凄まじい邪気と殺気と瘴気。一見、銀の長髪美男子に見える人型ではあるが、長い耳と青白い肌と二本の角がそれを否定。さらには目の色にも人間とは思えない禍々しさ。
「魔王、ジャルート……」
 部屋の中心に佇んでいた魔王が、こちらをちらりと見やった。
「!!」
 それだけで、空気が圧迫された感じがした。視線をこちらに向けられただけだというのに。
「っ……お前を斃す」
 ディングが炎龍剣を召還する。そうだ、斃すのだ。僕も勇者ロトルの剣を召還して、ブーキーも神龍剣を召還する。
“人間如きが……”
 闇色の外套をはためかせ、魔王ジャルートが戦闘態勢に入った。

「魔斬烈空之流奥義――滅封魔洸之剣めっふうまこうのけん!!」
 相手の魔力に比例して威力が上がる奥義だ。魔王の魔力に比例して、ディングの技は絶大的な強さに変わった。
「光牙神流奥義――洸凛覇翔昇こうりんはしょうしょう!!」
 相手は闇属性だろう。光属性の奥義技は効果があるはずだ。洸凛覇翔昇こうりんはしょうしょうは光属性の奥義なので、剣が光り輝きつつ一閃した。
「武神空流奥義――斬閃劉牙光ざんせんりゅうがこう!!」
 ブーキーは神流剣に神秘的な光を宿させて、それを一閃させる。
「――爆撃破壊呪文ビッグバン!」
 リリナが、四魔将軍でさえ斃すキッカケを作った爆撃破壊呪文ビッグバンを放つ。
 これで、斃せるわけがないのはわかっていた。だが、相手が無傷であるなどとは、思いもしなかった。

“下らんな”
 相手は変わらず立っているだけ。
「ハァッ!!」
 ディングが斬りかかった。何の技を放つわけでもなく、ただ炎龍剣を振るっただけだ。
 ギギギィィン――
「ッ!?」
 何かにぶつかる音がした。そして、炎龍剣が魔王の目の前で止まっている。完全に止まっているというわけではなく、少しずつ近づいて行っている。だが、いくらなんでもその状態を魔王がいつまでも見ているはずがない。
 魔王がディングを手刀で横薙ぎにした。ディングが吹き飛ぶ。
「今のって、もしかして……」
 リリナが言いかけたことを、僕は分かった。
 防御結界。それを常に魔王の周囲を包んでいるのだ。
(どうやったら解けるんだ?)
 考えるだけでは無意味だ。魔王の攻撃も来るのだから。
暗闇の奥義ダーク・アルティ
 低い声が轟いた。それと同時に闇が僕等を襲った。

 今のはなんなのだろう。ただ、黒い闇が空間を伝い僕等にぶつかった。それは分かった。分からないのは、闇が僕等と衝突した瞬間、全員が弾き飛ばされ全身に傷を負った理由だ。
 斬り傷でも擦り傷でもなく、至る所から血がでている。
全体完治呪文ベホマズン!」
 リリナが慌てて回復を解き放つ。僕らの傷はすぐに塞がった。
“無駄なことを……。なんども苦痛を受けるというのか。まあそれもいいだろう。絶望の闇を、幾度と無く受けるがいい”
 魔王の威厳ある声。それが恐怖となり、僕らの動きを鈍らせた。
漆黒の絶望闇に浮かぶ月夜ダーク・ムーン・ナイト
 オォォォオォォォン―――
 闇が音を立てて僕たちに向かってきた。暗闇の奥義ダーク・アルティとは違い、かわせる程度の速度だったが魔王の瞳が怪しく光った瞬間、僕だけ動きが止まってしまった。
「なっ?!」
 動きが一瞬封じられ、ソレをまともに受けてしまう。漆黒の絶望闇に浮かぶ月夜ダーク・ムーン・ナイトの影響に入って僕がいた場所は、闇。
 ここはどこだろう。
 無音と闇色一色の静かな世界。五感が失われる変な感覚。
「……光の力を継ぎし雷の精霊よ、我が声聞こえたならばその力を示せ!――ギガデイン!!」
 ――無音。
 魔法が、発動しなかった。
「光牙神流奥義――洸凛覇翔昇こうりんはしょうしょう
 剣が輝く奥義だ。しかし、勇者ロトルの剣は光を発さない。そこで、不意に違和感を感じた。僕は、勇者ロトルの剣を握っているのだろうか? 感覚というものが失われつつある今、自分が何を持っているのかさえも分からない。時間間隔はかろうじて残っているのだが、それも曖昧なものでしかない。しかも、他の何もかもが発動しなくなっていた。どうなっているのか分からない。
 そういえば、この闇に捕われて何秒ほど経った? 分からない。
 ――何分ほど経った? 分からない。
 ――何時間ほど経った? 分からない。
 ――何日ほど経った? 分からない。
 ――何週間経った? 分からない。
 ――何ヶ月経った? 分からない。
 ――何年経った? 分からない。
 ――何十年経った? 分からない。
 ――何百年経った? 分からない。
 ――どうして、僕は生きているんだ? 分からない――

