――カーン、カーン、カーン……

 正午を知らせる教会の鐘が鳴り響き、街全体がその鐘を聴いた。
 子供たちは外から家に戻り、婦人方がその子供らを多少心配しながら家に入れ、兵士たちは訓練を中断し昼食の準備を始める。いつもの光景だ。
 午後になると行動を切り替えるという行いは、まるで共通になっているかのようだ。そして、共通であることは他にもある。街人全員が、疲労の濃い表情、焦りの表情、心配の表情、恐怖の表情を少なからず持っているのだ。
 それは決して、冬の寒さのせいではない。だが、決して皆がその恐怖という感情に負けていない。健気に『毎日』を生き抜いていた。たとえどんなことが起きても、いつか訪れるだろう幸せを信じて、皆が暮らしていた。
 その街の名を、フォーリッシュという。


 昼の鐘を合図に行動を切り替えるのは、大通りを歩く二人の少年兵も同じだった。
「なぁ、アッシュ」
 一人の少年兵が隣を歩く同じ年齢である黒髪の少年兵――アッシュに声をかける。
「む。どうした?」
 無愛想な返答、というより、無理に鯱張しゃちほこばって大人っぽくしているだけの返答が帰ってきた。まだ少年と呼べる年代だというのに、この黒髪の男は何かと大人ぶるのだ。といっても、最終的にはすぐに少年らしさが現れ、同僚どうりょうのほうが余ほど『大人』を思わせる。
「さっきのやつら、フォロッド城でようへい傭兵になったらしいな」
「それは本当か、ハスト?」
 ハストと呼ばれた茶髪の少年兵は、ああ、とだけ頷いた。
 彼等のいう『さっきのやつら』とは、先ほどこの街に訪れた少年少女で、大柄な金髪少年から、ひ弱そうな黒髪の少年、華奢きゃしゃな少女、どうみてもまだ幼すぎる黒髪少年の四人組である。武装はしていたものの装備はバラバラで、端から見ると大柄の金髪少年以外は戦えるような風格ではなかった。
「それが本当なら、世も末というものだな」
 四人の年齢が二人に近いか、もしくは二人のほうが下かもしれないのだが、彼等は気にした様子は見られない。
「だが、戦力が増えるのはいいことじゃないか」
 そうではあるが、と言いかけて、アッシュは倉庫に視線を向けた。そこには、自分たちより幼い少年が毎日訪れている。昼の鐘がなっても行動を切り替えないのは極稀ごくまれで、その数少ない者に該当がいとうするのは、この少年だろう。
「こいつが、こいつが父ちゃんをっ!」
 泣きわめきながら、その男の子は小さな手で柄が折れた槍を振り回し、絡繰兵からくりへいの残骸を打ち据えていた。
 今、この世界で脅威となっている絡繰兵からくりへい。どこからともなく現れ、この付近によく出没している。機械仕掛けの殺戮道具キリリングマシンで、心というのがないとか。機械だから当たり前ではあるが。
 倉庫に置かれているのはその残骸の一つで、腕がもげて胸部も砕けている。その傷を命の代償に与えた兵士こそ、この男の子の父親である。
「……今日も来ていたのか」
 先日、フォーリッシュが絡繰兵からくりへいの軍団に襲撃されて以来、毎日ここを訪れては、疲れ果てて動けなくなるまで怒りをぶつけているらしい。見ていて、もの凄く悲しい気持ちになったのは何故だろうか。
 ふと、アッシュは思う。自分が死んだら、このように誰かが悲しみ怒ってくれるのだろうか、と。
「……死ねない、よな」
 ハストも似たようなことを考えていたらしい。そう、ハストの言う通り死ぬわけにはいかないのだ。
「ああ、なんせオレたちはいつか兵士長になるんだぞ」
「兵士長は一人しかなれないっての」
 傲慢ごうまんに、しかもやはり少年らしさを見せながら言い放ったアッシュに対し、ハストは呆れ口調で言った。同い年だというのに、ハストのほうが大人のように見えるのも当然だろう。
「だから、オレとお前で目指そうって言ったじゃないか。どっちが先に兵士長になるか、勝負しようって」
 確かにアッシュの言う通り、彼とハストは約束していた。自分たちで兵士長の座を取り合おう、と。 
「ま、アッシュが死んだら俺が簡単に兵士長になるけどな」
「なにぃ?! オレが死ぬわけないだろうが!」
 などと、他愛のない会話をしながら、二人は教会へとやってきていた。既に他の兵士たちは昼食の準備をしているが、二人はその前にココに来ることが日課になっていた。戦う兵士たるもの、神の加護を信ずるべきだ。神頼みと言ってしまってはお終いではあるのだが……。
「やぁ、今日も来てくれたのですね」
 教会の神父がニッコリと笑う。この街で唯一『呪文』とやらを使えるのはこの人のみだ。主に傷の手当てをしているのだが、如何いかんせん数が多く、治療が間に合っていない。しかし、それでも助かっていることには変わりないのだ。
“私にも神父様のように回復の呪文が唱えられたら、どれだけの人が助かるのでしょうか。早く神の神聖呪文を唱えられるようになりたいですわ”などと、この教会の修道女シスターがよく語っていた。この修道女シスターは、さきほどの倉庫にいた男の子とその妹の母親代りをしているとか。二人は妹の方も数回見かけたことがあり、妹のほうは母親の記憶がないため、完全に修道女シスターを母親と思っているらしい。
 アッシュとハストは神父の前でひざまずき、両手を組んで祈り始める。
絡繰兵からくりへいがいなくなりますように――」
「我等が勝利しますように――」
 二人はいつもと同じ願いを神に祈り込め、外に出た。


