-11章-
VS盗賊



 戦士というのは、この怒涛の歓声が快いものなのだが、それを迷惑がる者が約一名。
「頭がいてぇ。みんな黙ってくれ〜〜」
 無茶な要望である。
 今日は二回戦が始まるのだが。エンは二日酔いで体調を崩し、無理をして今リングに立っているのだ。
「それでは、二回戦第一試合、エン選手対ミレド選手。始め!!」
 歓声がより一層大きくなる。
「あぁやめろ! 頭が痛い!! こうなったら、早めに終わらせてやる」
 なんとも勝手な、というより、わけのわからん理由である。
 とりあえず相手を見てみると、見た目は感じの悪い人物が立っていた。
「てめ、昨日の!!」
 そういったのは対戦相手であるミレドだ。エンは酔い潰れていて姿は見ていないが、声はなんとなく覚えている。……ような気がした。
「なんだ? オレはお前なんか知らねぇぞ」
「ざけんな! じゃあ痛い目に遭わせて、無理矢理覚えてもらうぜ。この盗賊ミレド様の名前をよぉ!!」
 どうやら盗賊らしい。
 ミレドは、永久銀(ミスリル)と呼ばれる魔法でしか加工できない神秘の金属でつくられたと言われる『ミスリルナイフ』を召還した。
「……さい」
「あ?」
 エンがぼそりと何か呟いたが、ミレドは行動に出ていた。盗賊ならではの素早さを活かし、間合いに入ろうとしていた。
「うるさいって言ってんだよ! 頭が痛くなる!!」
 エンがバーニングアックスを召還し、ミレドの疾風の如き早さ、それよりもなお速く、右上から左下へ、左上から右下へと十字に斬りつけた。
 ロベルとルイナを含む数人以外は、ただ二人が擦れ違ったように見えただけだった。何が起こったのかさっぱり解らなかっただろう。ミレドの胸元の服が十字に裂け、微量の血が出ると同時に、炎が燃えあがらなかった限り。
「勝者、エン選手!!」
 ミレドが倒れ、さらに歓声が大きくなる。勝者はこれを喜ぶが、勝ったのにそれを拒む者が約一名。
「だぁ〜〜〜。頭がガンガンする。黙ってくれーー」
 最初から最後まで、エンは巨大な歓声を拒んでいた。

 エンは試合が終わってすぐに自分の部屋へと戻った。ベッドに横になっていると、ロベルが入ってきた。
「大丈夫かい? 二日酔いの体で、よく『隼斬り』ができたね」
「知らなねぇ。無意識にやっただけだ」
「そういうところが、君の凄いところだよ」
 ロベルの言う『隼斬り』とは、一瞬の間に――常人ならば一度の攻撃の合間に二連続の高速攻撃を行う戦士の技だ。熟達した戦士しか扱えぬ斬技を、まだ戦いの経験が浅いエンが放って見せた。ルイナとは違う形だが彼もまた尋常ではない。そのことを驚くべきなのだが、本人は無意識と言い張り気にも留めていないようだ。
 エンは何気なく窓の外を見やった。寝てしまったのか、外はすでに橙色の空が広がっている。
「ルイナの試合は終わったよ」
 ロベルが椅子に腰掛け、それを証明するかのように水を持ったルイナが入ってきた。
「勝ったのか?」
 ロベルがかるく肯き、どうだったか話してくれた。昨日とほぼ同じだったが、ムチで縛ってヒャダルコで氷漬けにする。違うのは試合後に薬を使わなかったことだけだ。
 ルイナが水を差し出し、エンがそれを飲もうといしたが、手を止めた。
「……これ、普通の水だろうな」
 急に嫌な予感がしたのだ。しかもこの予感はよく当たる。ルイナは何も言わず部屋の外へ出ていった。
「……不安だな。ま、いっか」
 よくないと思うが。
 部屋を出たルイナが、扉を閉めると同時にぽつりと呟いた。
「酔い醒め薬『MIZU3.2(水三点二)』……」
 エンの部屋から悲鳴が聞こえてきたのは、決して気のせいではないだろう。


 ルイナは自分の部屋に戻り、薬の調合をしようとしたが、部屋の机の上に小瓶が置いてあるのに気づいた。明かに不自然である。
 手にとって見ると、小瓶は薄く透き通っており、中身が少し見える。瓶自体が紫色なので色は判断しにくいが粉が詰まっていた。
 「………」
 誰でも気味悪がり、開けるなどしないだろう。だがルイナはあっさり開けてしまったのだ。
「っ!?」
 無表情のまま驚いても、驚いたようには見えないが、充分ルイナは驚いていたのだ。
 小瓶のフタを開けると、瓶と同じ色の煙が舞い上がり、部屋に充満した。その煙が消える頃には、ルイナはフタを開けた位置で倒れていた。

 ルイナが倒れるのを確認して、その場を去ろうとするものが一人。
 フードをかぶり直し、邪悪な笑みを浮かべなら自分の部屋へと帰っていった。

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