 ヴヴンっっ。
 虫の羽音のような音が聞こえた。それと同時に、僕はあの場所へ、魔王の目の前へと戻ってきていることを自覚する。
「大丈夫?」
 リリナが心配そうな顔で聞いてきた。
「アタシが解除の呪文を唱えてみたけど、よかった。成功したみたいね」
「何が、起きたんだ……?」
 気付けば僕は全身から大量の汗が流れていた。そして、無意識に震えている。恐怖という感情が僕の中で暴れまわっているのだ。
「さっきの、たぶん精神攻撃よ。大丈夫だった?」
 リリナの言葉で、僕は理解した。一時的に精神を切り離されたのだろう。実際には数十秒しか経っていないようだが、僕の精神は何百年もの時を経た。常人なら、数年だけで完全に精神が崩壊するだろう。だが、あいにく僕はこんなことで倒れるわけにはいかないのだ。
 リリナが僕を漆黒の絶望闇に浮かぶ月夜ダーク・ムーン・ナイトから救出する間、ディングとブーキーが二人で魔王と対峙し、牽制をかけてくれていた。
「もう大丈夫だ! いくぞリリナ!!」
「うんっ!」
 僕はロトルの剣が手中にあるのを確認して、魔王のもとへと走り出した。

「ねぇ、皆、ちょっと時間ちょうだい」
 リリナが険しい表情で、唐突に言った。なにか大きな技を使うらしい。
 僕らは答えなかったが、承諾した。そして、少しでも魔王の動きを封じようとする。
 光牙神流にも、魔斬烈空之流にも、武神空流にも拘束技というのが存在する。もしかしたら、相互干渉でその効果が砕けるか、その逆に強まるかは試したことが無いのだが、迷っている時間はない。

