僕は、とある村に立ち寄った。 自分を知るために、ずっと旅をしている途中で……… 「ねぇ、旅人のお兄ちゃん」 声をかけられ、ふとそちらを見ると、五,六歳の可愛らしい女の子がいた。 「なんだい?」 僕はただそう答えた。彼女は、本当に聞いていいのか、どうしようか迷った様子をみせたが、すぐにこう言った。 「あのね、勇者様にあったことってある? マオーをやっつけた、すごい人なんだって」 その言葉に、僕は少し反応した。彼女が言っているのは、勇者ロベルのことだろう。僕とは最も関係深い人物だ。 だけど、僕はこう答えた。 「ん〜。会ったことないかもしれないし、もしかしたら、知らずに会っているかもしれない」 少女には少し理解できなかったのだろうか、首を傾げている。 「分からないってことだよ」 とりあえず、そう言っておく。 「アタシね、勇者様に会いたいの!」 唐突に自分の願望を告げた少女に、僕は目を丸くするだけだった。 「どうしてだい?」 「アタシがね、いつかまほーつかいになって、勇者様を助けるの!」 にこやかに、無邪気に微笑む笑顔は、僕が守るべきのものかもしれない。勇者と呼ばれる者として…… その日、疲れも溜まっていたので、この村で宿をとることにした。とても不思議で、懐かしく、荒々しく、雄々しく――そんな自分の記憶に刻まれたものを、夢に見るということなんて予測できずに。 サァァ……。 草が風に揺れる音が、余計に眠りを誘う。空は快晴、ゆっくりするにはちょうどいい。 芝生の上で眠りかけていると、ふと不自然な影が僕を覆った。 「また、昼寝か?」 そう言うのは、バーテルタウン町長の息子、ディングだ。彼は、僕の幼馴染みで、共に剣の修行を積んだ仲間でもある。 「うん、気持ちいいよ」 僕は目を瞑って答えた。 「呑気なもんだな。今は魔王が世界を闇に変えようって時なのに、な」 僕の隣に腰掛けながら、ディングは言った。それに対し、僕は軽く答える。 「父さんがいれば大丈夫だよ。父さんは強い。魔王なんかも倒すさ」 「オルテガ師匠………ここではオルテガさんでいいか」 僕たちに剣を教えてくれたのも、僕の父オルテガだった。彼が師匠と呼ばずに『さん』付けで言ったのは、師と見ずに、僕の父として言ったのだ。 「そうか、そうだよな」 彼も隣で横になる。いつしか、二人は晴れの中の午睡を楽しんでいた。 だが、そんな幸せな日々も、数日後に打ち砕かれた――。 オルテガ戦死。 そんな通達があったのは、一時間前のことだ。僕は、持ち主の肉体をどこかに忘れて帰ってきた父親の兜を握り締め、ある場所で泣いていた。別に涙を流しているわけでもなく、声を出しているわけでも、顔を歪ませているわけでもない。それでも、僕は泣いていたのだ。 「よぉ」 ディングが、隣に座る。何故、彼がここにいることが分かったのか。それは単に、この場所を二人が気に入っているので、ここにいることが多いのだ。 ここは町から少し離れているので、稽古中にこの場所まで逃げ出したこともあった。 「なぁ。俺たちで、仇討ちしねぇか?」 僕は黙っていた。 「まだ無理かも知れない。九歳のガキが、魔王を倒す旅に出るなんて、馬鹿げた話だ」 そういう彼の精神年齢はなぜか高く、九歳の少年とは思えない発言をよくするときがある。 「ディング……」 僕は、精一杯声を絞り出した。それで大声になったわけではない。ディングにはかすれた声で聞こえているはずだ。 「強く、なろう」 ディングは無言で頷き、僕は手に持っている兜をかぶった。それは兜というよりサークレットのようなものだが、どちらにしろ、僕にはまだ大きすぎた。 まるで、父さんと僕との差を示すかのように……。 怒涛の歓声が響く。つい去年までは、あそこで歓声となる声を上げていたのだが、今は違う。 「さぁ! ソルディング大会決勝戦! ここまで勝ちあがってきたのは、なんと両者とも最年少の十歳の少年剣士です!」 また、一回り大きい歓声が響く。十歳ということだけあって、けなされるかとは予想していたが、そんなことがないほどの戦いぶりを自然としていたらしい。 「さぁ、さぁさぁさぁさぁ!! 最強の冒険少年を決定するこの最後の試合! 