 それの数時間後だろうか。顔面に血の気を引かせた蒼白の色を泳がせている神父が、鐘を慌てて叩いたのは。





 カァン、カァン、カァン、カァン、カァン、カァン!
 激しく鳴り響く鐘の音に、街全体が恐慌きょうこうをきたした。この速度で鳴らされる鐘の音は、街人の恐怖の感情を一気に膨れ上げる。全員がこの音の意味を知っている。それは恐怖のリズム。危険を知らせるための魔の音色ねいろ

 絡繰兵からくりへいの襲撃が来たのだ。

 ある者は家に入り、ある者は逃げ惑い、ある者は右往左往と意味の無い行動をし、ある者は震えるだけでその場にへたり込んでいる。
 兵士達はいつ襲撃されても迎撃できるように、常に戦闘装備をしている。それ故に、彼らはすぐに街の外――防壁の向こうへと駆け出した。
「おいハスト! お前も行ってくれ」
 先輩の兵士に言われて、ハストは数十人の街人の集団へと向かう。城へ避難する人々であり、街からフォロッド城までの道のりに護衛を必要とし、それの一人にハストが選ばれたのだ。
「アッシュ! 俺が戻るまで死ぬんじゃないぞ」
 ハストはアッシュにそう言って、黒髪の少年がそのセリフを笑い飛ばすのを確認してハストと他の護衛兵士と街人は城へと向かった。


