勝ったのだ――。 二年もかけて辿りついた場所も、移転呪文を使えば簡単に帰ることができる。 ジリドに再び訪れたときは、町の人々が驚いていた。それもそうだろう、 「この鎧、普段は着てないほうがいいな」 「んじゃ。一旦、儂の家に戻るか? 防具もかなりの量じゃぞ」 「いや、ジリドには魔法の鎧を売っていたはずだ。それを買おう」 ブーキーの提案を却下し、僕は魔力を宿した鎧を購入し、そのままダーマへと寄った。さすがに僕もディングもソードマスターと魔法戦士の職を極めているはずだからだ。 「お、おぉ!!」 ダーマの神官が、異常なほどに驚く。 「ど、どうかしましたか?」 僕が訊くと、ダーマ神官は嬉しそうに言った。 「まさか、自分の代で勇者を拝むことができるとは思いもしませんでした!!」 「え……?」 一瞬、僕は聞き逃したような気がした。しかしそれはしっかりと耳に届いており、脳の処理が追いついていないだけだった。 「今、なんて?」 「貴方は勇者の資質が見て取れます。二年間の間、何があったのですか!?」 単刀直入にダーマ神官は言った。僕が勇者になれると―― 「ま、勇者オルテガの息子ならキッカケさえ掴めれば勇者になるのは容易いことじゃな」 さも当然というようにブーキーが、 「ふん。全く、随分と遠まわしなキッカケだな」 呆れているというか、それでも僕のことを祝福しているような声でディングが、 「あら、私の勇者様じゃなくって世界の勇者様になちゃったの? まぁいいわよ、私が世界みたいなもんだから、やっぱり私の勇者様よ〜〜〜」 そしてペラペラとリリナが言った。なんか今、ちょっと変なことを言わなかったか……? 「それどころか、貴方には『剣神』という職が見て取れます!!」 ディングのほうを向いて、ダーマ神官はまた興奮しながら言った。 「『剣神』?」 ディングが壁に身を預け、腕組みをしたまま訊き返す。 「未知なる職の一つです。剣を使いし者の最強の職、それが剣神です」 とにかく凄い職の一つらしい。 「あ、そういえばリリナは?」 「え、アタシ? やだな〜、アタシは賢者に決まってるじゃな〜〜い」 賢者……賢き者には到底思えないが、彼女がそういうのならそうだろう。とりあえず……。 「で、ブーキーは?」 「っ! 儂はなんでもないぞ〜いっと」 話題がブーキーに振られた瞬間、彼はダーマ店から逃げ出した。老体とは思えないほどのスピードでだ。 「……なんなんだ、あのジジィ……」 気に食わないというより、完全な呆れ顔でディングが言っていた。 「それよりリリナ。どうして僕らを追って来たんだい?」 「もちろん、お礼をするためよ!」 彼女が言うには、自分を助けてもらったので僕らを助けるという至って単純な理由らしい。 「にしても、よくあそこが解ったな」 僕たちはジルディースの中央にいたのだ。それなのに、リリナはいきなり現れた。僕たちの二年の苦労は意味の無いものだったのだろうか。 「あ〜、あれね。アレはね、皆の魔力を伝って来たの。ちょっと相手の魔力が解れば、その魔力の現在位置把握とそこへ移動することも可能なのよん」 なんとも便利な移動手段だことで。 「……おい、魔王の所へも行けるのか?」 その言葉に、僕もリリナも顔が険しくなる。 魔王の居城。それがどこにあるのか、今までどこからも情報が入ってこなかったのだ。 「行ける、わね」 ニヤリ、と意味ありげな笑みを浮かべてリリナが答えた。 そのやりとりを、ダーマの神官はずっと見ていたらしい。そして彼は僕らがジリドを旅立って、盗賊ギルドに連絡した。世界一の情報網を持つ盗賊ギルドに任せれば噂は情報として広がり、やがて世界の常識となる。 いつのまにか僕らが有名になったのも、その所為だ。しばらく腕慣らしの意味で冒険を数回繰り返したのだが、その時はすでに世界の勇者という事実が広まっていた。 そして、魔王城へ乗り込むことを決意した前日。 「……明日、だな」 「ああ、明日だ」 バチパチと音を立てながら、焚火は周囲を明るくし熱を与える。 「ま、揃えられるかぎりの勢力は揃えたしのぉ」 『 「アタシの魔法は精霊魔法じゃないの。魔力変換術式魔法っていう長ったらしいのが正式名称なんだけど、アタシ以外に使い手がいないからアタシの好きな呼び方で言うわ、魔術魔法ってね」 魔術魔法――。