両者用意はいいですか〜? それではぁぁぁぁ、始めっ!!!」 最初に僕は剣を召還した。今、僕が使える最も強い剣――破邪の剣はすぐに出てくる。 相手であるディングもすでに剣を召還している。なんと、同じ破邪の剣だ。 「いくぞ! ディング」 「来い!」 二人の激しい戦いの末、勝負は僕の勝ちで決まった。 その次の年、また次の年、次の年、次の年も優勝を決めた。そして、五回目の優勝を果たして、僕は旅に出た。とうぜん、ディングも一緒だ。 僕は、父さんから受け継いだ剣術『光牙神流』で、ディングは途中まで(九歳まで)僕と同じ流派を習っていたが、独学で『魔斬烈空之流』を学んだ。 光牙神流は、全ての相手に有効だが、魔斬烈空之竜は魔物相手を専門とした流派だ。だから、僕は彼に勝つことができたのかもしれない。 もし、魔物相手だったら、ディングのほうに分があるだろう。 僕たちは、さらなる仲間と武器を求め、エルデルス山脈へと向かったのだ。 「……で、なんでおまえがいるんだ?」 船旅の途中、茶色の髪を腰辺りまで伸ばした幼馴染みのディングは、心底嫌そうな声で聞いた。 「あら、いいじゃない! ねぇ、あなたもそう思うでしょ?」 ティアは軽い調子で答え、僕に同意を求めてきた。 「え、でも………」 僕はどう答えたものかと迷ったが、すでに船は出航して三日が過ぎている。こんなところで放り出したら確実に死が待つだけだ。 「…………フン」 ディングもその辺りを理解しているのか、仕方ないという表情を見せている。 ティアは、僕が初めてソルディング大会で優勝したころからの知り合いだ。年齢は同じだが、戦力としては回復呪文が少々使える程度。 「うふふ。私はいつかあなたの妻となるのよ。逃がすわけにはいかないわ!」 言いながら、ティアは僕に抱き付こうとする。戦闘の勘を生かして、なんとかそれを回避。 彼女は、強い者と一緒になりたいという願望が強く、ソルディング大会優勝者と結婚するのだと決めていたらしい。 そして、ちょうどそれを決めた年の大会優勝が僕だったのだ。さらに翌年もその次の年も、と連続で優勝したので、彼女の中では決定事項になりつつある。もしかしたら、ティアに付き纏われるのが嫌ディングは優勝を寸前で僕に譲ったのではないだろうか? という考えさえ浮かぶ。 僕は今までティアの申し込みを断ってきたが、彼女はかなり強引に婚約を決めつけているらしい。僕にはそんな気はないのだけれど……。 やがて、港町アショロに到着。ここで必要な道具を買い求める。 「私も、なんか武器持ったほうがいいかなぁ?」 そういうティアは丸腰で、身かわしの服を着ただけである。 「使える獲物はあるのか」 腕組みをしたまま壁に寄りかかっているディングが睨んでいる。彼女は冒険者ではない。魔物殺――モンスターバスターだ。僕たちは武具を召還できるが、彼女にはそんなことはできない。よって、丸腰というのはあまりにも危険なのだ。 「これなんかいいんじゃない?」 持ち上げて見せたのは、毒蛾の粉が常に刃についている、毒蛾のナイフだ。 「少し、高いんじゃないかなぁ……」 僕は財布の中身を見ながら言ってみる。旅に必要な物は全て購入したが、だからと言って余った資金を多く使いたくはない。 「だったら稼げば良いじゃない」 「俺は断る。お前が使うんだ。お前が稼げ」 不機嫌そうにディングが言う。むしろ不機嫌そのものだ。恐らく、出発が遅れていることに苛立っているのだろう。 「なによその言い方! 解ったわよ、私が稼げばな〜〜〜んの、問題もないんでしょう?」 毒蛾のナイフを持ったまま、ティアは武具店を走り出してしまった。結局僕が支払うのか、と思ったことを裏付けるように、店主がにこやかに僕を見つめていた。 「ディング、言い過ぎじゃないのか?」 「……あいつ、町に帰した方が良いんじゃないのか?」 僕の質問には答えず、逆に聞かれた。その言葉からすると、彼は彼なりにティアの心配をしているようだ。 「でも、ティアが納得するかどうか……」 たとえ僕が言っても、聞きそうに無い。だが、可能性はある。まともな戦力として使えない以上、僕たちと同行するのは危険だ。