「死ねるわけ、ないだろう……」
 歯を食いしばり、しかし身体は無意識のうちに震え、歯と歯がぶつかり合い、カチカチカチカチと耳障みみざわりなリズムを見事に作曲した。
 今まで以上の大多数で絡繰兵からくりへいたちが進軍して来ているのを見て、さすがにアッシュもあせっているのだ。黒髪から冷や汗が流れて、身体は時間が経つたびに震えがひどくなる。それは武者震いか、それとも怖れのために身体中が痙攣けいれんしているのか、判断は自分で下すことができない。いや、前者であることを願いたい。
「城からの援軍を期待するべきだな」
 などという言葉が、先輩の兵士の間でささやかれていた。その援軍が来るまで、保つのは自分たちであることを自覚しているのだろうか。
 だが、アッシュも当然同じような考えを持っていた。絡繰兵からくりへいの数が多すぎるのだ。
 それでも、戦うしか他はない。
「おぉぉ!!!」
 声を荒げて、兵士たちが絡繰兵からくりへいに挑みかかった。
 要塞のような作りの防壁から援護の矢が飛ぶ。まだ数分も経っていないというのに、戦場は血と油の匂いで満たされた。
 それだけではない。鉄のこすれる音や、鉄と鉄が激しくぶつかり合う音、肉が潰れる音。その音達が奏でる曲は死へと誘う狂死曲ラプソディーか。
 鉄の摩擦まさつで生じる嫌な匂いやらが混じって、人間たちはその場にいるだけで苦だった。
「やぁぁっ!」
 そんな苦渋の中で、この場に似合わない――というより、いるはずがない、いてはいけない少年の声。アッシュも少年ではあるのだが、その声はより幼く、ひ弱だった。
「あの子!?」
 声の主は、倉庫にいた男の子だった。どうやら、怒りを押さえ切れずに飛び出してきたらしい。だが、小さな男の子が、訓練された兵士がやっとのことで倒せる絡繰兵からくりへいに、かなはずがない。
「くっ!」
 アッシュはそのとき、別の絡繰兵からくりへいと対戦していた。男の子を街へ戻したいのだが、ここで注意をらせば自分が死ぬのだ。誰か他の兵士が援護してくれるか、飛びまわっている矢が運よく目の前の絡繰兵からくりへいに当たればなんとかなるかもしれないのだが。
「どけっ! どけよ!!」
『メツボウ……セヨ……メツボウ…セヨ……』
 怒鳴ったアッシュに返って来た言葉は、言葉とは言い難い機械音だった。
 槍を振り回し、絡繰兵からくりへいの持つ鉄の斧アイアンアクスと打撃部分がとげになっている鉄の棘槌アイアンハンマーの同時攻撃を避ける。その動作の途中で、アッシュは先ほどの男の子の姿が見えた。隣に誰か立っている。それも、見慣れた顔で、見慣れた服装の女性が。
「(シスターのお姉さん?!)」
 一瞬驚いたものの、どうやらあの男の子を連れ戻しに来たらしい。
 なんとかなるかもしれない、と思った瞬間、見るべきではなかったものをアッシュは見た。
 どこからか迫った絡繰兵からくりへいが、修道女シスターを襲ったのだ。
 絡繰兵からくりへいが、かなりの勢いで鉄の棘槌アイアンハンマー修道女シスターの後頭部に叩きつけた。頭蓋骨ずがいこつが砕かれる音と脳を潰す奇妙な音を立てて、修道女シスターの顔が無くなった。吹き出た血と共に目玉がそこらに落ち、絡繰兵からくりへいが非情にもそれを踏みつけた。いや、ただ絡繰兵からくりへいは歩を進めただけだ。非情などというものではなく、感情や心というのが、もとからないのである。目玉を踏み潰した時、ぢゅぷり――というような音が生々しく聞こえたのは気のせいか。
 そして、鉄の棘槌アイアンハンマー修道女シスターを襲ったのならば、隣にいた男の子は斧に捕らえられていた。上から下へ鉄の斧アイアンアクスが振り下ろされ、頭上から股間までが斬り裂かれていた。返り血のシャワーは、小柄な男の子にしてはやけに大量の鮮血で、激しい。少し遅れて、二つになった身体が地面に落ちた。
 二人とも即死だった。
「ぅ、あ……」
 それを見たアッシュは、全身の力が抜けてしまった。目の前で戦っていた絡繰兵からくりへいの動きは、まだ止まっていないということを忘れて――。


 城につくまで大人の足なら十数分くらいを必要とするのだが、なにせ人数が多い上に、魔物に遭遇しないための行軍である。確実に倍以上の時間がかかってしまっていた。
「フォーリッシュからの避難者二十三名、確かにこのヘインズが受け入れた」
 城での手続きを終えて、護衛兵は解散される。ヘインズを先頭に、城の地下へと向かう人々を眺めやり、ハストは何気なくフォーリッシュのほうを向いた。そこに、違和感があった。
「……?」
 ハストは慌てて城の中へ入り、見張台へと急いだ。確か、あの場所ならフォーリッシュが少し見えたはずである。
「ハァッ、ハァッ!」
 兵士の訓練を毎日受けているといってもまだ子供だ。階段を体力も考えずに全力疾走すれば疲れるに決まっている。さらには武具を装備したままなので、茶髪で隠れている額には汗の玉がびっしり浮かんでしまった。
 登り切った階段の上には、誰もいなかった。常に誰かが見張りをしているはずだが、いないということは何かが起きてそれを報告しに行ったからだろう。
「……なっ!?」
 フォーリッシュのあるだろう場所から、妙な煙が立ち込めている。いや、それは煙というより、もやのようなものだ。そんなもの、普通あるはずがない
「くそっ!!」
 ハストは緊急連絡ように開いている通路から飛び降り、そこから城の外へ出る道を走る。


