-12章-
VS誘惑



「さあ、ソルディング大会も本日で第3回戦となりました! ここまで勝ち残った強き冒険者は、次の準決勝に残れることはできるのか!? 3回戦第一試合、エン選手対ラヴェリー選手ゥゥゥっ始めっ!!」
 歓声が響き渡る。今日のこの歓声はすがすがしい。昨日の『MIZU3.2』のおかげだろう。最初、体中から赤い湯気が出たときはどうすればいいか迷ったが……。
「……アンタ、女か?!」
 相手を見てびっくり。明かに女性である。
「あら? 女性冒険者も珍しくなくてよ」
 エンより年上だろうか、やけに色っぽい。というより、エンの疑問はただ一つ。
「(この女、なんで戦うのにバニースーツなんだ?)」
 相手を誘惑させる衣装だろう。観客席からラヴェリーを応援する声が上がる。もちろん全て男であるが。
「さあ! 始めましょう!!」
 ラヴェリーは鋼のムチを召還。最初にルイナが召還した武器と同じだ。
「まあいいや! 昨日暴れなかった分、今日は暴れてやる!!」
 エンはバーニングアックスを召還。と同時に走り出した。ムチ相手では離れていると不利だと判断したのだ。
「あら。結構な判断力だこと」
 余裕を見せるが、その隙にエンは近くまで来ていた。以外に速い。『MIZU3.2』の効果だろうか?
「でも残念ね」
「なっ!?」
 エンの両手両足がムチで縛られ、動きを封じ込まれる。それだけならいいが、鋼のムチが肌に食い込み血が流れ出す。
「い、痛てててててて! なんだこりゃあ!?」
 ラヴェリーはエンの後ろからムチを仕掛けたのだ。勝負を急ぎ過ぎた。
「さ、身動きがとれなくなったとことろで、いじめてあ・げ・る」
 寒気と共に鳥肌がたったような気がした。ラヴェリーの笑みは、妖艶ともいえるもので、エンとしては気味が悪かった。観客席からは、俺をいじめてくれ!とわけのわからん声援まで聞こえる。
「冗談じゃねぇ! なんとかはずれねぇのか、このムチは!?」
「無駄よ。取ろうとすればするほどくい込むわよ」
「んなこと……やってみなきゃわかんねぇだろがーー!!」
 エンは思いっきり力を込めて、ムチを外そうとした。
「いででででででででででででででででででででぇぇぇぇ」
 しかし失敗。さらにくい込んだだけである。いつのまにか入ってきたのか、カラスがエンの失敗を笑うかのように鳴いている。
 ここには天井が無いため、雨はもちろん鳥などが入ってくるなどよくあることだ。例え、それが試合中であったとしても。
 カラスは鳴きながらリングのど真ん中に降り立ち、それと視線の合ったラヴェリーの顔がみるみるうちに青くなってゆく。がたがたと震えもしているようだ。
「と、とりぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーー!!!」
 ラヴェリーが絶叫(?)しながら、カラスとは逆の方向に走り出した。かなりの鳥嫌いらしい。おかげでムチも緩んでいる。
「誰かー! この鳥なんとかしてぇぇーーー!!」
 ムチを放り出して逃げ回っている。エンとしてはありがたいが、どうしてこういう物は嫌がる者の方へと向かっていくのか。カラスは嫌がるラヴェリーを追かけている。
「いい加減に……せんかいボケェ!!」
 ラヴェリーが、キレた。さっきまでいたラヴェリーのファンもあまりの恐ろしさに黙り込んでしまっている。
 カラスを鋼のムチで縛り、投げ飛ばしたと思いきや、
「紅蓮の炎の精霊よ。その熱を閃光と化し、熱焦にて彼ものを焼き尽くせ!」
 呪文の詠唱が終了し、ベギラマの呪文が放たれる。それはカラスに直撃し焼き鳥に。なんともまあ残酷なことをしたものである。
 残酷だが試合中である。鋼のムチを使ったという事は、エンを縛っていたものが消えている。
「ボケはあんただったな!」
 いつのまにか背後に回れていたラヴェリーの肩が一瞬震える。
 だが、エンもこの時迷っていた。
「(女を斬って良いのか?)」
 勝負だけを考えれば斬るほうが良いに決まっている。例え自身の道理に反してもだ。
 だがエンの場合、斬ったら斬ったで後から同姓のルイナになにされるかわからい。そして、負けたら負けたでルイナの非道いこと――実験というほうが正しい――が待ち受けている。
「(だったら…これでどうだ)」
 バーニングアックスを横向きにし、側面で思いっきり叩いたのだ。ラヴェリーは元からリングの端にいたからか、リング外の観客席まで吹っ飛んだ。
「そこまで! 勝者、エン選手!!」
 観客席が怒涛の歓声を上げる。気のせいか女が多い気がした。そして不満の声を上げるのが男ばかりという気も。

「あの時、鳥が来なかったら勝てたのになぁ」
 ラヴェリーがよろめきながら恨めしくエンに言う。
「……ラヴェリーだっけ? アンタ、カラスにウサギと間違われたんじゃねぇの?」
 それに対しエンが笑い気味に言いきるが、それは苦笑いである。それもそうだろう。ラヴェリーの右頬が、殴りつけたせいで醜く腫れ上がっているのだ。彼女自身はまだ気付いてないようだが、観客席から少し笑いが聞こえてきた(当然女の)。
「でも、今回あたしに誘惑されなかったのはアンタが初めてだよ。違う意味で誘惑しちゃいたいなぁ」
「は? 誘惑? なんのことだ?」
 鈍いというべきか、まあ異性と十七年間も同居していれば、そういう感覚が麻痺するのだろうか。
「……あたしの完全に負けね。どんな男でも誘惑する自信あったのになぁ…」
 その時浮かべた笑顔が、試合中の誘惑の笑顔とは違う、普通の笑顔だということは、さすがのエンでも気付いていた。


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