精霊魔法と違い、自らの魔力と魔法力を合成させ、そこから魔法に変えるものだ。精霊力に威力が左右されることもなく、精霊魔法以上の威力を有している。誰も使えないのは、人間の持つ魔力と魔法力では制御不可能だからだ。その点、リリナは究極的魔力を持っている。 「まぁなんにせよ、使えることには変わりない」 ディングがごろり、と寝転がりながら言った。 「なによそれぇ。人をモノかなんかにしないでよぉ〜」 頬を膨らましながらリリナが抗議の声を上げる。 「ああ、悪かったな」 あまり悪いとは思っていない口調、しかしその声には優しさのようなものが含まれていた。どうやらディングもリリナを認めているらしい。 「ねね。暇だし、ちょっとしたゲームしない?」 「ゲーム?」 確かにまだ寝るには少し早い気がする。ともかく、リリナのいうゲームとやらの説明を聞いた。説明といっても、リリナがどこから出したのか、普通のチェスをするだけだったが。 あ。 勝っちゃった……。 「り、リリナ?」 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ―― ああ、リリナの背後にこんな文字があるのは気のせいだろうか? 「バカ、バカ、バカバカババカぁぁぁぁぁぁぁぁ」 「いいぃ?!!???」 さすがにまだ幼いというべきだろう。チェスに負けたくらいで、 「五月蝿いぞ。ゲームに負けたくらいで、ぎゃあぎゃあわめくな」 これは五月蝿いというだけではないと思えるのだが……。 「ちょ、リリナ、落ち着いて!!」 僕は 「バァカァァァぁぁぁぁぁぁ!!!」 明日のために万全な状態に――できないかもしれない……。 翌日。 「さ〜て、みんな行きましょう! 目指すは魔王の城よ!!」 後ろの火事の残骸を気にもせずにリリナが言い放った。昨日のメラゾーマのシャワーで、森が全焼しかけたのだ。僕とブーキーが慌てて氷系統や水系統の魔法でなんとか鎮火させたが、焼け跡が残ってしまっている。 「ハァ……。まあ、いいか……。ところでリリナ、魔王城ってどこにあるんだい?」 「トモ島」 あっさりとした答えが返ってきた。確か、北東の果てにある島だ。 「そこに、魔王が?」 たぶんね、というか絶対! とリリナは言った。 場所さえ解っていれば、リリナにとって移動は簡単らしい。すぐに僕らはトモ島へとついた。 そこは瘴気の溜まり場のような場所だった。 「嫌な感じだな……」 ディングが言葉通り、嫌そうに言った。 「あ、ねぇねぇ。これって役に立つかなァ〜〜」 リリナが懐から光っている宝珠のようなものを取り出す。ロトルの装備を見つけたときと似た光を宿すそれは、神秘的な光を放っていた。 「それは……光の玉!?」 それの正体に気付いたのはブーキーだけだった。 「……くれっ!」 「きゃっ」 信じられないほどのスピードで光の玉に飛びついたのを、リリナが慌てて避ける。見方によっては変態が少女を襲うようにしか見えなかったぞ、今……。 「なになになに!? アンタって人を襲う趣味でもあったの?!」 リリナも似たような感想を抱いたらしい。 「そうではないんじゃ。その玉の効力を早く発揮させるだけじゃよ!」 ブーキーの顔には多少焦りの表情が見えた。 「もう、なんなのよ!」 リリナが光の玉をブーキーに渡し、彼は少し安堵した様子を見せる。しかしその様子も一変し、今度は震え始めた。 「使えないじゃと!? そんなこと……」 ぶつぶつと言った挙句、僕のほうを向いた。 「ほれっ、パス!」 「え? えと……と、トス!」 「ちょっ、なんでこっちにくるのよ?! アタァっーック!!」 「がぁっ!?」 あ、ディングに当たっちゃった。 「なにしとんのじゃ。勇者のお前しか使えないはずじゃから、遊ぶでない!!」 「「え、そうなの?」」 間の抜けた声を、僕とリリナが同時に発した。 コォォ――。 「そう、念じるだけで良いんじゃよ」 瘴気が、この玉に吸い取られて行く――。 「これが、光の玉の力……」 今僕の手中にある光の玉。なにか、凄く懐かしい感じがする。リリナはこれの所有権を僕に渡してくれたのだが、多少名残惜しそうにしていた。メルトとクーラスの残した遺産の一つらしいので、それも当然だ。 