 嫌な予感がする。


 ハストははしった。支給されていた盾を投げ飛ばし、槍を放り捨て、兜を脱ぎ払った。
 軽くなった分、ハストの走るスピードは当然上がる。そのおかげか、せいぜい七、八分くらいの時間でフォーリッシュへ辿りついた。茶髪は完全に汗のせいでピッタリと額にくっついてはいるが、そんなことを気にしている場合ではない。
 ハストは確かにフォーリッシュへと足を踏み込んだのだ。
 だが、そこはフォーリッシュであり、既にフォーリッシュではなかった。


 砕けた木材や崩れた石畳に、壊れかけた家々、がれた壁などのほこりやなにやらが、夕暮れの大気に舞っていた。さきほど見えていたもやの正体である。
「う……」
 街を走り、辺りを見ていった。民間人の死体は既に引き取られており、だが絡繰兵からくりへいの残骸はあちらこちらに横たえている。その場には、血と油と鉄と、そして腐敗臭ふはいしゅうがひどく鼻をつく。
 教会の下にある倉庫。そこは、男の子がいつも絡繰兵からくりへいの残骸を打ち据えていた場所だ。
「……?」
 なにかを打ち据える音が聞こえる。
 ほとんどの人は避難しているのにも関わらず、既にあの男の子が来ているのだろうか。
 ハストが倉庫の中を見ると、そこには変わらず腕がもげて胸部も砕けている絡繰兵からくりへいの残骸が放置されていた。だが、いつもと違うのは打ち据える人物。
「こいつがっ。こいつが、おにいちゃんをっ!」
 あの男の子の、妹だ。
「おにいちゃんをかえせっ。おとうちゃんをかえせっ。おかあちゃん・・・・・・・・・をかえせっ。バカァッ!!」
 泣きわめ喚ながら怒りと悲しみをぶつける少女の言葉で、ハストは震え上がった。あの男の子が死に、そして彼女の母親、つまり修道女シスターまでもが命を落としたらしい。
 神の加護で守られているはずの教会は半壊しており、神父がいるのかどうか確認することさえ恐かった。
「バカ、バカァッ……ぁっ!」
 男の子ならまだしも、より幼い、しかも少女の力では打ち据えるのも一苦労なのだろう。持っていた棒が、打った反動で手から離れて転げ落ちる。その棒をしばし見つめ、やがて棒を打ち振るうことで抑えていた悲しみがどっと溢れ出してくる。
 目に涙が溜まり、顔が歪む。幼い少女が、そこで哀しみを我慢できるはずがない。
「あ、うぁ、うぁぁあぁぁっぁあっうぁっ、あっあぁあぁぅ、ぁああぁぁぁあああぁあぁあぁあぁっ」
 歳相応の泣き方で、少女は泣いた。泣きわめいた。溜まっていた涙は溢れ、泣きわめく言葉はどこの言語でもない。それ以上、その光景をハストは見ていられなくなってしまった。