(お母さんとお父さんの研究で、アタシにも教えてくれなかったこと。完全禁断禁呪魔法――。使わせてもらうわ……)
「我が身に宿りし魔力と魔法力。全てを束ねし我が力。魔道の力を高ませし攻魔の民よりココに。賢者の想いを描く防護の民よりココに。我に集いし力のもとに我が望むままの形とならん。究の極、極の究、沈黙せし者させし者、光と闇の間より出でる混沌の眼は輝きを失いて魔を滅する。魔と力を消して我が魔を消さん。我が魔消ゆることより彼の魔が消えん。最の後に失うは我と汝。汝、全ての魔のもとにひれ伏さん。救いの手は皆無の透明度を保ち、涙落ちる場所にて希望の光を闇に変ゆる。その闇終りし刻は新たなる歩みの歴史に踏みだせし真実。そこの真実のためにココに最後の紋の裁きを下す。真なるその道にコノ力は亡きてそれを願う――」
 凛とした声での長い詠唱はまだ続いた。その間に、僕らは魔王の動きを止めようと全力を使っている。ギガデインが飛んで、光牙神流の拘束奥義――縛束連陣ばくそくれんじんが飛び、ディングが魔斬烈空之流の拘束技を放ち、ブーキーが束連拘縛そくれんこうばくを使った。
 幸い、僕らの技が相互干渉により効果が消えるということはなかったが、また強力になることもなかった。
 それでも多少は押さえられるので、破られる度に誰かが時間稼ぎの技を放つと同時に誰かが拘束技を放った。
 だが、それも長続きすることはなかった。
“えぇい鬱陶しい!!!!”
 暗闇の奥義ダーク・アルティが僕らを襲った。リリナには――よし、届いていない。
「って、え?」
 僕はリリナのほうを見て、思わず震えてしまった。魔力が、リリナの究極的魔力が、全て開放されようとしていることを本能的に感じ取ったのだ。
 かつて大賢者が封印したと云われる究極破壊呪文マダンテ。それかと思ったが、違う。そんな《生易しい》ものなんかではない。
「呪術・魔術・禁呪・魔法ここに極りてここに集う。最後の言葉を放つと同時にその魔は放たれる――」
 リリナが、杖の先をジャルートに向けた。
(まだ、ダメだ!!)
 なぜそう思ったかは解らない。だが、体が勝手に動いた。魔王ジャルートを、勇者ロトルの剣で斬ったのだ。その瞬間、なにも考えずに振り下ろした剣はジャルートの防御結界を破壊した。確証は持てないが、確かに防御結界を破壊したと解った。
「最後の言葉はここに在り! 
究極禁呪魔術魔法『我が全魔力と引き換えに全てを消す光よ、ここに蘇りて全てを破滅へと導けディーテ・アドバリサウルス・アリアロス・バル・レトリーブ・マ・ダンテ・バルス』!!!」
 その長いの全部呪文名なのか?! と驚く暇さえもなかった。
“!! 闇夜の防壁ダークネス・バリア!”
 その力を恐れたか、慌ててジャルートが防御魔法を唱える。結界より強度かどうは知らないが、魔力と魔法力の全てを開放した力が、魔王ジャルートに直撃した。

“オオォオオッォォッォオオオッォオオオッッオ!!!?!?!?!”
 さすがのジャルートも、これは効いたらしい。だが、防御を使われ、そこからかわされたのか、左の上半身だけが消滅している。。もし直撃していたならば、斃せていたのだが。
 それでも、隙ができたのだ。その隙を逃さず、ディングが仕掛ける。
「魔斬烈空之流最終奥義――」
 魔斬烈空之流は、本来魔物を斃すために作られた流派だ。それの最終奥義は、魔を斃すために存在する。
冥虎嵐連撃空烈之斬めいこらんれん・げっくうれつのざん!!!」
 ヒュォォォォォォン――
 ディングの剣に半透明の赤い虎が纏いつき、そのままディングが一瞬で八度、残像を残しながらの速度で斬り裂いた。そこから、二度の爆発が起きる。本来は魔物を消滅させるこの最終奥義だが、さすがに魔王を消滅させることはできなかった。だが、それでも大きなダメージを与えたらしい。左の残っていた部分――つまり下半身を消滅させたのだ。残るは、右半身を残しつつも生きている部分。
“ガァァァっ!!”
 ジャルートが残った半身を無茶苦茶に振りまわす。その度に、闇が飛び出た。まさか――暗闇の奥義ダーク・アルティ!?
「ぐぅっ!」
 一番魔王の近くいたディングが、それに直撃してしまった。しかも最終奥義の反動で今はかなり弱っている。
 ディングが倒れた。
「リリナ! ディングに回復を!!」
 彼女のほうを向いて、僕は驚いた。彼女は、その場で倒れていた。
「リリナ!?」
 さきほどの長い呪文のせいだろう。それどころか、彼女から魔力というのが感じられなくなっている。
「ご、ゴメンね……。アタシ、もう、魔法が使えないの……」
 泣きながらリリナは言った。魔法全てと引き換えにしてまでの禁呪、違う見方をすれば、そんなものでも魔王は斃れなかったのだ。
 こうなったら、僕が回復魔法を使うしかない。
「命を司りし生命の精霊よ――」
 詠唱を始めた瞬間、ブーキーが倒れる音が聞こえた。回復呪文を唱えようとした僕を、体を使ってでも守ってくれたのだ。しかし、その行動も無意味と化した。
 すぐに暗闇の奥義ダーク・アルティが僕を襲ったからだ――

