-10章-
勝利の祝酒



「……君たちの世界は、本当に魔法が存在しないのかい?」
 まだ信じられないという表情でロベルが尋ねる。
「存在はするけど一般的じゃないな。全くのお伽噺みたいなもんだ。ロベルが『ギラ』ってやつを使った時は驚いたけど、異世界なら不思議じゃねぇかなぁなんて……」
 ロベルと同じく、信じられないという表情でエンが答えた。
 無理も無い。ルイナがわずか数日で呪文を、しかもそれなりに高等な呪文を使いこなしたのだ。
 魔法を扱う者は個人差によるが、長い修行の果てに、やっとホイミやメラのような低級呪文を使えるようになる。たかだか二日程度でヒャダルコを使えるなど、不可能なはずだ。
「昔から、ルイナは不可能を可能にしてきたけど……まさかこんな不可能を可能にしちまうなんてな」
 エンの言葉には、どことなく説得力というものが感じられた。

 リングでパワルが顔を青ざめながら震えていた。震えているといっても、顔以外が氷漬けなので遠くからでは判断しにくいが、それでも近くにいれば痙攣していることは容易に解かる。無理に意識があるせいで氷の冷たさを直に感じているのだ。
「ま、負けでいい! 早くこの氷をなんとかしてくれ!! 凍死しちまう!!」
 最もな理由だ。いくら身体を鍛えても、氷漬けは辛いすぎるだろう。
「パワル選手危険のため、勝者ルイナ選手!!」
 審判の声が、観客席を歓声の渦へと変化させる。普通に声だけ聞いたら、『棄権』だが、審判がわざと『危険』といったのは誰一人気づいていない。
「寒い、ですか?」
 ルイナがパワルに近寄って聞かなくてもわかることを聞いた。
「寒い! つーか冷たい! お前が術者なんだから、早く何とかしてくれ!!」
「……分かり、ました。では、これを飲んで、ください」
 ルイナは鞄から、小さな直径1cm程度のアメのようなものを取り出した。遠くで見ていたエンが、急に嫌な予感に襲われ、数分後にそれが的中したのは言うまでもないだろう。
「体が温まる、『ポッカ色Ω(オーム)』です」
「助かるなら何でもいい! 早くそれをくれ!!」
 ルイナがパワルの口の中に薬を入れると、一瞬にして氷が溶けてしまった。そこまででよかった。だが、その副作用か正作用なのか解らないが……
「ぐあぁぁあああああぁぁぁああああああ?!」
 パワルは口から火を吐き出したのだ。『火炎の息』ぐらいだろうか、リング上を焦がしている。
「…火炎草、混ぜ過ぎた、でしょうか……」
 エンには、ルイナが心の中で微笑みながらその光景を眺めているように見えた。


 その夜、闘技場に設備されている酒場。食堂も兼ねているので、エンたちは今日の勝利の祝いもかねて、ここへ食事をしにきたのだ。
 ロベルが三人分の食事と酒を頼むと、一分もしないうちにそれらは全ては運ばれた。かなりの早業だ。
「二人とも、今日の試合は凄かったな。エンはロングチェンジを成功、ルイナは高等呪文を唱えるで……」
「才能かもな?」
 上手くまとめると、エンの言う通り才能なのかもしれない。それか、この世界で育っていないからという理由も考えられるが、ルイナはともかくエンは気付きもしないだろう。
「このまま優勝してやるよ!」
 誰よりも早く食べ終わり、エンが酒に手を出したが、酔いが早く回ったのか顔が赤い。エンの場合本音かもしれないが、充分に言い過ぎである。特に、ここは選手達の酒場でもあるのだ。そんな場所で豪語したならば、喧嘩を売っているとしか思われないだろう。
「おい兄ちゃん、優勝とは大それたこと言ってるがよぉ、一回戦突破したぐらいでいい気なってんじゃねぇぞ。あぁん?」
 しかもそれを買ったのがいるとなると余計ややこしくなる。見ためからしてヤバそうな奴だ。
「聞ぃてんのかよぉ。お?」
 エンは答えない。恐ろしさで固まっているのではない。いつの間にやら酒を持ったまま、台にうつ伏せになっているのだ。
「おいコラぁ! なんとか言えよ!!」
 まだ返事がない。静かに食事をして、酒も飲み終わったルイナが静かに言う。
「……エン、すぐに、酔い潰れますけど」
「早く言ってくれ!」
 もしものために剣を召還しようと構えていたロベルが、なんとも間のいいツッコミをしてくれた。
 エンは単に酔い潰れていたのだ。そこまで強くない酒を一杯飲んだだけで、だ。
「…………」
 ずっと喧嘩腰であった奴も呆れて声が出ないらしい。そのまま自分の席へ戻っていった。
「……全く、お酒がダメなら駄目って言ってくれればよかったのに」
「私は、大丈夫、なのですが……」
 意識を取り戻した(?)のか、エンが呻き声を出しながらノロノロと顔を上げる。
「うう、なんだか頭がいてぇ……早く戻ろうぜぇ」
 なんとも元気のない声である。とてもエンとは思わない。
 エンとルイナは選手ということで会場に部屋がとってあるが、ロベルにはそんなものは無い。とりあえずロベルはエンと同じ部屋で寝るのだが、エンを部屋へ連れていく途中に、エンが何度も嘔吐しかけたのは言わないでおこう。

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