 負傷者を運び出すための作業を手伝いに、ハストは街の外――絡繰兵からくりへいといつも戦っている場所へと向かい、その場でまた震えた。
 数多くの兵士が、そこで倒れていた。動かなくなった絡繰兵からくりへいの数もいつも以上だが、それよりも人間のほうが多かった。今まさに運び出されている人数を含め、出陣していた大数の兵士が地に沈んでいる。
 ハストは人の少ない場所、つまりあまり手をつけられていない場所へ、自ら赴いた。人がいない所に負傷者が残っているかもしれないのだ。
 だが、ほとんど亡骸だった。先輩の兵士、最近入ってきた兵士、勇敢そうだった兵士、中には挨拶を交わしたくらいの者もいれば、深く話し合った者もいた。
 周囲を見て行くうちに、不自然なものをハストの目は捉えた。子供の服と、修道女の服。兵士たちの鎧ではない、いたって普通の服を見ただけで、その主が誰かを理解する。
 恐々こわごわと直視した瞬間、それは後悔へ変わった。修道女シスターのほうは、顔がなかった・・・・・・・・・・・。それどころか、絡繰兵からくりへいに踏み潰されたらしく、あらゆる場所の骨格が変わっていた。そして、あらゆる場所がひしゃげている。
 思わず目をそむけた先には、男の子の半身・・・・があった。即死だったのだろう、目がまだ開いており、空虚くうきょな眼で虚空こくうを見つめている。当然、その眼に生気は感じられない。
 一瞬、ハストとその眼がまともに合った。死者の視線を受けて、ハストの身体が硬直する。
「ひっ」
 思わず悲鳴を上げ、視線をそ逸らした。
「あ……アッシュ?!」
 そこに黒髪の見慣れた顔、同僚のアッシュが、近くで倒れているのを発見した。
「……う……ハ、ス……ト……?」
「よかった! まだ生きているのか」
 アッシュの傷は酷かった。見たところ腕が折れているのか、変な方向へ曲がっており、頬が異常に腫れていた。
 ハストはアッシュを抱えて、兵士の詰め所へと急いで運んだ。生きてさえいれば、まだ助かる可能性はある。
 アッシュを寝台に寝かし、ハストは大声で近くの動ける兵士に神父を呼ぶよう伝えた。
「もう少し待ってろよ。すぐ、神父様が来てお前を助けてくれるからさ!」
 ハストの顔には、冷や汗が流れている。もしかしたら、このままアッシュが死んでしまうかもしれない、という考えが浮かんだのだ。
「…………そ、う……か」
 アッシュは虚ろな眼で、天井を見つめていた。しかし、その眼は朧気おぼろげ焦点しょうてんは定まっておらず、もはや目が見えていないのかもしれない。
「もう大丈夫だ……って、おい!」
 ハストは気付いた。アッシュがゆっくりと目を閉じたことに。
「おいっ、目を開けろ! 死んじまっちゃ駄目だ!!」
 ハストの声が、人の少ない広間にまで響いた。
「お前と俺で、兵士長の座を取り合うって約束したろ! お前が死んじまったら……」
 ハストは、アッシュにからかうように笑いかけた。だがその笑いに含まれる表情は絶望。
 アッシュは、まるで眠るように眼を閉じ、幼さが残る表情をさらしていた。その表情を見ると、あれだけ鯱張しゃちほこばっていた少年が、どれだけ無理をしていたのかを思い知らされる。
「お前がさ……死んじまったら、俺が、簡単に、兵士長に、なっちまう、ぜ? それじゃ、面白くない……だろ?」
 彼の笑みは涙で歪み、声は上手く出ていなかった。ハストはアッシュの手を強く握るが、体温が失われていっていることが、嫌でも解った。それでも、手を放すわけにはいかない。戦友の手を。親友の手を。信じ合うことのできる仲間の手を。
「なぁ、そうだろ、おい? 返事しろって。おいっ!!」
 しかし、黒髪の少年アッシュが、茶髪の少年ハストに返事をすることはなかった。


 好い街だったのだ。誰もが負けじと『毎日』を生きようとしていた。誰もがいつか来るはずの幸せを信じて生き抜いていた。だが、崩れた。絡繰兵からくりへいによって、闇の存在によって、希望は打ち砕かれ、多くのものが崩壊メニー・クラプスしてしまった。街は、陥ちたのだ。

 ――ソシテ、ヒトビトノココロニヤミガオトズレタ――。


 これは、余談である。
 絡繰兵からくりへいはフォロッド城に進軍し、残った戦力はそこで最終決戦を行った。金髪の男に、華奢きゃしゃな少女、ひ弱そうな少年、幼すぎる黒髪の少年がそれに参加し、絡繰からくり技師ゼボットの協力のおかげで勝利を収めたが、それでも多くの死者を出してしまった。
 そこに茶髪の少年兵の亡骸なきがらが確認された。

〜fin〜

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