-1章-
スライム
      


 真昼の晴れた森の中、青いタマネギ型のやけにプルプルした『生き物』を、数人が茂みに息を潜めて、その『生き物』から隠れながらも見張っている。
「まだ………まだだぞ」
最初に小さな声で喋ったのは、その数人の中で最も年長で、赤い髪をした青年だった。
「わ、わかってるよ」
 それに応えたのは隣にいた人物で、返事はしたものの落ち着きがないように見える。
「もう少しだぞ……」
 その青い物体、というより生命体が、呑気にヘラヘラ笑いながら前へ進む。その先に見えるか見えないか微妙なバツマークがある。相手はそんなことお構い無しに前進し、やがて印の上にその身体が乗った。
「今だ! かかれー!」
 赤髪の青年が声をあげると、左、右、後ろの三方向から飛び出し、それを捕まえようとしたが、驚いた青い生命体はもちろん残りの逃げ道――前へと逃げだした。
 しばらく進むと、またバツマークが見えてきた。青い生命体がそれを越えると、
「今だ! D班かかれ!!」
 またあの青年が声をあげた。それに応えるように、右前と左前の茂みから、数人の子供たちが飛び出してきた。だが、あっさり逃げられまた追いかける。そのうち、足の速い者が横に回り込み、青い生命体は前しか逃げ道はなくなった。
 そして、また目印のバツマークが見えてくる。
「E班! 出番だー!!」
 前から数人がまた出てくる。完全な挟み撃ちの形になった。だが、その青い生命体は大きくジャンプし、その包囲を突破した。
 青い生命体が重力に引かれ、戻ってくる着地点には、さっきまでのとは違うバツマークが刻まれていた。そのバツマークに、見事中心に着地した青い生命体は、ズボッと、落とし穴に落ちてしまった。バツマークの場所には、落とし穴が掘ってあったのだ。

「やったぜ!」
 赤髪の青年が、感嘆の声をあげる。この作戦に参加した者達が、ぞろぞろと集まってくる。見ると、それは赤髪の青年より確実に年齢差のある少年少女だけである。
 青年は、燃え盛る炎のような赤い髪をしており、十七歳にしては、体格もがっしりしている。
 身長は180Cmといったところだろうか。 名を、エンという。
「でもさ、これ、さっきみたいなジャンプで逃げられるんじゃない?」
 そういったのは、最初、エンの言葉に応えた者である。
 みたからに臆病者だが、それでもエンや、他の少年たちと仲良くできるのが不思議だが、エンが取り締まっているからだろう。
 エンは人を差別するようなことは絶対しない。自分が馬鹿でも、それだけは貫き通してきた。そのせいか、彼の周りに自然と人が集まり、皆の関係は良好と言える。
「心配すんなって。相変わらず、シンは心配性で臆病だな。ルイナが任せとけって言ってたけど」
「ル、ルイナが……?」
 シンだけでなく、他の子供たちの顔が引きつったのはすぐに解かった。
 話しに出てきたルイナという人物が、肩まで伸びた青い髪を揺らしながら、遅れてその場へやってくる。
「遅れ、ました」
 幽霊なのではないか? と思うほど無表情で、言葉の発音もほぼ一定。
 ルイナは別名、紅一点ならず恐一点とも言われいる。
「よし。頼むぜ」
「はい」
 エンが頼むと、ルイナはゆっくり肯き、落とし穴の中をのぞきこんだ。
「明日まで、この『スライム』、ここからださないように、するんですよね」
 確かめのために振返って聞いたが、幽霊が振り向いたみたいで、エン以外は一歩引いてしまった。
 シンなど、失神寸前だ。
「ああ、大丈夫か?」
「恐らく、大丈夫、でしょう」
 言葉が妙な場所で途切れるのがまた恐い。穴の中では、『スライム』が気絶している。よっぽど落とし穴に驚いたのだろう。
 ルイナが肩からかけたカバンから液体の入ったビンを取り出し、フタを開け、液体を穴の中に入れる。
「おい………それなんだ?」
さすがのエンも恐る恐る聞く。
「私が調合した、睡眠薬『寝ムールSP(スペシャル)』、です」
「そ、それ……効くのか?」
「…エン、昨日は、よく眠れ、ましたか?」
いきなりわけの解らない質問をされる。どっちにしろ、ルイナはいつもわけがわからないのだが。
「え? あ、ああ。眠りすぎて、今日は遅れちまうとこだったけど」
「じゃあ、大丈夫です」
「『じゃあ』って…まさか……」
 謎の液体を注ぎ終わったあと、穴の中のスライムはぐっすりと眠っていた。

次へ

戻る