“たかが人間めが……。弱き人間どもよ、我が強き力の前に最期を遂げるがいい”
 魔王の周囲に、四人の人間が倒れている。僕と、ディングと、リリナと、ブーキーだ。
 だが、ディングは魔王の言葉にピクリと動いた。
「人間が……どれだけ強いか、知らないのなら、教えてやる」
 ディングは立ちあがることまではできなかったが、手を伸ばして魔王の右脚を掴んだ。
“最早、汝等に勝ち目は無し”
「まだだ。まだ、あいつがいる。光の力を持った、あいつが!! 俺は信じてるぜ」
 炎龍剣を片手に、もう片手で魔王の脚を掴んだまま彼は言い放った。そのまま炎龍剣で脚を斬ることもできるだろうが、さすがにそこまでの余力は残っていないらしい。
「ああ、そうじゃ。まだ、儂らは死ねぬのじゃよ。あいつには、まだやってもらう事があるでな」
 倒れたブーキーが、顔を上げて魔王を睨みつけた。魔王相手に、人間の殺気では怯ませることはできないが、それでもしっかりと彼は魔王を睨み据えていた。
「アタシだって、まだ、戦えるんだから。だから、あの人も……」
 杖にすがって立ちあがり、リリナが強く言った。

 それが、僕が気を失っている間に皆が言ってくれた言葉だった。

 僕は夢を見ていた。走馬灯というのだろうか。
 遥か遠い昔の夢。父さんと話していた夢だ。
――いいか? この剣術は、先祖代々受け継がれてきたものなんだ。
 まだ幼かった頃。僕は剣など握ったことが無かった。でも、いつも父さんの姿を見ていて、僕も剣を使えるようになりたかったんだ。
――自分たちのご先祖様はね、勇者だったんだ。
 この時、僕はなんのことだかさっぱり解らなかった。
――だからこの光牙神流は、勇者のためにあるんだよ。
 父さんが剣を掲げて見せて言った。
――ぼくもつかえるかなぁ?
 幼いころの僕が言った。父さんが、優しく微笑んで僕の頭を撫でてくれた感触は、今でも覚えている。
――ああ、当たり前だ。
――そのときは、お父さんも一緒?
 このころの年代は、父親を求めているのか、それともただ甘えているのか……。とにかく、父さんはただ苦笑するだけだった。
――解らないな。でも大丈夫、魂は常に一緒にあるさ。
 その言葉は、僕に力強く刻まれた。

 そして、目を覚ました。そこは闇の中。目の前には魔王が……いる! 先に傷を治そうとしているのか、無くなった半身部分が蠢いていた。
「俺は信じてるぜ……だから、立ちやがれ!」
「やってもらう事があるでな。こやつを儂の代わりに斃すという英雄伝を、お主が創るのじゃ!」
「あの人も……まだ闘える!」
 三人の声が、僕に届く。
「魔王、ジャルートぉぉ!!!」
 意識がはっきりすると、僕は勇者ロトルの剣を握る手に力を込めた。それと同時に立ちあがる。
 身体中にあった傷がなくなっている。どうやら、光神ロトルの鎧が癒してくれたらしい。
“まだ生きていたのか?!”
 僕はまだ死ねない。
「ロベル!!」
 ディングが僕の名を叫んだ。
「ロベル!!」
 ブーキーが僕の名を叫んだ。
「ロベルん!!」
 リリナが僕の名を叫んだ。――『ん』をつけるのをヤメテ欲しかったが――