「……城へ行くぞ」 ディングが恐い……。さきほどの不意打ちをまだ怒っているらしい。 「って、うわぁ〜……」 僕らは魔王城の目の前で、呆然としてしまった。城壁があるのだが、出入り口というのがないのだ。入るには空を飛んで行く他に無いようだが、 ふよふよと飛んでいる時に迎撃されたら終わりだ。 「……仕方ないな」 ディングが歩み寄り、炎龍剣を召還する。なにをする気だ? 「ハァッ!」 気合声とともに、壁が斬り裂かれる。……壊しただけだ。 「いいのかな?」 「構わん構わん。どうせこんなとこ、無くなっちまった方がいいんじゃよ」 ブーキーはディングの行動をあっさりと受け入れた。ほんとにいいのか? 魔王城の中は暗く、しかし所々に安置されている松明の光が通路を照らしていた。 僕たちは通路を歩き続けて、ふと足を止めた。殺気だ。 「走り去っておくべきじゃったのぉ……」 ブーキーが神龍剣を召還しつつ言った。真上から、炎系統の魔物が大量に降ってきたのだ。しかも、囲まれてしまった。 「どっちにしろ、斃すことに変わりはない。魔物は全て、殺す!!」 ディングは炎龍剣を召還して殺気を放つ。ああ、さっきの憂さ晴らしするつもりだ……。 リリナは魔物殺――モンスターバスターの職業なので武具を召還するということはできない。故に、冒険の途中で入手した英雄の杖を構えた。まぁ、ほとんど魔法で戦うらしいのだが。 「よし、行くぞ!」 僕も 炎軍団を斃した次には氷軍団が前方に待ち構えていた。それらをも斃し、さらに通路を抜けると広間に出た。そこには、魔物が一体佇んでいた――。 「お前は……?」 何故だろう。あの魔物には、凄く嫌な感じがした。瘴気が激しいとか、見た目が変とか、そういう類の感じではない。 “来たな。英雄四戦士……” 魔物が声を発した。英雄四戦士、僕たち四人を冒険者ギルドに正式登録したとき、リリナとブーキーが勝手に登録した僕らの冒険者名だ。 「四魔将軍最後の砦、というわけかのぉ」 ブーキーの言葉で、僕らはヤツの正体を知った。 「雷魔将軍、フォルリードか……」 四魔将軍の “クク……。ここで、良いことを教えてやろう” 身体中に電気が迸っているフォルリードは、邪笑を浮かべてこちらに話しかけた。 「良いこと、だと?」 ヤツのセリフに応えたのはディングだ。 “ああ、かなりな” ………… ………… 少し、時間が流れた。聞かずに斃せばいいのではないか、と思ったのだが、身体が動かない。聞くべきだと、心の奥底で判断しているのだ。 “そこの勇者の父親、勇者オルテガを殺したのは――” 最後まで言わずとも、僕とディングの頭の中は真っ白になった。 “――俺だ” 「うああああああああああ!!!!」 最初からロトルの剣を召還していたため、一気に僕とディングはフォルリードに襲いかかった。ディングのほうが多少速かったが。 「魔斬烈空之流奥義―― ディングの本来は二連続斬撃が、今は四連撃として放たれる。剣神の職が与えてくれる力の一つだろう。 「光牙神流奥義―― 龍の咆哮なる闘気を疾風の如く叩きつける。 “効かねぇ!!” 全身に纏わせた雷が防御力を強化しているのだろう。そして、それは防御だけでなく攻撃力をも強化していた。 “サンダーナックル!” 遠い間合いから拳を振ると、そこから雷が飛び出す。 「くぅっ!」 「 リリナの声が響くと同時に、それをかき消すほどの轟音が鳴り響いた。 “効かねぇって言ってるだろがぁ!” サンダーナックルがリリナに飛ぶ。 「きゃっきゃっきゃっ〜〜〜!! ――駄目だ! 恐らくアレは魔法でなく特技の分類に入るのだろう。魔力を宿した攻撃を跳ね返す 「ちぃっ! ブーキーが雷をの軌道をなんとか逸らした。あの技がなのか、神龍剣がなのかは解らないが、どうやら魔力のない攻撃にも効果があるらしい。 「大いなる雷の精霊よ。力強きイナズマよ。我、勇者の名の元に命ずる。聖なる光にて、聖なる雷にて、彼の邪悪なる気を砕かん! ―― 聖なる雷がフォルリードに直撃する。目には目を、歯には歯を、という意味合で “倍返し、ってなぁ!!” そんな?! フォルリードは、僕の放った 僕が、ディングが、ブーキーが、リリナが倒れた。 