回復呪文なら、最近僕が覚えたばかりでもある。 とりあえずティアを探さなければ、どうしようもない。 彼女が行くとしたら、冒険者の店――ダーマか専門店――にいるだろう。そこなら仕事を斡旋してくれるし、確実に報酬が貰える。資金を稼ぐならそこしかない。 「さっきの女の子のお仲間かい?」 とりあえず一番近いダーマ店に行くと、少々青ざめた神官がいきなり聞いてきた。 「女の子って、身かわしの服に毒蛾のナイフを持った?」 女の子と言われただけでは特定できないので、念の為聞いてみる。神官の顔色はさらに青ざめた様子で何度も頷いた。 「急いで助けてあげなきゃ! 彼女、ここに仕事はないか、って聞いてきて、とりあえず一番高いのはエルデルス山脈通路に出没する魔物を倒す事だって教えたら……」 「詳細も聞かずに飛び出した、と?」 ディングが呆れた顔で言う。 「別に、魔物退治くらいなら……」 僕はそう思っていた。だが、ダーマ神官はそれを否定するように首を横に振る。 「ただの魔物ではないんだ。魔王四魔将軍の一人、ネルズァにたった一人で勝負を挑むなんて」 話すにつれて、神官の顔は後悔と憐れみの色へと変わっていた。もう、助からない、と。その表情を見て、そして神官か口にした魔物の名前で、僕等にも焦りが出てきた。 「急ぐぞディング!」 「ったく、面倒な女だ」 弾かれたように走り出した僕と一緒に、言葉とは裏腹に顔を強張らせているディングも走り出す。 「うわぁ、寒い! もう少し暖かい服を着ればよかったわ」 ティアはぼやきながらも走った。そっちのほうが温まるからだろう。 “何奴だ” 低い声が響いた。ティアはその場で立ちふさがり、毒蛾のナイフを構える。 「アンタね。山脈通路を塞いでる馬鹿ってのは。あの人に迷惑をかけないようにするため、そして私のお金のために、それからアイツを見返すために死んでもらうわ!!」 “フン………” 現われた魔物は、薄水色の肌に白い髪。マントを纏っているはいるが、それは冷気でできているのか、やけに揺らいでいる。 “この四魔将軍の一人氷魔将軍ネルズァ。挑まれたからには、この勝負受けて立とうぞ” ネルズァは剣を抜く。氷でできているかの様にも見えるが、これにも冷気が纏わりついている。 「いっくわよぉ〜」 毒蛾のナイフを振り上げた瞬間だった。10bはあろう距離が一瞬で縮まり、胸板を貫く。それを成したのは、毒蛾のナイフではない。ネルズァの氷の剣だった。 「いたっ! ティアだ!!」 息切れしながらも、ようやく僕達はティアに追いついた。 「なんだ……この殺気は?」 ディングがぼそりと呟いた。その言葉の意味を、僕はなんとなく理解した。ネルズァがすでに姿を現しているのだ。 「急ご……ぅ」 途中まで言いかけて、僕は走るのを止めてしまった。僕は見た。ティアが毒蛾のナイフを振り上げた瞬間、剣がティアの身体を貫いたことを。 ティアの発育した胸から剣を引き抜くと、胸と背中から大量の鮮血が飛び散った。 「てぃ、ア?」 僕は動けなかった。だが、無意識に足は動いていたらしい。ティアとの距離が縮まっている。 そして僕は、ティアの前に座った。彼女が横たわる下の雪は、赤く染まっている。そしてそれは止まることなく、紅い雪は面積を増していく。 「あ……れ? あなた、なん、で、ここにい…るの?」 ティアは定まらない視線で僕を見た。 「良かった生きてる。待ってて、今 既に精神集中は済んでいた。僕は 「 僕の手から、金色の光が溢れ、ティアの身体に注ぎこまれていく。だが、それでもティアは回復しなかった。 「そんな!?」 死に至るその傷は、すでに回復魔法では治らないほどの重傷なのだ。もはや、打つ手は無い。 「ティア! 死ぬなよ。ほら、町に帰ってさ、色んな事しようよ。僕が平和な世界作るからさ。その時は、その、時は……さ」 必死に呼びかけるが、途中から、力の無い、しかしまだ生きているティアの目が閉じられた。僕は最後まで伝えられなかった。何も伝えられなかった。 「ティア? ねぇ、ティア……? ティアアアアアアアアァァァ!!!!!」 僕は叫んだ。肺の中に溜まっている空気を全て出しきるまで、叫ばずにはいられなかったのだ。 |