「魔王ジャルート! これで終わりだ!!」
 勇者の武具を使い、初めて効果を発揮する。それが、光牙神流の最終奥義。
「光牙神流最終奥義――」
 勇者ロトルの剣が、今までにないほどの輝きを見せた。光牙神流の採集奥義に共鳴しているのだろう。光はさらに高まり、光とは呼べない『力』へと変わる。
“く……”
 魔王がその場を離れようとしたが、ディングがそれを逃さなかった。
「いけぇ、ロベルゥー!!」
「――光鳳牙龍神斬翔剣こうほうがりゅうじんざんしょうけん!!」
 ォォオオォォォォォォオオオオォォオオォォォオオオォォォン―――
 ほとんどの生命力と魔力と闘気、そして神気を乗せての右上から左下へ、左上から右下へ、左から右へ、右から左へ、そして正面の上から下への五連続で斬り裂く、神の力を越えるとまでも言われた威力。
 その威力は、ダメージを負った魔王を消滅させるほどだった―――


 そして、僕は目を覚ました。
 朝だ。
 数年前の夢。不思議な夢だったが、全て事実だ。確かあのあと、魔王城が崩れ、ブーキーが持っていた特殊なキメラの翼で脱出した。
 世間に戻ると僕を世界の勇者と称える人々が多くいた。いつの間にか、世界の英雄ということにされいたのだ。魔王を斃したのは事実だが、どうも自分がそんな呼ばれ方をされていいのか迷いものだった。
 英雄四戦士はいったん解散。僕は勇者という名に、本当に相応しいのか旅に出た。ディングはより強くなるための旅。ブーキーはエルデルス山脈に帰り、リリナは北大陸にある港町、コナンベリー近くの島でひっそりと暮らすらしい。魔法が使えない賢者というのも変だが、仕方ないかもしれない。
 そして僕は今も旅を続けている。
 この村に立ち寄ったのも偶然だ。
 宿を出て、村を出ようとしたときに、昨日の女の子がいた。
「どうしたんだい?」
 僕が訊くと、少女は言った。
「えとね、ゆーしゃ様に、アタシ会えるかな?」
 僕は笑って、少女に言ってみる。
「ああ、きっと会えるさ」
 それだけを言って、僕はその村を出た。


 そして、森を通っていると気付く。ここは、故郷バーテルタウンの近くだ。久々に帰ってみるか、などという考えも浮かんだ。
「――っ!?」
 なんだ、今のは……。
 嫌な寒気がした。瘴気や殺気に近い、しかし違う。まるで不完全の邪気。
 僕は慌ててロトルの鎧を着けて、邪気のもとへと走った。
「!!」
 ――人間!?
 赤髪の青年と、青髪の女性。二人がスライムの目の前で不用心に立っている。確か、この付近のスライムはベギラマを使ったはずだ。
 見るからして、あのスライムはベギラマを放とうとしている。
「危ないっ!!!」
 僕は不死鳥ロトルの盾に武器変換ウェチェンジさせて、スライムのベギラマを防いだ。
 やはり――
「ベギラマか…」
 僕はとりあえず容赦することなく、勇者ロトルの剣を使うことにした。理由は他にもある。さっきの邪気のもとが、この近くにいるのかもしれないのだ。
勇者ロトルの剣よ!」
 一瞬で武器変換ウェチェンジ。そしてスライムを二つに斬り裂く。スライムは簡単に斃した。
「ふぅ。大丈夫かい?」
 少し辺りの気配を探ってみたが、邪気は完全になくなっていた。
「ああ、オレは大丈夫だけど……」
「……?」
 僕が笑いかけた赤髪の青年は言いずらそうにしていたが、やがて口を開く。
「ここはどこだ?」
 え? と言おうとしたのを止めた。それどころか、笑ったまま硬直してしまったのだ。
「……まずは自己紹介だな。オレはエン。こっちがルイナ」
 赤髪の青年はエンと名乗り、隣の青髪の女性の名前を紹介した。
「……よろしく、お願いします」
 無表情で声の高さも一定。……ちょっと恐い。
「僕の名は――」

 僕の名はロベル。
 こうして、今が始まった。



 だが、これは終わりの始まりだったのかもしれない。

〜fin〜

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