「 リリナの回復魔法が飛び、僕らの傷を癒す。 「くそ、強いな」 ディングが舌打ちをするが、どうなるわけでもない。強力な電磁で防御と攻撃の前では、斃すどころか斃されそうな……。 「だったら―― 勇者のみが使えると言われる最強剣技を使い、変化が訪れた。 “ぐ……これは……” 効いた! 「 ギュゴウゥゥ――ゴゴオオオオオオオォオォォオオォォォ!!!! リリナが “し、しまっ――” フォルリードが青い血を吐いた。相当なダメージだったらしい。 「さすがに、これらな効くだろう――魔斬烈空之流奥義 闘気を纏わせた剣を、何も考えずに直進させ突き刺す。いたってシンプルな突き技だ。だが、フォルリードの電磁バリアを無視して突き刺すことができた。そして、そのおかげか電磁バリアが消えた。 「お前を斃して、魔王のところへ行くんだ!!」 僕がもう一度 「 “なっ……” フォルリードの動きが、無防備な状態で止まった。 「 フォルリードは、怒気の表情を浮かべて消え去った――。 辺りは電撃で焦げていたり、破壊の跡が見られたりと、結構凄くなっていた。 「仇を、討った……のか」 思ったより力を使わせられてしまった。さすがは四魔将軍ということだろう。 「お前が討ったんだ。悔しいことだがな」 ディングがそっぽを向いて事実を語ってくれた。父さんの仇を討ちたかったのは、ディングも同じだろう。 「僕じゃないよ。皆で討ったんだ」 そして、僕らは進んだ。 進み始めてすぐ、というわけではなく数分ほど経って、妙な音が聞こえた。 ヒュオォォォォォォォォォォォォ――― 空気が裂かれる音、それと同時に、僕らを一つの大きな渦が包んだ。 「旅の扉!?」 その正体が解ったとき、僕らの意識は渦に取り込まれていた。 意識が覚醒し、次第に辺りが見えてくる。 「ここは……?」 周りにはディングもリリナもブーキーもいる。 「痛っ〜〜〜い。ちょっと〜、ここどこよぉ」 辺りは薄暗く、しかし先ほどとは全く違う通路の一つに僕らはいた。 「進むしかないようじゃのぉ」 のんびりとした口調でブーキーが言った。確かに、それ以外に方法は無いだろう。 しばらく進むと、機械だらけの場所へ出た。辺りには青白い電気が迸っており、ゴゥゥという音が絶えず聞こえている。 「なんだ……?」 「なんかの機械ね」 ディングが驚いていると、リリナがあっさりと答えた。 「あら、あれってディスプレイじゃない? あ、下にキーボードがあるわ〜。なにか操作できないからしら。あら、点いたわ。コントロールパネルとか開けるかしらねぇ。ここをこうして、こうとこうして、あ〜、違うのかしら? まさかパスワードとか必要じゃないでしょうね……。もう、ややっこしいわねぇ、って、あ、もしかしてこうするの? あ、出た出た〜〜。はいっと!」 リリナがベラベラ喋るのはいつもだが、いつも以上に謎の言葉が出てきた。専門用語らしいが、まるっきり解らない。分かったことは、リリナが『ディスプレイ』と言った画面に何かが映し出されたことだ。現在位置、と書かれている。 「今ここにいるのが現在地、さっきの旅の扉でここに来たらしいわね。名前は『雷の紋』。他には『炎の紋』『氷の紋』『岩の紋』『闇の紋』があるんだけど……見ての通り、闇の紋が魔王の祭壇に一番近いわね。あ、雷の紋ってある意味一番遠い場所だわぁ……」 地図の説明を喋るが、僕は理解できなかった。ディングは……あ、どうでもいいような顔してる。ブーキーは感心しているようだが。 「この紋抜けるためには、部屋中に散らばっているキーワード探さないと行けないから、皆頑張ってね」 ……え? 「頑張ってねって……リリナは?」 口振りからして、リリナは傍観しそうだった。 「え、あ、えと……冗談よ。アタシもやるわ」 そして、僕らは延々とキーワードを探し始めた。 何度も間違い、やっと見つけたときは次の部屋も同じようにキーワードを探すようになって……。それをニ、三回繰り返して、やっと最後の扉を開けた。 そこは大きな広間だった。僕らが出た扉の横には他にも扉があり、どうやら他の紋との合流地点になっているらしい。 だが、今はそんなことどうでも良い。 僕らは歩き続け、通路を抜けた時、闇の中へと入っていった。 そこには、魔王ジャルートがいた。 |