エンは蓋を開けた。すると、瓶と同じ色をした煙が部屋に充満していく。
「な…っ!?」
「これ、は……」
エンが、そしてロベルがその場に倒れ込み。深い眠りについてしまう。
それを待っていたかのように――待っていたのだろうが――ローブに身を隠した者が部屋に侵入する。
「くくく…ぐっすり眠るが良い。………ラリホーマ」
眠っている相手にさらに催眠呪文を唱え、部屋の外へ歩き出す。
部屋をでると、ドアを閉め、ローブに身を隠した物は両手を掲げる。
「強固なる精霊よ。この場に誰一人近づけぬ結界を張り、硬く、堅く、固く留まれ…………『ロ・ゼマク』!」
エンの部屋のドアに、開錠呪文である『アバカム』と対をなす呪文、閉錠呪文の『ロ・ゼマク』がかけられ、結界が完成する。
「くくく。これで我が優勝は間違いない」
そう言って、キガムは自分の部屋へと戻っていった。 |
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